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日語《我是貓》第四章

2022-12-28 18:55 作者:日本異文化  | 我要投稿

四 例によって金田邸へ忍び込む。 例によってとは今更いまさら解釈する必要もない。しばしばを自乗じじょうしたほどの度合を示す語ことばである。一度やった事は二度やりたいもので、二度試みた事は三度試みたいのは人間にのみ限らるる好奇心ではない、貓といえどもこの心理的特権を有してこの世界に生れ出でたものと認(rèn)定していただかねばならぬ。三度以上繰返す時(shí)始めて習(xí)慣なる語を冠せられて、この行為が生活上の必要と進(jìn)化するのもまた人間と相違はない。何のために、かくまで足繁あししげく金田邸へ通うのかと不審を起すならその前にちょっと人間に反問したい事がある。なぜ人間は口から煙を吸い込んで鼻から吐き出すのであるか、腹の足たしにも血の道の薬にもならないものを、恥はずかし気げもなく吐呑とどんして憚はばからざる以上は、吾輩が金田に出入しゅつにゅうするのを、あまり大きな聲で咎とがめ立だてをして貰いたくない。金田邸は吾輩の煙草たばこである。 忍び込むと云うと語弊がある、何だか泥棒か間男まおとこのようで聞き苦しい。吾輩が金田邸へ行くのは、招待こそ受けないが、決して鰹かつおの切身きりみをちょろまかしたり、眼鼻が顔の中心に痙攣的けいれんてきに密著している狆ちん君などと密談するためではない。――何探偵?――もってのほかの事である。およそ世の中に何が賤いやしい家業(yè)かぎょうだと云って探偵と高利貸ほど下等な職はないと思っている。なるほど寒月君のために貓にあるまじきほどの義俠心ぎきょうしんを起して、一度ひとたびは金田家の動(dòng)靜を余所よそながら窺うかがった事はあるが、それはただの一遍で、その後は決して貓の良心に恥ずるような陋劣ろうれつな振舞を致した事はない。――そんなら、なぜ忍び込むと云いうような胡亂うろんな文字を使用した?――さあ、それがすこぶる意味のある事だて。元來吾輩の考によると大空たいくうは萬物を覆おおうため大地は萬物を載のせるために出來ている――いかに執(zhí)拗しつような議論を好む人間でもこの事実を否定する訳には行くまい。さてこの大空大地たいくうだいちを製造するために彼等人類はどのくらいの労力を費(fèi)ついやしているかと云うと尺寸せきすんの手伝もしておらぬではないか。自分が製造しておらぬものを自分の所有と極きめる法はなかろう。自分の所有と極めても差さし支つかえないが他の出入しゅつにゅうを禁ずる理由はあるまい。この?!─埭Δ埭Δ郡氪蟮丐颉⑿≠tこざかしくも垣を囲めぐらし棒杭ぼうぐいを立てて某々所有地などと劃かくし限るのはあたかもかの蒼天そうてんに縄張なわばりして、この部分は我われの天、あの部分は彼かれの天と屆け出るような者だ。もし土地を切り刻んで一坪いくらの所有権を売買するなら我等が呼吸する空気を一尺立方に割って切売をしても善い訳である??諝荬吻袎婴鰜恧?、空の縄張が不當(dāng)なら地面の私有も不合理ではないか。如是観にょぜかんによりて、如是法にょぜほうを信じている吾輩はそれだからどこへでも這入はいって行く。もっとも行きたくない処へは行かぬが、志す方角へは東西南北の差別は入らぬ、平気な顔をして、のそのそと參る。金田ごときものに遠(yuǎn)慮をする訳がない。――しかし貓の悲しさは力ずくでは到底とうてい人間には葉かなわない。強(qiáng)勢は権利なりとの格言さえあるこの浮世に存在する以上は、いかにこっちに道理があっても貓の議論は通らない。無理に通そうとすると車屋の黒のごとく不意に肴屋さかなやの天秤棒てんびんぼうを喰くらう恐れがある。理はこっちにあるが権力は向うにあると云う場合に、理を曲げて一も二もなく屈従するか、または権力の目を掠かすめて我理を貫くかと云えば、吾輩は無論後者を択えらぶのである。天秤棒は避けざるべからざるが故に、忍ばざるべからず。人の邸內(nèi)へは這入り込んで差支さしつかえなき故込まざるを得ず。この故に吾輩は金田邸へ忍び込むのである。 忍び込む度どが重なるにつけ、探偵をする気はないが自然金田君一家の事情が見たくもない吾輩の眼に映じて覚えたくもない吾輩の脳裏のうりに印象を留とどむるに至るのはやむを得ない。鼻子夫人が顔を洗うたんびに念を入れて鼻だけ拭く事や、富子令嬢が阿倍川餅あべかわもちを無暗むやみに召し上がらるる事や、それから金田君自身が――金田君は妻君に似合わず鼻の低い男である。単に鼻のみではない、顔全體が低い。小供の時(shí)分喧嘩をして、餓鬼大將がきだいしょうのために頸筋くびすじを捉つらまえられて、うんと精一杯に土塀どべいへ圧おし付けられた時(shí)の顔が四十年後の今日こんにちまで、因果いんがをなしておりはせぬかと怪あやしまるるくらい平坦な顔である。至極しごく穏かで危険のない顔には相違ないが、何となく変化に乏しい。いくら怒おこっても平たいらかな顔である。――その金田君が鮪まぐろの刺身さしみを食って自分で自分の禿頭はげあたまをぴちゃぴちゃ叩たたく事や、それから顔が低いばかりでなく背が低いので、無暗に高い帽子と高い下駄を穿はく事や、それを車夫がおかしがって書生に話す事や、書生がなるほど君の観察は機(jī)敏だと感心する事や、――一々數(shù)え切れない。 近頃は勝手口の橫を庭へ通り抜けて、築山つきやまの陰から向うを見渡して障子が立て切って物靜かであるなと見極めがつくと、徐々そろそろ上り込む。もし人聲が賑にぎやかであるか、座敷から見透みすかさるる恐れがあると思えば池を東へ廻って雪隠せついんの橫から知らぬ間まに椽えんの下へ出る。悪い事をした覚おぼえはないから何も隠れる事も、恐れる事もないのだが、そこが人間と云う無法者に逢っては不運(yùn)と諦あきらめるより仕方がないので、もし世間が熊坂長範(fàn)くまさかちょうはんばかりになったらいかなる盛徳の君子もやはり吾輩のような態(tài)度に出ずるであろう。金田君は堂々たる実業(yè)家であるから固もとより熊坂長範(fàn)のように五尺三寸を振り廻す気遣きづかいはあるまいが、承うけたまわる処によれば人を人と思わぬ病気があるそうである。人を人と思わないくらいなら貓を貓とも思うまい。して見れば貓たるものはいかなる盛徳の貓でも彼の邸內(nèi)で決して油斷は出來ぬ訳わけである。しかしその油斷の出來ぬところが吾輩にはちょっと面白いので、吾輩がかくまでに金田家の門を出入しゅつにゅうするのも、ただこの危険が冒おかして見たいばかりかも知れぬ。それは追って篤とくと考えた上、貓の脳裏のうりを殘りなく解剖し得た時(shí)改めて御吹聴ごふいちょう仕つかまつろう。 今日はどんな模様だなと、例の築山の芝生しばふの上に顎あごを押しつけて前面を見渡すと十五畳の客間を彌生やよいの春に明け放って、中には金田夫婦と一人の來客との御話おはなし最中さいちゅうである。生憎あいにく鼻子夫人の鼻がこっちを向いて池越しに吾輩の額の上を正面から睨にらめ付けている。鼻に睨まれたのは生れて今日が始めてである。金田君は幸い橫顔を向けて客と相対しているから例の平坦な部分は半分かくれて見えぬが、その代り鼻の在所ありかが判然しない。ただ胡麻塩ごましお色の口髯くちひげが好い加減な所から亂雑に茂生もせいしているので、あの上に孔あなが二つあるはずだと結(jié)論だけは苦もなく出來る。春風(fēng)はるかぜもああ云う滑なめらかな顔ばかり吹いていたら定めて楽らくだろうと、ついでながら想像を逞たくましゅうして見た。御客さんは三人の中うちで一番普通な容貌ようぼうを有している。ただし普通なだけに、これぞと取り立てて紹介するに足るような雑作ぞうさくは一つもない。普通と云うと結(jié)構(gòu)なようだが、普通の極きょく平凡の堂に上のぼり、庸俗の室に入いったのはむしろ憫然びんぜんの至りだ。かかる無意味な面構(gòu)つらがまえを有すべき宿命を帯びて明治の昭代しょうだいに生れて來たのは誰だろう。