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共産黨宣言(日本語(yǔ)版)

2022-05-04 11:01 作者:荒原ZERO  | 我要投稿

共産黨宣言

カール?マルクス

フリードリヒ?エンゲルス

堺利彥訳

幸徳秋水訳


+目次


日本譯の序


 この日本譯は、最初、第三章を除いて、週刊『平民新聞』第五十三號(hào)(明治三十七年十一月十三日發(fā)行)に載せられたところ、忽ち秩序壞亂として起訴され、裁判の結(jié)果、關(guān)係者はそれぞれ罰金に處せられた。しかしその裁判の判決文には、『古の文書はいかにその記載事項(xiàng)が不穩(wěn)の文字なりとするも、……單に歴史上の事實(shí)とし、または學(xué)術(shù)研究の資料として新聞雜誌に掲載するは、……社會(huì)の秩序を壞亂するといふ能はざるのみならず、むしろ正當(dāng)なる行爲(wèi)といふべし』とあつた。そこで私は次にその譯文に多少の修正を加へ、および第三章を譯し添へて、今度は『?jiǎn)韦藲s史上の事實(shí)』として、また『學(xué)術(shù)研究の資料』として、『社會(huì)主義研究』第一號(hào)(明治三十九年三月十五日發(fā)行)に載せた。(その時(shí)には、前の共譯者幸徳はアメリカに行つてゐたので、第三章は私ひとりで譯した。)
 しかるに、その『社會(huì)主義研究』も程へて後(大逆事件當(dāng)時(shí))發(fā)賣を禁止され、その後今日に至るまで、『共産黨宣言』日本譯の公刊は不可能の狀態(tài)になつてゐるが、いかに日本が野蠻國(guó)で、いかに保守的反動(dòng)が強(qiáng)いにしても、もう遠(yuǎn)からずして、言論自由の範(fàn)圍が、せめて明治三十九年當(dāng)時(shí)くらゐに復(fù)舊する時(shí)節(jié)は來(lái)るだらうと思はれる。その時(shí)には、私はぜひともこの『學(xué)術(shù)研究の資料』を出來(lái)るだけ早く世に出したいと思つてゐる。ところが、近ごろその古い譯文を讀み返してみると、第一、文體の古くさいことが厭で堪らない。それにあの時(shí)は、單にイギリス譯から重譯したのでもあり、また譯し方の拙いところや、不正確なところや、間違つたところも大ぶんある。そこで私は今度、その古い譯文をドイツ語(yǔ)の原文と引合せ、また部分的には河上肇氏および櫛田民藏氏の譯文をも參照し、出來(lái)るだけ精密に訂正を加へて、口語(yǔ)體に書き直すことにした。幸徳が生きてゐたら何といふか知らんが、私はやはりこの新譯に彼と二人の名を署しておく。
 ドイツ語(yǔ)の新版には、一八七二年のマルクス、エンゲルスの序文のほか、一八八三年のと一八九〇年のと、エンゲルスの序文が二つ載つてゐる。しかしその內(nèi)容は次に記したイギリス譯の序に盡されてゐる。

大正十年五月

堺利彥


(日本では、その後、この私の譯文が何人かの手により、祕(mì)密出版として數(shù)回發(fā)行された。また昨年、大田黒年男氏らの手によつて、『共産黨宣言』と題する四百ページの大冊(cè)が發(fā)行され、禁止にはなつたが、それ以前、少からぬ部數(shù)が頒布された。この大冊(cè)には『宣言』の本文のほか、リヤザノフの『共産主義者同盟』の歴史と、同じくリヤザノフの、二百ページ以上にわたる『評(píng)注』と、エンゲルスの『共産主義の原理』――實(shí)は『宣言』の草案――等が附録されてゐる。一九三〇年七月追記。堺)

[#改?。?/span>

イギリス譯の序


 この『宣言』は、『共産主義同盟』の綱領(lǐng)として發(fā)表されたものである?!和恕护蟿趦P者の團(tuán)體で、初めはドイツ人に限られ、後、國(guó)際的となり、一八四八年以前のヨーロッパ大陸の政治狀態(tài)の下において、やむなく祕(mì)密結(jié)社であつた。一八四七年十一月、ロンドンに開かれた『同盟』の大會(huì)において、理論上および實(shí)踐上の、完備した綱領(lǐng)を發(fā)表するため、マルクスとエンゲルスとが起草委員に選ばれた。一八四八年一月、その草稿はまづドイツ文で起草され、二月二十四日のフランス革命の數(shù)週前、ロンドンの活版所に送られた。そして一八四八年六月の一揆のすぐ前に、そのフランス譯がパリにあらはれ、一八五〇年、ヘレン?マクファーレン孃の手になつた第一英譯が、ロンドンの雜誌『レッド?レパブリカン』に現(xiàn)はれた。オランダ譯とポーランド譯もまた次いで刊行された。
 プロレタリヤとブルジョアとの最初の大合戰(zhàn)たる、一八四八年六月のパリ一揆が敗北した時(shí)、ヨーロッパ勞働階級(jí)の社會(huì)的および政治的活動(dòng)は、また暫く後方に押しこまれてしまつた。その後、權(quán)勢(shì)の爭(zhēng)奪は、二月革命以前とおなじく、また有産階級(jí)の諸黨派の間にのみ行はれ、勞働階級(jí)は僅かに政治的自由のために戰(zhàn)ふこととなり、中流階級(jí)急進(jìn)派の左翼たる地位に引下げられた。そして獨(dú)立のプロレタリヤ運(yùn)動(dòng)がなほ多少の生氣を示してゐるところでは、容赦もなく叩き伏せられてしまつた。かくてプロシャの警察は、當(dāng)時(shí)ケルンにおかれてあつた『共産主義同盟』の本部を搜し出した。それで、本部員はみな捕縛され、十八箇月の監(jiān)禁の後、一八五二年十月、初めて公判に付された。この有名な『ケルン共産黨裁判』は十月四日から十一月十二日まで繼續(xù)し、被告のうち、七名は三年から六年まで、それぞれの刑期をもつてある要塞に禁錮する旨を宣告された。この宣告の後まもなく、『同盟』は殘餘の黨員によつて形式的に解散された。從つて『宣言』もそれきり埋沒(méi)されたもののごとくであつた。
 ヨーロッパの勞働階級(jí)が、更にその權(quán)力階級(jí)に向つて一撃を加ふべき十分の鋭氣を回復(fù)した時(shí)、かの『國(guó)際勞働者同盟インタナショナル』が勃興した。けれどもこの『同盟』は、もつぱら歐米全體の戰(zhàn)鬪的プロレタリヤを打つて一丸とする目的であつたので、『共産黨宣言』に掲げられた趣旨をとつて、直ちにそれを標(biāo)榜するわけには行かなかつた。すなはちこの同盟は、イギリスの勞働組合、フランス、ベルギー、イタリー、スペインにおけるプルードン派、およびドイツにおけるラサール派(1)に容認(rèn)さるべき、漠然たる綱領(lǐng)をもつものでなければならなかつた。マルクスはその綱領(lǐng)を起草して右の諸黨派に滿足を與へたが、彼としては全く、この協(xié)同の運(yùn)動(dòng)と、相互の討究とから必ず生ずべきはずであるところの、勞働階級(jí)の智力的發(fā)展に信頼してゐたのであつた。資本に對(duì)する戰(zhàn)鬪の事實(shí)、およびその戰(zhàn)況の變遷は、殊に敗戰(zhàn)の場(chǎng)合においては勝利の場(chǎng)合よりも甚だしく、種々なる家傳祕(mì)法の不十分が感知され、從つてまた、勞働階級(jí)解放の眞正の條件について、一そう深?yuàn)Wなる見(jiàn)解に到達(dá)させないではおかないはずである。マルクスの見(jiàn)るところはまさに當(dāng)つてゐた。一八七四年、『インタナショナル』が解散した時(shí)、それを創(chuàng)立當(dāng)時(shí)の一八六四年に比べると、勞働者はまるで別人のやうになつてゐた。フランスのプルードン派、ドイツのラサール派はみな既に死滅に瀕し、保守的なイギリスの勞働組合も(その大部分は疾くにインタナショナルと分離してはゐたが)、なほよく漸次にその歩みを進(jìn)め、去年スワンシーでその會(huì)長(zhǎng)が、組合の名において、『大陸の社會(huì)主義ももはや我々に恐怖を感ぜしめぬ』といつたほどになつて來(lái)た。すなはち實(shí)際上、『宣言』の趣旨は著るしく各國(guó)勞働者の間に侵入してゐたのであつた。

(1)ラサールは個(gè)人として我々に對(duì)する時(shí)には、常にマルクスの弟子たることを承認(rèn)し、從つてまた、『宣言』の論據(jù)の上に立つてゐた。しかし一八六〇年から六四年までの公の運(yùn)動(dòng)においては、彼は、國(guó)家の保護(hù)を受ける組合工場(chǎng)の要求以上に進(jìn)まなかつた。


 かくて『宣言』そのものも再び表面に現(xiàn)はれた。ドイツの原文は一八五〇年以後、スヰス、イギリス、およびアメリカで幾度も飜刻され、一八七二年にはニューヨークで英文に譯されて、『ウードハル?エンド?クラフリン週報(bào)』に掲載され、そのイギリス譯からして同地の佛文雜誌『社會(huì)主義者』にフランス譯が現(xiàn)はれた。その後アメリカで發(fā)表された英文の抄譯が少くとも二種あつて、しかもその一種はイギリスで再版された。また、第一のロシヤ譯はバクーニンの手になり、一八六三年頃、ジェネバなるヘルチェンの雜誌『コロコロ』の發(fā)行所から出版され、第二は女丈夫ウエラ?サスリッチの手になり(2)、一八八二年、同じくジェネバで出版された。また一八八五年、コペンハーゲン發(fā)行の『社會(huì)民主主義文庫(kù)』の中に、一つの新しいデンマーク譯がある。一八八六年、パリの『社會(huì)主義者』にまた一つ新しいフランス譯が出た。そのフランス譯からしてスペイン譯がつくられ、一八八六年マドリッドで出版された。ドイツにおける飜刻は數(shù)へきれないほどで、少くとも十二種はあつた。アルメニヤ譯は數(shù)月前、コンスタンチノープルで出版されるはずであつたが、發(fā)行者はマルクスの名を冠した書籍を出すことを恐れ、譯者はまたそれを自分の著述とすることを拒んだので、たうとう世に出ることが出來(lái)なかつたといふ。以上のほか、更に他の國(guó)語(yǔ)に譯されたものもあると聞いてゐるが、私はまだ見(jiàn)たことがない。かくてこの『宣言』の歴史は、大體において、近世勞働運(yùn)動(dòng)の歴史を反映してゐる。そして今日においては、この『宣言』こそ疑ひもなく、あらゆる社會(huì)主義の文書中、最も廣く世に行はれた、最も國(guó)際的な産物であつて、シベリヤからカリフォルニヤまでの幾百萬(wàn)の勞働者によつて承認(rèn)された共通の綱領(lǐng)である。

