TK 「ゆれる」第4章 第7節(jié) 凜として時雨
小白渣翻,如有錯誤煩請不吝指正??: 凜冽時雨已成立21年。對于像龍卷風一般瘋狂,又以我行我素的步調來活動的我們來說,算是快還是慢呢?這一段時間已經足夠一個人從出生到步入成年了。21年前,當我第一次接觸凜冽時雨的音樂時,腦海中是否存有著如今的未來呢? 僅僅是聽音樂,僅僅是觸摸樂器,僅僅是從連接了屏蔽的音箱中發(fā)出聲音,僅僅是能翻唱翻奏別人的歌曲,僅僅是能創(chuàng)作自己的音樂,僅僅是能稍微進行一些表演……第一次接觸的事物總是在閃閃發(fā)光,音樂以它看不見的形式一直吸引著我,吸引著我們。只是追逐那一瞬間,就成為了那時候的未來,成為了我們如今的軌跡。曾經被音樂震撼的那一瞬,現(xiàn)在我竭盡全力想要用自己的雙手創(chuàng)造出來。奇跡總是半透明的。 度過了樂隊成立的20周年,經常被問到為什么我們能堅持這么久。我想,可能是因為我們的內心中不存在“堅持”和“結束”的概念吧。我們只是在眼前連續(xù)的瞬間中與音樂共存。只是一直在演奏著。 我們的活動很自由。 345在大學時代對我說她想和我把音樂繼續(xù)做下去。中野君在網上偶然發(fā)現(xiàn)了我們,并以半個粉絲的身份,給予了我們支援。 我們三個人的平衡是在一種失衡之下達成的。在從零狀態(tài)開始直到徹底變?yōu)椤皠C冽時雨”的聲音為止之間的無數次動搖之中,能否抓住音樂,將決定我們三個人的一切,決定我們究竟是生,還是死。 我被一種使命感驅使著,想要創(chuàng)造出能讓其余兩人深深著迷的東西。即使這變成了沉重的壓力,我也決不逃避。如果真的有一件事是我絕對不能逃避的,那必是這件。為了得到自由和奇跡,我必須找到一樣我愿意用盡一生去付出的事物,否則我就會成為一個無足輕重的人。 不知何時,我被困在夢境里,如果我活著的所有時間都變成了音樂,那該多好。 是我賦予了凜冽時雨生命嗎?還是我被凜冽時雨賦予了生命? 我又開始動搖,心中空空如也。
原文: 凜として時雨を結成して21年。竜巻のようでいてマイペースに活動している僕らにとって早いのか遅いのか。人間なら成人を迎えるほどの年月が経ってしまった。21年前、初めて凜として時雨の音楽に觸れた僕自身の脳裏に、今の未來があっただろうか。 音楽を聴いているだけで、楽器に觸れるだけで、シールドを繋いだアンプから音が出るだけで、誰かの曲をコピーできただけで、自分の楽曲を作れただけで、それを少し演奏できただけで……初めて觸れるものの輝きは常に形を変えながらも、音楽という見えない形で常に僕を、僕たちを魅了する。ただその瞬間だけを追いかけていたら、それはあのときの未來に、今の僕たちの軌跡になった。いつか音楽に射抜かれた衝撃を、今では自分の手で創(chuàng)り出そうと悶える。奇跡はいつも半透明だ。 結成して20年を過ぎると、どうしてここまで続けてこれたのかをよく聞かれる。きっと僕たちの中には、「続ける」という概念も「終わる」という概念もないからだろう。目の前にある瞬間の連続の中で音楽を共存する。ただ鳴り続けているだけ。 僕たちは隨分と自由に活動をしている。 345は大學生のときに、僕ともう少し音楽を続けたいと言ってくれた。中野君は僕たちを偶然ネットで見つけて、半ばファンとしてサポートを名乗り出てくれた。 この3人のバランスの取れたアンバランスさ。ゼロの狀態(tài)から「凜として時雨」の音になるまでの無數の揺れの中で、音楽をつかみ取れるかどうかが、僕たち3人のすべてを生かし、亡くす。 僕は2人に対して、圧倒的に魅了できるものを創(chuàng)り出したいという使命感に駆られている。時にそれが重圧になったとしても、逃げてはいけないたったひとつの核があるとしたら、僕にとってはそれだ。自由と奇跡を得るためには、一生を懸けて自分のすべてを捧げられるものがひとつくらいないと、僕は誰でもなくなってしまう。 いつの間にか夢に閉じ込められたまま、生きているすべての時間が音楽になればい。 凜として時雨を生きているのか。凜として時雨に生かされているのか。 僕はまた揺れる。からっぽのまま。