例のごとく椽の下まで行ってその談話を承わらなくては分らぬ。 「……それで妻さいがわざわざあの男の所まで出掛けて行って容子ようすを聞いたんだがね……」と金田君は例のごとく橫風(fēng)おうふうな言葉使である。橫風(fēng)ではあるが毫ごうも峻嶮しゅんけんなところがない。言語も彼の顔面のごとく平板尨大へいばんぼうだいである。 「なるほどあの男が水島さんを教えた事がございますので――なるほど、よい御思い付きで――なるほど」となるほどずくめのは御客さんである。 「ところが何だか要領(lǐng)を得んので」 「ええ苦沙彌くしゃみじゃ要領(lǐng)を得ない訳わけで――あの男は私がいっしょに下宿をしている時(shí)分から実に煮にえ切らない――そりゃ御困りでございましたろう」と御客さんは鼻子夫人の方を向く。 「困るの、困らないのってあなた、私わたしゃこの年になるまで人のうちへ行って、あんな不取扱ふとりあつかいを受けた事はありゃしません」と鼻子は例によって鼻嵐を吹く。 「何か無禮な事でも申しましたか、昔むかしから頑固がんこな性分で――何しろ十年一日のごとくリードル専門の教師をしているのでも大體御分りになりましょう」と御客さんは體ていよく調(diào)子を合せている。 「いや御話しにもならんくらいで、妻さいが何か聞くとまるで剣もほろろの挨拶だそうで……」 「それは怪けしからん訳で――一體少し學(xué)問をしているととかく慢心が萌きざすもので、その上貧乏をすると負(fù)け惜しみが出ますから――いえ世の中には隨分無法な奴がおりますよ。自分の働きのないのにゃ気が付かないで、無暗むやみに財(cái)産のあるものに喰って掛るなんてえのが――まるで彼等の財(cái)産でも捲まき上げたような気分ですから驚きますよ、あははは」と御客さんは大恐悅の體ていである。 「いや、まことに言語同斷ごんごどうだんで、ああ云うのは必竟ひっきょう世間見ずの我儘わがままから起るのだから、ちっと懲こらしめのためにいじめてやるが好かろうと思って、少し當(dāng)ってやったよ」 「なるほどそれでは大分だいぶ答えましたろう、全く本人のためにもなる事ですから」と御客さんはいかなる當(dāng)り方か承うけたまわらぬ先からすでに金田君に同意している。 「ところが鈴木さん、まあなんて頑固な男なんでしょう。學(xué)校へ出ても福地ふくちさんや、津木つきさんには口も利きかないんだそうです??证烊毪盲泣aっているのかと思ったらこの間は罪もない、宅たくの書生をステッキを持って追っ懸けたってんです――三十面づらさげて、よく、まあ、そんな馬鹿な真似が出來たもんじゃありませんか、全くやけで少し気が変になってるんですよ」 「へえどうしてまたそんな亂暴な事をやったんで……」とこれには、さすがの御客さんも少し不審を起したと見える。 「なあに、ただあの男の前を何とか云って通ったんだそうです、すると、いきなり、ステッキを持って跣足はだしで飛び出して來たんだそうです。よしんば、ちっとやそっと、何か云ったって小供じゃありませんか、髯面ひげづらの大僧おおぞうの癖にしかも教師じゃありませんか」 「さよう教師ですからな」と御客さんが云うと、金田君も「教師だからな」と云う。教師たる以上はいかなる侮辱を受けても木像のようにおとなしくしておらねばならぬとはこの三人の期せずして一致した論點(diǎn)と見える。 「それに、あの迷亭って男はよっぽどな酔興人すいきょうじんですね。役にも立たない噓うそ八百を並べ立てて。私わたしゃあんな変梃へんてこな人にゃ初めて逢いましたよ」 「ああ迷亭ですか、あいかわらず法螺ほらを吹くと見えますね。やはり苦沙彌の所で御逢いになったんですか。あれに掛っちゃたまりません。あれも昔むかし自炊の仲間でしたがあんまり人を馬鹿にするものですから能よく喧嘩をしましたよ」 「誰だって怒りまさあね、あんなじゃ。そりゃ噓をつくのも宜ようござんしょうさ、ね、義理が悪るいとか、ばつを合せなくっちゃあならないとか――そんな時(shí)には誰しも心にない事を云うもんでさあ。しかしあの男のは吐つかなくってすむのに矢鱈やたらに吐くんだから始末に了おえないじゃありませんか。何が欲しくって、あんな出鱈目でたらめを――よくまあ、しらじらしく云えると思いますよ」 「ごもっともで、全く道楽からくる噓だから困ります」 「せっかくあなた真面目に聞きに行った水島の事も滅茶滅茶めちゃめちゃになってしまいました。私わたしゃ剛腹ごうはらで忌々いまいましくって――それでも義理は義理でさあ、人のうちへ物を聞きに行って知らん顔の半兵衛(wèi)もあんまりですから、後あとで車夫にビールを一ダース持たせてやったんです。ところがあなたどうでしょう。こんなものを受取る理由がない、持って帰れって云うんだそうで。いえ御禮だから、どうか御取り下さいって車夫が云ったら――悪にくいじゃあありませんか、俺はジャムは毎日舐なめるがビールのような苦にがい者は飲んだ事がないって、ふいと奧へ這入はいってしまったって――言い草に事を欠いて、まあどうでしょう、失禮じゃありませんか」 「そりゃ、ひどい」と御客さんも今度は本気に苛ひどいと感じたらしい。 「そこで今日わざわざ君を招いたのだがね」としばらく途切れて金田君の聲が聞える?!袱饯螭蜀R鹿者は陰から、からかってさえいればすむようなものの、少々それでも困る事があるじゃて……」と鮪まぐろの刺身を食う時(shí)のごとく禿頭はげあたまをぴちゃぴちゃ叩たたく。もっとも吾輩は椽えんの下にいるから実際叩いたか叩かないか見えようはずがないが、この禿頭の音は近來大分だいぶ聞馴れている。比丘尼びくにが木魚の音を聞き分けるごとく、椽の下からでも音さえたしかであればすぐ禿頭だなと出所しゅっしょを鑑定する事が出來る?!袱饯长扦沥绀盲染驘─铯氦椁铯筏郡い人激盲皮省? 「私に出來ます事なら何でも御遠(yuǎn)慮なくどうか――今度東京勤務(wù)と云う事になりましたのも全くいろいろ御心配を掛けた結(jié)果にほかならん訳でありますから」と御客さんは快よく金田君の依頼を承諾する。この口調(diào)くちょうで見るとこの御客さんはやはり金田君の世話になる人と見える。いやだんだん事件が面白く発展してくるな、今日はあまり天気が宜いいので、來る気もなしに來たのであるが、こう云う好材料を得えようとは全く思い掛がけなんだ。御彼岸おひがんにお寺詣てらまいりをして偶然方丈ほうじょうで牡丹餅ぼたもちの御馳走になるような者だ。金田君はどんな事を客人に依頼するかなと、椽の下から耳を澄して聞いている。 「あの苦沙彌と云う変物へんぶつが、どう云う訳か水島に入いれ智慧ぢえをするので、あの金田の娘を貰っては行いかんなどとほのめかすそうだ――なあ鼻子そうだな」 「ほのめかすどころじゃないんです。あんな奴の娘を貰う馬鹿がどこの國にあるものか、寒月君決して貰っちゃいかんよって云うんです」 「あんな奴とは何だ失敬な、そんな亂暴な事を云ったのか」 「云ったどころじゃありません、ちゃんと車屋の神さんが知らせに來てくれたんです」 「鈴木君どうだい、御聞の通りの次第さ、隨分厄介だろうが?」 「困りますね、ほかの事と違って、こう云う事には他人が妄みだりに容喙ようかいするべきはずの者ではありませんからな。そのくらいな事はいかな苦沙彌でも心得ているはずですが。一體どうした訳なんでしょう」 「それでの、君は學(xué)生時(shí)代から苦沙彌と同宿をしていて、今はとにかく、昔は親密な間柄であったそうだから御依頼するのだが、君當(dāng)人に逢ってな、よく利害を諭さとして見てくれんか。何か怒おこっているかも知れんが、怒るのは向むこうが悪わるいからで、先方がおとなしくしてさえいれば一身上の便宜も充分計(jì)ってやるし、気に障さわるような事もやめてやる。