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【青空文庫】太宰治 斜陽(六)

2023-01-07 22:00 作者:木下丸子君  | 我要投稿

對應時間軸:4:18:00~5:04:36

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注意:下面的文字圖片和編號是文本中因編碼問題造成的漏字所對應的補字

(1)

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 戦闘、開始。

 いつまでも、悲しみに沈んでもおられなかった。私には、是非とも、戦いとらなければならぬものがあった。新しい倫理。いいえ、そう言っても偽善めく。戀。それだけだ。ローザが新しい経済學にたよらなければ生きておられなかったように、私はいま、戀一つにすがらなければ、生きて行けないのだ。イエスが、この世の宗教家、道徳家、學者、権威者の偽善をあばき、神の真の愛情というものを少しも躊躇(ちゅうちょ)するところなくありのままに人々に告げあらわさんがために、その十二弟子(でし)をも諸方に派遣なさろうとするに當って、弟子たちに教え聞かせたお言葉は、私のこの場合にも全然、無関係でないように思われた。

「帯(おび)のなかに金(きん)?銀(ぎん)または銭(ぜに)を持(も)つな。旅(たび)の嚢(ふくろ)も、二枚(にまい)の下衣(したぎ)も、鞋(くつ)も、杖(つえ)も持(も)つな。視(み)よ、我(われ)なんじらを遣(つかわ)すは、羊(ひつじ)を豺狼(おおかみ)のなかに入(い)るるが如(ごと)し。この故(ゆえ)に蛇(へび)のごとく慧(さと)く、鴿(はと)のごとく素直(すなお)なれ。人々(ひとびと)に心(こころ)せよ、それは汝(なんじ)らを衆(zhòng)議所(しゅうぎしょ)に付(わた)し、會堂(かいどう)にて鞭(むちう)たん。また汝等(なんじら)わが故(ゆえ)によりて、司(つかさ)たち王(おう)たちの前(まえ)に曳(ひ)かれん。かれら汝(なんじ)らを付(わた)さば、如何(いかに)なにを言(い)わんと思(おも)い煩(わずら)うな、言(い)うべき事(こと)は、その時(とき)さずけられるべし。これ言(い)うものは汝等(なんじら)にあらず、其(そ)の中(うち)にありて言(い)いたまう汝(なんじ)らの父(ちち)の霊(れい)なり。又(また)なんじら我(わ)が名(な)のために凡(すべ)ての人(ひと)に憎(にく)まれん。されど終(おわり)まで耐(た)え忍(しの)ぶものは救(すく)わるべし。この町(まち)にて、責(せ)めらるる時(とき)は、かの町(まち)に逃(のが)れよ。誠(まこと)に汝(なんじ)らに告(つ)ぐ、なんじらイスラエルの町々(まちまち)を巡(めぐ)り盡(つく)さぬうちに人(ひと)の子(こ)は來(きた)るべし。

 身(み)を殺(ころ)して霊魂(たましい)をころし得(え)ぬ者(もの)どもを懼(おそ)るな、身(み)と霊魂(たましい)とをゲヘナにて滅(ほろぼ)し得(う)る者(もの)をおそれよ。われ地(ち)に平和(へいわ)を投(とう)ぜんために來(きた)れりと思(おも)うな、平和(へいわ)にあらず、反(かえ)って剣(つるぎ)を投(とう)ぜん為(ため)に來(きた)れり。それ我(わ)が來(きた)れるは人(ひと)をその父(ちち)より、娘(むすめ)をその母(はは)より、嫁(よめ)をその姑(1)(しゅうとめ)より分(わか)たん為(ため)なり。人(ひと)の仇(あだ)は、その家(いえ)の者(もの)なるべし。我(われ)よりも父(ちち)または母(はは)を愛(あい)する者(もの)は、我(われ)に相応(ふさわ)しからず。我(われ)よりも息子(むすこ)または娘(むすめ)を愛(あい)する者(もの)は、我(われ)に相応(ふさわ)しからず。又(また)おのが十字架(じゅうじか)をとりて我(われ)に従(したが)わぬ者(もの)は、我(われ)に相応(ふさわ)しからず。生命(いのち)を得(う)る者(もの)は、これを失(うしな)い、我(わ)がために生命(いのち)を失(うしな)う者(もの)は、これを得(う)べし」

