賽博朋克2077評分:IGN.日本:10分【日語完整版】【完整文字評測】
本稿は日本時間2020年12月10日午前9時に発表されるされるCD PROJEKT REDの新作、『サイバーパンク2077』のレビューである。筆者は同年12月1日午後7時53分にレビュー用のビルドを受け取り、12月7日午後12時43分に62時間のプレイを終えて、本稿を執(zhí)筆した。このプレイにおけるキャラクターのビルドはセックスが女性、ジェンダーも女性、性的指向はバイセクシャル。ルーツはノーマッドで、アビリティの特性はカタナ使いのネットランナーである。
レビューに使用したメインの機材はヒューレット?パッカード社製”O(jiān)MEN”シリーズの880-110jp。搭載CPUはIntel社製第8世代Coffee Lakeの8700K、グラフィックス?カードはNvidia社製GeForce 1080Ti。メモリーはブランド不明の32GB、ゲームデータ保存先はブランド不明のSSD。フレーム?パー?セカンドは全グラフィックオプション(レイトレーシングを除く)の最大設(shè)定で、平均して60程度を確認(rèn)した。
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本作の舞臺となる2077年の都市、ナイトシティは、萬人が迷い込むべき迷宮だ。ウォーキング?シミュレーターのマップとしてこの街を単體で売り出しても、誰も文句を言わないくらいに作り込まれている。もちいられているアセットの量は數(shù)え切れないし、覚えきれない。ひとつひとつが洗練されていて、虛構(gòu)であるはずなのに、ほんとうにそこにあるみたいだ。その組み合わせは注意深くデザインされていて、どこを切り取っても、どこを見上げても美しい。それも、きっちりと定規(guī)で引かれ、計畫された都市の、秩序の美しさではない。それは資本主義の暴力的な力によって成長した、色とりどりの珊瑚礁を眺めるような、無秩序の美しさなのだ。
この街を構(gòu)成する要素を、思いつく限り挙げてみよう――天を突くようなビルディング、それらを接続する連絡(luò)通路、街中のいたるところに掲示されたホログラムの広告。複雑に入り組んだ路地、工業(yè)廃水の汚染物質(zhì)をふんだんに含んだ汚泥の河川、ごきぶりだらけのブラックマーケット、郊外の錆びついた風(fēng)力発電機の群れ。開発途中で頓挫したベイエリアの死骸、物乞い、ホームレス、成金、ロックスター。幾重にも折り重なった諸文化の混淆――チェーン店の看板、いたるところに毆り書きされたストリートアート、シンボル、人間の五感を刺激することだけに集中した、あまりにも下品な広告。街中に埋め込まれたスクリーンに流れるテレビCM、ストーリーの進行によって內(nèi)容が変わっていくテレビ番組、ラジオ番組、通りを行き交う人々の會話、怒聲、叫聲。おそらくカメラで內(nèi)部に景色を映すために、外からは窓がないように見える車。錆びだらけの古いテックにまみれたおんぼろのバン。どこかから聞こえてくる無數(shù)の銃聲と叫び聲。それらすべてを睥睨するように飛んでいく飛行車両。
橫方向のマップの広さだけで言えば、『グランド?セフト?オートV』より狹いだろう。しかしこの街の情報量、そして美しさは、あの作品に勝るとも劣らない。というのも、街そのものが、構(gòu)造的にも文化的にも、縦方向に折り重なっているからだ。あのマップをそのまま何回か折りたたんで層にし、そこにインプラントまみれのちんぴらや金持ちなど、多種多様な文化を織り込めば、ナイトシティができあがる。
連絡(luò)通路や地下通路が幾重にも張り巡らされていて、いろんな肌の色(自然な色はもちろん、文字通りの金色からホログラムの水晶の肌まで)があって、ギャングがいて、スーツを著たのがいて、高級なものと安物、上品なものと下品なものとが、生々しいグラデーションと斷絶を描いている。通りや區(qū)畫の接続はつねに混亂していて、たとえば大阪都心の地下街のように、無數(shù)の人の手によってあとから継ぎ足されたことが、どうしようもなくわかる。
……それは、なんだろう、いいのか? いいのか……?