しかし向が向ならこっちもこっちと云う気になるからな――つまりそんな我がを張るのは當(dāng)人の損だからな」 「ええ全くおっしゃる通り愚ぐな抵抗をするのは本人の損になるばかりで何の益もない事ですから、善く申し聞けましょう」 「それから娘はいろいろと申し込もある事だから、必ず水島にやると極きめる訳にも行かんが、だんだん聞いて見ると學(xué)問も人物も悪くもないようだから、もし當(dāng)人が勉強(qiáng)して近い內(nèi)に博士にでもなったらあるいはもらう事が出來るかも知れんくらいはそれとなくほのめかしても構(gòu)わん」 「そう云ってやったら當(dāng)人も勵(lì)はげみになって勉強(qiáng)する事でしょう。宜よろしゅうございます」 「それから、あの妙な事だが――水島にも似合わん事だと思うが、あの変物へんぶつの苦沙彌を先生先生と云って苦沙彌の云う事は大抵聞く様子だから困る。なにそりゃ何も水島に限る訳では無論ないのだから苦沙彌が何と云って邪魔をしようと、わしの方は別に差支さしつかえもせんが……」 「水島さんが可哀そうですからね」と鼻子夫人が口を出す。 「水島と云う人には逢った事もございませんが、とにかくこちらと御縁組が出來れば生涯しょうがいの幸福で、本人は無論異存はないのでしょう」 「ええ水島さんは貰いたがっているんですが、苦沙彌だの迷亭だのって変り者が何だとか、かんだとか云うものですから」 「そりゃ、善くない事で、相當(dāng)の教育のあるものにも似合わん所作しょさですな。よく私が苦沙彌の所へ參って談じましょう」 「ああ、どうか、御面倒でも、一つ願(yuàn)いたい。それから実は水島の事も苦沙彌が一番詳くわしいのだがせんだって妻さいが行った時(shí)は今の始末で碌々ろくろく聞く事も出來なかった訳だから、君から今一応本人の性行學(xué)才等をよく聞いて貰いたいて」 「かしこまりました。今日は土曜ですからこれから廻ったら、もう帰っておりましょう。近頃はどこに住んでおりますか知らん」 「ここの前を右へ突き當(dāng)って、左へ一丁ばかり行くと崩れかかった黒塀のあるうちです」と鼻子が教える。 「それじゃ、つい近所ですな。訳はありません。帰りにちょっと寄って見ましょう。なあに、大體分りましょう標(biāo)札ひょうさつを見れば」 「標(biāo)札はあるときと、ないときとありますよ。名刺を御饌粒ごぜんつぶで門へ貼はり付けるのでしょう。雨がふると剝はがれてしまいましょう。すると御天気の日にまた貼り付けるのです。だから標(biāo)札は當(dāng)あてにゃなりませんよ。あんな面倒臭い事をするよりせめて木札きふだでも懸けたらよさそうなもんですがねえ。ほんとうにどこまでも気の知れない人ですよ」 「どうも驚きますな。しかし崩れた黒塀のうちと聞いたら大概分るでしょう」 「ええあんな汚ないうちは町內(nèi)に一軒しかないから、すぐ分りますよ。あ、そうそうそれで分らなければ、好い事がある。何でも屋根に草が生はえたうちを探して行けば間違っこありませんよ」 「よほど特色のある家いえですなアハハハハ」 鈴木君が御光來になる前に帰らないと、少し都合が悪い。談話もこれだけ聞けば大丈夫沢山である。椽えんの下を伝わって雪隠せついんを西へ廻って築山つきやまの陰から往來へ出て、急ぎ足で屋根に草の生えているうちへ帰って來て何喰わぬ顔をして座敷の椽へ廻る。 主人は椽側(cè)へ白毛布しろげっとを敷いて、腹這はらばいになって麗うららかな春日はるびに甲羅こうらを干している。太陽の光線は存外公平なもので屋根にペンペン草の目標(biāo)のある陋屋ろうおくでも、金田君の客間のごとく陽気に暖かそうであるが、気の毒な事には毛布けっとだけが春らしくない。製造元では白のつもりで織り出して、唐物屋とうぶつやでも白の気で売り捌さばいたのみならず、主人も白と云う注文で買って來たのであるが――何しろ十二三年以前の事だから白の時(shí)代はとくに通り越してただ今は濃灰色のうかいしょくなる変色の時(shí)期に遭遇そうぐうしつつある。この時(shí)期を経過して他の暗黒色に化けるまで毛布の命が続くかどうだかは、疑問である。今でもすでに萬遍なく擦すり切れて、竪橫たてよこの筋は明かに読まれるくらいだから、毛布と稱するのはもはや僭上せんじょうの沙汰であって、毛の字は省はぶいて単にットとでも申すのが適當(dāng)である。しかし主人の考えでは一年持ち、二年持ち、五年持ち十年持った以上は生涯しょうがい持たねばならぬと思っているらしい。隨分呑気のんきな事である。さてその因縁いんねんのある毛布けっとの上へ前ぜん申す通り腹這になって何をしているかと思うと両手で出張った顋あごを支えて、右手の指の股に巻煙草まきたばこを挾んでいる。ただそれだけである。もっとも彼がフケだらけの頭の裏うちには宇宙の大真理が火の車のごとく廻転しつつあるかも知れないが、外部から拝見したところでは、そんな事とは夢にも思えない。 煙草の火はだんだん吸口の方へ逼せまって、一寸いっすんばかり燃え盡した灰の棒がぱたりと毛布の上に落つるのも構(gòu)わず主人は一生懸命に煙草から立ち上のぼる煙の行末を見詰めている。その煙りは春風(fēng)に浮きつ沈みつ、流れる輪を幾重いくえにも描いて、紫深き細(xì)君の洗髪あらいがみの根本へ吹き寄せつつある。――おや、細(xì)君の事を話しておくはずだった。忘れていた。 細(xì)君は主人に尻しりを向けて――なに失禮な細(xì)君だ? 別に失禮な事はないさ。禮も非禮も相互の解釈次第でどうでもなる事だ。主人は平気で細(xì)君の尻のところへ頬杖ほおづえを突き、細(xì)君は平気で主人の顔の先へ荘厳そうごんなる尻を據(jù)すえたまでの事で無禮も糸瓜へちまもないのである。御両人は結(jié)婚後一ヵ年も立たぬ間まに禮儀作法などと窮屈な境遇を脫卻せられた超然的夫婦である。――さてかくのごとく主人に尻を向けた細(xì)君はどう云う了見りょうけんか、今日の天気に乗じて、尺に余る緑の黒髪を、麩海苔ふのりと生卵でゴシゴシ洗濯せられた者と見えて癖のない奴を、見よがしに肩から背へ振りかけて、無言のまま小供の袖なしを熱心に縫っている。実はその洗髪を乾かすために唐縮緬とうちりめんの布団ふとんと針箱を椽側(cè)えんがわへ出して、恭うやうやしく主人に尻を向けたのである。あるいは主人の方で尻のある見當(dāng)けんとうへ顔を持って來たのかも知れない。そこで先刻御話しをした煙草たばこの煙りが、豊かに靡なびく黒髪の間に流れ流れて、時(shí)ならぬ陽炎かげろうの燃えるところを主人は余念もなく眺めている。しかしながら煙は固もとより一所いっしょに停とどまるものではない、その性質(zhì)として上へ上へと立ち登るのだから主人の眼もこの煙りの髪毛かみげと縺もつれ合う奇観を落ちなく見ようとすれば、是非共眼を動(dòng)かさなければならない。主人はまず腰の辺から観察を始めて徐々じょじょと背中を伝つたって、肩から頸筋くびすじに掛ったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達(dá)した時(shí)、覚えずあっと驚いた。――主人が偕老同穴かいろうどうけつを契ちぎった夫人の脳天の真中には真丸まんまるな大きな禿はげがある。しかもその禿が暖かい日光を反射して、今や時(shí)を得顔に輝いている。思わざる辺へんにこの不思議な大発見をなした時(shí)の主人の眼は眩まばゆい中に充分の驚きを示して、烈しい光線で瞳孔どうこうの開くのも構(gòu)わず一心不亂に見つめている。主人がこの禿を見た時(shí)、第一彼の脳裏のうりに浮んだのはかの家いえ伝來の仏壇に幾世となく飾り付けられたる御燈明皿おとうみょうざらである。彼の一家いっけは真宗で、真宗では仏壇に身分不相応な金を掛けるのが古例である。主人は幼少の時(shí)その家の倉の中に、薄暗く飾り付けられたる金箔きんぱく厚き廚子ずしがあって、その廚子の中にはいつでも真鍮しんちゅうの燈明皿がぶら下って、その燈明皿には晝でもぼんやりした燈ひがついていた事を記憶している。周囲が暗い中にこの燈明皿が比較的明瞭に輝やいていたので小供心にこの燈を何遍となく見た時(shí)の印象が細(xì)君の禿に喚よび起されて突然飛び出したものであろう。燈明皿は一分立たぬ間まに消えた。この度たびは観音様かんのんさまの鳩の事を思い出す。