鈴木優(yōu)香(21)がAKB48殘留ではなく、卒業(yè)を選んだ理由
「30歳離れていますが…」
――AKB48を卒業(yè)されて、今はどんな心境ですか?
鈴木 卒業(yè)から1週間も経っていないので、まだ気持ちが整理できていないのが正直なところですね。
――卒業(yè)の直接のきっかけは2人の男性との同棲と交際が発覚したことでした。それを報じた「文春オンライン」のインタビューに応じていただいて驚いています。
鈴木 記者の方に聲をかけられた時は人生で最悪の瞬間でした。今日も怖い気持ちはもちろんあったんですけど、「交際していますよね」と質(zhì)問された時に「違います」と事実と違う答えをしてしまったことや、その後も自分がしたことをちゃんと説明できていなかったのが心に引っかかっていたので、本當のことを全部話して再スタートしようと思いました。
――それでは早速2人の男性との関係性からお聞きしていきたいのですが、同棲していたSさんは、鈴木さんとどんなご関係だったんでしょう。
鈴木 AKB48に所屬する前に活動していた地下アイドルのプロデューサーの方でした。17歳の時にオーディションでスカウトされて、私が蕓能界に入るきっかけになった人でもあります。30歳離れていますが、最初に會った時は面白い人という印象でした。蕓能の仕事をしている人と話すのもほとんど初めてだったので、話してくれることが何でも新鮮でした。
――交際がスタートしたのはいつ頃ですか?
鈴木 高校2年生だった2018年の1月頃にスカウトされて、地元の靜岡から東京へ出てきたのが2018年の3月くらい。それで6月くらいには付き合い始めていたと思います。
――かなり早い時期ですね。きっかけはどんなことだったんでしょう?
鈴木 活動を初めてすぐの頃から、Sさんに気に入られてるなという自覚はありました。レッスン帰りに私だけ車で送ってくれたり、優(yōu)しくされるうちに私もだんだん好きになってしまいました。年齢差はもちろん気になりましたけど、私の気持ちとしては普通に「戀愛」だったと思います。
「獨り身になったから一緒に住まない?」
――とはいえ、プロデューサーが所屬タレントと交際するのは業(yè)界ではご法度と言われます。どんな風にアプローチを受けたのですか?
鈴木 アプローチらしいアプローチがあったわけではないんですが、送ってもらった時に家で一緒に話すようになり、自然に……という感じでした。
――今年の4月時點では同棲されていましたが、それはいつからだったんでしょう。
鈴木 付き合い始めた時はまだSさんが別の女性と一緒に生活していたんですが、7月頃に「獨り身になったから一緒に住まない?」と言われました。それで、3月に東京に引っ越してから1人で住んでいたマンションを引き払ってSさんの家に引っ越しました。
――「81moment」の他のメンバーは知っていたんですか??
鈴木 誰にも言っていないので、付き合ってることくらいは気づいていたかもしれませんが、一緒に住んでいるのは誰も知らなかったと思います。ただ母親と姉には話して、母はSさんと會ったこともあります。
AKB48に加入した時も同棲は継続
――ご家族の反応はどうでしたか?
鈴木 私が「東京でお世話になってる人」と紹介したので、母も「優(yōu)香のことをよろしくお願いします」と挨拶していました。年齢などについては特に何も言われませんでした。
――2018年の7月から同棲していたということは、2019年10月にAKB48に加入した時もその家から秋葉原の劇場やレッスンに通っていたということになります。
鈴木 そうですね……それについては言い訳のしようがないです。悪いことだという自覚はありましたが、AKB48に入る時も別れるというより「絶対にバレちゃいけない」という方に意識がいっていました。応援してくれた人たちには謝るしかないです。
――それはやはりSさんのことが好きだったからですか?
鈴木 振り返ってみるとAKB48に入る頃にはもうラブラブという感じではなくて、同居人のような関係になっていました、アイドルの仕事は時間がバラバラだし、Sさんも仕事柄飲み歩くことが多くて、朝まで帰ってこないこともよくありました。でも引っ越したりするのも大変で、ずるずるそのままにしてしまいました。
――現(xiàn)在はどんな関係なのでしょう。
鈴木 今はもうお別れしています。記者の方に聲をかけられた4月12日にSさんにLINEで相談したら「今帰って誰かに見られるとやばいからホテルに泊まる」と帰ってこなくなり、結局その日から1回も會っていません。私も4月の下旬には荷物も全部送って靜岡の実家に戻ったので、引っ越しの手続きで何度かやりとりをしたくらいです。
「1年ほど前から他の人を好きに」
――交際を終わらせる、というのは鈴木さんから伝えたんですか?