この街を歩く行為は、探索というよりも、遭難に近い。それも、夢の國での遭難だ。無數(shù)のランドマークが存在するおかげで、かろうじて、おなじ場所に以前訪れたことはわかる。しかし、自分がどのようにしてある地點に戻ってきたのか、地図上の繋がりをはっきりさせることは不可能だ。さらにこの街は、天候や方向によって何通りもの顔を見せる。飽きさせないし、飽きない。60時間もプレイしたのに、まったく道が覚えられない――これは喜びの悲鳴だ。
ナイトシティはそれ自體があまりにも優(yōu)れた達(dá)成だが、ここに物語が組み合わされることによって、すばらしい相乗効果が生まれている。本作のクエストは、プレイヤーキャラクターであるV自身の、生死にかかわるトラブルの解決をめざす一本のメインストーリーと、街中のいたるところから舞い込んでくるさまざまな仕事を解決するサイドジョブから成っている。メインはいったん措くとして、サイドの物語のいくつかは、出色の出來である。
それぞれのサイドジョブは、それ自體がひとつのSF連作短篇、あるいは中編小説のようだ。そして、それらすべてが伝説のTRPG『サイバーパンク2.0.2.0.』から受け継がれた世界観と呼応している。
これらの短い物語は、さまざまな角度からこの世界の美しさや醜さを見せてくれる。いくつか例をあげてみよう――
主人公はストリートのちんぴらであるにもかかわらず、ひょんなことからNCPD(ナイトシティ警察)の刑事と組むことになる。
信仰に目覚めた男が十字架に磔にされることを望み、それをブレインダンス(記憶や感情それ自體を再現(xiàn)する新しい娯楽/記憶技術(shù))のコピーにして売り出すべきかどうかを悩む。
大昔に死んだ伝説のロックスターとバンドを組み、ステージに立って観客を熱狂させる。つぎの市長選に立候補した夫婦の記憶障害を探るうちに、市政をめぐるおぞましい陰謀に巻き込まれる。
クレオール語を話し、ヴードゥー教を信仰しているネットランナーの集団と接觸してディープウェブへのダイブを図る。
――などなど。また、これはメインストーリーも同様であるが、複數(shù)用意された選択肢を選ぶことによって、物語の結(jié)果がこまかく変動する。選択肢を間違えれば、人が死ぬ。
こうした多彩な物語はそれ単體でも楽しめるものだが、ここで完璧な舞臺裝置として機能するのが、ナイトシティである。というのもこの街は、個別の物語がもたらす感情にあわせて、最高の天候と角度と時間を誂えてくれるのだ。刑事と組む話では、ハードボイルドなトーンにぴったり合うように、町外れの工業(yè)地帯のダイナーのそばで、天候は雨と霧、空の色は緑がかった灰色。ネットランナーのハイチ人たちと絡(luò)むときは、中米を彷彿とさせるさわやかな日差しと、建設(shè)途中で放置され荒廃したベイエリアに、途絶えることのない銃聲。この世界でおそらく最大の企業(yè)、アラサカ社から首を言い渡されたジャパニーズの落ち武者と絡(luò)むときにはもちろん、赤提燈が目を惹く夜のジャパン?タウンの、焼き鳥屋の屋臺。こうしたさまざまなシーンでナイトシティが與えてくれる感興は、とても言葉に盡くせない。
本題に入る前に、先を急ぎすぎたようだ。この作品の主人公であり、プレイヤーキャラクターであるVは、ゲーム開始時のキャラメイキングの選択によってジェンダーと過去は異なるものの、なんらかの目的を抱えてナイトシティのストリートにやってくる。彼あるいは彼女は、さまざまな仕事をこなすうちに人々の信頼を勝ち取り、あるところで、この世界でその名を知らぬ者はいない大企業(yè)を襲撃することになる。そしてこの一件がきっかけに、Vは奇妙な幻覚――五十年前に死んだはずのロック?スター、キアヌ?リーヴス演じるジョニー?シルバーハンドの亡霊に取り憑かれる。
ここからメインストーリーは、ジョニーの亡霊とVの関係をめぐって展開していく。何人もの人物を中心として、より糸のように続いていく物語は、ひとつの巨大な群像劇となっている。子細(xì)に明らかにはしないでおくが、個人的に好みだったのは、登場する人物のほぼ全員が、じつに人間くさい過去や欠點を抱えているところだ。それはジョニーですら例外でない――というか、たしかに音楽はすごかったかもしれないが、人間的には、もしかするとジョニーがいちばん尊敬できないかもしれない。