(2)ウエラ?サスリッチ云々はエンゲルスの間違ひで、實(shí)はプレハーノフによつてロシヤ文に飜譯されたのである。


 しかるにこの『宣言』の起草された時(shí)、我々はこれを『社會(huì)黨宣言』と呼ぶことが出來(lái)なかつた。一八四七年の當(dāng)時(shí)では、社會(huì)主義者といへば、一方において種々なる空想的諸制度の信者、すなはちイギリスのオーエン派、フランスのフーリエー派などを意味し、その兩派とも既に單なる『おかたまり』の地位に下り、次第に死滅に瀕してゐた。また一方において、社會(huì)主義者といふ名は種々雜多なエセ改良家を意味し、その連中はあらゆる切張りの術(shù)を説いて、資本と利潤(rùn)とには何らの危害をも加へないで、よく社會(huì)一切の害惡を除去すると稱してゐた。そしてこの兩者とも、勞働階級(jí)以外の運(yùn)動(dòng)であつて、むしろいはゆる教育ある人士に向つてその支持を求めてゐた。これらの間に立つて、單純な政治革命の無(wú)力を悟り、社會(huì)の根本的變革の必要を宣言したものが、勞働階級(jí)中のどれだけの部分であつたかは分らないが、その部分だけは自ら共産主義者と稱してゐた。それはもとより粗雜な、荒削りの、純?nèi)护郡氡灸艿墓伯b主義ではあつたが、それでもその主張はよく急所に當(dāng)つて、勞働階級(jí)の間に有力となり、フランスのカベー、ドイツのワイトリングのやうな、空想的共産主義を産出してゐた。そこで一八四七年においては、社會(huì)主義は中流階級(jí)の運(yùn)動(dòng)であり、共産主義は勞働階級(jí)の運(yùn)動(dòng)であつた。また少くとも大陸においては、社會(huì)主義は『品のよいもの』であり、共産主義は全くそれに反してゐた。そして我々の意見(jiàn)は最初から、『勞働階級(jí)の解放は、勞働階級(jí)自身の行動(dòng)でなければならぬ』といふのであつたから、この二つの名稱のいづれを選ぶべきかについて、疑ひの起るはずがなかつた。それに我々は、その後といへども、かつてこの名を排斥したことはないのである。
 この『宣言』は二人の合作であるけれども、その核子を形成する根本の提案が、マルクスに屬することを明言する義務(wù)があると私は思ふ。すなはちその提案とは、歴史の各時(shí)代において、經(jīng)濟(jì)上、生産および交換の慣行方式があり、また必然にそれから生じてくる社會(huì)組織があり、その時(shí)代の政治および文明の歴史はこの基礎(chǔ)の上に建設(shè)され、またこの基礎(chǔ)によつてのみ説明されるといふこと。故に人類の全歴史は(土地を共有してゐた原始的氏族社會(huì)が消滅した以後)階級(jí)鬪爭(zhēng)の歴史であり、搾取者と被搾取者、壓伏階級(jí)と被壓伏階級(jí)の對(duì)抗の歴史であること。そしてこれらの階級(jí)鬪爭(zhēng)の歴史が進(jìn)化の諸段階を形成し、それが今日ではまた一つの新しい段階に到達(dá)し、この段階では、被搾取被壓伏の階級(jí)(すなはちプロレタリヤ)が、搾取壓伏の階級(jí)(すなはちブルジョア)の權(quán)勢(shì)から解放されようとするには、それと同時(shí)に、今後永久に一切の搾取、壓伏、階級(jí)差別、および階級(jí)鬪爭(zhēng)から、社會(huì)全體を解放するよりほかに道がないといふこと、である。
 私の見(jiàn)るところでは、この提案は、ちやうどダーヰンの進(jìn)化説が生物學(xué)に與へたと同樣の效果を、史學(xué)のうへに與ふべきもので、マルクスと私と二人ともに、一八四五年以前において、漸次それに近づきつつあつたのである。最初、私がひとり、いかなる程度までそれに向つて進(jìn)んでゐたかは、私の著『一八四四年における英國(guó)勞働階級(jí)の狀態(tài)』において、最もよく見(jiàn)ることが出來(lái)る。しかるに一八四五年の春、私が再びブリュッセルでマルクスと會(huì)つた時(shí)、彼は既にそれを完成して、殆んど私が今ここに記してゐるやうな明晰な字句で、それを私に提示したのであつた。
 私はここに、一八七二年のドイツ版に付した我々の合作の序文の中から、左の一節(jié)を引用する。
『最近二十五年間において、社會(huì)の狀態(tài)は大いに變化してゐるけれども、この「宣言」の中に開陳されてある根本の趣旨は、大體において今もなほ正確である。細(xì)目には所々訂正すべき點(diǎn)もあるだらう。またこの趣旨の實(shí)際の適用は、「宣言」中にもいつてあるとほり、すべての處、すべての時(shí)において、その現(xiàn)存せる歴史的狀態(tài)によつて決せらるべきものであるから、第二章の終りに提出されてゐる革命的諸政策には、必ずしも重きをおくに足りない。あの一段は、多くの點(diǎn)において、今日ならばずつと違つた文句で書き現(xiàn)はされるであらう。一八四八年以後における近世産業(yè)の長(zhǎng)足の進(jìn)歩、およびそれに伴つて進(jìn)歩し擴(kuò)大した勞働階級(jí)の團(tuán)結(jié)から見(jiàn)る時(shí)、また第一にはフランスの二月革命における實(shí)際の經(jīng)驗(yàn)、第二にはプロレタリヤが初めて二箇月間、政權(quán)を握つたパリ?コンミュンの一層よい經(jīng)驗(yàn)から見(jiàn)る時(shí)、この「宣言」中の綱領(lǐng)は、ある細(xì)目において既に廢物に歸してゐる。特にパリ?コンミュンによつて立證された一事がある。すなはち「勞働階級(jí)は單に出來(lái)合ひの國(guó)家機(jī)關(guān)を握つて、それを自分の目的に使用することは出來(lái)ない」(「フランスにおける內(nèi)亂」を參照。それにはこの點(diǎn)が一そう敷衍されてゐる)といふことである。またこの「宣言」の、社會(huì)主義文書に對(duì)する批評(píng)は、一八四七年以前に限られてゐるのだから、現(xiàn)時(shí)に關(guān)して多くの缺點(diǎn)があることは自明である。また共産主義者と種々の反對(duì)黨との關(guān)係についての評(píng)語(yǔ)(第四章)は、その趣旨はやはり正確であるけれども、實(shí)際の適用上には既に廢物になつてゐる。今では政治界の形勢(shì)が全く變化し、歴史の進(jìn)歩が、あそこに數(shù)へあげてある諸政黨の大部分を、地上から一掃してゐるからである。
 しかしこの「宣言」は、今ではもう歴史的文書になつてゐるので、我々はもはやそれに變更を加へる權(quán)利がない。』
 このイギリス譯は、マルクスの『資本論』の大部分を譯したサミュエル?ムーア氏の手になり、氏と私と一緒に校訂をなし、私は更に、歴史的用語(yǔ)を説明する二三の註釋をつけ加へた。

一八八八年一月三十日、ロンドンにて

フリードリヒ?エンゲルス

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共産黨宣言

      (堺利彥[#改行]幸徳秋水)共譯


 一個(gè)の怪物がヨーロッパを徘徊してゐる。すなはち共産主義の怪物である。古いヨーロッパのあらゆる權(quán)力は、この怪物を退治するために、神聖同盟を結(jié)んでゐる。ローマ法皇もツァールも、メッテルニヒもギゾウも、フランスの急進(jìn)黨もドイツの探偵も。

〔譯者註〕メッテルニヒはオーストリーの宰相、ギゾウはフランスの首相。

 見(jiàn)よ。在野の政黨で、在朝の政敵から、共産主義的だといつて誹毀されないものがあるか。また見(jiàn)よ、在野の政黨で、他の一そう急進(jìn)的な反對(duì)諸黨派に對(duì)して、ならびにその保守的な政敵に對(duì)して、共産主義の燒印をつけた詰責(zé)を投げ返さないものがあるか。
 この事實(shí)から二つのことがわかる。
 共産主義はあらゆるヨーロッパの權(quán)力者から、既に一個(gè)の勢(shì)力として認(rèn)識(shí)されてゐること。
 共産主義者が全世界の面前にその見(jiàn)解、その目的、その傾向を公然と表示し、黨自身の宣言をもつて、共産主義の怪物のお伽噺と對(duì)抗すべき時(shí)機(jī)が熟してゐること。
 この目的のために、諸國(guó)の共産主義者がロンドンに集まつて、次の宣言を起草した。そしてそれをイギリス語(yǔ)、フランス語(yǔ)、ドイツ語(yǔ)、イタリー語(yǔ)、フレミッシュ語(yǔ)、およびデンマーク語(yǔ)で公表することにした。
[#改ページ]

第一章 ブルジョアとプロレタリヤ(1)


 在來(lái)一切の社會(huì)の歴史は、階級(jí)鬪爭(zhēng)の歴史である(2)。
 自由民と奴隷、貴族と平民、領(lǐng)主と農(nóng)奴、ギルド(同業(yè)組合)の親方(3)と徒弟職人、一言にすれば壓伏者と被壓伏者とが、古來(lái)常に相對(duì)立して、或ひは公然の、或ひは隱然の鬪爭(zhēng)を繼續(xù)してゐた。そしてその鬪爭(zhēng)はいつでも、社會(huì)全體の革命的改造に終るか、或ひは交戰(zhàn)せる兩階級(jí)の共仆れに終るのであつた。

(1)ブルジョアとは、近世資本家の階級(jí)、社會(huì)的生産の諸機(jī)關(guān)(あるひは諸手段)の所有者、および賃銀勞働の雇用者を意味する。プロレタリヤとは、自分で生産機(jī)關(guān)(あるひは生産手段)をもつてゐないので、生活のためには自分の勞働力を賣るほかはない近世賃銀勞働者を意味する。
〔譯者註〕ブルジョアは初め我々によつて『紳士』と譯され、ブルジョアジーは『紳士閥』と譯された。そして、プロレタリヤは初め『平民』あるひは『平民勞働者』と譯された。
(2)精密にいへば、記録された歴史である。一八四七年には、有史以前に存在した社會(huì)組織は殆んど全く知られてゐなかつた。その後、ハクスタウゼンはロシヤにおける土地共有制を發(fā)見(jiàn)し、マウレルはすべてのチュートン人種が歴史に入るまへ、土地共有を社會(huì)の基礎(chǔ)としてゐたことを論證し、それから次第に、村落共産制がインドからアイルランドまで到る處において、社會(huì)の原始的形態(tài)であること、もしくはあつたことが分かつて來(lái)た。そしてこの原始的共産社會(huì)の內(nèi)部組織は、氏の眞性質(zhì)、および氏と種族との關(guān)係についての、モルガンの完成的大發(fā)見(jiàn)によつて、初めて標(biāo)本的の形態(tài)で明示された。この原始的共産制の解體とともに、社會(huì)はべつべつの、そして遂には相反目する諸階級(jí)に分れはじめたのである。
〔譯者註〕モルガン著『古代社會(huì)』およびエンゲルス著『家族?私有財(cái)産および國(guó)家の起源』を見(jiàn)よ。
(3)ギルドの親方とは、正式の組合員たる職人のことで、組合の頭ではない。

 上古の諸時(shí)代にあつては、殆んど到る處に、社會(huì)を種々な等級(jí)に分けた複雜な排列法、社會(huì)的地位の種々雜多な區(qū)分が行はれてゐるのを見(jiàn)る。すなはちローマの古代には、貴族、騎士、平民、奴隷があり、中世には、領(lǐng)主、家來(lái)、親方、徒弟、農(nóng)奴がある。そしてなほその諸階級(jí)の殆んどすべてに、またそれぞれの小區(qū)分がある。
 封建社會(huì)の滅亡から發(fā)生した近世のブルジョア社會(huì)も、階級(jí)對(duì)立を除去してはゐない。ただ新しい階級(jí)をつくり、新しい壓伏條件をつくり、新しい鬪爭(zhēng)形式をつくつて、昔のに代へただけである。
 けれども、我々の時(shí)代、すなはちブルジョアの時(shí)代は、この階級(jí)對(duì)立を單純化したといふ特徴をもつてゐる。全社會(huì)は次第々々に、相敵視する二大陣營(yíng)、直接相互に對(duì)立する二大階級(jí)に分裂しつつある。すなはちブルジョアとプロレタリヤである。
 そもそも中世の農(nóng)奴の中から、最初の都市における特許市民(あるひは廓外市民)が出て來(lái)てゐる。そしてその特許市民の中から、ブルジョアジーの最初の要素が發(fā)達(dá)してゐる。
 アメリカの發(fā)見(jiàn)、喜望峰の廻航は、この新興のブルジョアのために新しい地盤をつくり出した。東インドおよび支那の市場(chǎng)、アメリカの植民、植民地との貿(mào)易、交換手段および商品の増加は、商業(yè)に、航海に、工業(yè)に、空前の刺戟を與へ、それによつて、既に崩壞しかけてゐた封建社會(huì)內(nèi)の革命要素に急激な發(fā)達(dá)を起させた。
 そこで從來(lái)の、封建的もしくはギルド的の工業(yè)經(jīng)營(yíng)法は、もはや新市場(chǎng)とともに増大するところの需要に應(yīng)ずることが出來(lái)なくなつた。工場(chǎng)的手工業(yè)がそれに代つて起つて來(lái)た。ギルドの親方は工場(chǎng)手工業(yè)的中産階級(jí)のために押しのけられた。種々なる組合と組合との間の分業(yè)は、單一なる工場(chǎng)內(nèi)の分業(yè)の前に消滅した。
 しかるに市場(chǎng)はいよいよ擴(kuò)大し、需要はいよいよ増加した。工場(chǎng)的手工業(yè)ももはやそれに應(yīng)ずることが出來(lái)なくなつた。そこで蒸氣と大機(jī)械が工業(yè)生産を革命した。工場(chǎng)的手工業(yè)の代りに近代的大産業(yè)が起り、工場(chǎng)手工業(yè)的中産階級(jí)の代りに産業(yè)的大富豪、全産業(yè)軍の首長(zhǎng)、すなはち近代的ブルジョアが起つた。
 この近代産業(yè)が世界市場(chǎng)を建設(shè)した。アメリカの發(fā)見(jiàn)は既にその準(zhǔn)備をしてゐたのである。この世界市場(chǎng)は商業(yè)に、航海に、陸上の交通に、絶大の發(fā)達(dá)をなさしめ、その發(fā)達(dá)がまた、産業(yè)の擴(kuò)大に逆影響を及ぼし、つまり工業(yè)、商業(yè)、航海、鐵道の擴(kuò)大するその同じ度合ひにおいて、ブルジョアジーが發(fā)達(dá)し、その資本が増加し、中世から殘存してゐるすべての階級(jí)を後ろの方に押しやつてしまつた。
 かくて我々は、近代的ブルジョアジーが、長(zhǎng)い發(fā)達(dá)行程の産物であり、また、生産および交換方法におけるいくた連續(xù)せる諸變革の産物であることを知る。
 このブルジョアジー發(fā)達(dá)の各段階は、またそれに相應(yīng)する政治的進(jìn)歩を伴つてゐた。すなはち初めは封建的領(lǐng)主の支配下に抑壓された一階級(jí)であり、また武裝した自治團(tuán)體のコンミュン(4)であり、あるところでは(イタリーおよびドイツにおけるごとく)獨(dú)立の都市共和制となり、あるところでは(フランスにおけるごとく)王政治下の第三階級(jí)(租稅負(fù)擔(dān)階級(jí))となり、次に工場(chǎng)的手工業(yè)の時(shí)代にあつては、半封建的もしくは專制的王國(guó)內(nèi)における貴族との均衡物となり、また一般大王國(guó)の主要なる地盤となり、最後には、大産業(yè)および世界市場(chǎng)の發(fā)現(xiàn)以後、近世的代議制國(guó)家において、全くその掌中に政權(quán)を把握した。近世國(guó)家の政府なるものは、ブルジョア階級(jí)全體のためにその共同事務(wù)を處理する委員會(huì)に過(guò)ぎない。

(4)イタリーおよびフランスの都市の住民は、その都市的共同組織をコンミュンと呼んでゐた。そしてそれによつて、封建領(lǐng)主から最初の自治權(quán)を買ひ取り、もしくは捩ぢ取つた。
 コンミュンとは、フランスの都市がその發(fā)生時(shí)代からもつてゐる名稱で、彼らが第三階級(jí)として封建領(lǐng)主から、地方自治制と參政權(quán)とを獲得したその以前、既にこの名稱があつた。大體上ここでは、ブルジョアの經(jīng)濟(jì)的發(fā)達(dá)にはイギリスを標(biāo)本國(guó)とし、その政治的發(fā)達(dá)にはフランスを標(biāo)本國(guó)としてゐる。


