【GPT機(jī)翻】戰(zhàn)國小町苦勞譚 (戦國小町苦労譚)- 158 [千五百七十七年 四月上旬]
書名 戰(zhàn)國小町苦勞譚
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作者: 夾竹桃
原作:http://ncode.syosetu.com/n8406bm/
翻譯工具:ChatGPT
*機(jī)器輸出的翻譯結(jié)果UP未做任何修正,僅供試閱。標(biāo)題章節(jié)號為原翻譯版的順延。*
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千五百七十七年 四月上旬(*原文網(wǎng)頁序列號 - 182)
天目山とは、現(xiàn)在の山梨県甲州市大和町木賊(とくさ)に存在する山である。かつて室町幕府に追われた武田氏13代當(dāng)主である武田信満(のぶみつ)が自害しており、一度はここで武田氏が斷絶していた。
天目山是現(xiàn)在位于山梨縣甲州市大和町木賊的一座山。曾經(jīng),武田氏13代當(dāng)主武田信満(のぶみつ)在逃避室町幕府的追捕后自殺,使得武田氏一度在此中斷了。
その後再興された武田家最後の當(dāng)主である勝頼が、天目山を決著の場として選んだのは運(yùn)命のいたずらであったのだろうか。
武田家最后一任主人勝頼重新興起后,選擇將天目山作為解決問題的地方,這是命運(yùn)的嬉笑嗎?
比較的標(biāo)高の低い天目山の山頂付近に張られた勝頼の陣は撤去され、下草を刈った上に地面を踏み固めたであろう見晴らしの良い広場が出來上がっている。
相對較低海拔的天目山山頂附近張起的勝勢營地已被撤除,取而代之的是墊平了地面并清理了草叢的開闊平臺,視野廣闊。
朝もやの立ち込めるなか、その広場の中央に床幾(しょうぎ)(折り畳み式の腰かけ)に腕組みをして座る勝頼が待っていた。
霧氤氳的早晨,上杉謙信交叉著雙臂坐在廣場中央的摺疊式腰幾上等待著。
そこに僅かな手勢のみを率いた信忠が山道を真っすぐに登ってくる。
帶著只有少量手下的信忠直接沿著山路攀登而來。
「……來たか」
"來了"
信忠の姿をみとめた勝頼が呟(つぶや)いた。勝頼は配下を遠(yuǎn)く下がらせ、決戦場へは誰も近づかないよう厳命している。
信忠的身影被勝頼注意到,他喃喃自語。勝頼已經(jīng)將手下遠(yuǎn)遠(yuǎn)撤回,并嚴(yán)令不許任何人靠近決戰(zhàn)場。
勝頼はおもむろに立ち上がると、傍に立てかけてあった朱塗りの大身槍を手に取った。勝頼のいでたちは武田の誇る赤備(あかぞな)えを身に纏(まと)い、厳めしい面頬までも裝著した完全防備である。
“勝隆起身,拿起旁邊放的朱漆長槍。勝隆身披武田家代表的紅裝甲,頭戴嚴(yán)峻的面具,處于完全武裝狀態(tài)?!?/p>
これに対して決戦場へと現(xiàn)れた信忠はこの時代の常識にそぐわない恰好をしていた。
在決戰(zhàn)場上出現(xiàn)的信忠穿著不符合這個時代常識的衣服。
「一騎打ちを申し込んだのはそちらのはず。勝敗に拠(よ)らず自刃すると伝えたゆえ、侮ったか?」
「你向我挑戰(zhàn)進(jìn)行一對一決斗,而無論勝負(fù)都要自刎。這是你說的話,難道你看不起我嗎? 」
勝頼の問いに対して見屆け人である長可(ながよし)を除く配下を槍や刀が屆かない位置にまで下がらせつつ応える。
回答勝隆的問題時,除了擔(dān)任見證人的長可之外,將部屬們向槍或劍夠不到的地方后退,并進(jìn)行回答。
「侮るならば一騎打ちなどせずに討ち取っておる。甲斐武田の武を継ぐ漢(おとこ)と認(rèn)めたがゆえに、この場を設(shè)けたのだ。見たところ、気力も體力も充分なようだ」
如果你藐視我,我會殺了你而不需要比試。因為我認(rèn)為自己是繼承了武田家族之武名的男子,所以才設(shè)立了這個場合??雌饋硭臍饬腕w力都足夠充沛。
「施しを受けたゆえでは無いが、本當(dāng)にそのような恰好で良いのか?」
"不是因為接受了施舍,但真的需要穿成那樣嗎?"
問われた信忠は確かに奇妙な格好をしていた。足元は織田軍標(biāo)準(zhǔn)の編み上げのブーツに現(xiàn)代のカーゴパンツのようなざっくりとした下履きの上から脛當(dāng)(すねあて)を身に著けている。
被詢問的信忠確實(shí)穿著奇怪的服裝。他腳穿織田軍標(biāo)準(zhǔn)的系帶靴,腳踝上套著一層像現(xiàn)代貨物褲一樣松松垮垮的護(hù)腿。
胴體は流石に胴鎧を纏い、腰部をカバーする草摺(くさずり)は勝頼と変わらない。肩から肘までを覆うはずの大袖は取り外され、手首から肘までを覆う籠手がやや大型化していた。
身體穿戴著胴甲,腰部被草摺所覆蓋,與勝利相似。原本應(yīng)該覆蓋肩膀到肘部的大袖已被取下,而手腕到肘部的護(hù)手略微變大。
頭部に至っては兜一式を一切身に著けていない無防備と言っても過言ではないいでたちであった。
頭部甚至可以說是毫不防備,沒有穿著任何頭盔的裝束。
「まさかこの期(ご)に及んで矢を射かけるような真似はせぬであろう? ならば経験で劣る側(cè)なりに工夫を凝らしたのだ」
「難道你們認(rèn)為在這個時期還會冒險去射箭嗎?既然是經(jīng)驗不足的人,那我們就要想辦法了」。
信忠はそう言うと配下から自身の身長よりやや長い手槍を受け取ると下がらせた。長可は向かい合う二人の中ほどに立ち、邪魔にならぬよう後ろに下がって二人の動向を見守る。
信忠說完后,便接過手下遞來的比他略長的長槍,然后退后了一步。長可站在兩人之間的中央,為了不妨礙,向后退了一步,注視著兩人的動向。
當(dāng)世具足の完全防備に長大な大身槍を得物とする勝頼に対し、間合いで劣る手槍の他には腰に太刀を佩(は)いているのが見える明らかに軽裝の信忠は如何にも不利に見えた。
面對配備完整、手持長槍的勝道,在距離上劣勢明顯的信忠顯得很不利,他身穿明顯較輕的防具,除了手槍,腰間還佩戴著太刀。
信忠の準(zhǔn)備が整ったのを見た勝頼は手にした大身槍を頭上で大きく円を描くように回して見せると、脇に構(gòu)えて信忠の方へ穂先を向けて口を開く。
看到信忠準(zhǔn)備就緒,勝頼手持大身長槍高舉過頭,擺動起來如同畫出了一個大圓環(huán),隨后側(cè)身架槍,將槍尖對準(zhǔn)信忠,張口發(fā)話。
「ならば最早何も言うまい。これより先は口先では無く己の武を以て意を示そう。いつでも掛かって參れ!」
"既然如此,我不再多說。從現(xiàn)在開始,不再是空口說白話,而是要用自己的武器來表達(dá)意志。隨時準(zhǔn)備好迎接挑戰(zhàn)!"
