小袖與現(xiàn)在的著物的不同(一、小袖)
小袖

A=唐衣裳 B=袿 C=小袖袴 D=葉付 E=湯卷
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著物(和服),以前叫小袖,那小袖在貴族間當(dāng)初是作為肌著(內(nèi)衣)穿的。
A=唐衣裳 B=袿?。茫叫⌒溲F?。模饯悉膜。牛綔珟?br>
きもの、昔は小袖と呼ばれていたのですが、その小袖は貴族の間では當(dāng)初は肌著として著用されていました。


十二單是俗稱,正式名稱是唐衣裳,是很好的禮裝(服)。因?yàn)槭嵌Y服,所以是在儀式禮儀用的,平時(shí)是以上圖(B)袿姿度過。上級(jí)者是必須穿袴批衣。
? 十二単というのは俗稱で正式には唐衣裳(からぎぬも)といい禮裝でした。禮裝ですから儀禮儀式用で普段は上図の袿姿(うちきすがた)で過ごしていました。上級(jí)者は必ず袴を穿いて衣(きぬ)をはおっていました。
政權(quán)向武家移行(轉(zhuǎn)移),公家力量減退,隨之衣服加劇簡(jiǎn)略化。
到室町時(shí)代,像小袖袴,上面不批衣的形(式),或叫做“葉付”不穿袴的樣子,叫做湯卷,只在小袖上穿裳(=褶裙)的樣子也被作為女官們的服裝被認(rèn)可。如此一來被作為肌著使用的小袖露出的部分變多。
?政権が武家に移行すると公家の力が減退し、それに伴って衣服の簡(jiǎn)略化が進(jìn)みます。
室町時(shí)代になりますと、小袖袴(こそではかま)のように上に衣(きぬ)をはおらない形、また「はつき」と言って袴を穿かない姿、湯巻と言って小袖に裳(も=裙ひらみ)を付けただけの姿も女官たちの服裝として認(rèn)められるようになります。そうなりますと肌著として用いられてきた小袖は露出する部分が多くなります。
洋服(西服)的T恤衫作為肌著(內(nèi)衣)使用時(shí)是白色的,如果作為表著(外衣)使用的話,染色印花的物品占據(jù)大多,小袖也是白色的東西變?yōu)閹В仯┥捅ɑ樱┑摹?/p>
洋服のTシャツが肌著として用いられていた時(shí)は白色であったものが、表著として用いられるようになりますと色が付けられプリントものが大勢(shì)を占めるようになったのと同じで、小袖も白であったものに色や柄が付けられるようになります。

光琳模様はモチーフを大膽に簡(jiǎn)略化し、強(qiáng)弱のついた柔らかな線で表現(xiàn)するのが特徴です。
江戸時(shí)代中期から當(dāng)時(shí)のファッションブックに相當(dāng)する「小袖模様雛形本」が盛んに印刷されたことにより、爆発的に流行しました。ちなみに尾形光琳は「光琳模様」を描いていません。
彼自身が自分の絵を文様にすることを許していなかったため、他の絵師が光琳の畫風(fēng)を真似て描いたものが文様となっています。光琳模様は光琳の梅、松、菊、紅葉、水、杜若(かきつばた)(燕子花)などの意匠があります。https://www.kimono-gara.com/syurui/kourin/|https://kotobank.jp/word/光琳-497932



菊の花を饅頭のように丸い形に簡(jiǎn)略化して描いたもので、長壽を意味する「萬壽」の字をあてました。
琳派によって形式化された文様です。
現(xiàn)代でも著物や帯に見られる文様です。



當(dāng)時(shí)的支配者層是小袖作為內(nèi)衣使用,百姓(庶民)是一直小袖作為表著(外衣)來用。到安土桃山時(shí)代,那庶民的小袖和上級(jí)者的小袖作為表著(外衣)穿著這點(diǎn)匯合,從安土桃山時(shí)代開始是以小袖為中心的時(shí)代。
時(shí)の支配者層は小袖を肌著として用いていましたが、庶民はずーと小袖を表著(うわぎ)として用いて來ました。安土桃山時(shí)代になりますと、その庶民の小袖と上級(jí)者の小袖が表著として著用するという點(diǎn)で合流をして、安土?桃山時(shí)代からは小袖中心の時(shí)代になります。

以小袖為中心的時(shí)代是指不論貴賤,平時(shí)以小袖度過,現(xiàn)在NHK的大河劇《江》是那小袖成為衣服的中心時(shí)代的電視劇。
小袖中心の時(shí)代というのは貴賤を問わず普段は小袖で過ごすようになるということで,現(xiàn)在NHKの大河ドラマ 「江」はその小袖が衣服の中心になった時(shí)代のドラマです。

在電視劇《江》中,打掛姿(樣子)作為上級(jí)者的樣子出現(xiàn)。別名也叫“搔取”。
?ドラマ「江」では打掛姿が上級(jí)者の姿として出てきます。別名は「かいどり」ともいいます。

“葉付”是指在小袖上披衣的樣子,模仿那樣子的武家女房(女官)們?cè)谛⌒渖席B穿小袖作為禮服采用。那就是打掛。
「はつき」というのは小袖に衣を羽織った姿ですが、その姿を真似て武家の女房達(dá)が小袖の上に小袖をかさねて禮裝として採用しました。それが打掛です。


*僅供參考
文、圖 bing
https://kitukemeijin.hatenadiary.org/entry/20110407/1302130066
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かぶり笠の一。菅すげなどで編み、中央に高く巾子形こじがたという突起を作った笠。市女が使用したのでこの名を生じたが、平安中期ごろには上流の女性の外出用となり、男子も雨天のときなどに用いた。https://kotobank.jp/word/市女笠-31387
文/圖 bing
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【四五言的個(gè)人空間-嗶哩嗶哩】https://b23.tv/A3cZdoV?https://b23.tv/A3cZdoV


【袴-嗶哩嗶哩】 https://b23.tv/9uhcAW5?https://b23.tv/9uhcAW5

*僅供參考
文、圖 bing
【四五言的個(gè)人空間-嗶哩嗶哩】https://b23.tv/A3cZdoV?https://b23.tv/A3cZdoV