 ブルジョアジーは歴史上において、最も革命的な任務(wù)を果たしたものである。
 ブルジョアジーが政權(quán)を握つたところでは、すべての封建的、主從的、牧歌的なる諸關(guān)係が破壞された。(從來(lái))人を、その生れながらの目上と結(jié)びつけてゐた封建的の色絲は、無(wú)殘に引きちぎられて、人と人とを結(jié)びつけるものは、ただ赤裸々の利益、冷酷な現(xiàn)金勘定よりほかには何ものもないことになつた。宗教的の熱情や、武士的の感激や、町家的の人情などいふ神聖な渇仰心は、氷のやうに冷たい主我的な打算の中に溺らされてしまつた。個(gè)々の人物の値打ちは交換價(jià)値の中に消え去り、永く確保された無(wú)數(shù)の特許的自由の代りに、ただ一つの無(wú)茶な商業(yè)的自由が設(shè)定された。これを一言にすれば、ブルジョアジーは、宗教的および政治的の幻影をもつて覆はれた搾取の代りに、公然たる、恥知らずの、直接な露骨な搾取を設(shè)定したのである。
 ブルジョアジーは、從來(lái)名譽(yù)と尊敬とを博してゐたすべての職業(yè)から、その後光を剝ぎ去つてしまつた。醫(yī)師も、法律家も、僧侶も、詩(shī)人も、學(xué)者も、みな彼らに雇はれる賃銀勞働者に變化されてしまつた。
 ブルジョアジーは、家族關(guān)係からそのしほらしいセンチメンタルなヴェールを破り取つて、純?nèi)护郡胍粋€(gè)の金錢關(guān)係に引き戻してしまつた。
 ブルジョアジーは、保守主義者がいたく感嘆してゐる、あの中世時(shí)代の蠻勇的行動(dòng)が、懶惰を極めた安逸生活といかに似合ひの相棒であるかを明示した。それは實(shí)に初めて、人間の活動(dòng)がどこまでのことをなしとげうるかを示したものである。すなはち實(shí)にエジプトのピラミットや、ローマの水道や、ゴチックの堂塔にも優(yōu)る大工事を起し、また昔の民族移住や十字軍を凌駕する大遠(yuǎn)征を決行したものである。
 ブルジョアジーは、生産機(jī)關(guān)を、從つて生産關(guān)係を、從つてまた一般の社會(huì)關(guān)係を、絶えず革命することなしには存在することが出來(lái)ない。これに反し、古い生産方法を何らの變化なく保存することが、前代におけるすべての工業(yè)階級(jí)の第一の生存條件である。故に、生産の絶えざる革命、あらゆる社會(huì)狀態(tài)の不斷の動(dòng)搖、永久の不安と擾亂、それがすなはちブルジョア時(shí)代がすべての前代と異なる特徴である。すべての確立し凝固した諸關(guān)係は、それに伴ふ大切な舊説古傳とともに一掃せられ、すべての新式の事物も、それがまだ固定せぬ前に廢物となつてしまふ。堅(jiān)牢なものは悉く氣化し、神聖なものは悉く褻涜され、そして人間は遂に自分の生活狀態(tài)と、自分と同類との關(guān)係を、冷靜な目で見(jiàn)つめるよりほかはないことになる。
 ブルジョアジーは、その生産物のために絶えず市場(chǎng)を擴(kuò)大する必要があるので、地球表面の全部に追ひやられる。それは到る處に巣をつくり、到る處に住みつき、到る處に因縁を結(jié)ばねばならぬ。
 ブルジョアジーは、世界市場(chǎng)の搾取によつて、各國(guó)各地の生産および消費(fèi)にコスモポリタン的性質(zhì)を附與した。産業(yè)の足のしたから國(guó)家的地盤を引き拔いて、保守主義者の大なる悲嘆を招いた。古來(lái)の國(guó)家的産業(yè)は既に破壞され、なほ日々破壞されつつある。そしてそれに代る新産業(yè)を輸入することは、すべての文明國(guó)にとつて生死の問(wèn)題であり、またその新産業(yè)は、もはや內(nèi)國(guó)の原料でなく、最も遠(yuǎn)隔した諸地方からの原料に加工し、またその生産物は內(nèi)國(guó)ばかりでなく、世界のあらゆる方面で消費(fèi)される。昔の、內(nèi)國(guó)産によつて充足された需要の代りに、今は最遠(yuǎn)隔の國(guó)土の産物でなければ充足されない、新しい需要が生じてゐる。昔の、地方的國(guó)家的の自足と閉居との代りに、今は諸國(guó)民相互の間における、各方面の交通、各方面の依頼が生じてゐる。そして精神的生産もやはりこの物資生産と同じである。個(gè)々の國(guó)民の精神的作物は、世界共通の所有となる。國(guó)民的の偏執(zhí)と僻見(jiàn)とは、次第々々に不可能となる。そして多數(shù)の國(guó)民的、地方的の文學(xué)の間から、一個(gè)の世界的文學(xué)が起る。
 ブルジョアジーは、すべての生産機(jī)關(guān)を急速に改善することによつて、また交通機(jī)關(guān)を絶えず進(jìn)歩させることによつて、すべての國(guó)民を(野蠻國(guó)民をすらも)文明に引き入れる。彼らはその商品の廉價(jià)を重砲として、あらゆる支那の城壁をも撃破した。彼らはまたそれによつて、頑固に外人を憎惡する野蠻人をも降伏させた。すべての國(guó)民は、もし滅亡を欲しないならば、ブルジョアジーの生産方法を採(cǎi)用することを餘儀なくされる。いはゆる文明を自國(guó)に輸入すること、すなはち自らブルジョアとなることを餘儀なくされる。これを一言にすれば、ブルジョアジーは自分の影像に從つて世界をつくるものである。
 ブルジョアジーは、地方を都會(huì)の支配下に屈せしめた。彼らは都會(huì)の人口を、農(nóng)村に比べて著るしく増加させた。そして全人口の多大な部分を、農(nóng)村生活の愚昧から奪ひ去つた。彼らは農(nóng)村を都會(huì)に屈せしめたと同じく、野蠻國(guó)および半野蠻國(guó)を文明國(guó)に、農(nóng)業(yè)國(guó)民をブルジョア國(guó)民に、東洋を西洋に從屬させた。
 ブルジョアジーは、いよいよますます、生産機(jī)關(guān)(生産手段)の、財(cái)産の、および人口の散在を抑止した。人口は集團(tuán)され、生産機(jī)關(guān)は集中され、そして財(cái)産は少數(shù)者の手に集積された。それの必然な結(jié)果は、政治上の中央集權(quán)であつた。べつべつの利害、法律、政府、稅制をもつてゐた獨(dú)立の諸地方、殆んど單なる聯(lián)合に過(guò)ぎなかつた諸地方が、一個(gè)の國(guó)民、一個(gè)の政府、一個(gè)の法律、一個(gè)の全國(guó)的階級(jí)利益、一個(gè)の關(guān)稅區(qū)域に押し堅(jiān)められてしまつた。
 ブルジョアジーは、僅かに百年ばかりの階級(jí)的支配の中に、過(guò)去一切の諸時(shí)代を合したよりも、一そう多量な、一そう巨大な生産力をつくり出した。自然力の征服、大機(jī)械、工業(yè)および農(nóng)業(yè)における化學(xué)の應(yīng)用、汽船、鐵道、電信、全世界各地の開墾、河川航路の開鑿、呪文をもつて地下から呼び起したやうな全人口の増殖、――およそこれほどの生産力が社會(huì)的勞働の胎內(nèi)に眠つてゐたとは、いかなる前時(shí)代にもかつてその徴候がなかつたではないか。
 かくて我々は知る。ブルジョアジーの成長(zhǎng)の基礎(chǔ)であつたところの、生産および交換機(jī)關(guān)は、既に封建社會(huì)のうちにつくられてゐたのである。この生産および交換機(jī)關(guān)の發(fā)達(dá)のある段階において、封建社會(huì)が生産し交換したその諸關(guān)係、すなはち農(nóng)業(yè)および工業(yè)の封建的組織、これを一言にすれば、封建的財(cái)産關(guān)係が、既に發(fā)達(dá)した生産力と、もはや適合しないことになつたのである。彼らは生産を促進(jìn)しないで、それを妨害することになつた。彼らはまさにいくたの邪魔物になつた。彼らは爆破されねばならないのであつた。そして爆破された。
 彼らの代りに現(xiàn)はれたものは自由競(jìng)爭(zhēng)であつた。それと同時(shí)に、それに適合する社會(huì)的および政治的の組織も起つて來(lái)た。ブルジョア階級(jí)の經(jīng)濟(jì)的および政治的支配も起つて來(lái)た。
 これと同樣な運(yùn)動(dòng)がいま我々の眼前にも行はれてゐる。この偉大な生産および交換機(jī)關(guān)を呼び出したところの、ブルジョア的の生産および交換關(guān)係、すなはちブルジョア的の財(cái)産關(guān)係、すなはち近代のブルジョア社會(huì)は、恰かもあの魔術(shù)師が、呪文を唱へて地の底からさまざまの魔物を呼び出しながら、今は既にそれを制御する力を失つたのに似てゐる。この數(shù)十年來(lái)の工業(yè)および商業(yè)の歴史は、近代の生産力が、近代の生産關(guān)係に對(duì)し、ブルジョアジーとその支配との生存條件たる財(cái)産關(guān)係に對(duì)し、叛逆した歴史に過(guò)ぎない。その證據(jù)としては、かの商業(yè)恐慌が、一定の期間を隔ててその襲來(lái)を繰返し、その一回ごとにますます甚だしくブルジョア社會(huì)の全體の存在を脅威してゐる事實(shí)を擧げれば足りる。この商業(yè)恐慌の際には、現(xiàn)存の生産物の大部分が定期的に破壞されるばかりでなく、その以前につくられた生産力の大部分もまた同じである。またこの恐慌に際しては、過(guò)去のあらゆる時(shí)代ならばいかにも不道理と思はれるはずの、一種の社會(huì)的流行病、すなはち生産過(guò)剩といふ流行病が發(fā)生する。そのとき、社會(huì)は突如として、一時(shí)的の野蠻狀態(tài)に返つたやうに見(jiàn)える。饑饉が起り、大破壞が起つて、社會(huì)一切の生活資料を杜絶したかのやうに見(jiàn)える。工業(yè)も商業(yè)も悉く破壞されたやうに見(jiàn)える。それは何故か。ほかでもない、社會(huì)があまり多くの文明、あまり多くの生活資料、あまり多くの工業(yè)、あまり多くの商業(yè)をもつたからである。社會(huì)の用を務(wù)むべき生産力は、もはやブルジョアの財(cái)産關(guān)係を促進(jìn)させる役には立たない。否、かへつてその財(cái)産關(guān)係に對(duì)してあまりに有力となり、その財(cái)産關(guān)係のために妨害を蒙ることになる。そこで生産力がその妨害を突破するたびごとに、ブルジョア社會(huì)の全部を無(wú)秩序に陷れ、ブルジョア財(cái)産の存在を危くするのである。ブルジョアの諸關(guān)係は、自分のつくり出した富を包容するのに、あまり狹隘になつて來(lái)たのである。しからばブルジョアジーは何によつてこの恐慌を切り拔けるか。一面には生産力の大額を強(qiáng)壓的に破壞し、一面には新市場(chǎng)を征服し、および舊市場(chǎng)の搾取を一そう根本的にやる。さうしてどうなるか。それはすなはち、一そう廣大な、一そう猛烈な恐慌を準(zhǔn)備し、恐慌を防遏する手段方法を極度に減少することになる。
 ブルジョアジーが封建制度を顛覆したその武器が、今はブルジョアジー自身に向けられてゐる。
 ただしブルジョアジーは、自分を殺すべき武器を鑄造したばかりでなく、またその武器を使用すべき人物をつくりだした。すなはち近代の勞働者、プロレタリヤがそれである。
 かくてブルジョアジー(すなはち資本)が發(fā)達(dá)すればするほど、その同じ比例をもつて、近代勞働者の階級(jí)(すなはちプロレタリヤ階級(jí))が發(fā)達(dá)した。このプロレタリヤは、仕事を見(jiàn)つけた間だけ生活することが出來(lái)、またその勞働が資本を増大する間だけ仕事をもつことが出來(lái)る。彼らは自分の身を切賣りにするよりほかないもので、他のあらゆる商品と同じく一個(gè)の商品である。從つて競(jìng)爭(zhēng)上の諸變化と、市場(chǎng)內(nèi)の諸變動(dòng)とに曝されるものである。
 プロレタリヤの勞働は、機(jī)械使用の増大と分業(yè)とのために、全くその個(gè)人的性質(zhì)を失ひ、從つてまた勞働者の興味を失つた。すなはちプロレタリヤは單なる機(jī)械の附屬物となり、その機(jī)械に對(duì)して彼の要求されるところは、ただ最も單純な、最も單調(diào)な、最も容易に習(xí)得される手業(yè)である。從つてその勞働者を産出する費(fèi)用は、ただ僅かにその一身を維持し、およびその種を蕃殖させるに必要なだけの生活資料に制限される。しかるに商品の價(jià)格は、從つて勞働の價(jià)格も、その生産費(fèi)と等しいものである。そこで勞働の沒(méi)趣味が増加すればするほど、それと同じ程度において賃銀は減少する。それにまた、機(jī)械の使用と分業(yè)とが増大すればするほど、或ひは勞働時(shí)間の延長(zhǎng)により、或ひは一定の時(shí)間內(nèi)に要求される勞働の増加により、或ひはまた、機(jī)械の運(yùn)轉(zhuǎn)力の増加等により、その同じ程度において勞働の總量が増大する。
 近世産業(yè)は、族長(zhǎng)的な親方の下にあつた小さな職場(chǎng)を、工業(yè)資本家の大工場(chǎng)に變更したものである。その工場(chǎng)に詰めこまれる勞働者の群は、軍隊(duì)的に編成されてゐる。彼らは産業(yè)軍の兵卒として、多數(shù)の士官、下士官などを有する完全な統(tǒng)御組織の下におかれてゐる。彼らはブルジョア階級(jí)、ブルジョア國(guó)家の奴隷であるばかりでなく、機(jī)械のために、監(jiān)督者のために、殊にはその製造家たるブルジョア個(gè)人のために、日々刻々、奴隷として使役されてゐる。そしてその專制政治の目的が單に營(yíng)利であることが明示されればされるほど、その賤しむべく、厭ふべく、憎むべきことが甚だしさを加へて來(lái)る。