観音様の鳩と細(xì)君の禿とは何等の関係もないようであるが、主人の頭では二つの間に密接な聯(lián)想がある。同じく小供の時(shí)分に淺草へ行くと必ず鳩に豆を買ってやった。豆は一皿が文久ぶんきゅう二つで、赤い土器かわらけへ這入はいっていた。その土器かわらけが、色と云い大おおきさと云いこの禿によく似ている。 「なるほど似ているな」と主人が、さも感心したらしく云うと「何がです」と細(xì)君は見向きもしない。 「何だって、御前の頭にゃ大きな禿があるぜ。知ってるか」 「ええ」と細(xì)君は依然として仕事の手をやめずに答える。別段露見を恐れた様子もない。超然たる模範(fàn)妻君である。 「嫁にくるときからあるのか、結(jié)婚後新たに出來たのか」と主人が聞く。もし嫁にくる前から禿げているなら欺だまされたのであると口へは出さないが心の中うちで思う。 「いつ出來たんだか覚えちゃいませんわ、禿なんざどうだって宜いいじゃありませんか」と大おおいに悟ったものである。 「どうだって宜いって、自分の頭じゃないか」と主人は少々怒気を帯びている。 「自分の頭だから、どうだって宜いいんだわ」と云ったが、さすが少しは気になると見えて、右の手を頭に乗せて、くるくる禿を撫なでて見る?!袱浯蠓证坤い执螭胜盲渴?、こんなじゃ無いと思っていた」と言ったところをもって見ると、年に合わして禿があまり大き過ぎると云う事をようやく自覚したらしい。 「女は髷まげに結(jié)ゆうと、ここが釣れますから誰でも禿げるんですわ」と少しく弁護(hù)しだす。 「そんな速度で、みんな禿げたら、四十くらいになれば、から薬缶やかんばかり出來なければならん。そりゃ病気に違いない。伝染するかも知れん、今のうち早く甘木さんに見て貰え」と主人はしきりに自分の頭を撫なで廻して見る。 「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻の孔あなへ白髪しらがが生はえてるじゃありませんか。禿が伝染するなら白髪だって伝染しますわ」と細(xì)君少々ぷりぷりする。 「鼻の中の白髪は見えんから害はないが、脳天が――ことに若い女の脳天がそんなに禿げちゃ見苦しい。不具かたわだ」 「不具かたわなら、なぜ御貰いになったのです。御自分が好きで貰っておいて不具だなんて……」 「知らなかったからさ。全く今日きょうまで知らなかったんだ。そんなに威張るなら、なぜ嫁に來る時(shí)頭を見せなかったんだ」 「馬鹿な事を! どこの國に頭の試験をして及第したら嫁にくるなんて、ものが在るもんですか」 「禿はまあ我慢もするが、御前は背せいが人並外はずれて低い。はなはだ見苦しくていかん」 「背いは見ればすぐ分るじゃありませんか、背せいの低いのは最初から承知で御貰いになったんじゃありませんか」 「それは承知さ、承知には相違ないがまだ延びるかと思ったから貰ったのさ」 「廿はたちにもなって背せいが延びるなんて――あなたもよっぽど人を馬鹿になさるのね」と細(xì)君は袖そでなしを拋ほうり出して主人の方に捩ねじ向く。返答次第ではその分にはすまさんと云う権幕けんまくである。 「廿はたちになったって背いが延びてならんと云う法はあるまい。嫁に來てから滋養(yǎng)分でも食わしたら、少しは延びる見込みがあると思ったんだ」と真面目な顔をして妙な理窟りくつを述べていると門口かどぐちのベルが勢いきおいよく鳴り立てて頼むと云う大きな聲がする。いよいよ鈴木君がペンペン草を目的めあてに苦沙彌くしゃみ先生の臥竜窟がりょうくつを?qū)い亭ⅳ皮郡纫姢à搿? 細(xì)君は喧嘩を後日に譲って、倉皇そうこう針箱と袖なしを抱かかえて茶の間へ逃げ込む。主人は鼠色の毛布けっとを丸めて書斎へ投げ込む。やがて下女が持って來た名刺を見て、主人はちょっと驚ろいたような顔付であったが、こちらへ御通し申してと言い棄てて、名刺を握ったまま後架こうかへ這入はいった。何のために後架へ急に這入ったか一向要領(lǐng)を得ん、何のために鈴木藤十郎すずきとうじゅうろう君の名刺を後架まで持って行ったのかなおさら説明に苦しむ。とにかく迷惑なのは臭い所へ隨行を命ぜられた名刺君である。 下女が更紗さらさの座布団を床とこの前へ直して、どうぞこれへと引き下がった、跡あとで、鈴木君は一応室內(nèi)を見廻わす。床に掛けた花開はなひらく萬國春ばんこくのはるとある木菴もくあんの贋物にせものや、京製の安青磁やすせいじに活いけた彼岸桜ひがんざくらなどを一々順番に點(diǎn)検したあとで、ふと下女の勧めた布団の上を見るといつの間まにか一疋ぴきの貓がすまして坐っている。申すまでもなくそれはかく申す吾輩である。この時(shí)鈴木君の胸のうちにちょっとの間顔色にも出ぬほどの風(fēng)波が起った。この布団は疑いもなく鈴木君のために敷かれたものである。自分のために敷かれた布団の上に自分が乗らぬ先から、斷りもなく妙な動(dòng)物が平然と蹲踞そんきょしている。これが鈴木君の心の平均を破る第一の條件である。もしこの布団が勧められたまま、主ぬしなくして春風(fēng)の吹くに任せてあったなら、鈴木君はわざと謙遜けんそんの意を表ひょうして、主人がさあどうぞと云うまでは堅(jiān)い畳の上で我慢していたかも知れない。しかし早晩自分の所有すべき布団の上に挨拶もなく乗ったものは誰であろう。人間なら譲る事もあろうが貓とは怪けしからん。乗り手が貓であると云うのが一段と不愉快を感ぜしめる。これが鈴木君の心の平均を破る第二の條件である。最後にその貓の態(tài)度がもっとも癪しゃくに障る。少しは気の毒そうにでもしている事か、乗る権利もない布団の上に、傲然ごうぜんと構(gòu)えて、丸い無愛嬌ぶあいきょうな眼をぱちつかせて、御前は誰だいと云わぬばかりに鈴木君の顔を見つめている。これが平均を破壊する第三の條件である。これほど不平があるなら、吾輩の頸根くびねっこを捉とらえて引きずり卸したら宜よさそうなものだが、鈴木君はだまって見ている。堂々たる人間が貓に恐れて手出しをせぬと云う事は有ろうはずがないのに、なぜ早く吾輩を処分して自分の不平を洩もらさないかと云うと、これは全く鈴木君が一個(gè)の人間として自己の體面を維持する自重心の故であると察せらるる。もし腕力に訴えたなら三尺の童子も吾輩を自由に上下し得るであろうが、體面を重んずる點(diǎn)より考えるといかに金田君の股肱ここうたる鈴木藤十郎その人もこの二尺四方の真中に鎮(zhèn)座まします貓大明神を如何いかんともする事が出來ぬのである。いかに人の見ていぬ場所でも、貓と座席爭いをしたとあってはいささか人間の威厳に関する。真面目に貓を相手にして曲直きょくちょくを爭うのはいかにも大人気おとなげない。滑稽である。この不名譽(yù)を避けるためには多少の不便は忍ばねばならぬ。しかし忍ばねばならぬだけそれだけ貓に対する憎悪ぞうおの念は増す訳であるから、鈴木君は時(shí)々吾輩の顔を見ては苦にがい顔をする。吾輩は鈴木君の不平な顔を拝見するのが面白いから滑稽の念を抑おさえてなるべく何喰わぬ顔をしている。 吾輩と鈴木君の間に、かくのごとき無言劇が行われつつある間に主人は衣紋えもんをつくろって後架こうかから出て來て「やあ」と席に著いたが、手に持っていた名刺の影さえ見えぬところをもって見ると、鈴木藤十郎君の名前は臭い所へ?zé)o期徒刑に処せられたものと見える。名刺こそ飛んだ厄運(yùn)やくうんに際會したものだと思う間まもなく、主人はこの野郎と吾輩の襟えりがみを攫つかんでえいとばかりに椽側(cè)えんがわへ?cái)Sたたきつけた。 「さあ敷きたまえ。珍らしいな。いつ東京へ出て來た」と主人は舊友に向って布団を勧める。鈴木君はちょっとこれを裏返した上で、それへ坐る。 「ついまだ忙がしいものだから報(bào)知もしなかったが、実はこの間から東京の本社の方へ帰るようになってね……」 「それは結(jié)構(gòu)だ、大分だいぶ長く逢わなかったな。君が田舎いなかへ行ってから、始めてじゃないか」 「うん、もう十年近くになるね。