 戦闘、開始。

 もし、私が戀ゆえに、イエスのこの教えをそっくりそのまま必ず守ることを誓ったら、イエスさまはお叱(しか)りになるかしら。なぜ、「戀」がわるくて、「愛」がいいのか、私にはわからない。同じもののような気がしてならない。何だかわからぬ愛のために、戀のために、その悲しさのために、身(み)と霊魂(たましい)とをゲヘナにて滅(ほろぼ)し得(う)る者(もの)、ああ、私は自分こそ、それだと言い張りたいのだ。

 叔父さまたちのお世話で、お母さまの密葬を伊豆で行い、本葬は東京ですまして、それからまた直治と私は、伊豆の山荘で、お互い顔を合せても口をきかぬような、理由のわからぬ気まずい生活をして、直治は出版業(yè)の資本金と稱して、お母さまの寶石類を全部持ち出し、東京で飲み疲れると、伊豆の山荘へ大病人のような真蒼(まっさお)な顔をしてふらふら帰って來て、寢て、或る時、若いダンサアふうのひとを連れて來て、さすがに直治も少し間が悪そうにしているので、

「きょう、私、東京へ行ってもいい? お友だちのところへ、久し振りで遊びに行ってみたいの。二晩か、三晩、泊って來ますから、あなた留守番してね。お炊事は、あのかたに、たのむといいわ」

 直治の弱味にすかさず附け込み、謂(い)わば蛇のごとく慧く、私はバッグにお化粧品やパンなど詰め込んで、きわめて自然に、あのひとと逢いに上京する事が出來た。

 東京郊外、省線荻窪(おぎくぼ)駅の北口に下車すると、そこから二十分くらいで、あのひとの大戦後の新しいお住居(すまい)に行き著けるらしいという事は、直治から前にそれとなく聞いていたのである。

 こがらしの強く吹いている日だった。荻窪駅に降りた頃(ころ)には、もうあたりが薄暗く、私は往來のひとをつかまえては、あのひとのところ番地を告げて、その方角を教えてもらって、一時間ちかく暗い郊外の路地をうろついて、あまり心細くて、涙が出て、そのうちに砂利道(じゃりみち)の石につまずいて下駄の鼻緒がぷつんと切れて、どうしようかと立ちすくんで、ふと右手の二軒長屋のうちの一軒の家の表札が、夜目にも白くぼんやり浮んで、それに上原と書かれているような気がして、片足は足袋はだしのまま、その家の玄関に走り寄って、なおよく表札を見ると、たしかに上原二郎としたためられていたが、家の中は暗かった。

 どうしようか、とまた瞬時立ちすくみ、それから、身を投げる気持で、玄関の格子戸(こうしど)に倒れかかるようにひたと寄り添い、

「ごめん下さいまし」

 と言い、両手の指先で格子を撫(な)でながら、

「上原さん」

 と小聲で囁(ささや)いてみた。

 返事は、有った。しかし、それは、女のひとの聲であった。

 玄関の戸が內からあいて、細おもての古風な匂いのする、私より三つ四つ年上のような女のひとが、玄関の暗闇(くらやみ)の中でちらと笑い、

「どちらさまでしょうか」

 とたずねるその言葉の調子には、なんの悪意も警戒も無かった。

「いいえ、あのう」

 けれども私は、自分の名を言いそびれてしまった。このひとにだけは、私の戀も、奇妙にうしろめたく思われた。おどおどと、ほとんど卑屈に、

「先生は? いらっしゃいません?」

「はあ」

 と答えて、気の毒そうに私の顔を見て、

「でも、行く先は、たいてい、……」

「遠くへ?」

「いいえ」

 と、可笑(おか)しそうに片手をお口に當てられて、

「荻窪ですの。駅の前の、白石(しらいし)というおでんやさんへおいでになれば、たいてい、行く先がおわかりかと思います」

 私は飛び立つ思いで、

「あ、そうですか」

「あら、おはきものが」

 すすめられて私は、玄関の內へはいり、式臺に坐(すわ)らせてもらい、奧さまから、軽便鼻緒とでもいうのかしら、鼻緒の切れた時に手軽に繕うことの出來る革の仕掛紐(しかけひも)をいただいて、下駄を直して、そのあいだに奧さまは、蝋燭(ろうそく)をともして玄関に持って來て下さったりしながら、