伝説の亡霊(それもキアヌ?リーヴスそっくりの?。─藨{依されたのなら、主人公も無條件に強くなったりするのかなと予想もしたが、そんなことも起こらない。むしろジョニーはVにとって、新しい問題のひとつにすぎないのだ。何をしようとも頭のなかにジョニーがいて、Vを見つめている。いや、見つめているどころか、伝説のロックスターらしく、思ったことを遠(yuǎn)慮なく、ずばずばと言ってくる。その會話の掛け合いはじつに軽妙だ――はっきり言おう、Vとジョニーは互いが邪魔なのだ。無理もない。頭がひとつなのに、そのなかに人間がふたりいるのである。そうした狀況で、ふたりが愚癡をこぼしたり逃げたりしながら泥臭く向き合っていくところは、大人向けの人間ドラマの感がある。
どう考えても書き切れないので、終盤部の感想だけ述べることにしよう。本作のメインストーリーの幕引きは、それを一目見ただけでただちに涙を誘うようなものではない。しかしゲームをプレイし終えて、あの終わり方にはどんな意味があったのだろうと考えてみると、そこに深いテーマが編み込まれていることに気づく。それは、ある人間の人格と選択がべつの人間に與える影響と、その大きさ、意味のようなものを示唆している。これだけ世間で話題になっている作品とは思えないほど、落ち著いた、大人っぽい終わり方だ。
そういえば、筆者はナイトシティのどこかで、企業(yè)の広告に紛れて、ハイジャックされた電波から正體不明の聲が、こんなことを語るのを聞いた気がする――「きみたちは、自分の頭でものを考えなければならないんだ!」
たしかに考えるほど、あのアンチクライマックスなエンディングは味わい深い。ただ、もちろん全編がそうした渋味で語られるわけではない。メインストーリーやサイドクエストの各所で見られる演出はは、なにも考えずに眺めても、映像として目を惹くものになっている。あの摩天樓を行くパレードの信じられないような美しさに、あるところで聞こえてきた日本音楽、それにつづくサンダユウ?オダとの『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』ばりの死闘のシークエンスなどは、視覚的に忘れることができない。あるいは、御年150歳になんなんとする日本企業(yè)の社長が目の前に現(xiàn)れたときの緊張感や、売春宿すれすれの妖しげなバーの地下へ降りていくときの感覚、AIが運転するタクシーの後部座席で死んでいく仲間の表情などを、忘れることができない。
そしてまた、なんということのない街角の風(fēng)景、慰霊塔のそばで母親を悼んで泣いていた少年の聲、物乞いする人の聲、叫び聲、ちょっとした冗談とそれに応じる笑い聲などを、なぜか忘れることができない。
サイドストーリー「THEY WON’T GO WHEN I GO / 聖なる男」はマストプレイ。鳥肌が立った。
思うに、60時間もの長さを引っ張っていくストーリーは、こうした形が完成形なのかもしれない。というのも、たとえば長大な小説においては、しばしば物語の本筋よりも、その途中で行われる枝葉のような語りが面白かったりする。物語の本筋とはなんの関係もないように見える描寫、人物のちょっとした仕草や臺詞なんかが、妙に心に殘ったりするものだ。
戦闘の話をしよう。本作のアクション部分のゲームメカニクスは、ゲーム開始時のキャラクターメイキングからはじまるレベルアップ方式のFPSで、「肉體」、「反応」、「技術(shù)」、「知力」、「意志」からなる5つの「能力値」と、それぞれから分岐するより細(xì)かい「パーク」の開放から成る。Vは様々なクエストや依頼をこなすことでレベルアップしていき、プレイヤーのイメージに合わせて能力値とパークを振ることで成長させられる。
筆者はハッキングなどの技術(shù)を伸ばす「知力」をメインに振りはじめ、そこから徐々に近接戦闘(ブレード)向けの「反応」を高めていって、ネットランナー(ハッキングやネットワーキングを得意とする人間の総稱)のカタナ使いをイメージしてみた。同様にして、「肉體」を高めればライトマシンガンを振り回せるようだし、「意志」を高めればステルス向きになるらしい。「技術(shù)」を高めればクラフトや武器のアップグレード、タレットや監(jiān)視カメラの操作などの、ハードウェアまわりに強くなる。
