昭示后疫情時代藝術(shù)未來的“ULTRA Project 2021”說明會(上)
KUA SPECIAL TOPIC

昭示后疫情時代藝術(shù)未來的
“ULTRA Project 2021”說明會
(上)
沒有歡呼聲、但充滿熱情的說明會
日前,京都藝術(shù)大學(xué)共通造形工房ULTRA?Factory(超級工場)主辦了“ULTRA Project”說明會。每年,以新生為主,大量學(xué)生聚集在一起,在熱情的氛圍中,活躍在第一線的藝術(shù)家和創(chuàng)作人進(jìn)行宣講。今年共有12組藝術(shù)家參加了ULTRA?Project。藝術(shù)家們以全體學(xué)生為對象提出項目,招募參加者。通過作品集和面試的審查,分別錄用少數(shù)人。藝術(shù)家“在實踐中教學(xué)”也有諸多風(fēng)險,因此并非需要單純的勞動力。通過合作共同成長非常重要,并且該效果對藝術(shù)家和學(xué)生都有很大收獲,所以持續(xù)了14年。

藝術(shù)家之間也是競爭對手。希望盡可能地讓有才華和進(jìn)取心的學(xué)生來參加,學(xué)生也希望盡可能地參加能發(fā)揮所長的項目,因此必然會帶著熱情。“ULTRA?Project說明會”本身就是一種表演。特別是去年在新冠疫情影響下只舉行了線上說明會,大家也因此加深了對今年的期待。但是,為了應(yīng)對疫情,主會場限定為200人,在設(shè)置衛(wèi)星會場的基礎(chǔ)上,還為學(xué)生創(chuàng)造了可以觀看記錄影像的視聽環(huán)境。ULTRA?Factory(超級工場)的藝術(shù)總監(jiān)矢延憲司(美術(shù)工藝學(xué)科教授)為了防止飛沫感染,要求大家不要出聲,氣氛熱烈的時候以掌聲回應(yīng)。會場被沒有歡呼聲的熱情所包圍。

ULTRA?Factory(超級工場)自2008年創(chuàng)立之初,便啟動了ULTRA?Project,參與該計劃的學(xué)生由頂級藝術(shù)家和創(chuàng)作者共同進(jìn)行的參加學(xué)習(xí)型社會實踐活動。雖然現(xiàn)在各個大學(xué)都在實施項目型的實踐課程,但在ULTRA?Project剛開始的時候是相當(dāng)罕見的、領(lǐng)先的嘗試。源自矢延憲司教授在大學(xué)時代邊幫助活躍的前輩,邊實踐從制作到發(fā)表的所有過程,從中得到了很多的啟示。另外,2004年矢延憲司教授在金澤21世紀(jì)美術(shù)館開館時,參加藝術(shù)家駐留的“項目工作室”半年滯留,與美術(shù)類大學(xué)生和周邊地區(qū)居民共同制作的經(jīng)歷,確立了維持技術(shù)醇熟和作品品質(zhì)的方法。將該方法注入到ULTRA?Project中,通過從一年級開始參加該項目,可以對自己向往的目標(biāo)藝術(shù)家是如何在社會上實踐的有具體的印象。由此倒推,在各學(xué)科學(xué)習(xí)技術(shù),教育效率極高。這可以說是迄今為止美術(shù)教育的哥白尼式轉(zhuǎn)折。

藝術(shù)中“項目”被廣泛使用的是1980年代以后的事情,包括約瑟夫·博伊斯(Joseph Beuys)的《7000棵橡樹》(1982-1987)、克里斯托·珍妮·克勞德(Christo&Jeanne-Claude)的各種包裹項目,以日本川俁正的項目等而聞名。然后,被稱為“Off Museum”的戶外藝術(shù)活動,在實現(xiàn)之前需要很長時間,重視完成的過程,需要多人共同合作。在社會上,它已被用作大規(guī)模開發(fā)的一種方法,該方法在二戰(zhàn)后,作為跨多個領(lǐng)域的專家統(tǒng)一管理,例如太空開發(fā)和核電開發(fā)。
1990年代以后的藝術(shù),不只是美術(shù)館和藝?yán)?,需要有更多的專業(yè)人士管理,并在社會中廣泛的實施,項目型的作品也變多了。同時,地域的藝術(shù)節(jié)也被稱為藝術(shù)項目。特別是,在2000年代到2010年代盛極一時的各地藝術(shù)節(jié)中,也有很多ULTRA?Factory(超級工場)參與其中。例如,“瀨戶2013國際藝術(shù)祭”的矢延憲司教授和北野武的合作作品《anger from the bottom》和“愛知三年展2013”的名和晃平教授的泡沫大型裝置《foam》、“橫濱三年展2014”和柳美和教授的移動舞臺車等,ULTRA?Project為各藝術(shù)節(jié)的代表性作品的制作上也做出了貢獻(xiàn)。