「あいにく、電球が二つとも切れてしまいまして、このごろの電球は馬鹿高い上に切れ易(やす)くていけませんわね、主人がいると買ってもらえるんですけど、ゆうべも、おとといの晩も帰ってまいりませんので、私どもは、これで三晩、無一文の早寢ですのよ」

 などと、しんからのんきそうに笑っておっしゃる。奧さまのうしろには、十二、三歳の眼の大きな、めったに人になつかないような感じのほっそりした女のお子さんが立っている。

 敵。私はそう思わないけれども、しかし、この奧さまとお子さんは、いつかは私を敵と思って憎む事があるに違いないのだ。それを考えたら、私の戀も、一時にさめ果てたような気持になって、下駄の鼻緒をすげかえ、立ってはたはたと手を打ち合せて両手のよごれを払い落しながら、わびしさが猛然と身のまわりに押し寄せて來る気配に堪えかね、お座敷に駈(か)け上って、まっくら闇の中で奧さまのお手を摑(つか)んで泣こうかしらと、ぐらぐら烈(はげ)しく動揺したけれども、ふと、その後の自分のしらじらしい何とも形のつかぬ味気無い姿を考え、いやになり、

「ありがとうございました」

 と、ばか叮嚀(ていねい)なお辭儀をして、外へ出て、こがらしに吹かれ、戦闘、開始、戀する、すき、こがれる、本當に戀する、本當にすき、本當にこがれる、戀いしいのだから仕様が無い、すきなのだから仕様が無い、こがれているのだから仕様が無い、あの奧さまはたしかに珍らしくいいお方、あのお嬢さんもお綺麗(きれい)だ、けれども私は、神の審判の臺に立たされたって、少しも自分をやましいとは思わぬ、人間は、戀と革命のために生れて來たのだ、神も罰し給(たま)う筈(はず)が無い、私はみじんも悪くない、本當にすきなのだから大威張り、あのひとに一目お逢いするまで、二晩でも三晩でも野宿しても、必ず。

 駅前の白石というおでんやは、すぐに見つかった。けれども、あのひとはいらっしゃらない。

「阿佐ヶ谷ですよ、きっと。阿佐ヶ谷駅の北口をまっすぐにいらして、そうですね、一丁半かな? 金物屋さんがありますからね、そこから右へはいって、半丁かな? 柳やという小料理屋がありますからね、先生、このごろは柳やのおステさんと大あつあつで、いりびたりだ、かなわねえ」

 駅へ行き、切符を買い、東京行きの省線に乗り、阿佐ヶ谷で降りて、北口、約一丁半、金物屋さんのところから右へ曲って半丁、柳やは、ひっそりしていた。

「たったいまお帰りになりましたが、大勢さんで、これから西荻(にしおぎ)のチドリのおばさんのところへ行って夜明しで飲むんだ、とかおっしゃっていましたよ」

 私よりも年が若くて、落ちついて、上品で、親切そうな、これがあの、おステさんとかいうあのひとと大あつあつの人なのかしら。

「チドリ? 西荻のどのへん?」

 心細くて、涙が出そうになった。自分がいま、気が狂っているのではないかしら、とふと思った。

「よく存じませんのですけどね、何でも西荻の駅を降りて、南口の、左にはいったところだとか、とにかく、交番でお聞きになったら、わかるんじゃないでしょうか。何せ、一軒ではおさまらないひとで、チドリに行く前にまたどこかにひっかかっているかも知れませんですよ」

「チドリへ行ってみます。さようなら」

 また、逆もどり。阿佐ヶ谷から省線で立川行きに乗り、荻窪、西荻窪、駅の南口で降りて、こがらしに吹かれてうろつき、交番を見つけて、チドリの方角をたずねて、それから、教えられたとおりの夜道を走るようにして行って、チドリの青い燈籠(とうろう)を見つけて、ためらわず格子戸をあけた。

