翻譯日語初級階段容易錯(cuò)譯的19組表達(dá),快來查漏補(bǔ)缺
今天小編給大家?guī)淼氖?strong>宇都宮大學(xué)國際學(xué)部附屬多文化公共圏センター年報(bào)上的一篇文章的選段,給大家舉出了三種誤譯的類型,并列出了19例具體的例子。希望對學(xué)習(xí)翻譯入門的同學(xué)起到一定的幫助。
文章作者:方小赟
來源地址:
http://hdl.handle.net/10241/00012681
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中文和訳の問題の一つとして、原語と訳語の一対一対応により中國語をそのまま日本語に置き換えることである。日本語の名詞は無標(biāo)識で単數(shù) を表し、「數(shù)詞“一”+量詞」が非明示になることが普通である。
例えば、“院子里有一只貓”を日本語に訳す場合、「庭に一匹の貓がいる」という逐語訳よりは、「一匹」を訳さない で「庭に貓がいる」とした方が日本語としてすっきりする。
一方、中國語では「數(shù)詞“一”+量詞」を明示しなければならないことから、 學(xué)習(xí)者は往々としてそれを過剰に翻訳して誤用を引き起こす。この過剰使用は代名詞の翻訳にもよく出る問題である。
例えば、
例1.我很開心。
誤訳:わたしは嬉しいです。
適訳:嬉しいです。
例2.你好嗎?
誤訳:あなたはお元?dú)荬扦工?/p>
適訳:お元?dú)荬扦工?/p>
例3.謝謝你給了我生日禮物。
誤訳:あなたが私に誕生日プレゼントをくれてありがとう。
適訳:誕生日プレゼントをくれてありがとう。
上記の3つの例が示しているように、學(xué)習(xí)者は中國語の“我”、“你”などの代名詞をそのまま日本語に過剰翻訳し、誤訳を引き起こす。?
中國語は文が基本的に「主語+動詞+目的語」 で構(gòu)成される。すなわち、中國語は?誰が何をどうする?という言語の型に屬し、主語(代名詞)が文中に現(xiàn)れないと、意味が成立せず、人稱や代名詞などを使って文の意味をはっきりさせる。それとは反対に、日本語の場合は、?何をどうする?より?何がどうなる?を中心とする言語であり、主體を明確にする必要がないことが多い。
例1のように、「うれしい」という感情を感じ取るのは第一人稱であることが日本語のルールであるため、主語は普通省略する。例 7 では、「お」は相手あるいは第三者の行為?物事?狀態(tài)等を立てて述べる尊敬表現(xiàn)であり、「お」のみで相手の「元?dú)荨工薁顟B(tài)を十分表現(xiàn)できるから、「あなた」が必要でなくなる。
例3のように、中國語では授受を表すときは、授受関係の主體と対象である“你(あなた)”と“我(私)”を明示しなければならない。それとは対照的に、日本語では、「あなた」「私」が省略されることが多い。それは「くれる」は、常に受益者が私あるいは私の身內(nèi)だから言及する必要性は低く、また會話には供與者の「あなた」が言わなくても分かるため、受益者と供給者がしばしば省略される。
影山(2001:31)は、「動作主がいるのに、あからさまに表現(xiàn)しないというのは、いかにも日本的だ」と指摘しており、日本語は動作主や被動作主が意味に含まれているにもかかわらず、表に出ない傾向がある。
すなわち、中國語原文にある人稱代名詞を訳さないほうが日本語らしいと言える。學(xué)習(xí)者は翻訳をする際に、よく代名詞を明示してしまい違和感のある文を産出する。
例4.小王的性格很開朗。
誤訳:王さんの性格が開朗です。??
適訳:王さんは性格が明るいです。?
例5.我和田中關(guān)系很好。
誤訳:私は李さんと関係がいい。
適訳:私は李さんと仲がいい。
例6.我有點(diǎn)事情,不能參加明天的集會。
誤訳:ちょっと事情があって、明日の集會には參加できない。
適訳:ちょっと用があって、明日の集會には參加できない。
例4は、人の性格が朗らかであること、または人柄が率直であることを表す中國語の“開朗”をそのまま訳文に使って誤訳が生じたものである?!搁_朗」という表現(xiàn)は日本語にはなく、學(xué)習(xí)者の推論によるものである。
例5で は、人と人との間柄を表現(xiàn)するのに、日本語も中國語も共に「関係(關(guān)系)」という言葉を使う。例えば、「友好関係を結(jié)ぶ(建立友好關(guān)系)」「父親の関係で入社する(因父親的關(guān)系進(jìn)入公司)」など。
ただし、人と人の親しさを表すには、中國語では“關(guān)系好(直訳:関係がいい)”のように“關(guān)系(関係)”を使用する のに対して、日本語ではそういった表現(xiàn)がなく「仲がいい」になってしまう。學(xué)習(xí)者はこのような用法のずれが分からず、中國語の“關(guān)系(関係)”をそのまま使って誤訳が生じた。???