勝頼はそういうと足を止めて信忠の出方を窺った。対する信忠は間合いで劣るため、迂闊(うかつ)に踏み込むこともできずすり足でじりじりと間合いを詰める。
勝頼聽到這話停住了腳步,暗自留心著信忠的出招。信忠因與勝頼的距離相比較遠(yuǎn),便沒冒險地向前邁步,而是通過小步快走的方法逐漸拉近與勝頼之間的距離。
後半歩で手槍が相手に屆くというところで勝頼が動いた。脇に構(gòu)えた大身槍を手の中で滑らせるようにして前方へ突き出し、予備動作が殆ど見えないと言うのに充分に威力の乗った突きを放つ。
在手槍即將擊中對手的關(guān)鍵時刻,信長發(fā)動攻擊。他把長槍從側(cè)面推向前方,幾乎看不到任何先兆,但這次突刺卻具有足夠的威力。
相手の動きを注視していたはずの信忠だったが、半瞬反応が遅れたため回避が間に合わず大身槍の進(jìn)路上に手槍を突き立てて穂先を逸らし、反動で逆方向へと體を逃がす。
注視對手的動作的信忠本應(yīng)能夠躲過來勢洶洶的長槍,但由于反應(yīng)略微落后了一些,因此未能避讓開來,只好將手中的短槍刺向長槍前進(jìn)的方向,將長槍的尖端偏移開來,然后利用反沖力將自己從相反的方向轉(zhuǎn)移。
勝頼の大身槍は穂先が一尺(約30センチメートル)以上もの長さがあり、その刀身とも呼ぶべき穂先が手槍の柄を削りながら突き込まれた。
勝項的大身長槍穗先有一尺長,約30厘米以上,刀身般的穗先在削減了手槍柄后被插入。
本來であれば重量のある大身槍を扱うのは難しく、威力の乗った突きを躱(かわ)されれば大きな隙が生まれる筈であった。
本來處理重量較大的長矛是十分困難的,因為如果避開了帶有威力的刺擊,就會產(chǎn)生很大的漏洞。
しかし勝頼は側(cè)面に逸らされた力の流れに逆らわず、むしろ橫向きの力に自身の力と更に體の捻りをも加えて體を折りたたむようにしてコンパクトに大身槍を回転させ、斜め上方から叩きつけるような一撃を放った。
然而,Katsuie并沒有反抗流向側(cè)面的力量,相反,他斜身向上轉(zhuǎn)動長矛,利用自己的力量和身體扭轉(zhuǎn),將長矛緊湊地旋轉(zhuǎn),然后從斜上方猛擊下來。
逃げたところへ叩きつけるように振り下ろされる一撃を見た信忠は、手槍で受けきることは不可能と斷じるや體を投げて橫っ飛びに回避する。
眼見著被狠狠地?fù)]下的一擊擊中,信忠斷定用手槍抵擋不可能,于是身體一扭,橫飛閃避。
地面を転がりながら起き上がった信忠が目にしたのは、再び脇構(gòu)えに大身槍を攜えた隙の無い勝頼の姿であった。
地面滾動著起身的信忠所看到的是再次拿著大身長槍并且沒有任何破綻的勝須鄉(xiāng)的姿態(tài)。
(よもやこれほどまでとは、見誤ったわ)
(沒想到會錯看到這種程度) translated to Simplified Chinese is "沒想到會錯看到這種程度".
この一騎打ちを打診する前から勝頼個人の武威については間者に探らせていた。しかし、部隊の指揮に秀でていると言う情報は得られども、勝頼本人が武蕓に秀でているという情報はついぞ齎(もたら)されなかった。
在提出這個一對一戰(zhàn)斗的建議之前,我們已經(jīng)讓間諜調(diào)查了勝頼個人的武力情報。雖然我們得到了他指揮部隊的能力很高的情報,但是沒有得到勝頼本人擁有極高武藝的信息。
名立たる武蕓者が揃っている武田家に於いて、勝頼個人の強(qiáng)さはさほどでもないと信忠が判斷したのも仕方ない面もあった。
在聚集著名聞遐邇的武術(shù)家的武田家中,信忠認(rèn)為勝頼的個人實(shí)力并不強(qiáng),這種判斷也是有些無可奈何的。
「その鎧、見た目通りの重さではないな?」
"這套盔甲,重量似乎不像表面看起來的那樣重吧?"
「ただの一合でそこまで見抜くか。前評判などあてにならぬものよな、元よりこちらは挑む立場??椞锟本爬赏皮筏茀ⅳ耄 ?/p>
“只用了一合酒就看透了嗎?那些先前的名聲都是不可靠的東西,本來我們就是挑戰(zhàn)的一方。我支持織田勘九郎!”
勝頼の指摘は正しい。信忠の甲冑は全て特別製であり、尾張の最先端の技術(shù)が惜しげもなく注ぎ込まれた逸品である。
勝應(yīng)的指摘是正確的。信忠所有的盔甲都是特制的,是尾張最先端技術(shù)的杰作,注入了大量的心血。
ただの布に見えるカーゴパンツも、溶かしたガラスが綿菓子を作る機(jī)械のようなもので吹き飛ばされ、遠(yuǎn)心力を用いて細(xì)く細(xì)く引き伸ばされたガラス繊維を表側(cè)に編み込まれている。
普通的貨物褲看起來只是一條布而已,但它實(shí)際上是由像吹棉花機(jī)一樣溶解了玻璃并將其吹散的機(jī)器制成的,使用離心力將細(xì)小的玻璃纖維編織在表面上。
當(dāng)然そのままでは肌に觸れれば細(xì)かい切り傷が出來てチクチクするため、裏側(cè)には通常の布地で裏當(dāng)てが施されていると言う念の入れようだ。
當(dāng)然原因是如果直接接觸皮膚會引起微小切口并引起刺痛,因此在內(nèi)側(cè)通常會加上一層普通布的墊襯來加強(qiáng)防護(hù)。
これだけならば少し丈夫な燃えにくい布に過ぎないが、脛當(dāng)や籠手部分に用いられている裝甲板は更に一味違う。
這只不過是一種稍微堅固、難以燃燒的布料,但是用于脛當(dāng)和護(hù)手部分的裝甲板則更為獨(dú)特。
尾張でしか造れない鋼を冷間(れいかん)線引(せんび)きと呼ばれる技法によって常溫のまま細(xì)く引き伸ばす。
只有在尾張才能制造的鋼,通過稱為冷間拉絲的技術(shù),將其冷卻至常溫并拉伸成細(xì)線。
これは水車や畜力では到底生み出せない、蒸気機(jī)関による巨大な力を均一に加え続けられるようになって初めて実現(xiàn)できる技術(shù)であった。
這項技術(shù)的實(shí)現(xiàn)是依靠蒸汽機(jī)產(chǎn)生的巨大力量,這種力量不可能通過水車或畜力實(shí)現(xiàn),并且需要持續(xù)均勻地添加才能實(shí)現(xiàn)。
これによりピアノ線程とはいかないまでも、針金というより細(xì)いタコ糸ぐらいの鋼線が造られる。
由此制造出的鋼絲,雖然不能和鋼琴弦相比,但比鋼絲更細(xì),有點(diǎn)像章魚線。
これをメッシュ狀に編み込んだ上で赤樫の薄板に幾重にも張り付けられ、それらを樹脂で固めたものとなっている。
這些被編織成網(wǎng)狀的部件被多次貼在紅櫟薄板上,并用樹脂固定在一起。
鉄板と変わらない程の強(qiáng)度を持ちながらも、重量は五分の一程という完全にオーバーテクノロジーの防具に仕上がっていた。
這套裝備擁有與鋼板相當(dāng)?shù)膹?qiáng)度,但卻只有五分之一的重量,完全是一款高科技防具。