ただ、あくまでそれらの數(shù)値は特定のスタイルの強化であって、ある能力値にまったくポイントを振っていなくても、すべてのプレイスタイルの初歩的な部分をつかむことは可能だ。
これらの能力値の數(shù)値によって、NPCとの會話中での可能な選択肢も増え、個々のクエストの展開に多少の相違が生まれもする。しかし、もっとも大きく影響するのは影響は戦闘のスタイルだろう。これは大別して四つある。オールドファッションなFPSらしく、銃火器で狙いをさだめ、敵の頭を撃ち抜いていくもの?!篢ES V: Skyrim』のごとく、刀剣類や鈍器をもちいて近接戦闘をしかけるもの。『Watch_Dogs』のように、敵や環(huán)境にハッキングをしかけて優(yōu)勢を作り出すもの?!篐itman』シリーズのように、敵に気づかれないようステルスして暗殺するもの。
いずれのスタイルも楽しいし、それだけで充分にゲームになるほど高品質(zhì)だが、何かずば抜けて新しいアクションの體験があるというわけではない。この戦闘を評するなら、堅実なハックアンドスラッシュというところだろう。しかし、本作はそれでいいと思う。というのも、アクションそれ自體がしっかり作り込まれているので忘れてしまうのだが、本作はそもそも(西洋的な意味での)RPGなのだ。鉄火場に踏み込む前段階の會話や、それに伴う交渉の選択肢で、事態(tài)がほぼ決まっていることも多いし、戦闘は運命を変えるための一手段でしかない。
ありていに言うと、それまでの物語の展開をしっかり把握して、言うべきことを言い、やるべきことをやったあとに拳銃を――筆者の場合はカタナを――抜く瞬間がいちばん楽しいのだ。おそらく、これくらいがいいバランスなのだと思う。アクションが楽しすぎると、みんな銃を抜きたくてたまらなくなり、主眼であるRPGがそっちのけになってしまう。
ただ、そう割り切るにしては、ゲーム全體の戦闘の量がすこし多すぎるように思われた。いや、メインやサイドの展開上はまったく問題ない。ただ、本作にはそれらの本筋とはべつに、ユーロドルを稼ぐためのお手軽なイベントが數(shù)多く用意されているのだが、その內(nèi)容はたいていの場合、指定された場所にいるちんぴらを掃討するというだけのものなのだ。それを繰り返しているうちに、後半のVはおそろしく強くなってしまうのだが、敵の種類はそのまま――これだけコンテンツとして戦闘を多用するならば、それに見合ったヴァリエーションか、ロアに関わりのあるコレクティブル寄りのアイテムがルートとしてもう少しあればよかったと思うが、まあ、このあたりはDLCに期待したい。
ところでこの作品には、とくべつに戦闘向けにつくられた防具が存在しない。そのかわり、すべての服飾品に、取得時のVのレベルに合わせた「アーマー」の値が割り振られていて、それが防御性能となる。つまり、ウサギの耳がついたかわいいニット帽が、ミリテク製の防弾ヘルメットより強かったりする。
これは常識に照らし合わせるとおかしなことだが、しかし本作がRPGであることを鑑みれば、なんとなく納得できる。つまりこの作品は、純粋な戦闘上の能力値だけでなく、キャラクターの見た目――コーディネートも重視しているのである。防御力を數(shù)學(xué)的に高めるのもいいが、Vを著せ替えて彼あるいは彼女の趣味を想像し、文學(xué)的に遊ぶことも楽しいのだ。そもそも、ある役割をこなす(ロールをプレイする)ということは、自分の気に入った服を著ることである?,F(xiàn)実世界のわれわれも、そうしているではないか。
いい……よね。多分……。
実際、防御力や見た目がゲームの進行に大きく関わることはない。それなりの服を著ていれば戦闘には勝てるし、勝てなければ、コーディネートとしてはめちゃくちゃな組み合わせだがいちばん性能のいい服で戦闘に入ればいい。一人稱視點なので、激ダサなコーディネートであったとしても自分には見えない。服をほんとうに気にするのは、鏡を見るときやフォトモードで遊ぶときくらいだ。もちろん筆者はバイザーとスカートを”Bitch”ブランドに統(tǒng)一して、ナメられないようにしているが、最近われながらちょっとどうかなと思い始めた……。
