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《彈珠汽水瓶里的千歲同學》第七卷超長后記(生)

2022-08-19 22:30 作者:在心一樣飄  | 我要投稿

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あとがき

お久しぶりです、裕夢です。

 まず最初にお知らせがあります。大好評で幕を閉じた「チラムネ×福井コラボ」の「2ndシーズン」開催が決定しました! 期間は2022年8月19日(金)~10月30日(日)。前回を超える大充実の內(nèi)容になっていますので、詳細や最新情報は福井市観光公式サイト「福いろ」をチェックしてみてください。

 また、これはお願いになりますが、もし7巻で「なんの話?」となった箇所が多かった方はぜひ6?5巻をお読みいただければ幸いです。短編集は基本的に買わない人もいらっしゃると思いますが、実質(zhì)的な本編として書いた一冊ですので、シリーズ後半にものすごく深く関わってきます。たとえば夕湖の成長、悠月の白雪姫、明日姉のURALA(出版社)見學、朔の家に置かれていた優(yōu)空の椅い子す、陽とOGの試合といった重要なエピソードはすべて6?5巻に収録されています。後半を楽しむうえで必読の一冊ですので、ぜひお手に取ってみてください。

さて、もともと僕はあとがきを書くのがあまり得意ではないので、いつもなら前述したコラボの內(nèi)容をもっと細かく説明して尺を稼いだり(おい)、ちょっとエモいエピソードやしょうもない小咄でお茶を濁して終わるところです。

 だから正直、この先に記す內(nèi)容をあとがきに掲載するかどうかは最後の最後まで悩みました。書き始めたいまでもまだ悩んでますし、書き終わったら擔當編集の巖淺さんにも相談します。

 というのも、僕はSNSでもあとがきでも、基本的に自作の解説や制作裏話、それから作品に関わる自分語りをしない主義です。語りたいことは物語のなかで語るし、読者の方にはそこから得られるものだけを持ち帰ってほしい。作品と作者を結(jié)びつける必要はないと思っています(これは良い悪いの話ではないので、異なるスタンスをとられている他の作家さんを否定するつもりは一切ありません。あくまで僕の個人的な信條ということでご理解ください)。

 加えて、公の場で冗談の範疇を超えるネガティブな発言をすることもまずありません。

 僕の個人的な負の感情は作品のノイズになってしまうと考えているからです。

だけど今回だけはその信條を曲げて、少し制作裏話と自分語りをしてみようと思います。

 負の感情を漏らすことになりますが(最後には救いのある話です)、誓って「吐き出さないと耐えられない」とか「苦しみを理解してほしい」というわけではありません。

 僕は常に自身の感情よりもチラムネを優(yōu)先していますし、作品に悪い影響があると判斷したら間違いなくこうして表には出しませんでした。

 だけど今回の7巻だけは、「この先まで語って完成するんじゃないか」という不思議な感覚がずっと付きまとっていました。

 こういう経験は僕にとっても初めてなので、もしかしたらやっぱり蛇足かもしれないし、作品のノイズになってしまうのかもしれません。

 繰り返しになりますが、ここから先は7巻の制作裏話と作品に関する自分語り、そこにはもしかしたら読者のみなさんが聞きたくない個人的な負の感情も含まれているかもしれません。

 當然のことながら読むかどうかの判斷はみなさんにお任せします。

そういうのを知りたくない方は(普段の僕は絶対に知りたくない派です)、次の*から先は飛ばし、最後の謝辭だけを受けとって本を閉じじていただければ幸いです。

 ちなみにネタバレありのため、必ず本編のあとにお読みください。

 それでは少しだけ、語っていこう思います(ここから先は丁寧語抜きでいきます)。

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ??*

この7巻で、僕はいまだかつて経験したことのないスランプに陥った。

 デビューしてから苦しい瞬間というのは山ほどあったけれど、それは「もっと気の利いた比喩があるんじゃないか」とか「もっと熱く描けるんじゃないか」とか「もっと感動させられるはずだ」とか、創(chuàng)作するうえでは當然のように降りかかってくる産みの苦しみばかり。