次は己が先手を取るべく信忠が駆けた。當(dāng)世具足は矢を防ぐため、隙間を少なくする工夫が施されており、防御力が高い反面視界がどうしても狹くなる。
接下來,為了先發(fā)制人,信忠加快了步伐?,F(xiàn)代的戰(zhàn)備裝備為了防止箭矢的傷害,采取了減少空隙的措施,雖然防御力很高,但視野也不可避免地變窄。
勝頼と向き合って左側(cè)に駆けることで視界から外れつつ、しかも利き手の裏側(cè)に回り込むことで追撃しにくい位置を取る作戦であった。
通過面對勝須丸向左疾馳,使其脫離視線,同時通過繞至非慣用手的后方,采取難以進(jìn)行追擊的位置的戰(zhàn)術(shù)。
これに対する勝頼の応えは、信忠に完全に背を向けて屈みこむという奇妙なものであった。體を小さく丸め込む姿に、信忠は極限まで押し縮められた発條(ばね)の姿を幻視した。
對此,勝賴的回答是,完全背對著信忠屈服,這是一種奇怪的回答??粗胖铱s成一個小球,他仿佛看到了一個被壓縮到極限的發(fā)條形象。
背筋に凍(い)てつく氷柱(つらら)を突き込まれたような悪寒に、信忠は咄嗟にその場で飛びあがった。
感到一股像是被冰柱插入背脊般的寒意,信忠瞬間跳了起來。
果たして信忠の足元を閃光が走り抜けた。遅れて風(fēng)切り音が聞こえるほどの鋭い斬?fù)膜撙陹iけ、短く刈り揃えられた下草が更に短くなった。
閃光在信忠的腳下閃過。一聲銳利的斬?fù)袈曔t遲傳來,短而整齊的草叢被更短地削去。
どのような體勢からでも自由に槍を振るえる尋常ならざる體幹と、鋭い刺突及び斬?fù)膜蛏叱訾箘偭?。天下無雙の侍大將と呼べる恐ろしいまでの腕の冴えであった。
無論處于哪種姿勢,都能自由揮舞長槍的非尋常的核心力量,能夠產(chǎn)生銳利的刺穿和砍擊。他擁有令人驚恐的天下無雙的武將大將的臂力和技巧。
「逃げてばかりでは勝負(fù)にならぬぞ!」
“只會逃跑是無法成為真正的勝利者!”
「流石に今のは膽が冷えたわ。甲斐の武士(もののふ)は皆これほどまでの力を持っておるというのか……」
「這真是讓人毛骨悚然啊。難道甲斐武士都擁有如此強(qiáng)大的力量嗎……」
中距離では勝負(fù)にならないと判斷した信忠は、先ほどのように勝頼の攻撃が屆きにくい方向へ駆けつつも距離を詰める。
判斷中距離無法取勝的信忠,朝著難以襲擊的方向奔跑并縮短距離,如同剛才一樣。
大身槍のような長柄の武器は、密著間合いに入られてしまえばリーチが災(zāi)いして攻撃が當(dāng)たらなくなってしまう。
長柄武器像大身槍一樣,一旦進(jìn)入密集距離,其攻擊范圍就會受到限制,無法命中目標(biāo)。
當(dāng)然その程度のことは知悉(ちしつ)している勝頼は槍を支える左腕を內(nèi)側(cè)に折り畳み、柄を押し出す右手を大きく外側(cè)に回すことでコンパクトな斬?fù)膜蚍扭盲皮俊?/p>
當(dāng)然,知悉此事的勝慶將其手中的長槍折疊向內(nèi),用右手將柄大幅向外扭轉(zhuǎn),以釋放精準(zhǔn)而迅猛的短斬。
間一髪でこれを躱した信忠は、勝頼の目前にまで肉薄していた。大身槍の穂先は勝頼の遙か後方へと回っており、今が好機(jī)とばかりに信忠が大きく踏み込んだ。
趁機(jī)避開,信忠逼近了勝賊的面前。他的重槍頂端已經(jīng)拐過了勝賊遠(yuǎn)在后方的身影,正是攻擊的絕佳時機(jī)。信忠猛地跨出一步。
バシン! という奇妙な音が響いて信忠が大きく後退した。信忠の胴は側(cè)面が歪み、よく見ると蜘蛛の巣狀の亀裂が走っている。
"巴士!傳出奇怪的聲音,信忠往后退了幾步。信忠的身體側(cè)面扭曲,仔細(xì)看有蜘蛛網(wǎng)狀的裂縫。"
「なんなのだそれは??? 巖でも叩いたかのようじゃ」
"那是什么?。??簡直就像是用石頭砸的一樣"
果たして勝頼が放ったのは、槍の石突による打突であった。橫薙ぎの斬?fù)膜橹本€の打突へと繋ぐ隙の無い連攜に、信忠は虎の子の胴鎧を凹まされた上に、間合いの外へと弾き出されてしまった。
終于,勝賴發(fā)出的是靠矛頭打擊的攻擊,信忠無法從橫掃攻擊轉(zhuǎn)入直線攻擊,由于缺乏默契,他的胸甲被凹陷,同時被彈出武器有效距離之外。
「靜子特製の甲冑よ! そう易々とは貫けぬと心得よ!」
「這是靜子特制的鎧甲!記住,不要以為這么容易就能穿透它!」
そう吼(ほ)えると信忠は三度目の突撃を敢行した?;イい蚊驊窑堡繎椁い趣いO度のストレス?fàn)顩r下では、予想以上に気力及び體力を消耗する。
咆哮著,信忠進(jìn)行了第三次突擊。在彼此的生命懸于一線的極度緊張狀態(tài)下作戰(zhàn),會超出預(yù)期地耗費(fèi)力量和精力。
有効打にはなっていないものの、手痛い一撃を食らった信忠よりも、都度カウンターを放って體力を溫存しているように見えた勝頼の方が疲労していた。
雖然沒有成功進(jìn)攻,但是看起來疲勞的是勝頼,他每次都放出反擊來保存體力,比起被重?fù)舸蛑械男胖摇?/p>
視界の外からちくちくと厭らしい攻めをしてくる信忠の行動は、想像以上に勝頼の體力を削り取っていたのだ。勝頼の疲労は発汗を促し、吸水の限界を超えた汗の玉が片目を塞いだ。
信忠從視野之外刺痛地攻擊著,這種惱人的行為比想象中更削弱了信忠的體力。勝頼的疲勞導(dǎo)致汗水流出,一顆汗珠超過了吸水的限制,遮住了一只眼睛。
その一瞬の隙とも言えない空隙が運(yùn)命を分けた。大きく踏み込んだ信忠は手槍を勝頼の眼前の地面に突き立てると、腰の太刀を抜いて転がるように勝頼の脇の下を駆け抜けた。
那一瞬間幾乎不能稱之為漏洞,卻分散了命運(yùn)。信忠大踏步向前,用長槍插進(jìn)了眼前的地面,然后拔出了腰間的大刀,從勝衛(wèi)門的側(cè)身疾奔而過。
手槍が邪魔となって槍を繰り出せなかった勝頼の右腕が宙を舞った。勝頼の右腕の付け根から鮮血が噴き出すが、構(gòu)わず槍を捨てて左手で腰の太刀を抜かんと手を伸ばした。
扳手槍阻礙了勝道舞動長矛的右臂,它在空中擺動著。雖然從勝道的右臂上沾染了鮮血,但他毫不在意,扔掉了長矛,用左手伸出去拔出腰間的太刀。
再び背後からの斬?fù)膜撙辍⒔穸趣献笸螭沃猡橄趣瑪丐觑wばされた。両腕を失った勝頼は敗北を悟り、その場に膝を突くと背筋を伸ばして叫んだ。
再次從背后斬?fù)舳鴣?,這次左臂的肘部以下也被砍掉了。失去了雙臂的勝須,意識到了自己的失敗,跪在地上并挺直了脊梁發(fā)出了一聲驚叫。
「見事だ! この傷ではまもなく某(それがし)の命も潰(つい)えよう。自刃しようにも腕がない。介錯(かいしゃく)を願えまいか?」
"好極了!這個傷口很快就能夠結(jié)束某人的生命。即使想自殺也沒有手臂可用。你不想請個人來斬么?"