 手の勞働が熟練と力とを要することが少くなるに從つて、すなはち近世産業(yè)がいよいよ發(fā)達(dá)するに從つて、男子の勞働が女子と小兒の勞働にとつて代られる。性の差異と年齡の差異とは、勞働階級(jí)にとつては、もはや何らの社會(huì)的價(jià)値をもつてゐない。彼らはみな等しく勞働器具であつて、ただその年齡と性とにより、使用上に費(fèi)用の多少を生ずるだけである。
 勞働者が、既に製造家から搾取されて、その勞働賃銀を受取ると、今度はブルジョアジーの他の部分、すなはち家主、小賣商人、質(zhì)屋などが彼に襲ひかかる。
 從來(lái)の中産階級(jí)の下層、すなはち小さい工業(yè)者、小商人、および小金持、職人と農(nóng)夫、すべてこれらの諸階級(jí)は漸次プロレタリヤに陷る。その原因の一半は、彼らの小資本が大産業(yè)の經(jīng)營(yíng)に引き足りないで、より大なる資本家との競(jìng)爭(zhēng)に負(fù)けるからであり、また他の一半は、彼らの專門技術(shù)が新しい生産方法に對(duì)して無(wú)效になるからである。かくてプロレタリヤは國(guó)民のあらゆる方面から徴募されてゐる。
 プロレタリアートは種々な發(fā)達(dá)の段階を經(jīng)過(guò)する。彼らのブルジョアジーに對(duì)する戰(zhàn)ひは、その存在とともに始まる。最初は個(gè)々の勞働者が、次には一工場(chǎng)內(nèi)の勞働者が、次には一地方における一勞働部門の勞働者が、直接に彼らを搾取する個(gè)々のブルジョアに對(duì)して戰(zhàn)ふ。彼らはまだブルジョアの生産關(guān)係に對(duì)して攻撃を向けるのでなく、生産器具そのものに對(duì)して攻撃を向ける。すなはち彼らは外國(guó)の競(jìng)爭(zhēng)品を破壞し、機(jī)械を叩きこはし、工場(chǎng)を燒き拂ふ。彼らは既に亡びた中世勞働者の地位を取り戻さうとする。
 この段階にあつては、勞働者はまだ全國(guó)に散在して、競(jìng)爭(zhēng)のために分裂してゐるところの集團(tuán)である。當(dāng)時(shí)、勞働者が多數(shù)團(tuán)結(jié)の實(shí)を示した場(chǎng)合があるのは、それはまだ彼ら自身が結(jié)合したのではなく、ブルジョアジーの結(jié)合した結(jié)果である。ブルジョアジーとしては、自分の政治上の目的を達(dá)するために、全プロレタリアートを動(dòng)かす必要があり、そして、一時(shí)はそれをなしうるのである。故にこの段階にあつては、プロレタリヤは自分の敵と戰(zhàn)はないで、自分の敵の敵と戰(zhàn)ふ。すなはち專制王國(guó)の遺物、大地主、非工業(yè)的のブルジョア、小ブルジョアなどと戰(zhàn)ふ。かくて歴史的運(yùn)動(dòng)の全部はブルジョアの手に集中され、それによつて獲得されるすべての勝利は、ブルジョアの勝利である。
 しかるに産業(yè)の發(fā)達(dá)とともに、プロレタリヤはその數(shù)を増加したばかりでなく、ますます大なる集團(tuán)に押し堅(jiān)められ、從つてその力が増大し、また彼らがその力を感知する。機(jī)械が次第々々に勞働の差異を消し、殆んど到る處において、賃銀を同一の低い水準(zhǔn)に引下げると同時(shí)に、プロレタリヤの利害、プロレタリヤの內(nèi)部における生活狀態(tài)が次第々々に平均して來(lái)る。ブルジョア同志の間におけるますます激烈な競(jìng)爭(zhēng)、およびそれから生ずる商業(yè)恐慌が、いよいよ勞働者の賃銀を動(dòng)搖させる。不可避の勢(shì)ひをもつてますます急激に發(fā)達(dá)する機(jī)械の改善が、いよいよ勞働者の全生活を不安にする。個(gè)々の勞働者と個(gè)々の資本家との衝突が、次第々々に兩階級(jí)の衝突たる性質(zhì)を餘計(jì)に帶びて來(lái)る。そこで勞働者は資本家に對(duì)して組合をつくりはじめる。彼らは勞働賃銀を維持するために結(jié)合する。彼らは臨機(jī)の反抗運(yùn)動(dòng)のために、かねてその資力を養(yǎng)ふべく、永續(xù)的の團(tuán)體を組織する。それがをりをりは破裂して一揆となる。
 勞働者はをりをり勝利を得るが、それはただ一時(shí)的に過(guò)ぎない。彼らの鬪爭(zhēng)の眞の效力は、その直接の結(jié)果にあるのではなく、ただ勞働者の團(tuán)結(jié)が絶えず擴(kuò)大するところにある。勞働者の團(tuán)結(jié)は、大産業(yè)がつくり出した交通機(jī)關(guān)の發(fā)達(dá)によつて助長(zhǎng)される。交通機(jī)關(guān)の發(fā)達(dá)は、諸地方の勞働者をして互ひに聯(lián)絡(luò)をとらしめる。ただこの聯(lián)絡(luò)のおかげで、到る處に同性質(zhì)を有する無(wú)數(shù)の地方的鬪爭(zhēng)が、一個(gè)の全國(guó)的鬪爭(zhēng)、一個(gè)の階級(jí)鬪爭(zhēng)に集中される。そして階級(jí)鬪爭(zhēng)は必ず政治的鬪爭(zhēng)である。もしこれが、あの道路の不便な中世の町人であつたなら、かういふ?qǐng)F(tuán)結(jié)のためには數(shù)百年を要したであらうに、鐵道のある近代のプロレタリヤは、僅々數(shù)年の間にそれを成就したのである。
 プロレタリアートのかういふ階級(jí)的組織、從つてまたその政黨組織は、また絶えず勞働者自身の間の競(jìng)爭(zhēng)のために破壞される。けれども、それは必ずまた勃興して、一そう強(qiáng)く、一そう堅(jiān)く、一そう有力となる。彼らはブルジョアジーの間における黨爭(zhēng)を利用して、勞働者の特殊の利益に對(duì)する立法的認(rèn)識(shí)を強(qiáng)要する。イギリスにおける十時(shí)間勞働法のごときがすなはちそれである。
 舊社會(huì)における一般の諸衝突は、また種々の點(diǎn)においてプロレタリヤの發(fā)達(dá)を促す。ブルジョアジーは不斷の鬪爭(zhēng)の中に立つてゐる。初めは貴族と戰(zhàn)ひ、後には産業(yè)の進(jìn)歩と利害を異にする、ブルジョアジー自身の他の部分と戰(zhàn)ひ、また常にあらゆる外國(guó)のブルジョアジーと戰(zhàn)ふ。かういふいろいろの鬪爭(zhēng)において、ブルジョアジーはプロレタリヤに訴へ、その助力を借る必要があるので、從つてプロレタリヤを政治運(yùn)動(dòng)に引きいれねばならぬことになる。故にブルジョアは自分の教育的要素、すなはち自分と戰(zhàn)ふべき武器をプロレタリヤに供給することになる。
 また、前にいつたとほり、支配階級(jí)の一部分が、産業(yè)發(fā)達(dá)のために、擧つてプロレタリヤに落ち込む?;颏窑仙伽趣狻ⅳ饯紊顥l件を脅威される。彼らがまた多量の教育的要素をプロレタリヤに附與する。
 最後に、この階級(jí)鬪爭(zhēng)がいよいよ決戰(zhàn)の時(shí)期に近づく時(shí)には、支配階級(jí)の內(nèi)部(すなはち舊社會(huì)全體の內(nèi)部)における分解の過(guò)程が、すこぶる激烈大膽な性質(zhì)を帶び、支配階級(jí)の一小部分は自らその所屬を脫して、革命階級(jí)(すなはち將來(lái)をその手の中に握つてゐる階級(jí))に投ずる。故に、むかし貴族の一部分がブルジョアに投じたと同じやうに、今はブルジョアの一部、殊にこの歴史的運(yùn)動(dòng)の全體を?qū)W理的に理解しうるに至つたところの、思想家的ブルジョアの一部が、プロレタリヤに投ずる。
 今日、ブルジョアと對(duì)立してゐるすべての階級(jí)の中で、ただプロレタリヤのみが眞實(shí)の革命階級(jí)である。他の諸階級(jí)は大産業(yè)のために衰頽し、滅亡するものであるが、プロレタリヤはすなはち大産業(yè)に特有な産物である。
 中産階級(jí)の下層たる、小製造家、小商人、職人、農(nóng)夫等もまたみなブルジョアジーと戰(zhàn)ふ。けれどもそれは、中産階級(jí)としての滅亡を免れんがために戰(zhàn)ふのである。故に彼らは革命的でなく、保守的である。いなむしろ彼らは反動(dòng)的である。彼らは歴史の車輪を後ろにまはさうとするものである。もし彼らが革命的であるとすれば、それは彼らがプロレタリヤに落ちこみかけてゐることを悟つたからである。彼らは現(xiàn)在の地位を防衞するのではなく、將來(lái)の利益を防衞するのである。すなはち彼らはプロレタリヤの地位に立つために、自分の特殊な地位を棄てるのである。
 ルンペンプロレタリヤ、すなはち舊社會(huì)の最下層にある、腐敗墮落した貧民もまた、場(chǎng)合によつてプロレタリヤの革命運(yùn)動(dòng)に誘ひ込まれるだらう。けれども彼らの生活狀態(tài)から見(jiàn)ると、彼らはむしろ喜んで反動(dòng)的陰謀のために買收されるだらう。
 舊社會(huì)の生活條件は、今は既にプロレタリヤの生活條件の中に滅卻されてゐる。プロレタリヤは無(wú)財(cái)産である。彼らがその妻子に對(duì)する關(guān)係は、もはやブルジョアの家族關(guān)係と少しの共通點(diǎn)をももつてゐない。近世的工業(yè)勞働、資本の下における近世的屈從は、イギリスはフランスに同じく、アメリカはドイツに同じく、すべてプロレタリヤからその國(guó)民的特徴を剝ぎ去つてゐる。法律、道徳、宗教、彼らにとつてはみな悉くブルジョア的偏見(jiàn)であつて、その背後には必ず、それだけのブルジョア的利益が隱されてゐるのである。
 從來(lái)、政權(quán)を握つたすべての階級(jí)は、全社會(huì)を自分らの收益條件に屈從させて、そして自分らの既得の地位を確保しようとした。しかるにプロレタリヤは、從來(lái)の自分の所得方法(從つてまた、從來(lái)一般の所得方法)を廢止して、初めて社會(huì)的生産力を握ることが出來(lái)る。プロレタリヤは自分のものとして保護(hù)すべきものが一つもない。彼らはただ、あらゆる從來(lái)の、私有的保證、私有的保護(hù)を破壞すれば足りるのである。
 從來(lái)のすべての運(yùn)動(dòng)は、みな少數(shù)者の運(yùn)動(dòng)、もしくは少數(shù)者の利益のためにする運(yùn)動(dòng)であつた。プロレタリヤの運(yùn)動(dòng)は、大多數(shù)の利益のためにする、その大多數(shù)の獨(dú)立の運(yùn)動(dòng)である。しかるに、現(xiàn)社會(huì)の最下層たるこのプロレタリヤは、外面の正式社會(huì)を構(gòu)成してゐるところの、上層全部を空中に吹き飛ばさなくては、自立し自營(yíng)することが出來(lái)ないのである。
 プロレタリアートのブルジョアジーに對(duì)するこの鬪爭(zhēng)は、形式上(實(shí)質(zhì)上はさうでないが)、最初は一國(guó)的である。各國(guó)のプロレタリアートは、必ずまづ、自國(guó)のブルジョアジーを處分せねばならぬのである。
 我々は今、プロレタリアートの發(fā)達(dá)について、その最も一般的なる諸段階を敘述し、現(xiàn)社會(huì)の內(nèi)部における、大なり小なり覆面された?jī)?nèi)亂から、遂にそれが爆破して公然の革命となり、ブルジョアジーを顛覆してプロレタリアートの支配を樹立するところまで到達(dá)した。
 從來(lái)のすべての社會(huì)は、前に述べたとほり、壓伏階級(jí)と被壓伏階級(jí)との敵對(duì)の上に立つてゐた。けれども一階級(jí)を壓伏するためには、その階級(jí)が少くとも奴隷的存在を續(xù)けうるだけの、ある生活條件が保證されてあらねばならぬ。農(nóng)奴は農(nóng)奴制の下において、その村邑の公民に立身することが出來(lái)たし、小町人はまた、封建的專制政治の抑壓のもとにあつて、ブルジョアになることが出來(lái)た。しかるに近世の勞働者は、産業(yè)の進(jìn)歩とともに向上するのではなく、卻つて自分の階級(jí)の生活條件より以下にだんだん深く沈んで行くのである。すなはち勞働者は貧民となり、貧民は人口と富との増加に比し、一そう急速に發(fā)達(dá)する。そこでブルジョアジーがなほ永く社會(huì)の支配階級(jí)となること、そしてその階級(jí)の生活條件を定法として社會(huì)に強(qiáng)ひることの不適當(dāng)が明瞭となる。彼らが支配者たるに不適當(dāng)な所以は、すなはちその奴隷制の內(nèi)部において、奴隷に生存そのものをすら確保することが出來(lái)ないといふ點(diǎn)にある。また彼らが奴隷から養(yǎng)はれるのでなく、卻つて奴隷を養(yǎng)はねばならぬほどの境遇に、奴隷を沈ませるのやむなきに至つた點(diǎn)にある。社會(huì)はもはやブルジョアジーの下に生活することが出來(lái)ない。換言すれば、ブルジョアジーの生活はもはや社會(huì)と兩立しえないのである。
 ブルジョア階級(jí)の存在、およびその支配權(quán)の根本條件は、私人の手の中に富を集積することである、資本の形成および増大である。そして資本の條件は賃銀勞働である。そして賃銀勞働は全く勞働者間の競(jìng)爭(zhēng)の上に立つてゐる。しかるにブルジョアジーが無(wú)意識(shí)に、そして無(wú)抵抗に促進(jìn)した産業(yè)の進(jìn)歩は、競(jìng)爭(zhēng)による勞働者の孤立を改めて、協(xié)力による彼らの革命的結(jié)合をつくる。だから大産業(yè)の發(fā)達(dá)は、ブルジョアジーが生産をなし、産出物を領(lǐng)有するその基礎(chǔ)自體を、ブルジョアジーの足の下から引き拔くものである。故にブルジョアジーが産出するものは、第一に自分の墓堀り人である。ブルジョアの沒(méi)落と、プロレタリヤの勝利とは、共に不可避である。