 筆が進まない、いい言葉が降りてこないなんて日常茶飯事でとっくに慣れっこだ。

 だけど今回の不調(diào)は、これまでとは質(zhì)も深さも異なっていた。

 ──小説が書けない。

大げさに聞こえるかもしれないが、言葉にするならそう表現(xiàn)するのがいちばん近いと思う。

 本當に自分は作家として七冊も世に出してきたのかと疑いたくなるほどに、書き始めようとしてもなにひとつ言葉が降りてこない、チラムネの世界に觸れられない。

 もちろん、そうは言ってもちゃちな手癖でなんとなく空白を埋めていくことはできる。

 だけど少しずつページをかさ増ししていっても、

 ──こんなのはチラムネじゃない。

 ずっと頭のなかで聲が響いていた。

 いろんな場で話してきたことだけど、この作品の一番のファンは自分だと信じている。僕は一巻のときから僕が読みたいものを読むためにチラムネを書いてきた。もちろん結(jié)果として読者のみなさんの心に屆けばそんなにうれしいことはない。

だからこそ、世界で一番チラムネに対して期待し、同時に厳しい目で見ている自分だからここそ、惰性で書き連ねている無味無臭な言葉が許せなかった。

 熱くも、美しくも、切なくも苦しくもない。

 チラムネの世界を踏みにじってしまっているような感覚に胸がはち切れそうだった。

 理由ははっきりしている。

?。稁啢颉ⅳⅳ伟嗽陇驋iけて九月にたどり著いた彼ら彼女たちは、みんなひとときの休息を求めていた。戻ってこられた日常に身を委ねたいと願っていた。

 誰も自ずから動こうとはしてくれなくて、かといって登場人物たちが動きたがっていないのを作者が無理に動かすことはできない。

 これもいろんな場所で語ったけれど、僕は彼ら彼女たちが紡いでいく物語を見守りながら文章という形に落とし込んでいるだけで、そこに介入することはできないからだ。

 この停滯は訪れるべくして訪れた必要な停滯。

 ただそれを受け入れて、穏やかな時間を描けばいい。

 頭ではそうわかっていた。

だけど同時に物語から離れた現(xiàn)実では、生々しい現(xiàn)実的な問題と向き合わなければいけない。

 具體的にはまず「このラノ」が頭にちらついていた。

 お世話になっている方たちや熱いファンのみんなから、否応なしに「三連覇」を期待されていることはわかってる。

 それも「できるかな?」よりも「できるっしょ」寄りの、チラムネなら當然そこまで成し遂げてくれるだろうという無邪気な期待が多かった。

 本當は気にしていないふりで自分を誤魔化したいのに嫌でも意識せざるを得なくて、だけど同時にそんなに甘いものじゃないってことは人一倍痛感している。

 短編集の6?5巻一冊で勝負できないことはわかっていたので、真っ向から挑むなら投票対象となる八月になんとしてでもシリーズ後半スタートの7巻を出さなければいけない。

 それもありったけを振り絞った渾身の一冊を、だ。

少なくとも、7巻をただささやかで穏やかなだけの日?;丐摔筏皮筏蓼盲郡?、とうてい勝負の舞臺には上がれないだろう。

 だけどチーム千歳のみんなはそれを望んでいてやっぱり動こうとはしてくれない。

 僕は物語や登場人物と深く繫がりながら書くことしかできないタイプなので、彼ら彼女たちの感情に毎巻必ず振り回される。たとえば4巻であれば燃え上がるような熱量だったし、6巻は深い哀しみや絶望、そこからの救いだった。

 いつだって登場人物たちの感情が書いているときの僕の感情そのものになる。

 そして7巻で訪れたのは停滯だ。

 彼ら彼女たちの停滯は、そのまま僕の停滯だった。

 ただひとつ違っていたのは、登場人物たちにとっての穏やかで満ち足りた停滯が、現(xiàn)実の作家である僕にとってはどうしようもないほどに苦しくてやるせない停滯だったことだ。

