徒然草 第42段 唐橋中將といふ人の子に、?吉田兼好 日文念書(shū)

唐橋中將といふ人の子に:唐橋家は村上源氏に血を引く名門(mén)。
行雅僧都とて:不詳。ただし、僧都は僧綱 <そうごう>の一。僧正に次ぐ地位で、のちに大僧都?権大僧都?少僧都?権少僧都の四階級(jí)に分かれた。
教相の人の師する僧ありけり:?行雅僧都は、教相を?qū)熼T(mén)とする僧侶たちを教え指導(dǎo)する僧侶?!附滔唷工趣稀⒄嫜悦芙踏?、実踐的な修行に対して、教義を理論的に研究する面。
気の上る病ありて:どういう病気なのか?上せるらしいが。
年のやうやう闌くる程に:年を取るにつれて。「闌ける<たける>」は経過(guò)すること。
うちおほひければ:覆いかぶさってきたので。
二の舞の面のやうに見(jiàn)えけるが:「二の舞」は雅楽。唐楽。壱越 <いちこつ>調(diào)で古楽の中曲。舞は二人。「安摩<あま>」に引き続いて、それを見(jiàn)ていた咲面<えみめん>の老爺と腫面<はれめん >の老婆が、安摩の舞をまねてこっけいに舞う?!赴材Α工未鹞琛#ā捍笞至帧护瑜辏?。
坊の內(nèi)の人にも見(jiàn)えず籠りゐて:僧坊の中の人々にも面會(huì)謝絶して籠もっていたが、。
なほわづらはしくなりて:いっそう病気が悪化して。
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