空言舌語?開篇
原文:
??昨秋まで十三年間、夕方のスーパーニュースを擔(dān)當(dāng)していたが、それを世代交代した今は、若いアナウンサーの仕事振りを見守る毎日となりました。 スタジオを離れてニュースを視ていると、放送で使われる言葉には不思議?不自然なものが少なくないことに気がつきました。また日常生活で交わされる言葉には誤用や混亂が幅を利かせ、折角の美しい日本語表現(xiàn)が絶滅してしまうという危機(jī)感はつのるばかりです。 そこで、これまで毎日「日本語の最適表現(xiàn)」を考えてきた経験をいかし、皆さんにも生活道具としての言葉にもう一度眼を向けてもらうきっかけを、この場を借りて提案していきたいと考えています。題して「空言舌語」――何かの參考にして頂けると幸いです。 一回目は、最近とても気になる言葉からです。 それは「行う」です。 特にニュースで「行う」を安易に多用しているのが耳障りでなりません。例えば、「現(xiàn)場検証を行い」はよいとしても、「練習(xí)を行い」「テープカットを行い」果ては「花見を行う」「活花を行う」「虐待を行う」「対局を行う」と、どんなケースでも「行う」ですませていることがNHK?民放を問わず見られます。 ニュースは、人間の行いとその意味や結(jié)果を伝えるものですが、どんな行為にも「行う」を使うのはいささか安直すぎます。 私は「行う」を安易語と呼ぶことにしました。 放送だけでなく日常の會話でも、「パソコンする」「お茶する」「パスたる(パスタを食べる)」「タクる(タクシーに乗る)」のように、動作を簡単に表現(xiàn)することが、とくに若者の中に多く見られます。 このままでは、そのうち「食事を行う」や「食る」になってしまわないかと心配になります。 日本語には、その行為にふさわしい表現(xiàn)がちゃんとあって、例えば囲碁は「打つ」で將棋は「指す」?;à稀富瞍堡搿工遣瑜稀噶ⅳ皮搿埂O鄵浃湮枧_の世界に練習(xí)はなく、「稽古」を積むことで上達(dá)するのです。 また、水にまつわる表現(xiàn)では、「撒く」と「打つ」は違うし、「注ぐ、差す、張る」の使い分け……皆さん大丈夫ですか? 「行う」だって、そのニュアンスは「実行」「斷行」「決行」「挙行」「愚行」と、表情はさまざまあるはずです。 「この場面ではどの言葉を選択するのが最良か」を常に考えるのは、社會人の心構(gòu)えではないでしょうか。
訳文:
直至去年秋天為止,13年來由我主持傍晚節(jié)目“超級新聞”。臺里新老交替后,看著新人主持的樣子成了我每天的常態(tài)。 離開演播室看電視的時候,我注意到節(jié)目上不少關(guān)于日語運(yùn)用的亂象。日常生活中交流時也存在錯用、亂用的情況,這使得我如臨大敵,唯恐這門可貴、優(yōu)美的語言會漸漸消失。 為此,我將利用一直以來每天考?!叭照Z的最佳表達(dá)”的經(jīng)驗(yàn),希望能把日語這個生活中常用的工具帶入大眾視野,在此奉上拙見。題曰“空言舌語”,以供參考不勝榮幸。 我想以最近關(guān)注到的一個詞開篇。那便是“行う”。 新聞上對這個詞的使用不絕于耳?!艾F(xiàn)場検証を行い”(現(xiàn)場查證)的用法還尚可,直至聽到“練習(xí)を行い”(練習(xí))“テープカットを行い”(剪彩),更有甚者“花見を行う”(賞櫻)“活花を行う”(插花)“虐待を行う”(虐待)“対局を行う”(下棋)等等,不論是NHK(日本廣播協(xié)會)、還是私營廣播,這個詞走到哪用到哪。 新聞是傳遞人類行為以及其意義與結(jié)果的活動,但無論何事都用“行う”這個詞,未免太過圖省事。 我稱“行う”為“省事用語”。 不僅是節(jié)目上,日常交流時有類似“パソコンする”(玩電腦)“お茶する”(喝茶)“パスたる”(吃披薩)“タクる”(打車)這樣簡化動詞的表達(dá),尤其是年輕人常用。 這樣下去,“食事を行う”(吃飯)哪天就會演變成“食る”(恰飯)。 日語里面一些動作有其對應(yīng)的表達(dá)。比如“囲碁を打つ”(下圍棋)“將棋を指す”(下象棋)“花を活ける”(插花)“お茶を立てる”(沏茶)。在相撲、表演的行業(yè)里,練功排練不用“練習(xí)”,而是通過不斷“稽古”精進(jìn)本領(lǐng)的。 此外,跟水相關(guān)的表達(dá)里,“撒く”“打つ”有所差別,關(guān)于“注ぐ”“差す”“張る”的區(qū)分大家做得到嗎? “行う”這個詞含義豐富,是“實(shí)踐”、是“果斷執(zhí)行”、也是“愚行”。 經(jīng)常思考“這個情況下該用什么詞”,這不正是我們成年人應(yīng)有的覺悟么?