 僕の肩へと重くのしかかっていたものがあとふたつある。

 ひとつは當然シリーズ後半へ向けた読者の期待。

 もうひとつは6巻までを書き上げてきた自分自身との勝負だ。

これもたびたび言ってることだが、僕はその都度出し惜しみせずに全力を盡くしてきた。

 だからこそ後半へ向かえば向かうほどに、殘された手札は限られてくる。

 焼き直しを是とすれば話は早かった。

 新しいヒロインを出して、その子がピンチに陥り、千歳朔がまたかっこよく解決すればいい。

 だけど実際には物語のなかで登場人物たちがみな成長していて、関係性も進んでいるから、これまでと同じことはもうできない。

 それに、一度上手くいった手法の繰り返しに逃げるのは過去の自分への敗北だ。

 僕はいつまでも変わり続けていたいし、葉うなら新しい一冊を出すたびに新鮮な驚きや、出逢いや、喜びや愛おしさや哀しみや苦しみを読者のみんなに差し出したい。

 ……本當に前半を超える後半を描けるんだろうか。

 心のどこかでずっと不安に思っていたところで、案の定、7巻の停滯と直面した。

出口の見えない迷路を手探りで匍匐前進するように、長い戦いが始まる。

 基本的にプロットを作らない僕にとって先の展開が読めないのは毎度おなじみのことだけど、最後にきっと面白くなるという予感だけはずっと手のひらに握りしめていた。

 だけど今回だけは、本當になにひとつ見えなかった。

 何度ぐーぱーしてみても手のなかは空っぽで、とりあえずは登場人物たちに寄り添って穏やかな日常を描いてみても、本當にこのまま最後まで仲よく學校祭の準備をして終わってしまうんじゃないかって、じりじりと足下から這い上がってくる不安に押し潰されそうだった。