なにその後時(shí)々東京へは出て來る事もあるんだが、つい用事が多いもんだから、いつでも失敬するような訳さ。悪わるく思ってくれたもうな。會社の方は君の職業(yè)とは違って隨分忙がしいんだから」 「十年立つうちには大分違うもんだな」と主人は鈴木君を見上げたり見下ろしたりしている。鈴木君は頭を美麗きれいに分けて、英國仕立のトウィードを著て、派手な襟飾えりかざりをして、胸に金鎖りさえピカつかせている體裁、どうしても苦沙彌くしゃみ君の舊友とは思えない。 「うん、こんな物までぶら下げなくちゃ、ならんようになってね」と鈴木君はしきりに金鎖りを気にして見せる。 「そりゃ本ものかい」と主人は無作法ぶさほうな質(zhì)問をかける。 「十八金だよ」と鈴木君は笑いながら答えたが「君も大分年を取ったね。たしか小供があるはずだったが一人かい」 「いいや」 「二人?」 「いいや」 「まだあるのか、じゃ三人か」 「うん三人ある。この先幾人いくにん出來るか分らん」 「相変らず気楽な事を云ってるぜ。一番大きいのはいくつになるかね、もうよっぽどだろう」 「うん、いくつか能よく知らんが大方おおかた六つか、七つかだろう」 「ハハハ教師は呑気のんきでいいな。僕も教員にでもなれば善かった」 「なって見ろ、三日で嫌いやになるから」 「そうかな、何だか上品で、気楽で、閑暇ひまがあって、すきな勉強(qiáng)が出來て、よさそうじゃないか。実業(yè)家も悪くもないが我々のうちは駄目だ。実業(yè)家になるならずっと上にならなくっちゃいかん。下の方になるとやはりつまらん御世辭を振り撒まいたり、好かん豬口ちょこをいただきに出たり隨分愚ぐなもんだよ」 「僕は実業(yè)家は學(xué)校時(shí)代から大嫌だ。金さえ取れれば何でもする、昔で云えば素町人すちょうにんだからな」と実業(yè)家を前に控ひかえて太平楽を並べる。 「まさか――そうばかりも云えんがね、少しは下品なところもあるのさ、とにかく金かねと情死しんじゅうをする覚悟でなければやり通せないから――ところがその金と云う奴が曲者くせもので、――今もある実業(yè)家の所へ行って聞いて來たんだが、金を作るにも三角術(shù)を使わなくちゃいけないと云うのさ――義理をかく、人情をかく、恥をかくこれで三角になるそうだ面白いじゃないかアハハハハ」 「誰だそんな馬鹿は」 「馬鹿じゃない、なかなか利口な男なんだよ、実業(yè)界でちょっと有名だがね、君知らんかしら、ついこの先の橫丁にいるんだが」 「金田か? 何なんだあんな奴」 「大変怒ってるね。なあに、そりゃ、ほんの冗談じょうだんだろうがね、そのくらいにせんと金は溜らんと云う喩たとえさ。君のようにそう真面目に解釈しちゃ困る」 「三角術(shù)は冗談でもいいが、あすこの女房の鼻はなんだ。君行ったんなら見て來たろう、あの鼻を」 「細(xì)君か、細(xì)君はなかなかさばけた人だ」 「鼻だよ、大きな鼻の事を云ってるんだ。せんだって僕はあの鼻について俳體詩はいたいしを作ったがね」 「何だい俳體詩と云うのは」 「俳體詩を知らないのか、君も隨分時(shí)勢に暗いな」 「ああ僕のように忙がしいと文學(xué)などは到底とうてい駄目さ。それに以前からあまり數(shù)奇すきでない方だから」 「君シャーレマンの鼻の恰好かっこうを知ってるか」 「アハハハハ隨分気楽だな。知らんよ」 「エルリントンは部下のものから鼻々と異名いみょうをつけられていた。君知ってるか」 「鼻の事ばかり気にして、どうしたんだい。好いじゃないか鼻なんか丸くても尖とんがってても」 「決してそうでない。君パスカルの事を知ってるか」 「また知ってるかか、まるで試験を受けに來たようなものだ。パスカルがどうしたんだい」 「パスカルがこんな事を云っている」 「どんな事を」 「もしクレオパトラの鼻が少し短かかったならば世界の表面に大変化を來きたしたろうと」 「なるほど」 「それだから君のようにそう無雑作むぞうさに鼻を馬鹿にしてはいかん」 「まあいいさ、これから大事にするから。そりゃそうとして、今日來たのは、少し君に用事があって來たんだがね――あの元もと君の教えたとか云う、水島――ええ水島ええちょっと思い出せない。――そら君の所へ始終來ると云うじゃないか」 「寒月かんげつか」 「そうそう寒月寒月。あの人の事についてちょっと聞きたい事があって來たんだがね」 「結(jié)婚事件じゃないか」 「まあ多少それに類似の事さ。今日金田へ行ったら……」 「この間鼻が自分で來た」 「そうか。そうだって、細(xì)君もそう云っていたよ??嗌硰洡丹螭?、よく伺おうと思って上ったら、生憎あいにく迷亭が來ていて茶々を入れて何が何だか分らなくしてしまったって」 「あんな鼻をつけて來るから悪るいや」 「いえ君の事を云うんじゃないよ。あの迷亭君がおったもんだから、そう立ち入った事を聞く訳にも行かなかったので殘念だったから、もう一遍僕に行ってよく聞いて來てくれないかって頼まれたものだからね。僕も今までこんな世話はした事はないが、もし當(dāng)人同士が嫌いやでないなら中へ立って纏まとめるのも、決して悪い事はないからね――それでやって來たのさ」 「御苦労様」と主人は冷淡に答えたが、腹の內(nèi)では當(dāng)人同士と云う語ことばを聞いて、どう云う訳か分らんが、ちょっと心を動(dòng)かしたのである。蒸むし熱い夏の夜に一縷いちるの冷風(fēng)れいふうが袖口そでぐちを潛くぐったような気分になる。元來この主人はぶっ切ら棒の、頑固がんこ光沢つや消しを旨むねとして製造された男であるが、さればと云って冷酷不人情な文明の産物とは自おのずからその撰せんを異ことにしている。彼が何なんぞと云うと、むかっ腹をたててぷんぷんするのでも這裏しゃりの消息は會得えとくできる。先日鼻と喧嘩をしたのは鼻が気に食わぬからで鼻の娘には何の罪もない話しである。実業(yè)家は嫌いだから、実業(yè)家の片割れなる金田某も嫌きらいに相違ないがこれも娘その人とは沒交渉の沙汰と云わねばならぬ。娘には恩も恨うらみもなくて、寒月は自分が実の弟よりも愛している門下生である。もし鈴木君の云うごとく、當(dāng)人同志が好いた仲なら、間接にもこれを妨害するのは君子のなすべき所作しょさでない。――苦沙彌先生はこれでも自分を君子と思っている。――もし當(dāng)人同志が好いているなら――しかしそれが問題である。この事件に対して自己の態(tài)度を改めるには、まずその真相から確めなければならん。 「君その娘は寒月の所へ來たがってるのか。金田や鼻はどうでも構(gòu)わんが、娘自身の意向はどうなんだ」 「そりゃ、その――何だね――何でも――え、來たがってるんだろうじゃないか」鈴木君の挨拶は少々曖昧あいまいである。実は寒月君の事だけ聞いて復(fù)命さえすればいいつもりで、御嬢さんの意向までは確かめて來なかったのである。従って円転滑脫かつだつの鈴木君もちょっと狼狽ろうばいの気味に見える。 「だろうた判然しない言葉だ」と主人は何事によらず、正面から、どやし付けないと気がすまない。 「いや、これゃちょっと僕の云いようがわるかった。令嬢の方でもたしかに意いがあるんだよ。いえ全くだよ――え?――細(xì)君が僕にそう云ったよ。何でも時(shí)々は寒月君の悪口を云う事もあるそうだがね」 「あの娘がか」 「ああ」 「怪けしからん奴だ、悪口を云うなんて。第一それじゃ寒月に意いがないんじゃないか」 「そこがさ、世の中は妙なもので、自分の好いている人の悪口などは殊更ことさら云って見る事もあるからね」 「そんな愚ぐな奴がどこの國にいるものか」と主人は斯様かような人情の機(jī)微に立ち入った事を云われても頓とんと感じがない。 「その愚な奴が隨分世の中にゃあるから仕方がない?,F(xiàn)に金田の妻君もそう解釈しているのさ。戸惑とまどいをした糸瓜へちまのようだなんて、時(shí)々寒月さんの悪口を云いますから、よっぽど心の中うちでは思ってるに相違ありませんと」 主人はこの不可思議な解釈を聞いて、あまり思い掛けないものだから、眼を丸くして、返答もせず、鈴木君の顔を、大道易者だいどうえきしゃのように眤じっと見つめている。