 土間があって、それからすぐ六畳間くらいの部屋があって、たばこの煙で濛々(もうもう)として、十人ばかりの人間が、部屋の大きな卓をかこんで、わあっわあっとひどく騒がしいお酒盛りをしていた。私より若いくらいのお嬢さんも三人まじって、たばこを吸い、お酒を飲んでいた。

 私は土間に立って、見渡し、見つけた。そうして、夢見るような気持ちになった。ちがうのだ。六年。まるっきり、もう、違ったひとになっているのだ。

 これが、あの、私の虹(にじ)、M?C、私の生き甲斐(がい)の、あのひとであろうか。六年。蓬髪(ほうはつ)は昔のままだけれども哀れに赤茶けて薄くなっており、顔は黃色くむくんで、眼のふちが赤くただれて、前歯が抜け落ち、絶えず口をもぐもぐさせて、一匹の老猿が背中を丸くして部屋の片隅(かたすみ)に坐っている感じであった。

 お嬢さんのひとりが私を見とがめ、目で上原さんに私の來ている事を知らせた。あのひとは坐ったまま細長い首をのばして私のほうを見て、何の表情も無く、顎(あご)であがれという合図をした。一座は、私に何の関心も無さそうに、わいわいの大騒ぎをつづけ、それでも少しずつ席を詰めて、上原さんのすぐ右隣りに私の席をつくってくれた。

 私は黙って坐った。上原さんは、私のコップにお酒をなみなみといっぱい注いでくれて、それからご自分のコップにもお酒を注ぎ足して、

「乾杯」

 としゃがれた聲で低く言った。

 二つのコップが、力弱く觸れ合って、カチと悲しい音がした。

 ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、と誰かが言って、それに応じてまたひとりが、ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、と言い、カチンと音高くコップを打ち合せてぐいと飲む。ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、とあちこちから、その出鱈目(でたらめ)みたいな歌が起って、さかんにコップを打ち合せて乾杯をしている。そんなふざけ切ったリズムでもってはずみをつけて、無理にお酒を喉(のど)に流し込んでいる様子であった。

「じゃ、失敬」

 と言って、よろめきながら帰るひとがあるかと思うと、また、新客がのっそりはいって來て、上原さんにちょっと會釈しただけで、一座に割り込む。

「上原さん、あそこのね、上原さん、あそこのね、あああ、というところですがね、あれは、どんな工合(ぐあ)いに言ったらいいんですか? あ、あ、あ、ですか? ああ、あ、ですか?」

 と乗り出してたずねているひとは、たしかに私もその舞臺顔に見覚えのある新劇俳優(yōu)の藤田である。

「ああ、あ、だ。ああ、あ、チドリの酒は、安くねえ、といったような塩梅(あんばい)だね」

 と上原さん。

「お金の事ばっかり」

 とお嬢さん。

「二羽の雀(すずめ)は一銭、とは、ありゃ高いんですか? 安いんですか?」

 と若い紳士。

「一厘も殘りなく償わずば、という言葉もあるし、或者(あるもの)には五タラント、或者には二タラント、或者には一タラントなんて、ひどくややこしい譬話(たとえばなし)もあるし、キリストも勘定はなかなかこまかいんだ」

 と別の紳士。

「それに、あいつあ酒飲みだったよ。妙にバイブルには酒の譬話が多いと思っていたら、果せるかなだ、視(み)よ、酒を好む人、と非難されたとバイブルに録(しる)されてある。酒を飲む人でなくて、酒を好む人というんだから、相當な飲み手だったに違いねえのさ。まず、一升飲みかね」

 ともうひとりの紳士。

「よせ、よせ。ああ、あ、汝(なんじ)らは道徳におびえて、イエスをダシに使わんとす。チエちゃん、飲もう。ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ」

 と上原さん、一ばん若くて美しいお嬢さんと、カチンと強くコップを打ち合せて、ぐっと飲んで、お酒が口角からしたたり落ちて、顎が濡(ぬ)れて、それをやけくそみたいに亂暴に掌で拭(ぬぐ)って、それから大きいくしゃみを五つも六つも続けてなさった。