 シリーズものを書くうえで心に決めていることがある。

 読者によって好きな巻が分かれるのは自然なことだし大歓迎だ。

 だけど繫ぎ巻だとか捨て巻だとか呼ばれるような巻だけは誓って作りたくなかった。

 たとえシリーズのなかでどんな役割をもった一冊だったとしても、なにかひとつぐらいは読んだ人の心に殘るような物語を綴りたい。

でもこのままじゃ7巻がただの繫ぎ巻になっなってしまう。後半を楽しみにしている読者の期待に応えられない、過去の自分を超えられない。

 誇張でも比喩でもなんでもなく、停滯しているハートをノックするみたいに、何度も拳を心臓のあたりに叩きつけながら書いた。

 僕は毎日10㎞のランニングを習慣にしているのだけど、「まだ立ち止まりたくない」、「走り続けていたい」、「ここで終わりにしたくない」と祈るように走ってまた書いた。

 たとえあとから全部ボツにすることになったとしても、書き続けていればなにかが見えるかもしれないと願って書いた。

 朝早く起きて深夜に眠るまで、一日一回の食事とランニングの時間以外は全部捧げて書いた。

 正直このラノさえ諦めてしまえば、少しだけ楽になることはわかっていた。

 ここで挑戦をやめてしまえば僕は勝ち逃げができる。

 デビュー作としては史上初の二連覇、充分すぎる勲章だ。

世間にはありがたい評価をいただいたし、ファンでいてくれるみんなからのプレゼント応援も受けとった。

 もう満ち足りているからと足を止めたところで、まわりの誰にも文句は言われないだろう。

 それでもまだ次を目指そうとするなら、望むなら、ここから先はただプライドを賭けた己との戦いでしかない。

 ただしその一歩を踏み出してしまったら、今度こそ過去の自分自身に負けるかもしれない恐怖と向き合うことになる。

 ……もういいだろう、6?5巻一冊なら言い訳もきく。

 発売月を延期して、ゆっくりと時間をかけながらこの物語に向き合おう。焦って質(zhì)の低いものを世に出すほうが読者に対して不誠実だ。

 いったい何度そういう誘惑に負けてしまいそうだったかわからない。

 だけどそんな僕を支えてくれたのは、

 ──月に手を伸ばせ。

チラムネが教えてくれたことだった。

行く末なんて誰にもわからないけど、ありったけで挑んでそれでも散るなら仕方ない。

 だけど戦う前から言い訳して逃げ出すことだけは絶対に違う。

 目を背けたくない、もうこれで充分だからと勝手に自分を、チラムネを諦めたくない。

 まだ屆いていないなら、たとえ屆かないとしても手を伸ばしたい。

 ずっと自分で綴ってきたことだ。

 熱くなることは格好いい、がむしゃらに目の前の一瞬をあがけ、たとえつまずいたとしてもそれこそが挑戦し続けている証だ、可能性を信じて前を向き夢を追いかけろ。

 だったら誰よりもまず自分自身がそういう生き様を見せないと、チラムネという物語にも、それを信じてついてきてくれた読者にも申し訳が立たないだろ。

 それに、たったひとつだけ僕には希望があった。

 望紅葉という女の子だ。

ここで後輩を出すことは決めていたので、彼女の存在によって物語が動き出すかもしれない。

 だけど名前と容姿のイメージ以外はなにひとつ考えていなかったから、実際に登場するまでどんな性格で、どんな臺詞を紡ぎ、どんな想いを抱えているのかもわからなかった。

 そうして迎えた応援団の顔合わせシーン。

 僕はあっけなく深い絶望に呑み込まれた。

 ただ素直でかわいい女の子がひとり増えただけで、停滯は停滯のまま、ぴくりとも時間は流れ始めてくれなかった。

 それが最後の引き金になったんだろう。

 夕方のランニングから帰ってきたとき、僕はもう一文字も書けなくなっていた。

 頭のなかはぐるぐるとした焦燥感にどろりと黒い不安が渦巻いて、なにひとつ言葉が浮かんでこない。キーボードに手をのせたら冗談みたいにかたかたと震え始めた。いつもならとっくにクールダウンしているはずなのに、まるで走っている最中のように呼吸が淺い。

 もう書きたくない、書くのが怖い、と初めてそう思った。

僕が自分の手でチラムネをだいなしにしてしまうという確信があった。

 ──ああ、もうここまでだ。

 巖淺さんに連絡(luò)して発売を無期限に延ばそう。

 デビューしてからこれまで、あまりにも一途に走り続けた。

 半年ぐらいゆっくりと休んでからまた歩き出せばいい。

 半分本気、半分朦朧として思いながら、それでも僕の手はスマホで検索を始めていた。

「不安 市販 薬 漢方」

 毎日書くことは毎日走ることに似ていると思う。

 一度でも「今日はいいや」と立ち止まってしまったら、二度と走り出せなくなる気がする。

 だから「今回はいいや」と諦めてしまったら、きっと僕は二度と僕の好きなチラムネを書けなくなってしまう。

ドラッグストアへ向かうため、知らずのうちに胸を押さえながら車に乗り込んだ。

 念のために斷っておくけれど、僕はこれまで自他ともに認めるメンタルが強い人間で、もちろん心の不調(diào)を薬で誤魔化そうとするなんて生まれて初めての経験だった。

 エンジンをかけ、せめてもの気分転換になればと窓を全開にした。

 Bluetoothで車のオーディオと繫いだスマホを全曲ランダム再生にして音量を上げる。

 あたりはすっかり夕暮れに差しかかっていた。

 車を走らせながら、窓から吹き込んでくる風に吹かれながら、もう少し踏ん張るのかここで足を止めるのか何度も何度も自問自答した。あとなにかひとつ、たとえばドラッグストアでお目當ての薬や漢方が見つからなかっただけで、ぽっきりと心が折れてしまう予感があった。

 そうして、道中の陸橋に差しかかる。

 西の空が真っ赤に焼けていた。

 そのときふと、スピーカーから流れる曲の歌詞が心に觸れた。

「夕焼け空きれいだと思う

 心をどうか殺さないで」

 つつうと、気づいたときには涙がこぼれていた。

 BUMP OF CHICKENの『真っ赤な空を見ただろうか』。

 正直この瞬間までは、素敵な曲だとは思っていたけど僕にとってトクベツな曲ではなかった。

 だけどその短い言葉が、くじける寸前だった僕の心をあたたかい夕焼け色で包んでくれた。

 これは噓みたいな本當の話。

 僕が信條に反するあとがきをしたためようと思ったのは、自分の苦しさを知ってほしかったのではなく、諦めずにあがき続けていればこんなふうに救われることもあるんだなという不思議なできごとをみんなに共有したいと思ったからだ。

 ぽろぽろと泣いているうちに曲が終わってしまい、僕は慌てて同じ曲をリピートした。

「言葉ばかり必死になって

 やっと幾つか覚えたのに」

「いろんな世界を覗く度に

 いろんな事が恥ずかしくなった」

「子供のままじゃみっともないからと

 爪先で立つ本當のガキだ」

「そんな心馬鹿正直に

 話すことを馬鹿にしないで」

「大切な人に唄いたい

 聴こえているのかも解らない

 だからせめて続けたい

 続ける意味さえ解らない」

これまでずっと素通りしてしまっていた言葉のひとつひとつが、じんわりと染み渡った。

 BUMPを聴きながら過ごした青春時代、狂ったように小説を読んでたころの気持ち、自分で物語を綴ってみようと思ったきっかけ、デビューしてから文字どおり走り続けてきた日々。