鈴木君はこいつ、この様子では、ことによるとやり損なうなと疳かんづいたと見えて、主人にも判斷の出來そうな方面へと話頭を移す。 「君考えても分るじゃないか、あれだけの財(cái)産があってあれだけの器量なら、どこへだって相応の家うちへやれるだろうじゃないか。寒月だってえらいかも知れんが身分から云や――いや身分と云っちゃ失禮かも知れない。――財(cái)産と云う點(diǎn)から云や、まあ、だれが見たって釣り合わんのだからね。それを僕がわざわざ出張するくらい両親が気を揉もんでるのは本人が寒月君に意があるからの事じゃあないか」と鈴木君はなかなかうまい理窟をつけて説明を與える。今度は主人にも納得が出來たらしいのでようやく安心したが、こんなところにまごまごしているとまた吶喊とっかんを喰う危険があるから、早く話しの歩を進(jìn)めて、一刻も早く使命を完まっとうする方が萬全の策と心付いた。 「それでね。今云う通りの訳であるから、先方で云うには何も金銭や財(cái)産はいらんからその代り當(dāng)人に附屬した資格が欲しい――資格と云うと、まあ肩書だね、――博士になったらやってもいいなんて威張ってる次第じゃない――誤解しちゃいかん。せんだって細(xì)君の來た時(shí)は迷亭君がいて妙な事ばかり云うものだから――いえ君が悪いのじゃない。細(xì)君も君の事を御世辭のない正直ないい方かただと賞ほめていたよ。全く迷亭君がわるかったんだろう。――それでさ本人が博士にでもなってくれれば先方でも世間へ対して肩身が広い、面目めんぼくがあると云うんだがね、どうだろう、近々きんきんの內(nèi)水島君は博士論文でも呈出して、博士の學(xué)位を受けるような運(yùn)びには行くまいか。なあに――金田だけなら博士も學(xué)士もいらんのさ、ただ世間と云う者があるとね、そう手軽にも行かんからな」 こう云われて見ると、先方で博士を請求するのも、あながち無理でもないように思われて來る。無理ではないように思われて來れば、鈴木君の依頼通りにしてやりたくなる。主人を活いかすのも殺すのも鈴木君の意のままである。なるほど主人は単純で正直な男だ。 「それじゃ、今度寒月が來たら、博士論文をかくように僕から勧めて見よう。しかし當(dāng)人が金田の娘を貰うつもりかどうだか、それからまず問い正ただして見なくちゃいかんからな」 「問い正すなんて、君そんな角張かどばった事をして物が纏まとまるものじゃない。やっぱり普通の談話の際にそれとなく気を引いて見るのが一番近道だよ」 「気を引いて見る?」 「うん、気を引くと云うと語弊があるかも知れん。――なに気を引かんでもね。話しをしていると自然分るもんだよ」 「君にゃ分るかも知れんが、僕にゃ判然と聞かん事は分らん」 「分らなけりゃ、まあ好いさ。しかし迷亭君見たように余計(jì)な茶々を入れて打ぶち壊こわすのは善くないと思う。仮令たとい勧めないまでも、こんな事は本人の隨意にすべきはずのものだからね。今度寒月君が來たらなるべくどうか邪魔をしないようにしてくれ給え。――いえ君の事じゃない、あの迷亭君の事さ。あの男の口にかかると到底助かりっこないんだから」と主人の代理に迷亭の悪口をきいていると、噂うわさをすれば陰の喩たとえに洩もれず迷亭先生例のごとく勝手口から飄然ひょうぜんと春風(fēng)しゅんぷうに乗じて舞い込んで來る。 「いやー珍客だね。僕のような狎客こうかくになると苦沙彌くしゃみはとかく粗略にしたがっていかん。何でも苦沙彌のうちへは十年に一遍くらいくるに限る。この菓子はいつもより上等じゃないか」と藤村ふじむらの羊羹ようかんを無雑作むぞうさに頬張ほおばる。鈴木君はもじもじしている。主人はにやにやしている。迷亭は口をもがもがさしている。吾輩はこの瞬時(shí)の光景を椽側(cè)えんがわから拝見して無言劇と云うものは優(yōu)に成立し得ると思った。禪家ぜんけで無言の問答をやるのが以心伝心であるなら、この無言の芝居も明かに以心伝心の幕である。すこぶる短かいけれどもすこぶる鋭どい幕である。 「君は一生旅烏たびがらすかと思ってたら、いつの間まにか舞い戻ったね。長生ながいきはしたいもんだな。どんな僥倖ぎょうこうに廻めぐり合わんとも限らんからね」と迷亭は鈴木君に対しても主人に対するごとく毫ごうも遠(yuǎn)慮と云う事を知らぬ。いかに自炊の仲間でも十年も逢わなければ、何となく気のおけるものだが迷亭君に限って、そんな素振そぶりも見えぬのは、えらいのだか馬鹿なのかちょっと見當(dāng)がつかぬ。 「可哀そうに、そんなに馬鹿にしたものでもない」と鈴木君は當(dāng)らず障さわらずの返事はしたが、何となく落ちつきかねて、例の金鎖を神経的にいじっている。 「君電気鉄道へ乗ったか」と主人は突然鈴木君に対して奇問を発する。 「今日は諸君からひやかされに來たようなものだ。なんぼ田舎者だって――これでも街鉄がいてつを六十株持ってるよ」 「そりゃ馬鹿に出來ないな。僕は八百八十八株半持っていたが、惜しい事に大方おおかた蟲が喰ってしまって、今じゃ半株ばかりしかない。もう少し早く君が東京へ出てくれば、蟲の喰わないところを十株ばかりやるところだったが惜しい事をした」 「相変らず口が悪るい。しかし冗談は冗談として、ああ云う株は持ってて損はないよ、年々ねんねん高くなるばかりだから」 「そうだ仮令たとい半株だって千年も持ってるうちにゃ倉が三つくらい建つからな。君も僕もその辺にぬかりはない當(dāng)世の才子だが、そこへ行くと苦沙彌などは憐れなものだ。株と云えば大根の兄弟分くらいに考えているんだから」とまた羊羹ようかんをつまんで主人の方を見ると、主人も迷亭の食くい気けが伝染して自おのずから菓子皿の方へ手が出る。世の中では萬事積極的のものが人から真似らるる権利を有している。 「株などはどうでも構(gòu)わんが、僕は曾呂崎そろさきに一度でいいから電車へ乗らしてやりたかった」と主人は喰い欠けた羊羹の歯痕はあとを撫然ぶぜんとして眺める。 「曾呂崎が電車へ乗ったら、乗るたんびに品川まで行ってしまうは、それよりやっぱり天然居士てんねんこじで沢庵石たくあんいしへ彫ほり付けられてる方が無事でいい」 「曾呂崎と云えば死んだそうだな。気の毒だねえ、いい頭の男だったが惜しい事をした」と鈴木君が云うと、迷亭は直ただちに引き受けて 「頭は善かったが、飯を焚たく事は一番下手だったぜ。曾呂崎の當(dāng)番の時(shí)には、僕あいつでも外出をして蕎麥そばで凌しのいでいた」 「ほんとに曾呂崎の焚いた飯は焦こげくさくって心しんがあって僕も弱った。御負(fù)けに御菜おかずに必ず豆腐をなまで食わせるんだから、冷たくて食われやせん」と鈴木君も十年前の不平を記憶の底から喚よび起す。 「苦沙彌はあの時(shí)代から曾呂崎の親友で毎晩いっしょに汁粉しるこを食いに出たが、その祟たたりで今じゃ慢性胃弱になって苦しんでいるんだ。実を云うと苦沙彌の方が汁粉の數(shù)を余計(jì)食ってるから曾呂崎[?!冈鴧纹椤工系妆兢扦稀冈制椤梗荬瑜晗趣厮坤螭且摔いぴUなんだ」 「そんな論理がどこの國にあるものか。俺の汁粉より君は運(yùn)動(dòng)と號して、毎晩竹刀しないを持って裏の卵塔婆らんとうばへ出て、石塔を叩たたいてるところを坊主に見つかって剣突けんつくを食ったじゃないか」と主人も負(fù)けぬ気になって迷亭の舊悪を曝あばく。 「アハハハそうそう坊主が仏様の頭を叩いては安眠の妨害になるからよしてくれって言ったっけ。しかし僕のは竹刀だが、この鈴木將軍のは手暴てあらだぜ。石塔と相撲をとって大小三個(gè)ばかり転がしてしまったんだから」 「あの時(shí)の坊主の怒り方は実に烈しかった。是非元のように起せと云うから人足を傭やとうまで待ってくれと云ったら人足じゃいかん懺悔ざんげの意を表するためにあなたが自身で起さなくては仏の意に背そむくと云うんだからね」 「その時(shí)の君の風(fēng)采ふうさいはなかったぜ、金巾かなきんのしゃつに越中褌えっちゅうふんどしで雨上りの水溜りの中でうんうん唸うなって……」 「それを君がすました顔で寫生するんだから苛ひどい。