第二章 プロレタリヤと共産主義者


 共産主義者は一般のプロレタリヤに對(duì)して、どんな關(guān)係にあるか。
 共産主義者は勞働者の諸黨派に反對(duì)して、別個(gè)の一黨派をつくるものではない。
 彼らは全プロレタリヤ階級(jí)の利害から分離した、何らの利害をもつものではない。
 彼らは特殊の原則を定めて、プロレタリヤの運(yùn)動(dòng)をその型に入れようとするものではない。
 共産主義者が、プロレタリヤの他の諸黨派と異なるところは、ただこれである。すなはち、一面においては、プロレタリヤの種々なる一國(guó)的鬪爭(zhēng)に對(duì)して、その國(guó)籍から獨(dú)立した、全プロレタリヤ階級(jí)の共通利益を指示し、標(biāo)榜する。そして他の一面においては、プロレタリヤとブルジョアジーとの鬪爭(zhēng)が經(jīng)過(guò)する種々なる發(fā)展段階に對(duì)して、常に運(yùn)動(dòng)全體の利益を代表する。
 故に共産主義者は、一面、實(shí)際上には、全世界の勞働諸黨派の中において、最も大膽な、いつでも全黨を推進(jìn)させる一部分である。そして一面、理論上には、プロレタリヤ運(yùn)動(dòng)の條件、進(jìn)路、およびその總結(jié)末に關(guān)し、プロレタリヤの他の大部分よりも、一そう明晰な洞察をもつてゐるものである。
 共産主義者の直接の目的は、他のすべてのプロレタリヤ諸黨派のそれと同一である。すなはちプロレタリヤを一階級(jí)に結(jié)成すること、ブルジョアの支配權(quán)を顛覆すること、プロレタリヤの手に政權(quán)を握ること。
 共産主義者の理論的根據(jù)は、決して某々社會(huì)改良家たちの發(fā)明し、もしくは發(fā)見(jiàn)した、理想や原理の上に存するものではない。
 彼らはただ、現(xiàn)存せる階級(jí)鬪爭(zhēng)の實(shí)際的諸關(guān)係、すなはち我々の眼前に起りつつある歴史的運(yùn)動(dòng)の、一般的表現(xiàn)に過(guò)ぎない。從來(lái)の財(cái)産關(guān)係を廢絶することは、必ずしも共産主義者の特徴ではない。
 あらゆる過(guò)去の財(cái)産關(guān)係は、絶えず歴史的の轉(zhuǎn)換を受け、また絶えず歴史的の變化を蒙つてゐる。
 例へばフランス革命は、ブルジョア的財(cái)産の便宜のために、封建的財(cái)産を廢絶した。
 故に共産主義の特徴とするところは、一般財(cái)産の廢絶ではなく、ただブルジョア財(cái)産の廢絶である。しかし近世ブルジョアの私有財(cái)産は、階級(jí)反目の上に立ち、少數(shù)者による多數(shù)者の搾取の上に立つところの、生産および生産物領(lǐng)有方法の、最後にしてかつ最も完全なる表現(xiàn)である。
 この意味において、共産主義者はその理論を一言に約することが出來(lái)る。いはく、私有財(cái)産の廢絶。
 世人は我々共産主義者を非難していふ。共産主義者は、人が自己の勞働によつて獲得したところの個(gè)人的財(cái)産を廢絶しようとする。すなはちあらゆる個(gè)人的の自由、活動(dòng)、および獨(dú)立の根底たる財(cái)産を廢絶しようとする、と。
 自己の勞働によつて、自己の獲得した、自己の儲(chǔ)けだした財(cái)産といふのか。それはブルジョア財(cái)産の以前にあつた、職人の財(cái)産、農(nóng)夫の財(cái)産のことをいふのか、それならば我々が廢絶するには及ばない。産業(yè)の發(fā)達(dá)が既にそれを廢絶し、なほ日々廢絶しつつある。
 それとも彼らは、近世のブルジョア的私有財(cái)産のことをいふのか。
 しかし、賃銀勞働(すなはちプロレタリヤの勞働)は勞働者のために財(cái)産をつくるのか。決してつくらない。それはただ資本をつくる。資本は賃銀勞働を搾取する財(cái)産である。そしてそれが更に賃銀勞働をつくり、更にそれを搾取するといふ條件の下においてのみ、増大しうるところの財(cái)産である?,F(xiàn)今の形態(tài)における財(cái)産は、資本と賃銀勞働との對(duì)立の中に生存してゐる。我々をしてこの對(duì)立の兩面を檢せしめよ。
 資本家たることは、生産界において、單純なる個(gè)人的地位をもつばかりでなく、また一の社會(huì)的地位をもつことである。資本は協(xié)力的産物である。多數(shù)部員の共同作業(yè)によつてのみ、いな、それを究極すれば、社會(huì)全員の共同作業(yè)によつてのみ働かされうるものである。
 故に資本は決して個(gè)人的の力でなく、一つの社會(huì)力である。
 故に資本が共有財(cái)産(すなはち社會(huì)全員の財(cái)産)に變更される場(chǎng)合、それは個(gè)人的財(cái)産が社會(huì)的財(cái)産に變更されるのではない。ただその財(cái)産の社會(huì)的特質(zhì)が變更されるのである。すなはち財(cái)産の階級(jí)的性質(zhì)が失はれるのである。
 次に賃銀勞働を檢せしめよ。
 賃銀勞働の平均價(jià)格は、勞働賃銀の最低である。すなはち、勞働者が勞働者としての生命を保つに必要なだけの生活資料の額である。故に賃銀勞働者が自分の勞働によつて獲得するところは、ただその赤貧の生活を再製するに足るだけのものである。我々は決して、この直接な生命の再製のためにする、勞働産物の個(gè)人的所得を廢絶しようとするのではない。すなはち他の勞働を支配すべき何らの餘剩を生じないところの、この所得を廢絶しようとするのではない。我々はただこの所得の悲慘な性質(zhì)、すなはち勞働者が資本を増大するためにのみ生活し、支配階級(jí)の利益がそれを要求する間だけ生活しうるといふ、その悲慘な性質(zhì)をなくしようとするのである。
 ブルジョアの社會(huì)にあつては、生きた勞働者は、ただ、集積された勞働を増大する一つの手段になる。共産主義の社會(huì)にあつては、集積された勞働が、ただ勞働者の生活を擴(kuò)大し、豐富にし、増進(jìn)させる手段になる。
 故にブルジョアの社會(huì)にあつては、過(guò)去が現(xiàn)在を支配し、共産主義の社會(huì)にあつては、現(xiàn)在が過(guò)去を支配する。ブルジョアの社會(huì)にあつては、資本は獨(dú)立的であり、個(gè)性的であるのに、生きた人間は從屬的であり、非個(gè)性的である。
 しかるにブルジョアジーは、かういふ諸關(guān)係の廢絶を目して、個(gè)性の廢絶! 自由の廢絶! といふのである。しかし無(wú)理もない。これはいかにも、ブルジョアの個(gè)性、ブルジョアの獨(dú)立、ブルジョアの自由の廢絶なのである。
 現(xiàn)在のブルジョア的生産關(guān)係の下にあつては、自由とはただ自由貿(mào)易を意味し、自由賣買を意味してゐる。
 しかし賣買といふことがなくなれば、自由賣買もなくなつてしまふ。一體、ブルジョアの自由賣買といふこと、およびその他一切の自由よばはりは、中世時(shí)代の制限された賣買、束縛された商人に對(duì)してこそ意義もあるが、共産主義が主張する賣買の廢絶、ブルジョア的生産關(guān)係の廢絶、およびブルジョアジーそのものの廢絶に對(duì)しては、何らの意義もないものである。
 諸君は、我々が私有財(cái)産を廢絶しようといふのに驚いてゐる。しかし諸君のこの現(xiàn)在の社會(huì)において、人口の十分の九は既に私有財(cái)産を失つてゐるではないか。そしてそれが(少數(shù)者のために)存在してゐるのは、實(shí)にそれがその十分の九のために存在してゐないからではないか。故に諸君が我々を非難する、その財(cái)産の廢絶といふのは、社會(huì)全員の大々多數(shù)の無(wú)財(cái)産を必要條件とする、その財(cái)産の廢絶なのである。
 要するに諸君は、我々が諸君の財(cái)産を廢絶しようとするのを非難するのである。いかにも我々はそれを欲するのである。
 諸君は、勞働がもはや資本に變ぜず、貨幣に變ぜず、地代に變ぜず、つまり獨(dú)占的社會(huì)力に變じえないことになるその瞬間から、すなはち個(gè)人的財(cái)産がもはや、ブルジョア的財(cái)産に變形しえないことになるその瞬間から、諸君は個(gè)性が廢絶されるといふのである。
 故に諸君は白狀してゐるのである。諸君のいはゆる個(gè)性とは、ブルジョア以外の、ブルジョア的財(cái)産所有者以外の、何ものをも意味してゐないのである。そして、それらの個(gè)性はもとより廢絶すべきである。
 共産主義は誰(shuí)人に對(duì)しても、社會(huì)的産物を獲得する力を奪ふものではない。ただその獲得によつて、他の勞働を屈服させる、その力を奪ふのである。
 ある者は反對(duì)していふ。私有財(cái)産が廢絶されるなら、それとともに一切の活動(dòng)が廢絶され、從つて一般的怠惰に陷るであらう、と。
 もしさうとするなら、ブルジョア社會(huì)は疾くの昔、怠惰のために滅亡してゐるはずである。ブルジョア社會(huì)では、働く者は儲(chǔ)からないし、儲(chǔ)ける者は働かないではないか。だからこの反對(duì)論は結(jié)局、資本がなくなれば賃銀勞働がなくなるといふ、分かりきつた重複語(yǔ)を、別の意味で使つたに過(guò)ぎない。
 物質(zhì)的産物に對(duì)する、共産主義的の獲得方法および生産方法に向けられたすべての攻撃は、更に精神的産物の獲得および生産にまで延長(zhǎng)されてゐる。階級(jí)的財(cái)産の廢絶が、ブルジョアにとつて、生産そのものの廢絶であるのと同じく、階級(jí)的文化の廢絶は、彼らにとつて一般文化の廢絶と同意義である。
 彼らがしかくその消滅を悲しんでゐる、その文化なるものは、大々多數(shù)の人にとつては、ただ機(jī)械として働くことの教育である。
 しかし諸君が、自由、文化、權(quán)利等に關(guān)する諸君のブルジョア的見(jiàn)解を標(biāo)準(zhǔn)として、ブルジョア財(cái)産の廢絶を律しようとする間は、論爭(zhēng)は無(wú)益である。諸君の思想そのものは、ブルジョア的の生産關(guān)係および財(cái)産關(guān)係の産物である。それと同じく、諸君の權(quán)利もまた、諸君の階級(jí)的意志を法律としたものに過(guò)ぎない。そしてその意志の內(nèi)容は、諸君の階級(jí)の物質(zhì)的生活條件から生じたものに過(guò)ぎない。
 諸君の利己的謬想――すなはち諸君の生産關(guān)係および財(cái)産關(guān)係は、生産の進(jìn)歩に從つて生滅する歴史的關(guān)係であるのに、それを永劫の自然法および道理法に變更させる――その諸君の利己的謬想は、すべての滅亡した過(guò)去の支配階級(jí)が、みな諸君と同じくもつてゐたものである。諸君が古代の財(cái)産に對(duì)して理解したところ、また封建的財(cái)産に對(duì)して理解したところのものを、諸君はいま、ブルジョア的財(cái)産に對(duì)しては理解しようとしないのである。
 家族制の廢絶! 共産主義者のこの不名譽(yù)な提案に對(duì)しては、最急進(jìn)派の人々すらも憤激する。
 しかし、現(xiàn)在の家族制度、ブルジョアの家族制度はいかなる基礎(chǔ)の上に立つてゐるか。資本の上、私收入の上に立つてゐる。完全に發(fā)達(dá)したこの家族制度は、ただブルジョアジーの間にのみ存在してゐる。そしてプロレタリヤの強(qiáng)制的無(wú)家庭と、公娼制度とが、その補(bǔ)足物になつてゐる。
 ブルジョアの家族制は、もとよりこの補(bǔ)足物の消失とともに消失する。そして兩者とも、資本の消失とともに消失する。
 諸君はまた、子供に對(duì)する親の搾取を廢絶するものとして、我々を攻撃するか。我々は甘んじてその罪人たることを自認(rèn)する。
 しかし(と諸君はいふだらう)、家庭教育を廢して社會(huì)教育をそれに代へるのは、最も神聖なる家族關(guān)係を廢絶するものである、と。
 ところが、諸君の教育もやはり社會(huì)によつて決定されるのではないか。諸君が教育を施すその社會(huì)的諸關(guān)係によつて決定されるのではないか。學(xué)校などを通じて、直接間接に行はれる社會(huì)の干渉によつて決定されるのではないか。共産主義者は、教育に對(duì)する社會(huì)の影響を發(fā)明したのではない。彼らはただその影響の性質(zhì)を變じて、教育をして支配階級(jí)の勢(shì)力から脫出させようとするのである。
 家族制度や教育のことについて、また親子の間の神聖な關(guān)係などといふことについて、ブルジョアがこんないひわけをしてゐるとき、大産業(yè)の結(jié)果として、プロレタリヤの家族關(guān)係がだんだんに破壞され、その小兒たちが單純な商品と勞働器械とに變形されて行くのを見(jiàn)ると、我々は實(shí)に嘔吐を催すの感がある。
 だつて君ら共産主義者は、婦人の共有を行はうとしてゐるのぢやないかと、全ブルジョアジーが我々に向つて合唱的に絶叫する。
 ブルジョアは自分の妻を單なる生産器具と考へてゐる。そして生産器具がみな共同に利用されると聞いたのだから、その共同利用の運(yùn)命が、やはり婦人の上にも來(lái)るものとしか考へられないのは、無(wú)理もない話である。
 共産主義者の目的とするところは、さういふ單なる生産器具としての婦人の地位を、廢絶しようとするにあるのだなどとは、彼らが思ひもそめないことである。
 しかしなんにしろ、わがブルジョア諸君が、そのいはゆる共産主義者の婦人共有制に對(duì)して、道徳的義憤を發(fā)したことほど笑ふべきものはない。共産主義者は婦人共有制を創(chuàng)設(shè)する必要がない。それは疾くの昔から存在してゐるではないか。
 わがブルジョア諸君は、公娼のことはしばらくいはぬとしても、プロレタリヤの妻や娘を勝手にして、それでもなほ滿足が出來(lái)ないで、更に自分らの妻を互ひに誘惑することを無(wú)上の快樂(lè)としてゐるではないか。
 ブルジョアの結(jié)婚は、その實(shí)質(zhì)上、まさに妻女共有制である。さすれば、彼らが共産主義者に對(duì)して加へうる攻撃は、僞善的に隱蔽されてゐる婦人共有制の代りに、公然たる正式の婦人共有制を設(shè)けようとするからいけない、といふのがせいぜいである。なほいふまでもないことだが、現(xiàn)今の生産關(guān)係を廢絶すれば、それとともに、その關(guān)係から生じた婦人共有制、すなはち公私の賣淫制度が、みな消滅するのである。
 共産主義者は更に、祖國(guó)を廢絶し、國(guó)民性を廢するものとして攻撃されてゐる。
 勞働者は祖國(guó)をもつてゐない。その人のもつてゐないものをその人から取ることは出來(lái)ない。プロレタリヤはまづ政權(quán)を握らねばならぬ、國(guó)民的の階級(jí)たる地位に登らねばならぬ、自己を國(guó)民として結(jié)成せねばならぬ。であるから、その意味において、ブルジョアジーの意味とは全く違ふが、やはり國(guó)民的である。
 國(guó)家間の差別、および人種間の反目は、ブルジョアジーの發(fā)達(dá)のために、通商の自由のために、世界市場(chǎng)のために、生産方式およびそれに相應(yīng)する生活關(guān)係の同一化のために、もはやだんだん消滅しつつある。
 プロレタリヤの政治は一そう多くそれを消滅させるであらう。少くとも文明諸國(guó)間だけの團(tuán)結(jié)した行動(dòng)が、プロレタリヤ解放の最大條件の一つである。
 一個(gè)人が他個(gè)人を搾取することが止めば、それと同じ比例において、一國(guó)民が他國(guó)民を搾取することも止むであらう。一國(guó)の內(nèi)部における階級(jí)對(duì)立がなくなれば、國(guó)と國(guó)との間の敵視もまたなくなるであらう。
 宗教的、哲學(xué)的、および一般理想的見(jiàn)地からの共産主義に對(duì)する攻撃は、大して本氣に論究するだけの價(jià)値がない。
 人間の生活上の諸關(guān)係とともに、その社會(huì)的諸關(guān)係とともに、その社會(huì)的生活とともに、その思想、觀念、および見(jiàn)解、一言にすれば、その自覺(jué)もまた變化するといふことを理解するのに、そんなに深い洞察力がいるだらうか。
 古來(lái)、思想の歴史が示してゐるところのものは、精神的生産が物質(zhì)的生産とともに變質(zhì)するといふことよりほかにないではないか。ある時(shí)代を支配する思想は、いつでもただその支配階級(jí)の思想であつた。
 ある思想が全社會(huì)を革命したといふことがある。それはただ、舊社會(huì)の內(nèi)部に、新社會(huì)の要素が發(fā)育したといふ事實(shí)、古い生活關(guān)係の解體とともに、古い思想の解體が同一の歩調(diào)をとつたといふ事實(shí)を指すに過(guò)ぎない。
 上古の世界が滅亡に瀕したとき、古い諸宗教はみな、キリスト教に征服された。十八世紀(jì)に、キリスト教の思想が啓蒙思想(合理思想)に壓せられたとき、封建社會(huì)は當(dāng)時(shí)の革命的ブルジョアジーと致命戰(zhàn)をやつてゐた。良心の自由、および信仰の自由といふ思想は、ただ自由競(jìng)爭(zhēng)の優(yōu)勝を知識(shí)界について言明したに過(guò)ぎない。
『けれども』と誰(shuí)かがいふだらう?!鹤诮痰摹⒌缽缘?、哲學(xué)的、政治的、法律的の諸思想は、いかにも歴史發(fā)展の道程において變化したに相違ないが、宗教、道徳、哲學(xué)、政治、法律は、常にその變化の間に嚴(yán)存した?!?br>『それにまた、自由、正義などといふ、あらゆる社會(huì)狀態(tài)に共通する、永劫の眞理がある。しかるに共産主義は、その永劫の眞理を廢絶する。宗教、道徳を改新するのではなく、全くそれを廢絶する。だから共産主義は、あらゆる過(guò)去の歴史發(fā)展と矛盾する?!?br> この難詰は一體どういふことに歸著するか。あらゆる過(guò)去の社會(huì)の歴史は、階級(jí)對(duì)立の中に發(fā)展してゐる。そしてその階級(jí)對(duì)立は、時(shí)代々々に從つてその形態(tài)を異にしてゐる。
 しかしその形態(tài)はいかにもあれ、社會(huì)の一部分が他部分を搾取するといふ一點(diǎn)は、すべての過(guò)去の諸時(shí)代に共通な事實(shí)である。從つて、すべての時(shí)代の社會(huì)的自覺(jué)(社會(huì)意識(shí))が、その表現(xiàn)の多種多樣なるにかかはらず、ある共通の形式をもつて働くのは、當(dāng)り前のことである。そしてその自覺(jué)形式は、階級(jí)對(duì)立の全き消滅とともに、初めて完全に解體すべきものである。
 共産主義の革命は、傳來(lái)の財(cái)産關(guān)係に對(duì)する根本的の分離である。從つてその發(fā)展の過(guò)程において、傳來(lái)の思想と根本的に分離するのは、當(dāng)り前である。
 しかし、共産主義に對(duì)するブルジョアの非難は、もうこれで棄ておくことにしよう。
 我々は既に以上において、勞働者革命の第一歩が、プロレタリヤを支配階級(jí)の地位に上げることにあるを見(jiàn)た。すなはち、デモクラシーの戰(zhàn)勝にあるを見(jiàn)た。
 プロレタリヤはその政治的支配權(quán)を利用して、漸々にブルジョアから一切の資本を捩ぢ取るであらう。一切の生産機(jī)關(guān)を國(guó)家の手に、すなはち支配階級(jí)として結(jié)成されたプロレタリヤの手に、集中するであらう。そして生産力の總量を出來(lái)うるかぎり急速に増大するであらう。
 もちろん、最初は、財(cái)産權(quán)に對(duì)する、およびブルジョア的生産關(guān)係に對(duì)する、壓制的侵害によらなければ、右のことは行はれえないであらう。從つてその方策は、經(jīng)濟(jì)上、不徹底であり薄弱であるかに見(jiàn)える。しかしそれが運(yùn)動(dòng)の進(jìn)行につれて、自然に元の埒外に跳り出でる。そしてそれが生産方法の全體を變革する手段として、避くべからざる方策となる。
 もつともこの方策は、それぞれの國(guó)情に從つて、それぞれの差異を呈するであらう。
 しかし最も進(jìn)歩した諸國(guó)にあつては、左の諸方策が大抵一般に行使されうるであらう。