 私はそっと立って、お隣りの部屋へ行き、病身らしく蒼白(あおじろ)く痩(や)せたおかみさんに、お手洗いをたずね、また帰りにその部屋をとおると、さっきの一ばんきれいで若いチエちゃんとかいうお嬢さんが、私を待っていたような恰好(かっこう)で立っていて、

「おなかが、おすきになりません?」

 と親しそうに笑いながら、尋ねた。

「ええ、でも、私、パンを持ってまいりましたから」

「何もございませんけど」

 と病身らしいおかみさんは、だるそうに橫坐りに坐って長火鉢に寄りかかったままで言う。

「この部屋で、お食事をなさいまし。あんな呑(の)んべえさんたちの相手をしていたら、一晩中なにも食べられやしません。お坐りなさい、ここへ。チエ子さんも一緒に」

「おうい、キヌちゃん、お酒が無い」

 とお隣りで紳士が叫ぶ。

「はい、はい」

 と返辭して、そのキヌちゃんという三十歳前後の粋(いき)な縞(しま)の著物を著た女中さんが、お銚子(ちょうし)をお盆に十本ばかり載せて、お勝手からあらわれる。

「ちょっと」

 とおかみさんは呼びとめて、

「ここへも二本」

 と笑いながら言い、

「それからね、キヌちゃん、すまないけど、裏のスズヤさんへ行って、うどんを二つ大いそぎでね」

 私とチエちゃんは長火鉢の傍(そば)にならんで坐って、手をあぶっていた。

「お蒲団(ふとん)をおあてなさい。寒くなりましたね。お飲みになりませんか」

 おかみさんは、ご自分のお茶のお茶碗(ちゃわん)にお銚子のお酒をついで、それから別の二つのお茶碗にもお酒を注いだ。

 そうして私たち三人は黙って飲んだ。

「みなさん、お強いのね」

 とおかみさんは、なぜだか、しんみりした口調で言った。

 がらがらと表の戸のあく音が聞えて、

「先生、持ってまいりました」

 という若い男の聲がして、

「何せ、うちの社長ったら、がっちりしていますからね、二萬円と言ってねばったのですが、やっと一萬円」

「小切手か?」

 と上原さんのしゃがれた聲。

「いいえ、現なまですが。すみません」

「まあ、いいや、受取りを書こう」

 ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、の乾杯の歌が、そのあいだも一座に於(お)いて絶える事無くつづいている。

「直(なお)さんは?」

 と、おかみさんは真面目(まじめ)な顔をしてチエちゃんに尋ねる。私は、どきりとした。

「知らないわ。直さんの番人じゃあるまいし」

 と、チエちゃんは、うろたえて、顔を可憐(かれん)に赤くなさった。

「この頃、何か上原さんと、まずい事でもあったんじゃないの? いつも、必ず、一緒だったのに」

 とおかみさんは、落ちついて言う。

「ダンスのほうが、すきになったんですって。ダンサアの戀人でも出來たんでしょうよ」

「直さんたら、まあ、お酒の上にまた女だから、始末が悪いね」

「先生のお仕込みですもの」

「でも、直さんのほうが、たちが悪いよ。あんなお坊(ぼっ)ちゃんくずれは、……」

「あの」

 私は微笑(ほほえ)んで口をはさんだ。黙っていては、かえってこのお二人に失禮なことになりそうだと思ったのだ。

「私、直治の姉なんですの」

 おかみさんは驚いたらしく、私の顔を見直したが、チエちゃんは平気で、

「お顔がよく似ていらっしゃいますもの。あの土間の暗いところにお立ちになっていたのを見て、私、はっと思ったわ。直さんかと」

「左様でございますか」

 とおかみさんは語調を改めて、

「こんなむさくるしいところへ、よくまあ。それで? あの、上原さんとは、前から?」

「ええ、六年前にお逢いして、……」

 言い澱(よど)み、うつむき、涙が出そうになった。

「お待ちどおさま」

 女中さんが、おうどんを持って來た。

「召し上れ。熱いうちに」

 とおかみさんはすすめる。

「いただきます」

 おうどんの湯気に顔をつっ込み、するするとおうどんを啜(すす)って、私は、いまこそ生きている事の侘(わ)びしさの、極限を味わっているような気がした。

 ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、と低く口ずさみながら、上原さんが私たちの部屋にはいって來て、私の傍にどかりとあぐらをかき、無言でおかみさんに大きい封筒を手渡した。