それに信忠が応えて叫ぶ。
"信忠隨即回應(yīng)大聲喊叫。"
「薄氷の勝利であった。及ばずながら介錯仕(つかまつ)る」
“這是一場驚險的勝利。雖然不及完美,但我們勉強(qiáng)完成了任務(wù)。”
信忠はそう言うと、背筋を伸ばし首が見えるよう頭(こうべ)を垂れる勝頼の背後に立ち、高々と太刀を振りかぶった。
信忠一邊說著,一邊挺著胸膛站在背后低頭的勝頼身后,高高舉起大刀。
「やれい!」
"「やれい!」" translates to "干了!" in Simplified Chinese.
勝頼の言葉と共に刃が振り下ろされ、一刀の下に勝頼の首が落とされた。遅れて體が前のめりに倒れ、武田家最後の當(dāng)主は逝った。
隨著勝頭的話語,刃下落,勝頭的頭顱被一刀斬下。稍稍遲到的身體前傾,武田家最后的家主去世了。
「この鎧が無くば、泉下に向かうは己であったであろう。武田四郎、まことの武士(もののふ)であった」
"如果沒有這件鎧甲,你也許自己走向泉下了。武田四郎是一個真正的武士。"
武田勝頼の討ち死に、この一報は織田家の手によって広められ、瞬く間に日ノ本全土に伝わった。痩せても枯れても戦國最強(qiáng)と呼ばれた武田家の滅亡は、日ノ本中の國人を震撼させた。
武田勝賴的戰(zhàn)死,這一消息由織田家傳播,瞬間傳遍了整個日本。被譽(yù)為戰(zhàn)國最強(qiáng)的武田家的覆滅,震驚了日本各地的國民。
これによって織田家が武家の頭領(lǐng)たる征夷大將軍となることに異を唱える者は居なくなった。厳密に言えば北條は認(rèn)めないであろうが、事実上黙認(rèn)するしかないというのが実情である。
通過此舉,沒有人反對織田家成為武家領(lǐng)袖征夷大將軍。嚴(yán)格來說,北條不會承認(rèn),但實(shí)際上只能默認(rèn)這種局面。
不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の仇とされた武田家の滅亡にも信長は一言「そうか」と応えたのみであった。
信長對于被稱為不共戴天之仇的武田家的滅亡,只是簡單地回答了一句“是嗎”。
今まで打倒することに心血を注いできた武田家だが、いざ滅亡したと聞いて胸に去來したのは埋め難い空虛感であった。
武田家曾經(jīng)為打倒對手傾注了心血,但聽到他們已經(jīng)滅亡后,心中涌起的是一種無法填補(bǔ)的空虛感。
利に聡く気の早い堺の商人たちは、後に信長に対して祝いを贈り、口々に武田家を貶して織田家を譽(yù)めそやした。そんな佞言(ねいげん)(おべっか等、媚びへつらう言葉)を吐く輩の悉(ことごと)くを無言で威圧した。
精明敏捷的堺商人們在利益驅(qū)使下向信長獻(xiàn)上賀禮,并口若懸河地貶低武田家族,稱贊織田家族。面對他們這種奉承之辭,無言以對地施加了壓迫。
信長の放つ底冷えするような視線と、物理的圧力を伴うような沈黙に耐えられなくなった商人たちは早々にその場を辭すこととなった。
受不了信長散發(fā)出的冷酷眼神和伴隨著物理壓力的寂靜,商人們很快就離開了那里。
時は戻って信長と信忠軍、及び徳川?穴山連合軍が集結(jié)できる場所として新府城が選ばれ、関係者が揃って戦後処理を話し合うこととなった。
時機(jī)回到信長和信忠軍,以及德川·穴山聯(lián)合軍能夠集結(jié)的地方,新府城被選為地點(diǎn),與會者齊聚一堂商討戰(zhàn)后處理事宜。
勝頼を討った信忠軍がまず入城して準(zhǔn)備を整え、南部から進(jìn)軍してきていた徳川?穴山連合軍が合流した。彼らは無血開城ではあったものの、略奪があったのか荒れ果てた城內(nèi)を清掃し、表面を取り繕った。
擊敗了信忠軍的信忠軍率先進(jìn)城并做好準(zhǔn)備,此時德川和穴山聯(lián)合部隊從南部前進(jìn)加入。雖然這是一次無血開城,但城內(nèi)被掠奪,變得一片混亂。他們打掃了城內(nèi),修復(fù)了表面。
そうした影働きの末、遅れて駆けつけてきた信長及び近衛(wèi)前久を迎え入れることとなる。信長は到著するや否や、その場で論功行賞を行うと宣言し、関係者を集めた。
經(jīng)過這樣的影響,信長和近衛(wèi)前久趕來之后受到了歡迎。信長一到達(dá),便宣布立即進(jìn)行功勞和獎勵的討論,并召集有關(guān)人員。
「此度(こたび)の勝利は長きに亙(わた)って武田の侵攻に抗い続けた三河守(みかわのかみ)殿の奮闘あってのことである」
“這次的勝利,要?dú)w功于三河守大人持續(xù)抵抗武田的入侵而奮斗不息?!?/p>
信長が第一功として賞したのは家康であった。彼が武田の侵攻に対して踏ん張ったからこそ今日(こんにち)の勝利があるという訳だ。
信長所獎勵的第一功臣是家康。因為他堅守對武田的防御,所以今天的勝利才得以實(shí)現(xiàn)。
第二次東國征伐に於いては大きな戦功を立てていないが、過去分の成果を勘案しての評価であった。信長は家康に対し、駿河國(するがのくに)を與えている。
在第二次東國征伐中,雖然并沒有取得巨大的戰(zhàn)功,但是考慮到過去的成績進(jìn)行評價。信長給予家康駿河國。
次に武田氏の本國でもある甲斐國(かいのくに)は、黒母衣(ほろ)衆(zhòng)筆頭であり東國征伐に於いて信忠に付き従った河尻(かわじり)秀隆(ひでたか)に與えられた。
接下來,武田氏的本國甲斐國是由黒母衣衆(zhòng)的領(lǐng)袖河尻秀隆領(lǐng)導(dǎo)東國征伐并跟隨信忠而被授予的。
次いで伊那國(いなのくに)は信忠の直臣である毛利(もうり)長秀(ながひで)に、上野國(こうずけのくに)と信濃國(しなののくに)の一部は滝川一益に與えられることとなった。
其次,信忠的親信毛利長秀被賦予了上野國和信濃國的一部分,而伊那國則歸屬信忠。
滝川に與えられた領(lǐng)土には、かつての真田領(lǐng)も含まれていたが、當(dāng)の真田昌幸は既に尾張に骨を埋めるつもりでいるため、特に口をはさむこともなかった。
滝川所擁有的領(lǐng)土曾經(jīng)包括了真田一族的領(lǐng)地,但是真田昌幸已經(jīng)打算埋葬自己在尾張,因此并沒有特別介入此事。
そして武田氏が亡んだことで內(nèi)戦狀態(tài)に陥っている領(lǐng)土については、今回の東國征伐に於いて出色の手柄を立てた長可に與えられることとなる。
隨著武田家的滅亡,領(lǐng)土陷入內(nèi)戰(zhàn)狀態(tài)。在本次東國征討中表現(xiàn)出色的長可將獲得這些領(lǐng)土。
見るからに貧乏くじを引いた形となっている長可だが、信長は長可ならばそれらを鎮(zhèn)圧しつつ上手く治められると判斷していた。
看起來就像是被命運(yùn)玩弄的長可,但信長認(rèn)為可以通過平定其叛亂并善治來掌控長可。
最後に第二次東國征伐の総大將であり、勝頼を直接討ち取った立役者でもある信忠に対しては何の褒章も與えられることが無かった。
最終未能授予第二次東國征討總大將以及直接擊敗織田信長的功臣信忠任何獎勵。
「総大將でありながら言いつけに背き、軍全體を危険に曬す一騎打ちを行った罰だ!」
“他作為總大將,不聽命令,進(jìn)行了一場使整個軍隊處于危險中的單挑,這是他應(yīng)得的懲罰!”