一、土地所有權(quán)の剝奪、および地代を國(guó)家の經(jīng)費(fèi)に充てること。

二、強(qiáng)度の累進(jìn)所得稅。

三、相續(xù)權(quán)の廢止。

四、すべての移出民および反逆者の財(cái)産の沒(méi)收。

五、國(guó)家の資本をもつて全然獨(dú)占的なる國(guó)立銀行をつくり、信用機(jī)關(guān)を國(guó)家の手に集中すること。

六、交通および運(yùn)輸機(jī)關(guān)を國(guó)家の手に集中すること。

七、國(guó)有工場(chǎng)の増大、國(guó)有生産機(jī)關(guān)の増大、共同的設(shè)計(jì)による土地の開墾および改善。

八、すべての人に對(duì)して平等の勞働義務(wù)を課すること。産業(yè)軍隊(duì)を編成すること。(殊に農(nóng)業(yè)に對(duì)して)。

九、農(nóng)業(yè)と工業(yè)との經(jīng)營(yíng)を結(jié)合すること。都會(huì)と地方との區(qū)別を漸々に廢すること。

十、すべての兒童の公共無(wú)料教育?,F(xiàn)今の形式における兒童の工場(chǎng)勞働の廢止。工業(yè)生産と教育との結(jié)合等。

 かくて、發(fā)達(dá)の進(jìn)行につれ、階級(jí)的差別が消滅し、すべての生産が、總個(gè)人の協(xié)力(全國(guó)民の大組合)の手に集中されるならば、そのとき公的權(quán)力はその政治的性質(zhì)を失ふ。元來(lái)、政治的權(quán)力なるものは、一階級(jí)が他階級(jí)を壓伏するための組織的強(qiáng)力である。プロレタリヤはブルジョアジーに對(duì)する戰(zhàn)鬪の必要上、自ら一階級(jí)を形成し、革命によつて自ら支配階級(jí)となり、そして支配階級(jí)として強(qiáng)制的に古い生産關(guān)係を廢絶するのであるが、その生産關(guān)係の廢絶とともに、階級(jí)對(duì)立の存在條件を廢絶し、階級(jí)全體を廢絶し、從つてまた、自らの階級(jí)的支配權(quán)をも廢絶するのである。
 かくていよいよ、古いブルジョア社會(huì)(およびその諸階級(jí)と階級(jí)對(duì)立と)の代りに、各人の自由な發(fā)達(dá)が衆(zhòng)人の自由な發(fā)達(dá)の條件となるやうな、協(xié)力社會(huì)が生ずるのである。

第三章 社會(huì)主義および共産主義文書


一 反動(dòng)社會(huì)主義


A 封建的社會(huì)主義

 フランスおよびイギリスの貴族は、その歴史的地位からして、近世ブルジョア社會(huì)に反對(duì)する小冊(cè)子を書くべき任務(wù)を帶びてゐた。一八三〇年七月のフランス革命において、またイギリスの改革運(yùn)動(dòng)において、彼らは更にこの厭ふべき成上り者のために組み敷かれた。本氣な政治的鬪爭(zhēng)はもはや問(wèn)題にならなくなつた。彼らに殘されたものは、ただ文筆上の爭(zhēng)ひであつた。しかし、その文筆の方面でも、ブルボン王朝復(fù)活時(shí)代(一八一四年から一八三〇年まで)の古い言葉ではとほらなくなつた。彼ら貴族が世間の同情を喚び起すためには、自分の利害關(guān)係を隱蔽して、ただ搾取されてゐる勞働階級(jí)の利害關(guān)係においてのみ、ブルジョアジーに對(duì)する訴狀をつくらねばならなかつた。かくて彼らは、新しい支配者を讒謗する歌を歌ひ、また多少とも不祥らしい豫言をその耳に囁いて、纔かに自ら腹いせをしてゐたのである。
 封建的社會(huì)主義はかやうにして起つた。半ばは哀歌、半ばは皮肉、半ばは過(guò)去の餘音、半ばは將來(lái)の脅威、そして時(shí)には深酷痛烈な批判をもつて、ブルジョアジーの腸を刺すことがあつても、近世史の進(jìn)路を理解する能力が全く缺けてゐたので、その效果は常にただ滑稽であつた。
 彼らは民衆(zhòng)を自分らのうしろに集めるために、プロレタリヤの救恤袋を旗印として振りかざした。けれども民衆(zhòng)は、しばしばそのうしろに集まつたとき、彼らの背中に昔の封建的紋所を見(jiàn)つけだして、輕蔑の高笑ひを殘して逃げ去つた。
 フランス勤王派の一部と、青年イングランド黨とは、この芝居の好適例である。
 封建主義者は、自分たちの搾取がブルジョアの搾取とその選を異にしてゐるといふが、それは彼らが今日とはまるで違つた、そして今日では時(shí)代おくれになつてゐる、事情と條件との下に、搾取をやつてゐたといふことを忘れてゐるのである。彼らの支配下には、近世のプロレタリヤは存在してゐなかつたといふが、それはやはり、近代のブルジョアジーが彼らの社會(huì)組織の必然の子孫だといふことを忘れてゐるのである。
 それに彼らは、自分たちの批評(píng)の反動(dòng)的性質(zhì)を殆んど隱してゐない。彼らのブルジョアジーに對(duì)する主なる詰責(zé)は、ブルジョアジーの支配下には、社會(huì)の舊組織を全く引つくり返さうとする一階級(jí)が、發(fā)生しかけてゐるといふに歸著する。
 彼らがブルジョアジーを責(zé)めるのは、それが一般のプロレタリヤをつくりだしたといふことよりも、むしろ革命的プロレタリヤをつくり出したといふことにある。
 故に彼らは、政治上の實(shí)際においては、勞働階級(jí)に對(duì)する壓迫的立法に加擔(dān)し、また日常の生活においては、そのあらゆる立派な口上にも似ず、黃金の林檎を拾ひ集め、眞理や正義や名譽(yù)を、羊毛や砂糖やジャガ芋酒と交易することを辭しなかつた。

〔英譯註〕この林檎のことは、主としてドイツを指したのである。ドイツでは、地方の貴族や郷士が、その領(lǐng)地の大部分を番頭役の者に耕作させて、自らその利益を收め、更にまた大規(guī)模の砂糖製造をやり、ジャガ芋酒の釀造をやつてゐた。イギリスの富裕な貴族は、まだそこまでのことはやらなかつたが、それでも、怪しげな株式會(huì)社の空株劵に名義を貸して地代の減少の埋め合せをすることを知つてゐた。