「これだけで、あとをごまかしちゃだめですよ」

 おかみさんは、封筒の中を見もせずに、それを長火鉢の引出しに仕舞い込んで笑いながら言う。

「持って來るよ。あとの支払いは、來年だ」

「あんな事を」

 一萬円。それだけあれば、電球がいくつ買えるだろう。私だって、それだけあれば、一年らくに暮せるのだ。

 ああ、何かこの人たちは、間違っている。しかし、この人たちも、私の戀の場合と同じ様に、こうでもしなければ、生きて行かれないのかも知れない。人はこの世の中に生れて來た以上は、どうしても生き切らなければいけないものならば、この人たちのこの生き切るための姿も、憎むべきではないかも知れぬ。生きている事。生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業(yè)であろうか。

「とにかくね」

 と隣室の紳士がおっしゃる。

「これから東京で生活して行くにはだね、コンチワァ、という軽薄きわまる挨拶(あいさつ)が平気で出來るようでなければ、とても駄目(だめ)だね。いまのわれらに、重厚だの、誠実だの、そんな美徳を要求するのは、首くくりの足を引っぱるようなものだ。重厚? 誠実? ペッ、プッだ。生きて行けやしねえじゃないか。もしもだね、コンチワァを軽く言えなかったら、あとは、道が三つしか無いんだ、一つは帰農だ、一つは自殺、もう一つは女のヒモさ」

「その一つも出來やしねえ可哀想(かわいそう)な野郎には、せめて最後の唯一の手段」

 と別な紳士が、

「上原二郎にたかって、痛飲」

 ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ。

「泊るところが、ねえんだろ」

 と、上原さんは、低い聲でひとりごとのようにおっしゃった。

「私?」

 私は自身に鎌首(かまくび)をもたげた蛇(へび)を意識した。敵意。それにちかい感情で、私は自分のからだを固くしたのである。

「ざこ寢が出來るか。寒いぜ」

 上原さんは、私の怒りに頓著(とんちゃく)なく呟(つぶや)く。

「無理でしょう」

 とおかみさんは、口をはさみ、

「お可哀そうよ」

 ちぇっ、と上原さんは舌打ちして、

「そんなら、こんなところへ來なけれあいいんだ」

 私は黙っていた。このひとは、たしかに、私のあの手紙を読んだ。そうして、誰よりも私を愛している、と、私はそのひとの言葉の雰囲気(ふんいき)から素早く察した。

「仕様がねえな。福井さんのとこへでも、たのんでみようかな。チエちゃん、連れて行ってくれないか。いや、女だけだと、途中が危険か。やっかいだな。かあさん、このひとのはきものを、こっそりお勝手のほうに廻(まわ)して置いてくれ。僕が送りとどけて來るから」