純粋に戦闘の面で楽しい裝備品は、サイバーウェアと呼ばれる生體チップや、體內(nèi)インプラントの改造だろう。これを換裝することによってさまざまな特性が開放されたり、能力値が上がったりして、Vがわかりやすく強くなる。それらを手に入れるためにはユーロドル――この世界の通貨――が必要になるが、自分の肉體を機械に置き換えるために街を駆け回り、さまざまな仕事をこなして金を貯める感覚は、自分がサイバーパンクの世界の主人公になったのだと感じさせてくれ、純粋に楽しい。そうして、新調(diào)した義體とおしゃれな服を著て未來の街を歩いていけば、どこかから電話がかかってきて、その通りでまさにいま何か出來事がある、見てきてくれと依頼が來る。
そうやって、いつまでも歩いて行くことができる。あるいは、ボタンひとつで自動運転の愛車を呼び出し、飛び乗ってもいい――すると、ラジオから音楽が聞こえてくる。そのクオリティは、オプション畫面のボリュームの調(diào)節(jié)ノブがここまでしか上がらないことが悔やまれるほどだ。
恐るべきことに、作中で使用される、つなぎ合わせれば六時間以上にものぼる楽曲群は自家製、あるいは協(xié)力したアーティストが提供した新曲から成っている。傾向としては八十年代というより九十年代のEDM、レイヴ、インダストリアルに近く、ほとんどの楽曲が電子音楽だ。溫かみはアナログシンセサイザーのそれであり(思い切りすぎ?。?、アコースティックはほぼ存在しない。にもかかわらず、音楽のジャンルの幅はじつに多彩で、ジャズ、ハードロック、日本のアイドルソングまで、ふんだんに取りそろえてある。もちろんこの原稿も、ゲームをつけっぱなしにして、カーラジオを聞きながら書いている。
この作品のサウンドトラックは、ふつう融合しないだろうと思うようなジャンルや文脈の混淆を積極的に行っている。ある曲はオリエンタル?スケールのライトモチーフに強烈なリバーブがかかっていて、ヴァースはゆったりとしたエレクトロ中近東といった感じなのだが、コーラスでは突如としてドラムン?ベースふうのリズムトラックが挿入される。べつの局にチューナーを合わせると、あきらかに90年代の北米を意識したヒップホップではあるのだが、ドープなリリックを刻んでいるその言葉が何語なのかまったくわからない。かと思えば、おそらく最近うわさの日本のアイドルグループ、〈Us Cracks〉だと思うのだが、「いけないんだ、いけないんだ、先生に言ってやろ」の、幼少期を日本で過ごした者なら誰でも知っているあの童歌を混ぜ込んだポップな曲が聞こえてくる。ラジオPEBKACは洗練されたハードベースを爆音で流しつづけている――これらの楽曲群は、さまざまな人種や階層が混じり合い、溶け合っていくナイトシティにぴったりだ。というか、獨立した音楽作品として単體で聞いても、どれもあまりにも質(zhì)が高い。ほとんど異常だ。尖りすぎている。
転じて、これはキーボードとマウス派の人々には殘念な知らせなのだが、肝心の運転の操作感そのものはあまり良くない。ステアリングがAキーとDキーに割り振られているため、細(xì)かなカーブにうまく対応できないのだ。ここは是非ともマウスでステアリング出來るようにしてほしかった。運転に関していえば、いまのところはパッドのほうが斷然いい。ただ、ファストトラベルのビーコンが要所に配置されているので、長距離の移動それ自體がストレスになることはない。
さて、本作の肝について語ろう。この作品は、汲み盡くすことが不可能と思われるほど膨大な量の、世界の設(shè)定、ロアの情報の束から成っている。筆者が、もしかするとメインストーリーとおなじくらい興味をもって覚えているのは、この混沌としたナイトシティのどこかからやってきて、心に染みついてしまった、無數(shù)の小さなエピソードだ。
かわいい顔文字。(JO益O)J
この世界においては、ドバイが核の炎で消し飛んでしまった。しかし、いまだそこに暮らしている人々がいるらしい。釜山も同様にして消滅したが、最近その街に幽霊が徘徊しているという噂がある。たしか「赤色戦爭」と呼ばれる戦亂のために、世界中の海に機雷が撒かれたせいで、流通が陸路と空路に限定されてしまい、すべての輸送コストが二十倍に膨れ上がった。アメリカが分?jǐn)啶丹?、いくつもの「自由州」が「新合衆(zhòng)國」を作った――これらのエピソードは、エレベーターのなかに設(shè)置されたテレビや、ラジオ局のニュース番組、街角の人々の會話、「日?!工韦丹丹い食鰜硎陇槁─炻劋长à皮搿¥ⅳ?、そんなことがあったんだと、現(xiàn)実世界のニュースを聞くみたいに、それらに耳を傾けたくなる。