信長はそう吐き捨てるように言った。確かに織田家の嫡子でありながら、命の危険がある一騎打ちを行ったのは軽率であっただろう。
信長這樣說,確實(shí)是織田家的嫡子,卻冒著生命危險進(jìn)行一對一的決斗,實(shí)在是輕率。
しかし東國征伐の半分を成し遂げた功績と相殺し得るものだろうかと皆が首を傾げるなか、信長が続けて言った。
然而,在所有人都感到疑惑,不確定是否能夠抵消東國征伐的一半成就時,信長接著說道。
「あ奴には武田の遺児である松姫を娶(めと)る許可を與えた。武田の復(fù)権は許さぬが、血の存続を許したことを以て褒美とする」
“那個人已經(jīng)被允許娶武田家后代松姬。雖然不會恢復(fù)武田家的權(quán)勢,但允許其血脈存續(xù),視為賞賜?!?/p>
ここまで聞けば信長の裁定に口を挾むものはいなかった。
聽到這里,沒有人敢插話干涉信長的裁決。
続いて信長は、最期まで勝頼に従って戦い抜いた忠臣五十余人に対し「敵ながら天晴(あっぱれ)」と評し、本人を含む一族郎黨に咎を課さないことを確約し、生活を安堵させた。
繼而,信長對于堅守到最后與勝勢力并肩作戰(zhàn)的忠臣50人以上贊譽(yù)為“敵人中的佼佼者”,并承諾不追究他們及其家族的罪責(zé),安撫他們的生活。
逆に武田家が劣勢に追い込まれたのちに離反し、さりとて織田家に與(くみ)しなかった者については、その優(yōu)柔不斷さを責(zé)めて厳罰に処している。
相反地,對于在武田家處于劣勢并被追逼后叛變的人,以及不投靠織田家的人,都受到了嚴(yán)厲的指責(zé)和懲罰,主要是因為他們的猶豫不決。
家の存続を求めての裏切りは戦國の習(xí)いであり、それだけを理由にお家斷絶に追い込むような真似はしないが、虐殺を含む略奪を行ったものは斬首された。
為了家族的存續(xù)而背叛是戰(zhàn)國的慣例,但不會僅以此為理由斷絕家族血脈,而那些從事掠奪,甚至屠殺的人會被斬首。
その苛烈な対応を見た木曾義昌は、真っ先に寢返ったことを責(zé)められるかと恐怖したが、領(lǐng)地の加増及び安堵が言い渡されると腰が抜けそうになっていた。
看到那種殘酷的態(tài)度,木曾義昌害怕自己會被指責(zé)第一個投降,但當(dāng)被宣布增加他的領(lǐng)地和安撫時,他感到無力支撐,幾乎站不穩(wěn)。
逆に微妙な時期に寢返りを打診してきた穴山については扱いが難しい。既に徳川の臣下となっており、信長といえどその人事に口を出すことは出來ない。
相反,對于在微妙時刻提出“寢返り”建議的穴山而言,處理起來很困難。他已經(jīng)成為德川的臣民,就算是信長也不能插手這些人事問題。
「甲州には『泥かぶれ』なる病がある。穴山殿はこれに対する陣頭指揮を執(zhí)っていただきたい。詳細(xì)については織田家相談役より追って知らせるゆえ、この病の根絶に向けて盡力されよ」
「甲州有一種名為“泥長”的疾病。望穴山大人能夠擔(dān)任起對此的領(lǐng)軍指揮。關(guān)于詳情,會由織田家的咨詢官通知您,敬請為了消滅該病而努力奮斗?!?/p>
信長の言葉を耳にした穴山は安堵から胸を撫でおろした。『泥かぶれ』という死病に対し、一から指揮系統(tǒng)を構(gòu)築しなおすよりも、地元の住民と繋がりがある領(lǐng)主を頭に據(jù)える方が効果的だと判斷されたのだ。
聽到信長的話,穴山松了口氣。他們認(rèn)為,在對抗名為“泥浸”的疾病時,建立與當(dāng)?shù)鼐用衤?lián)系的領(lǐng)主比重新建立指揮系統(tǒng)更有效。
これによって穴山の領(lǐng)土は安堵され、徳川家配下の臣として仕えつつ、甲州全域を蝕(むしば)む死病と永い戦いを始めることになる。
通過這一系列事件,穴山的領(lǐng)土得以安寧,成為德川家臣,開始了長期與甲州各地死亡之病的抗?fàn)帯?/p>
「はっ! この穴山、己が一命を賭して取り組みまする」
“哈!這個洞穴山,我將不惜一命去爭取”
信長の裁定とそれを受け入れた穴山を見て、家康もホッと一息ついた。南部から侵攻していた徳川軍は、甲府盆地付近の流行地にて『泥かぶれ』の罹患者を直接目にしていたからだ。
看著信長的裁定和接受它的穴山,家康也松了一口氣。德川軍隊從南部侵入,在甲府盆地附近的傳染區(qū)直接看到了患有“泥爬病”的病人。
第二次東國征伐に於いて南部から北上するルートを取る徳川軍に対して、靜子は家康に『泥かぶれ』の詳細(xì)を伝えていた。
在第二次東國征伐期間,靜子向家康傳達(dá)了“泥漿覆蓋”的詳細(xì)信息,這場戰(zhàn)役中德川軍采取了從南部向北部前進(jìn)的路線。
水の中に棲む目に見えない蟲が腹に巣くい、人を死に至らしめる等と言う當(dāng)時からすれば荒唐(こうとう)無稽(むけい)な話も、他ならぬ靜子からの情報であることと、詳細(xì)な病理について記された資料及び寫真という説得力のある視覚情報が決定打となった。
隱身在水中的看不見的蟲子在人的肚子里筑巢,讓人死亡等話題,對于當(dāng)時來說似乎是無稽之談,但這個信息卻正是從靜子那里傳來的。詳細(xì)的病理學(xué)資料和圖片提供了有力的視覺信息,令人信服。
そうした事もあってか、家康は穴山を受け入れた後に現(xiàn)地を案內(nèi)させた。そこで彼は地獄絵図にある餓鬼のように腹を膨らませ、手足が棒のように痩せ細(xì)った住民を見ることになる。
可能因為這個原因,家康在接受了穴山之后展開了一次當(dāng)?shù)氐膶?dǎo)覽。他看到了畫的像地獄的鬼畜一樣鼓脹的腹部和瘦弱得像根棍子的四肢的居民。
そこから家康は『泥かぶれ』に対して萬全の注意を払うこととなった。朝露を含んだ草から感染することを恐れ、靜子から貸與された生石灰を撒いたり、防備を固めた兵に下草を刈らせたりなどして安全を確保しつつ進(jìn)軍した。
從那時起,家康開始對“泥爆”保持高度注意。他為了避免從沾有早露的草叢中感染,散布了靜子提供的生石灰,讓兵士割掉低矮的植被,以確保安全前進(jìn)。
その結(jié)果、進(jìn)軍速度は大幅に落ちて新府城落城までに合流できなかったが、実際に防疫をしつつ進(jìn)軍するという得難い経験を積むことが出來た。
由于這個原因,他們的進(jìn)軍速度大大降低,無法在新府城被攻占之前加入其他隊伍,但他們成功地得到了難得的經(jīng)驗,在進(jìn)行軍事行動的同時確保疫情防控。
この『泥かぶれ』が人から人へと伝染することはない。中間宿主であるミヤイリガイを経由しなければ、感染能力を持つセルカリアに成長できない為である。ただし、糞便や尿に含まれる蟲卵が河川に流れ込み、ミヤイリガイを経由して間接的に感染することはある。
這種“沾泥蟲”不會在人與人之間傳播。這是因為只有通過中間宿主——宮泉螺——才能成長為具有感染能力的毛細(xì)管蚴。但是,盡管如此,仍然有可能通過包含在糞便或尿中的蟲卵經(jīng)河流傳播,間接地通過宮泉螺而感染。