僕はあまり腹を立てた事のない男だが、あの時(shí)ばかりは失敬だと心しんから思ったよ。あの時(shí)の君の言草をまだ覚えているが君は知ってるか」 「十年前の言草なんか誰が覚えているものか、しかしあの石塔に帰泉院殿きせんいんでん黃鶴大居士こうかくだいこじ安永五年辰たつ正月と彫ほってあったのだけはいまだに記憶している。あの石塔は古雅に出來ていたよ。引き越す時(shí)に盜んで行きたかったくらいだ。実に美學(xué)上の原理に葉かなって、ゴシック趣味な石塔だった」と迷亭はまた好い加減な美學(xué)を振り廻す。 「そりゃいいが、君の言草がさ。こうだぜ――吾輩は美學(xué)を?qū)煿イ工毪膜猡辘坤樘斓亻gてんちかんの面白い出來事はなるべく寫生しておいて將來の參考に供さなければならん、気の毒だの、可哀相かわいそうだのと云う私情は學(xué)問に忠実なる吾輩ごときものの口にすべきところでないと平気で云うのだろう。僕もあんまりな不人情な男だと思ったから泥だらけの手で君の寫生帖を引き裂いてしまった」 「僕の有望な畫才が頓挫とんざして一向いっこう振わなくなったのも全くあの時(shí)からだ。君に機(jī)鋒きほうを折られたのだね。僕は君に恨うらみがある」 「馬鹿にしちゃいけない。こっちが恨めしいくらいだ」 「迷亭はあの時(shí)分から法螺吹ほらふきだったな」と主人は羊羹ようかんを食い了おわって再び二人の話の中に割り込んで來る。 「約束なんか履行りこうした事がない。それで詰問を受けると決して詫わびた事がない何とか蚊かとか云う。あの寺の境內(nèi)に百日紅さるすべりが咲いていた時(shí)分、この百日紅が散るまでに美學(xué)原論と云う著述をすると云うから、駄目だ、到底出來る気遣きづかいはないと云ったのさ。すると迷亭の答えに僕はこう見えても見掛けに寄らぬ意志の強(qiáng)い男である、そんなに疑うなら賭かけをしようと云うから僕は真面目に受けて何でも神田の西洋料理を奢おごりっこかなにかに極きめた。きっと書物なんか書く気遣はないと思ったから賭をしたようなものの內(nèi)心は少々恐ろしかった。僕に西洋料理なんか奢る金はないんだからな。ところが先生一向いっこう稿を起す景色けしきがない。七日なぬか立っても二十日はつか立っても一枚も書かない。いよいよ百日紅が散って一輪の花もなくなっても當(dāng)人平気でいるから、いよいよ西洋料理に有りついたなと思って契約履行を逼せまると迷亭すまして取り合わない」 「また何とか理窟りくつをつけたのかね」と鈴木君が相の手を入れる。 「うん、実にずうずうしい男だ。吾輩はほかに能はないが意志だけは決して君方に負(fù)けはせんと剛情を張るのさ」 「一枚も書かんのにか」と今度は迷亭君自身が質(zhì)問をする。 「無論さ、その時(shí)君はこう云ったぜ。吾輩は意志の一點(diǎn)においてはあえて何人なんぴとにも一歩も譲らん。しかし殘念な事には記憶が人一倍無い。美學(xué)原論を著わそうとする意志は充分あったのだがその意志を君に発表した翌日から忘れてしまった。それだから百日紅の散るまでに著書が出來なかったのは記憶の罪で意志の罪ではない。意志の罪でない以上は西洋料理などを奢る理由がないと威張っているのさ」 「なるほど迷亭君一流の特色を発揮して面白い」と鈴木君はなぜだか面白がっている。迷亭のおらぬ時(shí)の語気とはよほど違っている。これが利口な人の特色かも知れない。 「何が面白いものか」と主人は今でも怒おこっている様子である。 「それは御気の毒様、それだからその埋合うめあわせをするために孔雀くじゃくの舌なんかを金と太鼓で探しているじゃないか。まあそう怒おこらずに待っているさ。しかし著書と云えば君、今日は一大珍報(bào)を齎もたらして來たんだよ」 「君はくるたびに珍報(bào)を齎らす男だから油斷が出來ん」 「ところが今日の珍報(bào)は真の珍報(bào)さ。正札付一厘も引けなしの珍報(bào)さ。君寒月が博士論文の稿を起したのを知っているか。寒月はあんな妙に見識張った男だから博士論文なんて無趣味な労力はやるまいと思ったら、あれでやっぱり色気があるからおかしいじゃないか。君あの鼻に是非通知してやるがいい、この頃は団栗博士どんぐりはかせの夢でも見ているかも知れない」 鈴木君は寒月の名を聞いて、話してはいけぬ話してはいけぬと顋あごと眼で主人に合図する。主人には一向いっこう意味が通じない。さっき鈴木君に逢って説法を受けた時(shí)は金田の娘の事ばかりが気の毒になったが、今迷亭から鼻々と云われるとまた先日喧嘩をした事を思い出す。思い出すと滑稽でもあり、また少々は悪にくらしくもなる。しかし寒月が博士論文を草しかけたのは何よりの御見おみやげで、こればかりは迷亭先生自賛のごとくまずまず近來の珍報(bào)である。啻ただに珍報(bào)のみならず、嬉しい快よい珍報(bào)である。金田の娘を貰おうが貰うまいがそんな事はまずどうでもよい。とにかく寒月の博士になるのは結(jié)構(gòu)である。自分のように出來損いの木像は仏師屋の隅で蟲が喰うまで白木しらきのまま燻くすぶっていても遺憾いかんはないが、これは旨うまく仕上がったと思う彫刻には一日も早く箔はくを塗ってやりたい。 「本當(dāng)に論文を書きかけたのか」と鈴木君の合図はそっち除のけにして、熱心に聞く。 「よく人の云う事を疑ぐる男だ。――もっとも問題は団栗どんぐりだか首縊くびくくりの力學(xué)だか確しかと分らんがね。とにかく寒月の事だから鼻の恐縮するようなものに違いない」 さっきから迷亭が鼻々と無遠(yuǎn)慮に云うのを聞くたんびに鈴木君は不安の様子をする。迷亭は少しも気が付かないから平気なものである。 「その後鼻についてまた研究をしたが、この頃トリストラム?シャンデーの中に鼻論はなろんがあるのを発見した。金田の鼻などもスターンに見せたら善い材料になったろうに殘念な事だ。鼻名びめいを千載せんざいに垂れる資格は充分ありながら、あのままで朽くち果つるとは不憫千萬ふびんせんばんだ。今度ここへ來たら美學(xué)上の參考のために寫生してやろう」と相変らず口から出任でまかせに喋舌しゃべり立てる。 「しかしあの娘は寒月の所へ來たいのだそうだ」と主人が今鈴木君から聞いた通りを述べると、鈴木君はこれは迷惑だと云う顔付をしてしきりに主人に目くばせをするが、主人は不導(dǎo)體のごとく一向いっこう電気に感染しない。 「ちょっと乙おつだな、あんな者の子でも戀をするところが、しかし大した戀じゃなかろう、大方鼻戀はなごいくらいなところだぜ」 「鼻戀でも寒月が貰えばいいが」 「貰えばいいがって、君は先日大反対だったじゃないか。今日はいやに軟化しているぜ」 「軟化はせん、僕は決して軟化はせんしかし……」 「しかしどうかしたんだろう。ねえ鈴木、君も実業(yè)家の末席ばっせきを汚けがす一人だから參考のために言って聞かせるがね。あの金田某なる者さ。あの某なるものの息女などを天下の秀才水島寒月の令夫人と崇あがめ奉るのは、少々提燈ちょうちんと釣鐘と云う次第で、我々朋友ほうゆうたる者が冷々れいれい黙過する訳に行かん事だと思うんだが、たとい実業(yè)家の君でもこれには異存はあるまい」 「相変らず元?dú)荬いい?。結(jié)構(gòu)だ。君は十年前と容子ようすが少しも変っていないからえらい」と鈴木君は柳に受けて、胡麻化ごまかそうとする。 「えらいと褒ほめるなら、もう少し博學(xué)なところを御目にかけるがね。昔むかしの希臘人ギリシャじんは非常に體育を重んじたものであらゆる競技に貴重なる懸賞を出して百方奨勵(lì)の策を講じたものだ。しかるに不思議な事には學(xué)者の智識に対してのみは何等の褒美ほうびも與えたと云う記録がなかったので、今日こんにちまで実は大おおいに怪しんでいたところさ」 「なるほど少し妙だね」と鈴木君はどこまでも調(diào)子を合せる。 