鈴木 ちゃんと話し合ったというよりは、報道が出た時點でお互いに「潮時だね」という雰囲気でした。Sさんに「まあしょうがないね」と言われたのは覚えています。
――鈴木さんとしても、納得していたのでしょうか。
鈴木 実はその1年ほど前から気持ちとしてはSさんの他の人を好きになっていたので、迷いはしませんでした。それが池袋のラブホテルで一緒に寫真を撮られたWさんです。なのでSさんと離れて暮らすことについては正直そんなにショックではなかったというか……。
――Wさんはどんな方なんでしょう??
鈴木 Wさんは別の事務所のスカウトをしている29歳の男性で、2019年8月頃に出會いました。Sさんが夜遊びをやめようとしないのに心が離れていて、そんな時に會ったWさんの方に気持ちが傾いていきました。
――鈴木さんはWさんのどんなところに惹かれたのですか。
鈴木 優(yōu)しいところです。Sさんよりは年齢も近いので一緒にいて楽しかったんです。だけど他のアイドルの子からは『Wさんが他の女の子と関係持ってるよ』っていう話も聞いたりはしていました。本人が言ってることと周りの評判のギャップが大きくて疑うこともあったんですけど、好きな気持ちが勝ってしまって、あまり強く問い詰めたりはできませんでした。
――鈴木さんはどんな時に人を好きになるんでしょう?
鈴木 優(yōu)しくされてしまうと、好きになりやすいのかもしれませんね。
「私の片思いっていうことになるのかな」
――SさんともWさんとも、デートなどはあまりおおっぴらに出來なかったと思うんですがどんな風に過ごしていたんですか?
鈴木 あまりデートというデートはした記憶がないですね。外に出るのは外食の時くらいでした。
――4月時點で“本命”だったWさんとは今も交際されているんですか?
鈴木 Wさんと最後に會ったのは3月28日で、それが池袋のホテルで寫真を撮られた日です。それ以降は會うどころか連絡も取っていません。
――Wさんを好きだった気持ちは消えましたか?
鈴木「好き」という気持ちはもうないです。いま思えばWさんに「付き合おう」と言ってもらったことはなくて、私のことを好きというよりは遊ばれていたのかなとは思います。でも當時の私は「やった、連絡きた!」って舞い上がっていたんですよね……。
――Wさんとは「交際」ではなかったんですか?
鈴木 曖昧な感じでしたが、向こうは私のことが好きでは無かったのかなと今は思います。私の片思いっていうことになるのかな。
――父親とはあまり仲がよくなかった?
鈴木 私はお母さんっ子で、父親とは一緒にお風呂に入った記憶もないんです。おむつを替えてもらったこともないみたいです。でも最近やっとちゃんと話せるようになってきて、今が人生で一番仲がいいですね。これで年上好きも治るといいんですけど。
初めての彼氏は3歳年上だった
――鈴木さんが人生で最初に男性を好きになった記憶って覚えてますか?
鈴木 幼稚園のときの隣のクラスの男の子を好きだったのは覚えています。転校してきた子で、しゃべり相手もいないから1人ぼっちで、話しかけたいんだけど勇気がでなくて。それで毎日ずっと見てました(笑)。
――最初に男性とお付き合いされたのはいつだったんでしょう。
鈴木 高校1年生の時に、3つ上の社會人の人が初めての彼氏でした。2歳上の姉の知り合いで紹介されて、向こうから告白されました。當時の私はまだ彼氏とか戀愛とかはよくわからなかったんですけど、流されてOKしました。車を持っていたのでドライブに行ったり、カラオケに行ったり。付き合うってこういう感じなのかなって思ってましたね。
――それ以來、今までに交際した方は何人くらいですか?