未知の恐ろしい死病の現(xiàn)狀を知った家康は、穴山が『泥かぶれ』撲滅に注力することにもろ手を挙げて賛成した。
了解到可怕的未知病狀后,家康全力支持穴山消滅“泥瘡”問題。
「これを以て論功行賞を終わりとする。わしはこれより安土へ戻るゆえ、子細(xì)については追って連絡(luò)があろう」
“以此作為功勞獎勵的結(jié)束。我現(xiàn)在將返回安土,有關(guān)詳細(xì)事項稍后再聯(lián)系。”
「お待ちくだされ、織田殿」
請等一下,織田大人。
言うべきことを言い終えた信長は席を立ち、大股で室內(nèi)から去ろうとしたところを家康が呼び止めた。信長が鋭い視線を投げかけるが、彼は柔和な笑みを浮かべて言葉を継いだ。
說完應(yīng)該說的話后,信長站起身來,大步向室外走去,這時家康喊住了他。信長投來了銳利的目光,但他露出了溫和的笑容,繼續(xù)說話。
「何やら富士の山を見物されると耳にし申した。そうであるならば是非に我が領(lǐng)をお使いくだされ。富士の山を望む景勝地をご案內(nèi)いたしましょうぞ」
聽說您要去富士山觀光。如果是這樣,請務(wù)必使用我們的服務(wù)。我將帶您參觀欣賞富士山的美景。
「……確かに富士の山は難所と聞く。ならばお言葉に甘えるとしよう」
“確實(shí)聽說富士山是難登之處。那么我就依言行事?!?/p>
「お任せくだされ」
"請委托給我吧"
流石の信長も直接富士登山できるとは思っていなかった。精々が見晴らしの良い丘から日の出を反射して輝く富士を?qū)懻妞藚Г幛茙ⅳ毪膜猡辘扦ⅳ盲俊?/p>
連信長也沒想到自己能直接登上富士山。他最多只是想從風(fēng)景優(yōu)美的山丘上拍下反射著朝陽熠熠生輝的富士山照片,然后回家。
しかし、そうした景色を一望できる場所についての見當(dāng)はついておらず、行き當(dāng)たりばったりの感は否めない。
然而,對于能夠一覽這樣景色的地方,我并沒有明確的想法,只能漫無目的地走。
そこで家康の提案はまさに渡りに船であった。そしてここからが家康の腕の見せどころとなる。信長一行の案內(nèi)を務(wù)めるという事は、その露払いをも含まれる。
于是,家康的提議正好是在渡河的時候。從這里開始,家康展示了他的才華。擔(dān)任信長一行的向?qū)Р粌H僅包括引路,還包括處理許多瑣碎的細(xì)節(jié)。
つまり道中でならず者に遭遇するなどと言うハプニングが萬に一つでも起こってはならないのだ。家康は家臣に指示を出し、信長一行が通行するルートを定めると、その整備を命じた。
換言之,不得發(fā)生任何意外事件,如在途中遭遇不良分子等。家康指示自己的家臣們確定信長一行的通行路線,并下達(dá)整修路線的命令。
道行(みちゆき)に山があれば山狩りを行い、増水して橋が落ちた川があれば突貫工事で再建させた。更に宿所となる寺社に関しては、先觸れを出して総出で清掃を行わせ、金銀を寄進(jìn)して宿坊はおろか、信長に従う兵士たちの寢床まで作り上げさせた。
如果道路中有山,就會進(jìn)行山獵,如果河流因水位上漲而橋梁被毀,就會進(jìn)行突擊工程以重新建造。此外,對于作為寄宿處的寺廟和神社,將提前清掃并全體捐贈金銀,不僅建立了寄宿處,還為信長的士兵建立了宿舍。
そうして家康が張り切っているなか、信忠と長可は僅かな休息を満喫していた。
就這樣,當(dāng)家康精神飽滿地忙碌著時,信忠和長可卻在享受著短暫的休息。
「此度のいくさは概ね落ち著くところへ落ち著きましたな」
“這場戰(zhàn)爭總體上已經(jīng)結(jié)束了。”
「まあ総大將が功なしというケチはついたがな」
“雖然有人說大當(dāng)家沒有功勞,但還是有點(diǎn)吝嗇啊?!?/p>
熱い茶をすすりながら混ぜっ返す信忠の様子に長可は意地の悪い笑みを浮かべる。
長可看著信忠一邊喝著熱茶一邊來回攪動,心中不屑地露出了壞笑。
「そう言いながらちゃっかりと本命の婚姻を勝ち取っておられる辺りは、ぬかりありませぬな」
“這么說著,卻暗中成功獲取了真正的婚姻,無疑是無懈可擊的表現(xiàn)?!?/p>
「武田の當(dāng)主を討ち取ったという名聲と、東國征伐を成功に導(dǎo)いたという実績。これが揃えば松を娶ることに異を唱えることは出來ぬよ」
“如果你能夠獲得奪取武田家家主的聲名和成功領(lǐng)導(dǎo)東國征服的成就,那么就沒有人能夠阻止你迎娶松了。”
「流石に勝手が過ぎると上様はおかんむりでしたぞ?」
「這么過分的行為,難道上小姐不生氣嗎?」
「信賞必罰を徹底するため表面上は怒っているように見せておられるが、結(jié)局のところお咎めなしで赦されておる。終わり良ければ総て良しだ」
“為了徹底實(shí)行獎罰分明的原則,表面上看起來像是生氣,但實(shí)際上最終卻沒有受到處罰而獲得寬恕。最后一切都以好的結(jié)局收場?!?/p>
「あの怒気は本物に思えましたが、まあ良いでしょう。それよりも信勝は如何でした?」
“那股憤怒看起來是真的,但也無所謂了。比起這個,信勝怎么樣了?” translated to Simplified Chinese is: “那股憤怒看起來是真的,但也無所謂了。比起這個,信勝怎么樣了?”。
「長じれば恐るべき使い手になったやも知れぬ」
"如果長大了,可能會成為可怕的熟練者。"
勝頼が討ち死にした後、自刃して後を追うかと思われた信勝だが、予想に反して信忠に一騎打ちを申し込んだのだ。
在勝賊戰(zhàn)敗之后,信勝被認(rèn)為會選擇切腹跟隨勝賊,但出人意料的是,他向信忠發(fā)起了一場對決。
元より父を打ち負(fù)かした信忠に勝てる道理は無いのだが、それでも座して死を待つよりは最期に一矢報いんと挑んだのであろう。
從一開始就沒有打敗父親的信忠,自然沒有贏他的理由。但即使如此,他也挑戰(zhàn)最后的戰(zhàn)役來進(jìn)行他最后的攻擊,而不是坐以待死。
結(jié)果は、まともに打ち合うこともなく一刀の下に切り伏せられた。一騎打ちを前に信勝は家臣に後を追うことを禁じたため、彼らは武裝を捨てて織田軍に下った。
結(jié)果是,沒能真正打一場正面戰(zhàn)斗,就在一刀之下被斬殺了。在單挑前,信勝禁止家臣們跟隨自己,因此他們放下武裝投降給了織田軍。
見分が終わった勝頼の首と、信勝の遺體を返された北條夫人は、出家して終生彼らを弔って過ごすということだった。
被返還了已經(jīng)結(jié)束了分別儀式的勝賊的首級和信勝的遺體的北條夫人,決定削發(fā)為僧,終生祭奠他們。
「それよりも問題は『泥かぶれ』だな。何やら靜子が計畫を立てているらしいが、詳しいところはまだ上がってきていない。方針としては流行地から住民を隔離するところから始めると言っていたが」
“比起這個問題,還有一個叫做‘泥淖病’的問題。聽說靜子正在制定計劃,但具體情況還沒有公布。她的方針是從將居民隔離在流行區(qū)域開始?!?/p>
「え??? 病魔に蝕まれた奴を動かしても大丈夫なのか?」
“什么???讓被病魔侵蝕的人動彈,這樣安全嗎?”