 外は深夜の気配だった。風はいくぶんおさまり、空にいっぱい星が光っていた。私たちは、ならんで歩きながら、

「私、ざこ寢でも何でも、出來ますのに」

 上原さんは、眠そうな聲で、

「うん」

 とだけ言った。

「二人っきりに、なりたかったのでしょう。そうでしょう」

 私がそう言って笑ったら、上原さんは、

「これだから、いやさ」

 と口をまげて、にが笑いなさった。私は自分がとても可愛がられている事を、身にしみて意識した。

「ずいぶん、お酒を召し上りますのね。毎晩ですの?」

「そう、毎日。朝からだ」

「おいしいの? お酒が」

「まずいよ」

 そう言う上原さんの聲に、私はなぜだか、ぞっとした。

「お仕事は?」

「駄目です。何を書いても、ばかばかしくって、そうして、ただもう、悲しくって仕様が無いんだ。いのちの黃昏(たそがれ)。蕓術の黃昏。人類の黃昏。それも、キザだね」

「ユトリロ」

 私は、ほとんど無意識にそれを言った。

「ああ、ユトリロ。まだ生きていやがるらしいね。アルコールの亡者(もうじゃ)。死骸(しがい)だね。最近十年間のあいつの絵は、へんに俗っぽくて、みな駄目」

「ユトリロだけじゃないんでしょう? 他(ほか)のマイスターたちも全部、……」

「そう、衰弱。しかし、新しい芽も、芽のままで衰弱しているのです。霜。フロスト。世界中に時ならぬ霜が降りたみたいなのです」

 上原さんは私の肩を軽く抱いて、私のからだは上原さんの二重廻しの袖(そで)で包まれたような形になったが、私は拒否せず、かえってぴったり寄りそってゆっくり歩いた。

 路傍の樹木の枝。葉の一枚も附(つ)いていない枝、ほそく鋭く夜空を突き刺していて、

「木の枝って、美しいものですわねえ」

 と思わずひとりごとのように言ったら、

「うん、花と真黒い枝の調和が」

 と少しうろたえたようにしておっしゃった。

「いいえ、私、花も葉も芽も、何もついていない、こんな枝がすき。これでも、ちゃんと生きているのでしょう。枯枝とちがいますわ」

「自然だけは、衰弱せずか」

 そう言って、また烈(はげ)しいくしゃみをいくつもいくつも続けてなさった。

「お風邪じゃございませんの?」

「いや、いや、さにあらず。実はね、これは僕の奇癖でね、お酒の酔いが飽和點に達すると、たちまちこんな工合(ぐあい)のくしゃみが出るんです。酔いのバロメーターみたいなものだね」

「戀は?」

「え?」

「どなたかございますの? 飽和點くらいにすすんでいるお方が」

「なんだ、ひやかしちゃいけない。女は、みな同じさ。ややこしくていけねえ。ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、実は、ひとり、いや、半人くらいある」

「私の手紙、ごらんになって?」

「見た」

「ご返事は?」

「僕は貴族は、きらいなんだ。どうしても、どこかに、鼻持ちならない傲慢(ごうまん)なところがある。あなたの弟の直さんも、貴族としては、大出來の男なんだが、時々、ふっと、とても附き合い切れない小生意気なところを見せる。僕は田舎の百姓の息子でね、こんな小川の傍をとおると必ず、子供のころ、故郷の小川で鮒(ふな)を釣った事や、めだかを掬(すく)った事を思い出してたまらない気持になる」

 暗闇(くらやみ)の底で幽(かす)かに音立てて流れている小川に、沿った路(みち)を私たちは歩いていた。

「けれども、君たち貴族は、そんな僕たちの感傷を絶対に理解できないばかりか、軽蔑(けいべつ)している?!?/p>

「ツルゲーネフは?」

「あいつは貴族だ。だからいやなんだ」

「でも、猟人日記、……」

「うん、あれだけは、ちょっとうまいね」

「あれは、農村生活の感傷、……」

「あの野郎は田舎貴族、というところで妥協(xié)しようか」

「私もいまでは田舎者ですわ。畑を作っていますのよ。田舎の貧乏人」

「今でも、僕をすきなのかい」

 亂暴な口調であった。

「僕の赤ちゃんが欲しいのかい」

 私は答えなかった。

 巖が落ちて來るような勢いでそのひとの顔が近づき、遮二無二(しゃにむに)私はキスされた。性慾(せいよく)のにおいのするキスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。