「しかるについ両三日前に至って、美學(xué)研究の際ふとその理由を発見したので多年の疑団ぎだんは一度に氷解。漆桶しっつうを抜くがごとく痛快なる悟りを得て歓天喜地かんてんきちの至境に達(dá)したのさ」 あまり迷亭の言葉が仰山ぎょうさんなので、さすが御上手者おじょうずものの鈴木君も、こりゃ手に合わないと云う顔付をする。主人はまた始まったなと云わぬばかりに、象牙ぞうげの箸はしで菓子皿の縁ふちをかんかん叩いて俯うつ向むいている。迷亭だけは大得意で弁じつづける。 「そこでこの矛盾なる現(xiàn)象の説明を明記して、暗黒の淵ふちから吾人の疑を千載せんざいの下もとに救い出してくれた者は誰だと思う。學(xué)問あって以來の學(xué)者と稱せらるる彼かの希臘ギリシャの哲人、逍遙派しょうようはの元祖アリストートルその人である。彼の説明に曰いわくさ――おい菓子皿などを叩かんで謹(jǐn)聴していなくちゃいかん。――彼等希臘人が競技において得るところの賞與は彼等が演ずる技蕓その物より貴重なものである。それ故に褒美ほうびにもなり、奨勵(lì)の具ともなる。しかし智識その物に至ってはどうである。もし智識に対する報(bào)酬として何物をか與えんとするならば智識以上の価値あるものを與えざるべからず。しかし智識以上の珍寶が世の中にあろうか。無論あるはずがない。下手なものをやれば智識の威厳を損する訳になるばかりだ。彼等は智識に対して千両箱をオリムパスの山ほど積み、クリーサスの富を傾かたむけ盡つくしても相當(dāng)の報(bào)酬を與えんとしたのであるが、いかに考えても到底とうてい釣り合うはずがないと云う事を観破かんぱして、それより以來と云うものは奇麗さっぱり何にもやらない事にしてしまった。黃白青銭こうはくせいせんが智識の匹敵ひってきでない事はこれで十分理解出來るだろう。さてこの原理を服膺ふくようした上で時(shí)事問題に臨のぞんで見るがいい。金田某は何だい紙幣さつに眼鼻をつけただけの人間じゃないか、奇警なる語をもって形容するならば彼は一個(gè)の活動(dòng)紙幣かつどうしへいに過ぎんのである?;顒?dòng)紙幣の娘なら活動(dòng)切手くらいなところだろう。翻ひるがえって寒月君は如何いかんと見ればどうだ。辱かたじけなくも學(xué)問最高の府を第一位に卒業(yè)して毫ごうも倦怠けんたいの念なく長州征伐時(shí)代の羽織の紐をぶら下げて、日夜団栗どんぐりのスタビリチーを研究し、それでもなお満足する様子もなく、近々きんきんの中ロード?ケルヴィンを圧倒するほどな大論文を発表しようとしつつあるではないか。たまたま吾妻橋あずまばしを通り掛って身投げの蕓を仕損じた事はあるが、これも熱誠なる青年に有りがちの発作的ほっさてき所為しょいで毫ごうも彼が智識の問屋とんやたるに煩わずらいを及ぼすほどの出來事ではない。迷亭一流の喩たとえをもって寒月君を評すれば彼は活動(dòng)図書館である。智識をもって捏こね上げたる二十八珊サンチの弾丸である。この弾丸が一たび時(shí)機(jī)を得て學(xué)界に爆発するなら、――もし爆発して見給え――爆発するだろう――」迷亭はここに至って迷亭一流と自稱する形容詞が思うように出て來ないので俗に云う竜頭蛇尾りゅうとうだびの感に多少ひるんで見えたがたちまち「活動(dòng)切手などは何千萬枚あったって粉こな微塵みじんになってしまうさ。それだから寒月には、あんな釣り合わない女性にょしょうは駄目だ。僕が不承知だ、百獣の中うちでもっとも聡明なる大象と、もっとも貪婪たんらんなる小豚と結(jié)婚するようなものだ。そうだろう苦沙彌君」と云って退のけると、主人はまた黙って菓子皿を叩き出す。鈴木君は少し凹へこんだ気味で 「そんな事も無かろう」と術(shù)じゅつなげに答える。さっきまで迷亭の悪口を隨分ついた揚(yáng)句ここで無暗むやみな事を云うと、主人のような無法者はどんな事を素すっ破抜ぱぬくか知れない。なるべくここは好いい加減に迷亭の鋭鋒をあしらって無事に切り抜けるのが上分別なのである。鈴木君は利口者である。いらざる抵抗は避けらるるだけ避けるのが當(dāng)世で、無要の口論は封建時(shí)代の遺物と心得ている。人生の目的は口舌こうぜつではない実行にある。自己の思い通りに著々事件が進(jìn)捗しんちょくすれば、それで人生の目的は達(dá)せられたのである??鄤氦刃呐浃葼幷摛趣胜剖录M(jìn)捗すれば人生の目的は極楽流ごくらくりゅうに達(dá)せられるのである。鈴木君は卒業(yè)後この極楽主義によって成功し、この極楽主義によって金時(shí)計(jì)をぶら下げ、この極楽主義で金田夫婦の依頼をうけ、同じくこの極楽主義でまんまと首尾よく苦沙彌君を説き落して當(dāng)該とうがい事件が十中八九まで成就じょうじゅしたところへ、迷亭なる常規(guī)をもって律すべからざる、普通の人間以外の心理作用を有するかと怪まるる風(fēng)來坊ふうらいぼうが飛び込んで來たので少々その突然なるに面喰めんくらっているところである。極楽主義を発明したものは明治の紳士で、極楽主義を?qū)g行するものは鈴木藤十郎君で、今この極楽主義で困卻しつつあるものもまた鈴木藤十郎君である。 「君は何にも知らんからそうでもなかろうなどと澄し返って、例になく言葉寡ことばずくなに上品に控ひかえ込むが、せんだってあの鼻の主が來た時(shí)の容子ようすを見たらいかに実業(yè)家贔負(fù)びいきの尊公でも辟易へきえきするに極きまってるよ、ねえ苦沙彌君、君大おおいに奮闘したじゃないか」 「それでも君より僕の方が評判がいいそうだ」 「アハハハなかなか自信が強(qiáng)い男だ。それでなくてはサヴェジ?チーなんて生徒や教師にからかわれてすまして學(xué)校へ出ちゃいられん訳だ。僕も意志は決して人に劣らんつもりだが、そんなに図太くは出來ん敬服の至りだ」 「生徒や教師が少々愚図愚図言ったって何が恐ろしいものか、サントブーヴは古今獨(dú)歩の評論家であるが巴里パリ大學(xué)で講義をした時(shí)は非常に不評判で、彼は學(xué)生の攻撃に応ずるため外出の際必ず匕首あいくちを袖そでの下に持って防禦ぼうぎょの具となした事がある。ブルヌチェルがやはり巴里の大學(xué)でゾラの小説を攻撃した時(shí)は……」 「だって君ゃ大學(xué)の教師でも何でもないじゃないか。高がリードルの先生でそんな大家を例に引くのは雑魚ざこが鯨くじらをもって自みずから喩たとえるようなもんだ、そんな事を云うとなおからかわれるぜ」 「黙っていろ。サントブーヴだって俺だって同じくらいな學(xué)者だ」 「大変な見識だな。しかし懐剣をもって歩行あるくだけはあぶないから真似まねない方がいいよ。大學(xué)の教師が懐剣ならリードルの教師はまあ小刀こがたなくらいなところだな。しかしそれにしても刃物は剣呑けんのんだから仲見世なかみせへ行っておもちゃの空気銃を買って來て背負(fù)しょってあるくがよかろう。愛嬌あいきょうがあっていい。ねえ鈴木君」と云うと鈴木君はようやく話が金田事件を離れたのでほっと一息つきながら 「相変らず無邪気で愉快だ。十年振りで始めて君等に逢ったんで何だか窮屈な路次ろじから広い野原へ出たような気持がする。どうも我々仲間の談話は少しも油斷がならなくてね。何を云うにも気をおかなくちゃならんから心配で窮屈で実に苦しいよ。話は罪がないのがいいね。そして昔しの書生時(shí)代の友達(dá)と話すのが一番遠(yuǎn)慮がなくっていい。ああ今日は図はからず迷亭君に遇あって愉快だった。僕はちと用事があるからこれで失敬する」と鈴木君が立ち懸かけると、迷亭も「僕もいこう、僕はこれから日本橋の演蕓えんげい矯風(fēng)會きょうふうかいに行かなくっちゃならんから、そこまでいっしょに行こう」「そりゃちょうどいい久し振りでいっしょに散歩しよう」と両君は手を攜たずさえて帰る。

日語《我是貓》第四章的評論 (共 條)

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