矢方美紀(jì)2018年に乳がんがわかってから 今年で5年が経ちました。
この5年は長(zhǎng)いようであっという間な日々で、わたしはバカだから がんについて何も知らなくて 病気になっていろんなことが変わり、 いろんなことを知ります。 "がんと診斷されたとしても そこから精密検査をさらに行うことで 転移がある事を知る" 初めはステージ1。 初期かと思ったけど 最終的に伝えられるのはステージ3。 がんにステージがある事?數(shù)字が増えると 良くないんだって知りました。 "胸を溫存か?部分的切除か?全摘か? そこからいつ胸を作るか"を考えなきゃ行けない事を知る。 初めは簡(jiǎn)単に胸を取って作ればいいなんて 思いながらも、どんな手術(shù)がいいか? 再建するタイミングは? 乳輪とかも無(wú)くなる事は知らなかった。 "抗がん剤をするかもしれない、その前に卵子凍結(jié)をする" 抗がん剤をする前と後で 妊娠するときに必要な能力が変わる。 しかも治療している間は生理がとまるし なんならその後のホルモン療法で さらに生理が5年は來(lái)ない。 中にはそのまま來(lái)なくなる可能性も0ではない。でも私は選ばなかった "放射線治療をしたら皮膚が伸びにくくなるから再建が難しい" してもしなくてもいいこと?悪いことがある選択ばかりでそれを全て理解し行動(dòng)するなんて私には無(wú)理な選択ばかりでした でも、 見(jiàn)た目よりもわたしは 生きること?やりたいことを1番に選択して行きました もちろんこの後にも 治療の副作用に悩んだり苦しいきもちになった。 將來(lái)には不安しかなく、自信もないし 自分がどんどん嫌になっていくときもありました。 でも良くも悪くも私の人生だから "きっと大丈夫" ってこころで呟きながらいきています 自分を見(jiàn)てくれるひとがたとえいなくても ひとりで生きていけるくらい出來(lái)るくらい 強(qiáng)くならなきゃ。と 後悔ばかりの選択をしてきたから 少しでもしないように、自分で決める 治療はぱっと見(jiàn)はわからないかもだけど 確実に25歳から更年期障害に悩まされて 體型も維持するのが難しく記憶力も明らかに下がり ホルモンと人間の仕組みを痛いくらいに體験しています 色々できないと諦めた時(shí)もあったけど 気持ちがあれば意思があれば やれること?出來(lái)ることはあったから私の今があります 10月はピンクリボン月間 早期発見(jiàn)は自分を守るきっかけになります