 また、二人ならんで歩きながら、

「しくじった。惚(ほ)れちゃった」

 とそのひとは言って、笑った。

 けれども、私は笑う事が出來なかった。眉(まゆ)をひそめて、口をすぼめた。

 仕方が無い。

 言葉で言いあらわすなら、そんな感じのものだった。私は自分が下駄(げた)を引きずってすさんだ歩き方をしているのに気がついた。

「しくじった」

 とその男は、また言った。

「行くところまで行くか」

「キザですわ」

「この野郎」

 上原さんは私の肩をとんとこぶしで叩(たた)いて、また大きいくしゃみをなさった。

 福井さんとかいうお方のお宅では、みなさんがもうおやすみになっていらっしゃる様子であった。

「電報、電報。福井さん、電報ですよ」

 と大聲で言って、上原さんは玄関の戸をたたいた。

「上原か?」

 と家の中で男のひとの聲がした。

「そのとおり。プリンスとプリンセスと一夜の宿をたのみに來たのだ。どうもこう寒いと、くしゃみばかり出て、せっかくの戀の道行(みちゆき)もコメディになってしまう」

 玄関の戸が內からひらかれた。もうかなりの、五十歳を越したくらいの、頭の禿(は)げた小柄(こがら)なおじさんが、派手なパジャマを著て、へんな、はにかむような笑顔で私たちを迎えた。

「たのむ」

 と上原さんは一こと言って、マントも脫がずにさっさと家の中へはいって、

「アトリエは、寒くていけねえ。二階を借りるぜ。おいで」

 私の手をとって、廊下をとおり突き當りの階段をのぼって、暗いお座敷にはいり、部屋の隅(すみ)のスイッチをパチとひねった。

「お料理屋のお部屋みたいね」

「うん、成金趣味さ。でも、あんなヘボ畫(え)かきにはもったいない。悪運が強くて罹災(りさい)も、しやがらねえ。利用せざるべからずさ。さあ、寢よう、寢よう」

 ご自分のお家みたいに、勝手に押入れをあけてお蒲団(ふとん)を出して敷いて、

「ここへ寢給(ねたま)え。僕は帰る。あしたの朝、迎えに來ます。便所は、階段を降りて、すぐ右だ」

 だだだだと階段からころげ落ちるように騒々しく下へ降りて行って、それっきり、しんとなった。

 私はまたスイッチをひねって、電燈を消し、お父上の外國土産の生地で作ったビロードのコートを脫ぎ、帯だけほどいて著物のままでお床へはいった。疲れている上に、お酒を飲んだせいか、からだがだるく、すぐにうとうととまどろんだ。

 いつのまにか、あのひとが私の傍に寢ていらして、……私は一時間ちかく、必死の無言の抵抗をした。

 ふと可哀そうになって、放棄した。

「こうしなければ、ご安心が出來ないのでしょう?」

「まあ、そんなところだ」

「あなた、おからだを悪くしていらっしゃるんじゃない? 喀血(かっけつ)なさったでしょう」

「どうしてわかるの? 実はこないだ、かなりひどいのをやったのだけど、誰にも知らせていないんだ」

「お母さまのお亡くなりになる前と、おんなじ匂(にお)いがするんですもの」

「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの溜息(ためいき)が四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈(はず)は無いじゃないか。自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食(えじき)になるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。キザかね」

「いいえ」

「戀だけだね。おめえの手紙のお説のとおりだよ」

「そう」

 私のその戀は、消えていた。

 夜が明けた。

 部屋が薄明るくなって、私は、傍で眠っているそのひとの寢顔をつくづく眺(なが)めた。ちかく死ぬひとのような顔をしていた。疲れはてているお顔だった。

 犠牲者の顔。貴い犠牲者。

 私のひと。私の虹(にじ)。マイ、チャイルド。にくいひと。ずるいひと。

 この世にまたと無いくらいに、とても、とても美しい顔のように思われ、戀があらたによみがえって來たようで胸がときめき、そのひとの髪を撫(な)でながら、私のほうからキスをした。

 かなしい、かなしい戀の成就(じょうじゅ)。

 上原さんは、眼をつぶりながら私をお抱きになって、

「ひがんでいたのさ。僕は百姓の子だから」

 もうこのひとから離れまい。

「私、いま幸福よ。四方の壁から嘆きの聲が聞えて來ても、私のいまの幸福感は、飽和點よ。くしゃみが出るくらい幸福だわ」

 上原さんは、ふふ、とお笑いになって、

「でも、もう、おそいなあ。黃昏だ」

「朝ですわ」

 弟の直治は、その朝に自殺していた。

【青空文庫】太宰治 斜陽(六)的評論 (共 條)

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