何があったんだろう。ここ、私のアパートなんだけど……。
どこで知ったのだろう? Vが住んでいるマンションには、Vのとおなじような部屋が千室以上あること。自分のすぐ真下の階の住人が、ある日とつぜん自殺してしまったこと。ある男が好きだったカクテルのレシピ、やけに親切だった自動販売機のAI。ある場所で遭遇した電子的カルト集団の、血で地面に描かれた五芒星と、その中心の冷蔵庫のなかで氷漬けにされた死體の顔。忘れられないある女のシガレット?ケースの形。桜花マーケットの豚骨ラーメンの味。あるとき自分の掌をすり抜けていった、桜の花びらのホログラム。街を流れる川のそばに蝟集したスラムの中心で、寫真を撮った記憶。ミリテクの女との唐突なセックス(ギャグボールとペニスバンドを使用)。アイドルの女の子に襲いかかったストーカーの、名乗った名前とスキャンの名前の齟齬。ナイトシティの郊外の砂漠に墓標(biāo)のように林立する、さび付いた巨大な風(fēng)力発電機の殘骸の群れと、猛然と吹きつける砂嵐。「クローム?ナイト?ラブ」、「スロットする記憶」、「クライムブロック」といった掌編小説の切れ端の一節(jié)――もちろん深みのあるサイドやメインの物語に加えて、こうした斷片的な記憶が集合し、すでに筆者の心のなかでひとつの大きな世界を形作っていて、もう、どうしたって忘れられそうにない。
バイオテクニカは1年間に6日間も有給があるのか! どおりで、あそこの工場のタンパク質(zhì)はおいしいはずだ。材料はこおろぎだったっけ。
そうしてゲーム世界內(nèi)の出來事や事実を知るたびに、いま歩いているナイトシティの街が、より克明なリアリティで迫ってくる。正直なところ、數(shù)あるオープン?ワールドのゲームのうち、ここまで世界観にどっぷりと浸ることができたゲームは、十年以上前、少年のころプレイした『Fallout 3』以來だ。ナイトシティの美しさはあまりにも盤石なので、どんなに膨大な設(shè)定もしっかりと受けとめてしまう。それどころか、街のほうがロアに影響していて、そこに人々がいて、すべてが有機的に絡(luò)み合っている。
世界観の理解の助けとして忘れてはならないのが、ローカライズの質(zhì)の高さだろう。筆者は日本語版のローカライズを擔(dān)當(dāng)したエンタライズ社と、すべての関係者に喝采を送りたい。ここまで膨大な量の、スラングや作中內(nèi)の造語が頻出するテキストを、一糸も亂れることなく、自然で美しい日本語に移し替えたその仕事ぶりは、永久に記憶されてしかるべきものだ。また、聲優(yōu)たちの名演と、彼らを起用した擔(dān)當(dāng)者もすばらしい。とくに女性のVを擔(dān)當(dāng)した清水理沙の聲は、Vのイメージにぴったりであるうえに、すばらしい演技によってその時々のVの感情を克明に伝えてくれた。あれだけたくさんの臺詞を聞いたのに、まだVの聲が聞きたいくらいだ。
これさえなければよかったのだが、玉に瑕なのがインテグリティだ。クエストが進行不可能になるような重大なバグには出會わなかったが、微妙に沒入感を削ぐような実裝上の問題や、些細(xì)な不便さが散見された。アセットのグラフィックのローディングが遅れて、ローポリゴンが一瞬だけ表示されたり、室內(nèi)/室外の判定が甘いのだろう、クエストマーカーがちょっとだけずれていたりする。また、會話のトリガーがうまく機能しなかったり、音聲が再生されなかったり、NPCがクエストの演出上で微妙におかしな位置に立っていたりする。ユーティリティーの面では、お気に入りのコーディネートを保存しておくプリセット機能は欲しかったし、いったん作ったVの身體的特徴を変えられないのはテーマ的に仕方がないとしても、せめて髪型くらいは隨意にさせてほしかった(帽子にあわせて変わりはするが、帽子をかぶりたくない日だってある)。