 僕がチラムネを書き続ける、理由。

 いろんなことが頭に浮かんだけれど、言葉にしてしまうととてもチープなのでやめておく。

 ──続きを書こう。

 ただ自然と僕はそう思った。

 それからドラッグストアでお守り代わりの薬と漢方を購入し、帰路についた。

 本當にフィクションみたいだけど、立て続けにまた不思議なことが起きた。

まずはドラッグストアの駐車場。BUMPっていいなとしみじみ思って、今度はBUMPの曲に絞ってランダム再生をした。

 最初に流れ始めたのはやっぱり『真っ赤な空を見ただろうか』だった。

 まるでいまのお前にはこの曲が必要だ、今日はこれを聴いておけとでも言わんばかりに。

 だから僕は帰り道、延々と『真っ赤な空を見ただろうか』をリピートしながら唄っていた。

 おかげで心はずいぶんと楽になった。

 とはいえ、停滯は停滯のまま、なにかが解決したわけじゃない。

 本當にまだ書けるんだろうか、走り続けられるんだろうかという不安は消えなかった。

 そうして行きと同じ陸橋にまた差しかかったとき、

「────────────────────────」

 初めて、望紅葉が自分の意志でしゃべった。

あえてここでは伏せ字にしておくけれど、そそれは本編のクライマックス、屋上で最後に口にした臺詞だった。

 堰を切ったように次から次へと、彼女の伝えたかった言葉があふれてくる。

 僕はようやく、後輩の女の子が朔たちの前に、そして僕の前に現(xiàn)れてくれた理由を知った。

 ああ、そうか。

 紅葉は戦おうとしているんだ、運命に抗おうとしているんだ。

 だったら僕は、それを最後まで見屆ける義務(wù)があるだろ。

 そうして腹をくくってからは、心まで折れかけた停滯が噓みたいに筆が進んだ。

 振り返ってみれば、こんなのはチラムネじゃないとまで思った文章は、すべて正しくチラムネだった。

僕はずっと、彼ら彼女たちに必要な物語をすくいとれていたらしい。

 まずいところを削り、曇っていた言葉を磨いてあげるだけで、意味が生まれた。

 走り出そうとしている紅葉をスタートラインに立たせてあげなきゃいけない。

 ただそれだけの想いを胸に、最後まで書き上げることができた。

 結(jié)果として、誰がなんと言おうともチラムネ後半戦の開幕を飾るに相応しい7巻になったと思う。

     *

 そんなわけで、長い自分語りにお付き合いいただきありがとうございました。紅葉にとっての紅葉がヒーローだったように、7巻における僕にとってのヒーローはBUMPと紅葉です。

 僕は、それからきっと僕たちは、どうしようもなく言葉や物語に救われてきたんだと思い出せる一冊になりました。

7巻の停滯を振り切って走り続けられた僕

は、きっとチラムネの最後を見屆けるまで走り続けていけると思います。

 読者のみなさんも、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

 謝辭に移ります。

 イラストレーターのraemzさん。僕は先に原稿を書き上げていたので、思い入れの深い紅葉のキャラクターデザインがイメージどおりになるのか少し不安もありました。だけどそんな臆病風を軽々と吹き飛ばして、最高の紅葉をありがとうございます。raemzさんのイラストによってこの女の子に命が吹き込まれました。

 擔當編集の巖淺さん。いろんな意味で覚悟の巻となりましたが、同じ熱量で付き合ってくれてありがとうございます。4巻以來の熱い感想で、ようやくすべてが報われたような気がしました。このあとがきを載せるか本當に最後の最後まで迷いましたが、巖淺さんの「これもチラムネの一部だ。この物語がこの世に生まれ落ちないのはつらい」という言葉で決心できました。

 そのほか、宣伝、校正など、チラムネに関わってくださったすべての方々、なにより走り続ける僕を追いかけ続けてくれる読者のみなさまに心から感謝を。

この物語が、綴られた言葉が、どうかあなたの憂鬱も撃ち抜いてくれますように。

裕夢


《彈珠汽水瓶里的千歲同學》第七卷超長后記(生)的評論 (共 條)

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