鈴木 でも少ないですよ、最初の人と、高校2年生の時にもう1人お付き合いして、東京へ來てからは「交際」と言えるのはSさんだけなので全部で3人です。4人目は、もうしばらくいいかなと思っています。
「ここで卒業(yè)したら後悔するかな」
――鈴木さんは4月26日に活動休止を発表して7月30日に活動を再開しましたが、9月27日の公演で卒業(yè)されました。卒業(yè)についてはいつ頃から決めていたんですか?
鈴木 活動休止中から復帰後もずっと考えていました。運営の方とも話し合って、最後は自分で決めました。
――卒業(yè)を決斷した理由はなんだったんでしょう。
鈴木 AKB48は厳密には戀愛禁止ではないんですが、あらためて自分のしたことを振り返って本當にダメなことをしていたと気づいたんです。大好きなAKB48に傷をつけた自分がこのままグループにいるのはいけないと思い、卒業(yè)を決めました。自分の行動は本當に身勝手で軽率で、反省してもしきれません。
――卒業(yè)の決斷はすっぱりできたんですか?
鈴木 さすがに無理でしたね……。正直ずっと揺れてました。「もうちょっと頑張ってみようかな」「夢だったAKB48に入れたのにここで卒業(yè)したら後悔するかな」「でもやっぱりこのまま続けていくのは迷惑かな」って毎日ぐるぐるで。復帰後もメンバーやスタッフの方は優(yōu)しくしてくれて、ありがたい一方で申し訳ない気持ちもありました。
――AKB48の先輩の中には、男性との交際が発覚した後にグループの中で頑張ってトップに返り咲いた人もいますよね。
鈴木 そういう人がいるのはもちろん知っていましたけど、なぜか比べたりはしませんでしたね。私がこれからどうするかとは別の話な気がして。だから友達にもあまり相談しませんでした。自分で決めるしかないんだと思って。
――これからは、どんな活動を中心にしていくんでしょう?
鈴木 求めている方がいるかどうかわからないですが、これからはグラビアを中心に活動していきたいなと思っています。
「世界一可愛いよ」
――あらためてですが、そもそも鈴木さんはどうしてアイドルになりたかったんでしょう。
鈴木 小さい頃から母親に「優(yōu)香は大スターになってね」と言われて育ったんですよね。2歳上の姉も同じことを言われていたようで(笑)、ナチュラルに蕓能界や蕓能活動に憧れがありました。母親は娘2人を溺愛して「世界一可愛いよ」と日常的に言ってくれて、いつの間にか自分も當たり前のように蕓能界を目指していました。
――その中でAKB48を目指した理由は何ですか?
鈴木 AKB48はずっと憧れでした。2019年の5月に地下アイドルを抜けて、6月から9月くらいまでSKE48やSTU48なども含めて色々なオーディションを受ける中で、チーム8の靜岡県の枠が空いてるのを知って応募したら、合格して入ることができました。姉妹グループももちろん好きでしたけど、小さい頃から見ていたAKB48が第一希望でしたね。
――AKB48の中で特に好きだった人はいますか?
鈴木 指原(莉乃)さん、宮脇(咲良)さん、川栄(李奈)さんに特に憧れていたような気がします。話が面白くて、かわいくて、アイドルってこういう人たちのことをいうんだろうなって思ってました。
――アイドルは歌、ダンス、グラビア、トーク、演技など活動のジャンルが広いですが、鈴木さんは何が好きだったんでしょう。
鈴木「とにかく有名になりたい」の一心で、あんまり考えていなかったんですよね。AKB48に入ってからも目標は「選抜に入る」という結果だけで、そのために何をするか、を考えることは得意ではなかったというか。
――グラビアクイーン、というイメージもあります。
鈴木 周りの方に「グラビアが向いているんじゃない?」と勧めてもらって、やってみたら撮影は楽しかったし、反響もあったので「私はここが輝ける場所なのかな」と後から気づいた感じでした。
――AKB48で活動をはじめて、想像とのギャップはありましたか?
鈴木 第一印象は「外から見たまんま」でした。みんなキラキラして、努力を惜しまない凄い人たち、という。だんだん仲良くなって深い話をするようになってからは、もちろんいろんな顔が見えるようになりましたけどね。
――たとえばどんなことでしょう。
鈴木 撮影やレッスンで、様々なメンバーが色々な努力や工夫をしているのを見て刺激を受けました。
メンバーの親友とレッスン場を借り切って
――AKB48の中で一番仲が良かったのは誰ですか?