また、例6のように、日中両言語において共に「事情」という漢語があるが、意味が全く異 なるものもある。日本語の事情は「事情が許す限り協(xié)力する」「業(yè)界の事情に詳しい」「住宅事情」などが示すように、物事がある狀態(tài)に至 るまでの理由や狀態(tài)、また、その結(jié)果、事の次第を表している。一方、中國語の“事情”は場合によって、事柄(例:事情很明白/事柄は極 めてはっきりしている)、用事(例:沒有什么 事情/用事がない)、仕事(例:在公司里找了一個(gè)事情/會社で仕事を捜した)、事故(例:出了事情/事故が起こった)などの意味になっている。學(xué)習(xí)者は両者の意味を誤解して間違いを引き起こしたと言える。
語彙の習(xí)得は難しいが、語彙の枠を超えた共起関係を表す複數(shù)の単語からなる連語の學(xué)習(xí)も なかなか困難である。
學(xué)習(xí)者はこうした中國語と日本語の間における共起関係の相違に影響され、誤訳が産出しやすいと思われる。
以下、初級の段階に出る共起可能な連語に関する誤訳の例を見よう。
例7.吃藥
誤訳:薬を食べる
適訳:薬を飲む?
例8.做夢
誤訳:夢を作る
適訳:夢を見る
例9.開燈
誤訳:電気を開く?
適訳:電気をつける
例10.穿鞋
誤訳:靴を著る
適訳:靴を穿く
例11.打電話
誤訳:電話を打つ
適訳:電話をかける
例12.看醫(yī)生
誤訳:お醫(yī)者さんを見る
適訳:お醫(yī)者さんに診てもらう?
例13.看小說
誤訳:小説を見る
適訳:小説を読む
これらの誤訳は単に日本語の連語を習(xí)得出來ていないだけでなく、母語の連語知識をそのまま日本語に転用するものである。
ほかにも、「*雨が大きくなった( 雨が強(qiáng)くなった)」「* この子は表現(xiàn)がいい(この子は態(tài)度がいい)」「*商売がいい(商売繁盛)」など中國語の類推による不自然な共起表現(xiàn)が數(shù)多く起こる。
また、動詞の共起関係において和語動詞が正しく産出できないことによる誤訳が特徴的である。中國語に存在しない和語動詞との共起表現(xiàn)は習(xí)得が進(jìn)みにくい傾向が見られる。次の具體例を見よう。
例14.建立友好關(guān)系
誤訳:友好関係を建立する?
適訳:友好関係を結(jié)ぶ?築く
例15.積累經(jīng)驗(yàn)
誤訳:経験を累積する
適訳:経験を積む
例16.自由地支配錢
誤訳:お金を自由に支配する
適訳:お金を自由に使う
例17.學(xué)習(xí)知識
誤訳:知識を?qū)W習(xí)する
適訳:知識を得る
例18.經(jīng)過學(xué)校
誤訳:學(xué)校を経過する
適訳:學(xué)校の前を通りすぎる
例19.設(shè)立目標(biāo)
誤訳:目標(biāo)を設(shè)立する
適訳:目標(biāo)を立てる
上記の例のように學(xué)習(xí)者は翻訳する際に、使用すべき和語動詞を回避し漢語動詞を用いる傾 向が見られる。つまり、和語動詞の共起関係の習(xí)得が遅く、中國語の知識が転用されていると考えられる。
このほかにも、「?疑問を提出する (疑問をぶつける)」「*関係を破壊する(関係を壊す?損なう)」など不自然な日本語訳が多く見られる。
また、助詞との共起関係における誤用も頻出される。例えば、「*タクシーを乗る(に)」「*道であの人を會う(に)」のように、中國 語では“乘”“見”は他動詞であるため、その影響で學(xué)習(xí)者は「を」を使用する傾向が見られる。
一方、日本語では「タクシーに乗る」「花子に會う」というように、動詞「乗る」と「會う」は、助詞「に」と共起して用いられる。これは助詞を正しく理解できないことによる共起の間違いだと考えられる。
END
長難句子太難翻
新詞熱詞不好辦
解題方法苦苦覓
不如來真題翻譯!
2023真題翻譯訓(xùn)練營全年班上線啦??!