 僧侶がいつでも、封建貴族と手を攜へてゐたと同じく、僧侶的社會(huì)主義がまた、いつでも封建的社會(huì)主義に伴つてゐた。
 キリスト教の禁欲主義に社會(huì)主義的色彩をつけるのは、なによりも容易なことである。キリスト教は私有財(cái)産に對(duì)し、結(jié)婚に對(duì)し、國(guó)家に對(duì)して、熱心に反對(duì)したではないか。キリスト教はそれらの代りに、慈善と乞食と、獨(dú)身主義と禁欲主義と、僧院生活と教會(huì)とを説教したではないか。キリスト教社會(huì)主義は貴族の憤怒を淨(jìng)めるために、僧侶が注ぐ聖水である。

B 小ブルジョア社會(huì)主義

 ブルジョアジーのために亡ぼされた者、近世のブルジョア社會(huì)の中にその生活條件を萎微凋落させられた者は、封建貴族階級(jí)ばかりではなかつた。中世の特許市民と小農(nóng)階級(jí)とは近世ブルジョアジーの先驅(qū)であつたが、工商業(yè)の發(fā)達(dá)の遲れた國(guó)々では、これらの階級(jí)がやはりまだ、新興のブルジョアジーと並んで生きながらへてゐる。
 近世的文明の發(fā)達(dá)してゐる國(guó)々では、一つの新しい小ブルジョア階級(jí)が形成されてゐる。それは、プロレタリヤ階級(jí)とブルジョア階級(jí)との間に彷徨してゐるもので、ブルジョア社會(huì)の補(bǔ)足的部分として、常に新しく發(fā)生してゐる。しかしその組成員たる個(gè)人は、絶えず競(jìng)爭(zhēng)のためにプロレタリヤに突き落され、しかもそれが大産業(yè)の發(fā)達(dá)につれ、近世社會(huì)の獨(dú)立分子としては全く消滅に歸し、その代りに商工農(nóng)業(yè)における勞働監(jiān)督者、および番頭支配人を生ずる時(shí)節(jié)が近づきつつある。
 フランスのやうな、農(nóng)民階級(jí)が人口の半ば以上を占めてゐる國(guó)々では、プロレタリヤに味方して、ブルジョアジーに反對(duì)する文人らが、小ブルジョア的および小農(nóng)的の標(biāo)準(zhǔn)でブルジョアジーを批評(píng)し、またその小ブルジョア的立場(chǎng)から勞働黨に加擔(dān)するのは、まことに自然のことであつた。かくて小ブルジョア社會(huì)主義が起つた。シスモンヂーはフランスばかりでなく、イギリスにおいても、この學(xué)派の巨頭であつた。
 この社會(huì)主義は最も鋭利に、近世の生産關(guān)係における矛盾を解剖した。經(jīng)濟(jì)學(xué)者の僞善虛飾を暴露した。また最も有力に、機(jī)械と分業(yè)との破壞作用、資本と土地との集中、生産過(guò)剩、恐慌、小資本家と小農(nóng)との必然的滅亡、プロレタリヤの悲慘、生産界の無(wú)政府狀態(tài)、富の分配の驚くべき不權(quán)衡、諸國(guó)民間における必死の産業(yè)戰(zhàn)爭(zhēng)、舊習(xí)慣、舊家族關(guān)係、舊國(guó)民性の解體を論證した。
 しかしこの社會(huì)主義は、その積極の目的においては、昔の生産交換方法とともに、昔の財(cái)産關(guān)係および昔の社會(huì)を復(fù)興しようとするか、さもなくば、近世の生産交換方法を、舊財(cái)産關(guān)係(近世の生産交換方法によつて刎ねとばされたところの、また刎ねとばされねばならなかつたところの、その舊財(cái)産關(guān)係)の外殼の中に、無(wú)理に再び押しこまうとするのであつた。いづれにしても、それは反動(dòng)的であり、また空想的であつた。
 製造工業(yè)においては座の制度(ギルドの自治制)、農(nóng)村においては族長(zhǎng)制度、それらが彼らの結(jié)論であつた。
 この學(xué)派は、結(jié)局、あらゆる自騙陶醉が、曲げがたき歴史的事實(shí)の前に霧消して、あはれ意氣地なく終焉したのである。

C ドイツ社會(huì)主義または『眞正』社會(huì)主義

 フランスの社會(huì)主義的および共産主義的文書は、支配階級(jí)たるブルジョアジーの壓迫の下に起り、その支配權(quán)に對(duì)する戰(zhàn)鬪の文學(xué)的表現(xiàn)をなしてゐたのであるが、その文書がドイツに輸入されたのは、ちやうどドイツのブルジョアジーが、封建的專制政治に對(duì)して戰(zhàn)鬪を開始した時(shí)であつた。
 ドイツの哲學(xué)者、自稱哲學(xué)者、および文藝家は熱心にこの文書を耽讀したが、ただ彼らは、その文書がフランスからドイツに移植された時(shí)、フランスの社會(huì)關(guān)係がそれとともに移植されなかつたといふことを忘れてゐた。そこでこのフランスの文書は、ドイツの社會(huì)關(guān)係に對(duì)して、全くその直接實(shí)際的の意義を失ひ、ただ單純な文學(xué)的の姿を示してゐた。從つてそれは、人間性の實(shí)現(xiàn)に關(guān)するのんきな學(xué)究的思辨となるよりほかはなかつた。かくて十八世紀(jì)のドイツの學(xué)者にとつては、フランス第一革命の要求は、『實(shí)踐理性』の一般的要求といふだけの意義をもつたもので、革命的フランス?ブルジョアジーの意志表現(xiàn)も、彼らの眼中にはただ純粹の意志、正當(dāng)の意志、眞の人間の意志の法則としてのみ映じたのである。
 そこでドイツの學(xué)者たちの仕事はただ、新しいフランス思想を、自分らの古い哲學(xué)的良心と調(diào)和させるか、或ひはむしろ、自分らの哲學(xué)的立場(chǎng)からフランス思想を取りいれようといふのであつた。
 この結(jié)合はちやうど、飜譯によつて外國(guó)語(yǔ)を取りいれるのと、同じやり方で行はれた。
 昔の僧侶どもが、古代異教國(guó)の典籍によつて、カトリックの諸聖僧の愚傳をつくつたことは、人のよく知るところである。ドイツの學(xué)者は、俗界のフランス文書に對(duì)して、まさにその反對(duì)をやつたのである。彼らはフランスの原書に基づいて、自分らの哲學(xué)的駄辯を書いた。例へば、貨幣の作用に關(guān)するフランス批評(píng)に基づいて『人間性の離反』を書き、ブルジョア國(guó)家に關(guān)するフランス批評(píng)に基づいて、『絶對(duì)普遍政治の廢止』を書いたりした。
 かういふ哲學(xué)的用語(yǔ)をフランスの史的發(fā)達(dá)の上に當(dāng)てはめることを、彼らは行爲(wèi)の哲學(xué)、眞正社會(huì)主義、社會(huì)主義のドイツ科學(xué)、社會(huì)主義の哲學(xué)的基礎(chǔ)などと命名した。
 フランスの社會(huì)主義文書および共産主義文書は、かやうにして明らかに去勢(shì)された。そしてそれらの文書がドイツ人の手の中で、一階級(jí)の他階級(jí)に對(duì)する鬪爭(zhēng)の意義を失つた時(shí)、ドイツ人はそれで『フランス的偏見(jiàn)』を去つたと思ひ、現(xiàn)實(shí)の要求でなく眞理の要求を代表したと思ひ、プロレタリヤの利益でなく人間性(すなはち一般人間)の利益を代表したと思つてゐた。しかるにその人間とは、どの階級(jí)にも屬せず、現(xiàn)實(shí)のものでもなく、ただ哲學(xué)的空想の雲(yún)霧の中にのみ存するものであつた。
 かやうに莊嚴(yán)な兒戲を試み、賣藥的法螺を吹き立てたドイツ社會(huì)主義も、暫くにして漸くその衒學(xué)的な無(wú)邪氣さを失つた。
 ドイツ、殊にプロシャのブルジョアジーが、封建貴族および專制王政に對(duì)する戰(zhàn)鬪、すなはち自由主義運(yùn)動(dòng)が、次第に本物になつて來(lái)た。
 これによつて、いはゆる『眞正社會(huì)主義』は、多年要望してゐた好機(jī)會(huì)をつかみえて、その政治運(yùn)動(dòng)に社會(huì)主義的要求を?qū)αⅳ丹?、自由主義に對(duì)し、代議政體に對(duì)し、ブルジョアの自由競(jìng)爭(zhēng)に對(duì)し、ブルジョアの言論自由に對(duì)し、ブルジョアの立法に對(duì)し、ブルジョアの自由平等に對(duì)して、その傳統(tǒng)的咒詛を投げつけ、そして民衆(zhòng)に向つては、彼らがこのブルジョア運(yùn)動(dòng)のために、得るところは一つもなく、失ふところは一切のものであるべきことを説法した。ドイツ社會(huì)主義は、このとき、自分が受賣りをしてゐるところのそのフランス批評(píng)が、近世ブルジョア社會(huì)の存在を前提とし、およびそれに隨伴する物質(zhì)的生活條件と、それに適應(yīng)する政治組織とを前提とするものであることを、折よくも忘れてゐたのである。すなはちその前提を獲得することが、ドイツでいま漸く問(wèn)題となつてゐることを忘れてゐたのである。
 故に、ドイツの專制政治およびそれに伴ふ僧官、教授、地方貴族、官僚などにとつては、この社會(huì)主義は、ブルジョアジーの來(lái)襲に對(duì)する、まことに格好の案山子であつた。
 恰かもこの時(shí)、ドイツの專制政府は勞働階級(jí)の動(dòng)亂に對(duì)して、鞭撻と銃丸のにがい藥を與へた後であつたので、この社會(huì)主義は實(shí)に甘い口直しであつた。
 この『眞正社會(huì)主義』は、かくドイツ政府のためにブルジョアジーと戰(zhàn)ふ武器となつたと同時(shí)に、また直接に、一つの反動(dòng)的利益(すなはち特權(quán)市民階級(jí)の反動(dòng)的利益)を代表してゐた。ドイツにおいては、十六世紀(jì)以來(lái)の遺物であつて、そしてその後たえず、種々の形で復(fù)活してゐる小ブルジョア階級(jí)が、現(xiàn)存社會(huì)狀態(tài)の特殊の基礎(chǔ)をつくつてゐるのであつた。
 この階級(jí)を維持することは、すなはちドイツの現(xiàn)存社會(huì)狀態(tài)を維持する所以であつた。しかるにブルジョアジーが産業(yè)的および政治的支配權(quán)を握れば、一方には資本の集中のために、一方には革命的プロレタリヤの發(fā)生のために、この階級(jí)が確かに沒(méi)落する恐れがあつた。そこで『眞正社會(huì)主義』は、彼らにとつて一石二鳥を仆すもののごとく見(jiàn)えた。從つてそれが流行病のやうに蔓延した。
 更にこのドイツ社會(huì)主義は、空想の蜘蛛の網(wǎng)で織られ、修辭の花で縁を取られ、濃やかな感情の露に浸された、浮世ばなれのした衣の中に、その哀れげな『永久の眞理』を包んだので、右の人々の間におけるこの商品の賣れ行きは、いよいよ盛んなものになつた。
 かくてドイツ社會(huì)主義は、次第々々に、この特許市民階級(jí)の立派な代表者として、自己の使命を認(rèn)識(shí)した。
 彼らはドイツ國(guó)民をもつて模範(fàn)的國(guó)民となし、ドイツの小市民をもつて模範(fàn)的人間となすことを宣言した。そしてその模範(fàn)的人間の醜行に對(duì)して、その眞相と正反對(duì)なる、隱微な、崇高な、社會(huì)主義的意義を附與した。要するに彼らの結(jié)論は、直接に、共産主義の『殘虐な破壞性』に反對(duì)し、一切の階級(jí)鬪爭(zhēng)に超越して不偏不黨の態(tài)度を宣明するにあつた。今ドイツに行はれてゐる、いはゆる社會(huì)主義文書および共産主義文書は、ごく少數(shù)の例外はあるが、みなこの醜穢な骨拔きの著作部類に屬してゐる。

〔原書註〕一八四八年の革命騷ぎは、すべてこの見(jiàn)苦しい傾向を掃ひ去り、その唱道者から、引續(xù)き社會(huì)主義者として立つほどの興味を奪ひ去つた。この傾向の主なる代表者であり、またその根源のタイプたる人は、カルル?グリュン氏である。