鈴木 同期の福留光帆ちゃんは親友です。同期なのでお互い気をつかわなくてよくて、一緒にいて楽でよく遊んでいました。
――アイドル同士だと、一緒に遊ぶ時ってどんなことをするんでしょう。
鈴木 全然普通ですよ。一緒に遊園地に行ったり、買い物したり、公演で地方に泊まる時にお互いの部屋を行き來したり。あとは新曲のダンスがうまく踴れない時に、2人でレッスン場を借りて練習したり。コンビニでお菓子を買ってレッスン場でずっとしゃべったり、本當に楽しかったですね。
――9月27日の卒業(yè)公演は服部有菜さんとの2人公演でしたね。
鈴木 最近AKB48の劇場公演は「2人公演」が基本になっているんです。自分で何人もメンバーに聲をかけました。服部さんにお願いしたら、「もう一緒に組んでる子がいるけど、かけもちでよければ出るよ」と言ってくれたんです。
――服部さんとは以前から仲が良かったんでしょうか?
鈴木 優(yōu)しくて頼りがいのある先輩だと前から思ってはいましたけど、時々LINEで連絡をとるくらいでした。それなのに卒業(yè)公演を引き受けてくれて服部さんには本當に感謝しています。
――どうして他のメンバーには斷られてしまったんでしょう。
鈴木 元々ペアを組んでる子も多いですし、卒業(yè)公演の日程が決まったのも急だったのでスケジュール調(diào)整が難しい子も多かったですね。
「10年います」という宣言
――卒業(yè)公演ではチーム8のメンバーからのメッセージも紹介されていました。
鈴木 活動休止以來ほとんど話せてないメンバーもいて、當日もメッセージがあるなんて聞いていなかったのでびっくりして感動したのと申し訳ない気持ちとで、涙が出ちゃいました。最後だから泣かないようにしてたんですけど……。
――「10年桜」や峯岸みなみさんの「私は私」を歌われていました。選曲は自分で?
鈴木 どちらも自分で選びました。私は入ったときからずっと「AKB48に10年います」って宣言していたのに卒業(yè)することになってしまって、「10年」という言葉が私にとって重たいものだったので。
峯岸さんの「私は私」は、「歩いている今の道はいつか望んで來た道なのに」っていう歌詞に自分を重ねてしまったんです。もう1回ちゃんと自分の道を歩くために歌わせてもらいたいなと思って選びました。
――卒業(yè)公演は有観客での開催でした。雰囲気はどうでしたか。
鈴木 私が「卒業(yè)公演はピンクのサイリウムがいいな」と言ったのを覚えていてくれて、観客席がピンク一色に染まっていたんですよ。私がファンの方を裏切ったのに、まだ応援してくれるんだって感動しました。
――報道後、ファンの反応はどうだったんですか?
鈴木 私が悪いのはわかっていても、正直心が痛くて見るのが怖くてSNSなどはあまりちゃんと見られていません。でも色々な意見があったのは知っていますし、本當に申し訳なく思っています。
――AKB48は「戀愛禁止」ではないとも言われていますが、実際問題としては戀愛が歓迎される環(huán)境ではありません。鈴木さんはAKB48に入ったことを後悔しているんですか?
鈴木 AKB48は私の憧れで、活動している間は本當に幸せでした。それなのに私が弱くてだらしなくて、戀愛を逃げ道にしてしまっていたんだと思います。入るからにはちゃんとルールを守るべきだったんですが、それに向き合うことができませんでした。
「やりのこしたことは、そうですね…」
――AKB48を抜けて再出発されるわけですが、これからは“戀愛禁止”なんでしょうか?
鈴木 応援してくださる方がいるならば、今度こそ傷つけたくないですね。將來を考えられる人と出會えたら戀愛に対してもう一度向き合う時もくるかもしれませんが、いまは考えられません。
――最後に、AKB48でやりたかったこと、思い殘すことがあれば教えて下さい。
鈴木 AKB48を傷つけてしまったことは本當に後悔しています。達成できなかったことはもちろんたくさんあるんですけど、やり殘したことは、そうですね……「ない」って自分に言い聞かせています。