驚いたのか、咄嗟に元の口調(diào)に戻った長可が信忠に訊ねる。
“長可驚訝地問信忠,他立即恢復(fù)了原來的口吻。”
「ああ、何でも腹の中に蟲が溜まる病らしい。病人の腹に詰まっている蟲は、滅多なことでは他の人間に悪さしないそうだ」
“啊,好像有一種病叫做肚子里堆滿蟲子的病。似乎患有此病的人的肚子里面的蟲子不會隨便害其他人?!?/p>
「ああ、寫真で散々見せられたアレだな。小指の爪の先にも満たない大きさらしいが、そんな目に見えない蟲がうじゃうじゃいるってのはゾっとする話だ」
“啊,好像在照片里一直看到那么小的東西。聽說有那么多看不見的小蟲子,真是讓人毛骨悚然的故事?!?/p>
「何でも寄生蟲という生き物らしい。他人の生き血を吸って肥え太る蛭みたいな生き物だな」
“聽說寄生蟲是一種會吸取他人的生命力并因此變得肥胖的像水蛭一樣的生物?!?/p>
「なるほどな。目に見えないというのは厄介だが、あの何とか言う貝を根絶やしにすれば良いんだろ?」
“原來如此。雖然看不見有點(diǎn)麻煩,但只要根除那個叫什么東西的蝸牛就好了,對吧?”
「ああ。しかし、それが途方もなく難しいと聞く。貝の數(shù)が途方もない上に、水場だけでなく陸にも居て、少しでも殘せばあっと言う間に増えるらしい……」
“啊。但是聽說那非常困難。貝殼的數(shù)量非常龐大,它們不僅存在于水中,還存在于陸地上,甚至只要留下一點(diǎn)點(diǎn)就會迅速增加……"
『泥かぶれ』の根絶という壯大な難事の一端を垣間見た二人は、その穴の開いた柄杓で水を掬うが如き所業(yè)に暗澹(あんたん)たる気持ちになった。
垣間一瞥到消滅“沾泥癥”的偉大難事的兩個人,看著挖好了洞的鏟子似地舀水的場景,感到黯然失色。
『泥かぶれ』撲滅の第一歩は史実通り病理解剖で幕を明けた。いくら病理の機(jī)序を知っていても、実際に開腹して肝臓の狀態(tài)を確認(rèn)し、間違いなく『日本住血吸蟲』の仕業(yè)であると確定せねばならない。
“消除‘泥漆病’的第一步是歷史事實(shí)上的病理解剖。即使知道病理機(jī)制,也必須實(shí)際進(jìn)行開腹手術(shù),確認(rèn)肝臟狀況并確定其為‘日本血吸蟲'的作用。”
幸いにして戦時であったため、検體には事欠かなかった。戦死した遺體のうち、身長が低く痩せ細(xì)り、腹が膨らんでいる者を選んで腹を開いた。
幸運(yùn)的是,在戰(zhàn)爭期間無需擔(dān)心獲取樣本。我們選擇那些死亡身體中個子矮、身體瘦弱、肚子脹大的人進(jìn)行解剖。
従軍していた防疫部隊である金瘡(きんそう)醫(yī)衆(zhòng)は、水を通さない樹脂製の手袋や前掛けに身を包み、遺體の腹を切り開いて肝臓を露出させ、その門脈に刃を入れた。
曾參加防疫隊伍的金瘡醫(yī)生,穿戴著不透水的樹脂手套和圍裙,將遺體腹部切開,露出肝臟,并在門脈處進(jìn)行切割。
切開された門脈內(nèi)部は蟲卵が詰まって炎癥を起こし、それを盛り上がった肉が包み込むという肉芽腫(にくげしゅ)を形成していた。ここで初めて『泥かぶれ』の病変とその原因が確認(rèn)された。
切開的門靜脈內(nèi)部充滿蟲卵,引起了炎癥,被腫起的肉包圍并形成了肉芽腫。這里首次確認(rèn)了"泥漿皮炎"的病變及其起因。
これらの作業(yè)と並行して中間宿主であるミヤイリガイの回収、村人への聞き取り調(diào)査が行われ、急速に研究拠點(diǎn)が構(gòu)築されていった。
與這些工作同時進(jìn)行的是,中間宿主宮輪貝的收集和對村民的調(diào)查,研究基地得到了快速建設(shè)。
『泥かぶれ』を究明する金瘡醫(yī)衆(zhòng)たちは靜子から史実通りの実験を行うよう指示されており、決められた手順に従って著々とデータを積み重ねている。
掌握「泥濺病」病情的外科醫(yī)師們受到靜子的指示,按照史實(shí)進(jìn)行實(shí)驗,并按照規(guī)定的步驟穩(wěn)妥地積累數(shù)據(jù)。
こうした研究體制が整うのを見屆けた信長は、川沿いを避けて徳川軍と共に南下しつつ富士山を目指していた。
看到這樣的研究體制建立起來,信長便帶著德川軍南下,避開河岸,一路向富士山進(jìn)發(fā)。
「これが日ノ本一と名高い霊峰、富士か!」
這就是聞名日本第一的神山富士啊!