そしてなによりも惜しいのは、RPGの肝である會話パートや立ち位置の、絶妙な間の悪さだ。まれにではあるが、NPCが壁にむかって喋りはじめたり、喋り始めるまえに數(shù)秒の奇妙な間を置いてしまったりする。この作品は要所で映畫的な演出を用いているが、これが起きると、ミステイクのテープをそのまま見せられているような気分になる。世界にどっぷり浸ることが楽しいRPGにおいて、こういう細(xì)かな粗は痛かった。
キアヌ……じゃなくってジョニーはアイドルを見る目があるらしい。
しかしCD PROJEKT REDは、堅実なアップデートやDLCによって、前作『The Witcher 3 : Wild Hunt』を完璧な狀態(tài)にまで持っていった実績がある。今回も、いま挙げたような部分の細(xì)かな調(diào)整を、リリース後のパッチで行っていくだろう。
2012年にCD PROJEKT REDが『サイバーパンク2077』を発表したときのインターネットは、まだ、いまよりは明るい場所だった。YouTubeは収益化に著手しておらず、Twitterは子供のけんかの場ではなく、Twitchは存在すらしていなかった。だから8年前の「サイバーパンク」という言葉の響きは、どちらかというと溫故知新なもの、80年代に流行したあのムーブメントを懐かしむ感じをもっていた。當(dāng)時はまだ無人ドローンによる爆撃も、暗號通貨のやりとりも、SNS上の話者による分?jǐn)啶紊葎婴庑肖铯欷皮い胜盲?。ベイルート港は爆発していないし、マリヤ?タケウチの楽曲群は情報の海の底で眠っているし、TSMC(臺灣の半導(dǎo)體メーカー)の時価総額はいまの5分の一以下で、『ブレードランナー 2049』は発表すらされていなかった。
しかし私たちは、あの當(dāng)時から8年を経て、私たちのサイバー空間、そして物理空間の文化的背景が急激に変化したことを知っている。人と人との繋がりの有り様がここまで変わってしまった今日の日に、未來の資本主義経済や社會の姿を示唆する本作が、こんにちの蕓術(shù)のうちもっともデジタルなメディアムであるビデオゲームで発表されたことの意義は、あまりにも大きい。そして作品が訴えかけたメッセージが、明示的でもなく単一でもない、渋味のある、複雑な、複數(shù)な、豊かな人間味を湛えたものであったことは、なお喜ばしい。
50年前のあの日、ジョニーがアラサカタワーを核爆弾で吹っ飛ばしてもなにも変わらなかったように、あるひとつの革命によってそれまでの問題がすべて解決される、などということは起こりえない。そう、ナイトシティと同じか、あるいはそれ以上に複雑なこの世界を泳ぎ切るには、Vやジョニーがおずおずと、時に傷つけ合いながらそうしたように、他人との覚束ない共同作業(yè)のなかで、協(xié)力しながら、何とかやっていくほかないのだ。そして、そうしたときに助けになるのは、世界そのものへの盡きぬ興味――この作品が再燃させてくれた、好奇心の熾火にほかならないのだ。
Come touch me like I'm an ordinary man...
ここにきて、8年前に公開されたトレーラーの楽曲、Archive - "Bullets"の歌い出しの歌詞が胸に染みる。"Come touch me like I'm an ordinary man"(私がごくふつうの人間であるかのように、私に觸れてほしい)。そう、私たちは手探りで他人と觸れあい、世界を知ろうと努め続けるほかないのだ。たとえその相手がブラックウォールの向こう側(cè)の存在、頭の中の亡霊、あるいは永遠(yuǎn)に理解し得ないと思われた、孤獨な他者であったとしても。
長所
圧倒的な美しさを誇るナイトシティ
巨大な迷宮が支えるロア
映像と物語で語るストーリー
渋く落としたエンディング
短所
非常に細(xì)かなバグ
メインの物語に関與しない戦闘コンテンツの繰り返し感
総評
『サイバーパンク2077』は、これまでのビデオゲーム史上もっとも魅力的な街であるナイトシティを創(chuàng)造した。メインの物語に関與しない戦闘コンテンツの繰り返しが多いと感じさせるものの、その街に生きた人々の人生を注意深く交差させることで、西洋的な意味でのRPG――役割をプレイするゲーム――のジャンルに、摩天樓のごとき金字塔を打ち立てた。
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