二 保守的社會(huì)主義またはブルジョア社會(huì)主義


 ブルジョアジーの一部分は、ブルジョア社會(huì)の永續(xù)を計(jì)るために、社會(huì)の病所を匡正することを希望する。
 經(jīng)濟(jì)學(xué)者、博愛(ài)家、人道家、勞働階級(jí)の狀態(tài)改善者、慈善事業(yè)者、動(dòng)物虐待防止會(huì)員、禁酒會(huì)員、その他種々雜多の小改良主義者は、みなこれに屬してゐる。そしてこのブルジョア社會(huì)主義が、また一個(gè)の學(xué)説につくりあげられた。
 それの一例として、プルードンの『貧困の哲學(xué)』を擧げることが出來(lái)る。
 この社會(huì)主義的ブルジョアは、近世社會(huì)の生活條件を欲しながら、その必然の發(fā)生物たる鬪爭(zhēng)と危險(xiǎn)とを免れたいのである。彼らの欲するところは、革命的および解體的要素を引去つた現(xiàn)存社會(huì)である。彼らはプロレタリヤのないブルジョアジーを希望してゐる。彼らはもとより、自分の支配してゐる世界を最善の世界だとしてゐる。ブルジョア社會(huì)主義者はこのおめでたい考へを、一つの(或ひは半分の)學(xué)説につくりあげた。彼らはプロレタリヤに對(duì)し、その學(xué)説を?qū)崿F(xiàn)して、新しいエルサレムに到達(dá)せよと勸めてゐるのだが、それは實(shí)質(zhì)上、現(xiàn)在の社會(huì)に立ち止まりながら、その現(xiàn)在の社會(huì)に關(guān)する忌はしい思想を取去れと要求するものに過(guò)ぎない。
 この社會(huì)主義の、一そう非學(xué)理的な、しかし一そう實(shí)際的な第二形式は、勞働階級(jí)の利益が政治的變化の中に存せず、ただ物質(zhì)的生活關(guān)係、すなはち經(jīng)濟(jì)關(guān)係の變化の中にのみ存することを論證して、それによつて勞働階級(jí)にあらゆる革命運(yùn)動(dòng)を嫌はせようとするのである。しかし、この社會(huì)主義がいふところの物質(zhì)的生活關(guān)係の變化とは、決してブルジョア的生産關(guān)係の廢絶を意味するのではない。その關(guān)係の廢絶は、革命によつてのみなしとげられるものであるから、彼らはただ、その生産關(guān)係の地盤の上に行はれる行政上の改善を意味するのである。從つてそれはまた、資本と賃銀勞働との關(guān)係に何らの變化を與へるものでなく、たかだかブルジョアジーをして、その支配費(fèi)用を節(jié)減せしめ、その國(guó)家財(cái)政を單純化せしめるに過(guò)ぎない。
 故にブルジョア社會(huì)主義者は、單純な修辭的形式においてのみ、初めて自分にふさはしい表現(xiàn)に到達(dá)する。
 勞働階級(jí)の利益のための自由貿(mào)易! 勞働階級(jí)の利益のための保護(hù)貿(mào)易! 勞働階級(jí)の利益のための監(jiān)獄改良! これがブルジョア社會(huì)主義の、最後の言葉であり、ただ一つの眞面目に考へられた言葉である。
 要するに、ブルジョアの社會(huì)主義はただ、勞働階級(jí)の利益のためにブルジョアがブルジョアであるといふ主張に基づいてゐる。

三 批評(píng)的?空想的の社會(huì)主義および共産主義


 我々がここで述べようとするのは、あらゆる近代の大革命に際して、プロレタリヤの要求を發(fā)言した(例へば、バブーフの著書などのやうな)文書についてではない。

〔譯者註〕バブーフはフランス大革命の際、一種の共産主義を唱へた人。

 一般的動(dòng)亂の時(shí)代、封建社會(huì)顛覆の時(shí)代において、プロレタリヤが直接に、自分の階級(jí)的利益を樹立しようとした第一の試みは、プロレタリヤ自身の發(fā)達(dá)が幼稚なためと、彼らを解放さすべき物質(zhì)的條件の缺乏のためとによつて、必然的に失敗した。もともと彼らを解放すべき物質(zhì)的條件は、ブルジョア時(shí)代の産物なのである。そこでこの最初のプロレタリヤ運(yùn)動(dòng)に伴つた革命的文書は、その內(nèi)容からいへば必然に反動(dòng)的である。すなはちその教へるところは一般的の禁欲主義であり、また素樸な平均主義である。
 眞の社會(huì)主義および共産主義學(xué)説、すなはちサン?シモン、フーリエー、オーエンらの學(xué)説が、プロレタリヤとブルジョアとの鬪爭(zhēng)がまだ十分發(fā)達(dá)しない初期の時(shí)代に現(xiàn)はれたことは、前に説いたとほりである。(『ブルジョアとプロレタリヤ』の章參照。)
 もつとも、これらの學(xué)説の發(fā)明者たちも、階級(jí)の對(duì)立と、ブルジョア社會(huì)そのものの中における解體的要素の作用とを看取した。ただ彼らは、プロレタリヤの方面において、何らの歴史的獨(dú)立性を認(rèn)めず、彼らに特殊なる何らの政治運(yùn)動(dòng)を認(rèn)めなかつた。
 階級(jí)對(duì)立の發(fā)達(dá)は、産業(yè)の發(fā)達(dá)とその歩調(diào)を同じくするものであるから、彼らはまだ、幾許もプロレタリヤ解放の物質(zhì)的條件を見(jiàn)出すことが出來(lái)ないで、ただ何らかの社會(huì)的の學(xué)問(wèn)により、社會(huì)的の法則によつて、その條件をつくらうと試みた。
 そこで、社會(huì)的の活動(dòng)の代りに、彼らの思ひつきによる個(gè)人的活動(dòng)が起り、解放の歴史的條件の代りに、空想的條件が起り、プロレタリヤを一階級(jí)として、自然に、追々と團(tuán)結(jié)させることの代りに、銘々のつくりあげた社會(huì)組織の考案が起つた。彼らにとつては、將來(lái)の世界歴史は、彼らの社會(huì)組織案の宣傳と實(shí)行とに歸著すべきものであつた。
 ただし彼らは、その組織案が、社會(huì)の最も痛ましい階級(jí)たる、勞働階級(jí)の利益を代表することをさとつてゐた。プロレタリヤはただ、最も痛ましい階級(jí)といふ意味で彼らの目に映じてゐた。
 けれども、階級(jí)鬪爭(zhēng)の未發(fā)達(dá)な形式と、彼ら自身の生活上の地位とのため、彼らは自然に、階級(jí)對(duì)立の上に超然たるものだと信じてゐた。彼らはすべての社會(huì)構(gòu)成員のために、その最もよき地位にをる者のためにすらも、その生活狀態(tài)を改善しようとした。從つて彼らは不斷に、無(wú)差別に、社會(huì)全體に對(duì)し、いな、殊に支配階級(jí)に對(duì)して訴へた。人がいやしくも彼らの學(xué)説を理解する以上、最上可能の社會(huì)に對(duì)する最上可能の考案として、それを認(rèn)めないはずがないといふのであつた。
 故に彼らは、すべての政治的、殊にすべての革命的行動(dòng)を排斥した。彼らは平和の方法によつてその目的を達(dá)しようとした。そして小さな(自然、失敗に歸すべき)實(shí)驗(yàn)によつて模範(fàn)を世に示し、その力によつて新しい社會(huì)的福音の道に進(jìn)まうとした。
 この將來(lái)社會(huì)の空想的描寫は、プロレタリヤ階級(jí)の發(fā)達(dá)がまだ極めて幼稚であり、從つて自分の地位をもただ空想的に考へる時(shí)代において、社會(huì)の一般的改造に對(duì)するその最初の豫感的渇仰から生じたものである。
 しかし、この社會(huì)主義および共産主義文書は批評(píng)的要素をも含んでゐる。彼らは現(xiàn)社會(huì)の一切の根本を攻撃した。故に彼らは、勞働者の啓蒙のために最も價(jià)値ある材料を供給した。將來(lái)の社會(huì)に對(duì)する彼らの積極的提案、例へば、都會(huì)と農(nóng)村との對(duì)立の廢止、家族制の廢止、私的營(yíng)利事業(yè)の廢止、賃銀勞働の廢止、社會(huì)調(diào)和の宣傳、國(guó)家を變じて單純なる生産管理機(jī)關(guān)となすこと、すべてこれらの提案は、全く階級(jí)對(duì)立の消滅に歸著するものである。しかし當(dāng)時(shí)にあつては、その階級(jí)對(duì)立が漸く僅かに發(fā)達(dá)しかけてゐたので、彼らはまだその初期の漠然たる、不確定の姿においてのみ、それを知つてゐたのであり、從つて右の諸提案そのものも純?nèi)护郡肟障氲囊饬xをもつてゐた。
 この批評(píng)的空想的社會(huì)主義および共産主義は、歴史的發(fā)展と逆行する意義を有してゐる。階級(jí)鬪爭(zhēng)が發(fā)達(dá)し成形するに從つて、階級(jí)鬪爭(zhēng)に對(duì)するこの空想的な超越と、この空想的な攻撃とは、一切の實(shí)際的價(jià)値、一切の學(xué)理的妥當(dāng)を失ふ。そこでこの學(xué)派の創(chuàng)設(shè)者らは、多くの點(diǎn)において革命的であつたけれども、その門弟らはみな反動(dòng)的分派をつくつてゐる。彼らはプロレタリヤの歴史的發(fā)展に反對(duì)して、その師の舊説を固守してゐる。從つて彼らはひつきやう、階級(jí)鬪爭(zhēng)を鈍らし、階級(jí)對(duì)立を調(diào)停しようとする。彼らは今でもやはり、自分らの社會(huì)的ユートピアの試驗(yàn)的實(shí)現(xiàn)を夢(mèng)み、個(gè)々のファランステール(1)を起すこと、『內(nèi)國(guó)植民地(2)』を設(shè)けること、『小イカリヤ村(3)』をつくること、などいふ、新エルサレムの小型發(fā)行を試み、そしてそれらの空中樓閣を築くためには、ブルジョアジーの慈善心と財(cái)嚢とに哀訴せざるを得ない。かくて彼らは次第々々に、上記の反動(dòng)的、もしくは保守的社會(huì)主義の範(fàn)疇に陷り、ただそれと異なるところは、やや組織的の學(xué)理を衒ふことと、その社會(huì)科學(xué)の奇蹟?shù)男Ч藢?duì)する熱狂的迷信をもつこととである。

(1)ファランステールとは、フーリエーの考案になる社會(huì)的宮殿の名稱。
(2)內(nèi)國(guó)植民地とは、オーエンの共産主義的模範(fàn)社會(huì)の名稱。
(3)イカリヤ村とは、カベーが描き出した共産主義的理想郷の名稱。


 故に彼らは、勞働階級(jí)が一切の政治的運(yùn)動(dòng)をなすことに極力反對(duì)する。彼らによれば、政治運(yùn)動(dòng)はただ、新福音に對(duì)する盲目的不信からのみ生ずるのである。
 イギリスのオーエン派がチャーチストに反對(duì)し、フランスのフーリエー派が改良黨に反對(duì)するのは、すなはちこの故である。

第四章 在野諸政黨に對(duì)する共産黨の地位


 既成の勞働諸黨派に對(duì)する共産黨の關(guān)係、從つてイギリスのチャーチスト、および北アメリカの農(nóng)民改革黨などに對(duì)する關(guān)係は、第二章の説述で自然に明瞭となつてゐる。
 共産黨は、勞働階級(jí)の直接眼前の目的と利益とのために戰(zhàn)ふものであるが、しかしその現(xiàn)在の運(yùn)動(dòng)の中において、またその運(yùn)動(dòng)の將來(lái)を代表するものである。フランスにおいては、共産黨は社會(huì)民主黨(1)と提攜して、保守黨および急進(jìn)ブルジョア黨と戰(zhàn)ふ。ただし、大革命から傳來(lái)した種々の謬見(jiàn)謬想に對(duì)しては、批評(píng)の權(quán)利を保留してゐる。

(1)この黨派は、議會(huì)においてはルドリュ?ロランによつて、文學(xué)においてはルイ?ブランによつて、日刊新聞においてはレフォルムによつて代表され、多少社會(huì)主義の色彩を帶びた、民主黨もしくは共和黨の一部であつた。


 スヰスにおいては、彼らは急進(jìn)黨を助ける。ただし同黨が二個(gè)の反對(duì)せる要素、すなはち一はフランス流の民主的社會(huì)主義者、一は急進(jìn)的ブルジョアジーからなることを見(jiàn)逃してはゐない。
 ポーランドにおいては、彼らは、農(nóng)業(yè)革命をもつて國(guó)民的解放の主要條件とする黨派を助けてゐる。この黨派は一八四六年、クラカウ一揆を起させたことがある。
 ドイツにおいては、彼らは、ブルジョアジーが革命的に行動(dòng)する時(shí)、それと提攜して專制王政、封建的地主、および小ブルジョアと戰(zhàn)ふ。
 しかし彼らは、未だかつて一刻たりとも、ブルジョアジーとプロレタリアートとが敵對(duì)してゐるといふ、出來(lái)うるかぎり明瞭な自覺(jué)を勞働者に起させることを忘れてゐない。ブルジョアジーの支配とともに必ず採(cǎi)用されるはずの、その社會(huì)的および政治的條件を、ドイツの勞働者が、直ちに自分の武器としてブルジョアジーに向けうるために。またドイツ反動(dòng)諸階級(jí)の沒(méi)落の後、直ちにブルジョアジー自身に對(duì)して戰(zhàn)鬪を開始するために。
 共産黨は主としてドイツに向つてその注意を集中する。ドイツは今、ブルジョア革命の前夜にあり、そしてまたその革命が、ヨーロッパ文明國(guó)一般の進(jìn)歩した條件の下に行はれ、なほまた、十七世紀(jì)のイギリス、十八世紀(jì)のフランスよりも、遙に高く發(fā)達(dá)したプロレタリヤを有し、從つて、ドイツのブルジョア革命は、まさにプロレタリヤ革命の直接の前幕となりうるからである。
 要するに、共産黨は、到る處において、社會(huì)的および政治的の現(xiàn)狀に反抗する各種の革命運(yùn)動(dòng)を擁護(hù)する。
 すべてこれらの運(yùn)動(dòng)において、共産黨は常に財(cái)産問(wèn)題を標(biāo)榜してゐる。その財(cái)産問(wèn)題の發(fā)達(dá)程度がどうであらうとも、彼らは常にそれを運(yùn)動(dòng)の根本としてゐる。
 最後に、共産黨は到る處において、萬(wàn)國(guó)の民主的諸黨派の團(tuán)結(jié)と一致とのために努力する。
 共産黨は、その主義政見(jiàn)を隱蔽することを恥とする。彼らは公然として宣言する。彼らの目的は、一切從來(lái)の社會(huì)組織を強(qiáng)力的に顛覆することによつてのみ達(dá)せられる。支配階級(jí)をして共産主義革命の前に戰(zhàn)慄せしめよ。プロレタリヤは、自分の鎖よりほかに失ふべき何ものももたない。そして彼らは、獲得すべき全世界をもつてゐる。
 萬(wàn)國(guó)のプロレタリヤ團(tuán)結(jié)せよ!

――完――



底本:「共産黨宣言」彰考書院
   1945(昭和20)年12月20日初版発行
   1946(昭和21)年3月15日再版発行
   1946(昭和21)年10月25日改訂版発行
   1949(昭和24)年4月20日改訂第5版発行
※「大冊(cè)」の「冊(cè)」と「小冊(cè)子」の「冊(cè)」の混在は、底本通りです。
入力:山本 寛
校正:石井彰文
2015年9月29日作成
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