家康に案內(nèi)された場所から眺める富士山はまさに絶景であった。折よく雲(yún)一つない青空は晴れ渡り、裾野から麓までを染め上げる緑が鮮やかに見え、途中から白く殘雪の殘った山頂部が輝くようであった。
從家康帶領(lǐng)的地方眺望富士山確實(shí)是絕佳的景象。恰好沒有絲毫云彩的湛藍(lán)色天空晴朗無比,豐茂的綠色沿著山腳到山谷顯得特別生動,從中間開始,殘留雪的山頂部分閃爍著白色的光芒。
絶景に見惚れていた信長は我に帰ると、即座に技術(shù)者たちへこの眺望を?qū)懻妞藚Г幛毪瑜γ袱俊Mh(yuǎn)レンズや高感度フィルムなど望めない中での撮影は難航したが、それでも何とか美しい富士山を閉じ込めた寫真を殘すことが出來た。
贊嘆著絕景的信長回到現(xiàn)實(shí)后,立刻命令技術(shù)人員將這景色拍攝下來。雖然在無法使用長焦鏡頭和高感度膠卷的情況下,拍攝變得困難,但終究還是留下了美麗富士山的照片。
終始上機(jī)嫌の信長であったが、家康は水上の白鳥の如く優(yōu)雅な笑みを浮かべつつも、水面下では必死の努力を続けていた。
始終心情愉悅的信長,而家康則像水上的白鶴一樣,雖然浮現(xiàn)出優(yōu)雅的笑容,但水下卻在拼命努力。
無理を押してまで信長を招いて接待を続けている理由は、今後の織田家に対して徳川家が持ちうる影響力を示す必要があったからであった。
無理地邀請信長前來招待并繼續(xù)接待的原因是,為了展示德川家對織田家未來可能產(chǎn)生的影響力必要性。
今までは武田の侵攻を阻む最前線としての存在価値が認(rèn)められていた徳川家である。その武田家が亡んだ以上、今後はその利用価値の低下に伴って徳川家の地位が下落する恐れがあった。
目前以德川家族作為阻止武田入侵的前線存在被認(rèn)可。但是,隨著武田家族的衰亡,德川家族的地位可能會下降,因為其利用價值減低。
北條を攻め滅ぼすに當(dāng)たって是が非でも徳川家の協(xié)力が必要と楽観視できるような狀況ではもはやない。今回の甲州征伐に於いて大活躍した長可の戦果を見るに、織田家のみでも充分攻略できると見る方が自然だ。
在攻打北條一事上,已經(jīng)不再有必要樂觀地認(rèn)為德川家的協(xié)助是必須的。從長可在這次甲州征伐中的表現(xiàn)來看,僅憑織田家已經(jīng)足以攻占北條了,這是自然而然的事。
「かねてよりの約定から駿河を得たが、この先については見當(dāng)がつかぬ」
“通過早前的約定獲得了駿河,但目前還不清楚接下來的情況?!?/p>
現(xiàn)在の徳川家は三河、遠(yuǎn)江(とおとうみ)、駿河の三か國を擁するが、このまま織田家が躍進(jìn)を続けた場合に自主獨(dú)立を貫けるかは疑わしい。少なくとも今後十年を見據(jù)えて行動を決定する必要があると家康は考えていた。
現(xiàn)在的德川家族擁有三個國家,即三河,遠(yuǎn)江和駿河,但如果織田家持續(xù)前進(jìn),他們是否能夠堅持自主獨(dú)立是值得懷疑的。家康認(rèn)為,至少要考慮未來十年的行動決策。
しかし勝ちいくさに沸きたつ徳川家に於いて、このひりつくような緊張感を抱いているのは家康のみであった。他の家臣たちは今日と変わらぬ明日が続くと信じて疑わない。
然而,在充滿勝利氣息的德川家中,只有家康感受到了這種令人窒息的緊張感。其他家臣們則相信今天與明天將一如既往,毫無疑問。
それでも同盟の重要人物である信長をもてなすことが國の行く末を左右しうる重大事であると言う認(rèn)識は共通していた。そんな彼らに立ち塞がったのが天竜川の渡河であった。
然而,他們共同意識到,招待同盟重要人物信長的舉措可能會左右國家的未來走向。然而,他們的前路被天竜川渡河所堵截。
「暴れ天竜(天竜川のこと)に橋を渡すなど古今(ここん)未曾有(みぞう)(古くから今まで一度もあったためしがない様)の大仕事ですぞ!」
「讓橋梁橫跨暴亂的天竜(指天竜川)等任務(wù),是前所未有的大工程??!」
「小天竜は渡せども、大天竜は葉いませぬ」
"小天龍可過,大天龍無法實(shí)現(xiàn)"
「ここは安全を取って船便で渡しましょうぞ」
這里為了安全起見,我們建議乘坐船只過河。
現(xiàn)在の天竜川は流域が一本化されているが、この時代では東に一本、西に二本の川が流れていた。東を大天竜、西を小天竜と呼び、諏訪湖を水源地とした膨大な水量を誇る河川であった。
現(xiàn)在的天竜川河流已經(jīng)統(tǒng)一,但在那個時代,東邊有一條,西邊有兩條河流。它們被稱為大天竜和小天竜,都是以諏訪湖為水源的強(qiáng)大河流,擁有龐大的水量。
そのため、ひとたび大雨が降れば頻繁に洪水を起こすことから『暴れ天竜』とさえ呼ばれていた。記録によれば元祿から明治初期にかけての約百七十年間で、大小四十回の洪水が発生している。
因此,一旦有大雨,由于頻繁發(fā)生洪水,因此甚至被稱為“狂暴的天竜”。根據(jù)記錄,在約170年的元祿和明治初期期間,發(fā)生了40次大小洪水。
単純計算でも五年に一回は洪水が発生する計算となり、橋を架けるなど夢物語であり、架けたはしから流されるのが落ちだと考えられていた。
簡單的計算就顯示每五年會發(fā)生一次洪水,修建橋梁等就成了幻想,人們認(rèn)為修建的橋梁會被沖走而成為拋物線下落。
しかし、家康はその『暴れ天竜』を制して船を浮かべて連結(jié)し、その上に木板を渡した船橋を架けると言い出した。通常では出來ないことを為すから人は感動するのだと説き、どれ程資金が掛かろうとも成し遂げよと厳命した。
然而,家康說要控制那個“暴躁的天竜”,將船浮起并連接起來,在其上搭建木板橋。他解釋說,人們感動的是能夠做到通常不可能完成的事情,他嚴(yán)令要求無論花費(fèi)多少資金都要完成任務(wù)。
かくして信長一行がゆるりと歩みを進(jìn)める裏で、周辺一帯から船を根こそぎかき集め、大工を誘拐まがいに連れてきて工事に従事させた。
如此一來,信長一行人緩慢前進(jìn),而在背后,周邊地區(qū)的船只被徹底搜刮,并且抓來大量木工強(qiáng)行參與修建。
こうした決死の努力が実り、信長が天竜川へと到著する頃には見事に一列に繋がった船橋が架かり、一行が渡り終えるまで崩れることもなかった。
經(jīng)過這樣不屈不撓的努力,當(dāng)信長到達(dá)天竜川時,精美的一排排船橋已經(jīng)架起來了,直到隊伍全部通過,它們?nèi)匀环€(wěn)如泰山,沒有一點(diǎn)動搖。
突貫工事を行ったためか、船の大きさがまちまちであり、橋板がいたるところで傾いていたり、歩くのに難儀するほどの段差が生まれていたりもした。
由于采取了突襲式施工,船只的大小不一,橋板到處傾斜,造成了難以行走的高低落差。
しかし、信長はそれらを見ても何も言うことなく終始上機(jī)嫌で旅を楽しんだ。
然而,信長見到這些事情也沒有說什么,一直心情愉快地享受旅行。
「お帰りなさいませ」
"歡迎回家"
そんなご機(jī)嫌な信長を待ち受けていたのは、未だかつて一度として目にしたことのない程の怒りを湛(たた)えた靜子の姿であった。
等待著處于那種愉悅心情的信長,迎接她的是一個從未見過一次的滿腔怒火的靜子。
普段溫厚な人間であるほど、豹変した際の落差が大きいと言う。身を以てそれを知った信長は、己に降りかかる災(zāi)厄を思って身震いするのであった。
通常善良和溫和的人在發(fā)生變化時可能會有很大的落差。信長通過親身體驗了解到這一點(diǎn),因此為了避免降臨在他身上的災(zāi)難而感到不安。