▲?photo by?: Nobutada OMOTE
可以說,除了ULTRA?Project之外,沒有其他準(zhǔn)備了如此豪華且豐富的課程,并產(chǎn)生了社會深遠(yuǎn)影響的實踐課程。牽頭并管理多個藝術(shù)項目的ultra project本身就是一個大型的藝術(shù)項目。毫不夸張的說,看ULTRA?Project就能了解當(dāng)代藝術(shù)的潮流也不為過。由于新冠疫情,藝術(shù)節(jié)的舉辦變得困難,呈現(xiàn)形式也發(fā)生了很大的變化。在這種情況下,此次“ULTRA?Project說明會”成為了昭示藝術(shù)未來的重要機會。

ULTRA project 2021 陣容公開!募集參加者
歓聲なく熱気に包まれる説明會
先日、共通造形工房ウルトラファクトリーが主催する「ウルトラプロジェクト説明會」が開催された。毎年、新入生を中心に大挙して學(xué)生が集まり、熱狂的な雰囲気の中、第一線で活躍するアーティストやクリエイターのプレゼンテーションが行われる。今年は12組のアーティストがウルトラプロジェクトに參加した。全學(xué)生を?qū)澫螭衰ⅸ`ティストらはプロジェクトを提示し、希望者が応募する。ポートフォリオの提示や面接による審査を経て、それぞれ少數(shù)名が採用される。アーティストも「実踐の中で教える」ことはリスクも多いので、単純な労働力を求めているのではない。協(xié)働することで互いに成長することが重要であり、その効果がアーティストにも學(xué)生にも大きいため14年間も続いているのだ。
アーティスト同士も競爭相手である。できるだけ才能とやる気のある學(xué)生に來てもらいたいし、學(xué)生もまたできるだけ自分を活かしてくれるプロジェクトに參加したいので、必然的に熱を帯びてくる?!弗Ε毳去楗抓恁弗Д日h明會」自體が一種のショーとなっているのだ。特に、昨年はコロナ禍の中で、オンライン説明會のみになったため、今年への期待は大きかった。ただし、感染癥対策のために、メイン會場の定員を200人に限定し、サテライト會場を設(shè)けた上で、さらに學(xué)生は記録映像を見られるように視聴環(huán)境を整えた。ウルトラファクトリーのディレクターのヤノベケンジ(美術(shù)工蕓學(xué)科教授)は、飛沫感染を防ぐために聲を出すことを控え、盛り上がったときは拍手で応えるよう求めた。會場は歓聲なき熱気に包まれていた。
ウルトラファクトリーは、2008年に創(chuàng)設(shè)された年から、著名なアーティストやクリエイターによる社會の中の実踐的な活動に、學(xué)生が參加して學(xué)ぶウルトラプロジェクトのプログラムを開始した?,F(xiàn)在でこそプロジェクト型の実踐演習(xí)授業(yè)は各大學(xué)で実施されているが、ウルトラプロジェクトが始まった頃はかなり珍しく、先進(jìn)的な試みであった。もともとヤノベが大學(xué)時代に活躍する先輩の手伝いをしながら制作から発表までのすべての工程を?qū)g踐的に學(xué)び多くのことを得たことをヒントにしている。また、2004年、ヤノベは金沢21世紀(jì)美術(shù)館の開館の際に、アーティスト·イン·レジデンスで隣接する「プロジェクト工房」に半年間滯在し、美大生や地域住民と共同制作しながら、技術(shù)の習(xí)熟と作品のクオリティを維持する方法を確立させている。そのノウハウがウルトラプロジェクトに注がれた。一年生からこのプログラムに參加することで、自分が目指す目標(biāo)のアーティストがどのように社會で実踐しているか具體的なイメージを持つことができる。そこから逆算して各學(xué)科で技術(shù)を習(xí)得するようになるので、教育の効率が極めて高いのだ。それは今までの美術(shù)教育のコペルニクス的転回を果たしているといえる。
アートにおいて「プロジェクト」が多用されるようになったのは80年代以降のことで、ヨーゼフ·ボイスの《7000本の樫の木》(1982‐87)や、クリスト&ジャンヌ=クロードの様々な梱包プロジェクト、日本では川俁正のプロジェクトなどで知られるようになった。そして、「オフ·ミュージアム」と言われる、実現(xiàn)するまでに長期間を要し、完成までのプロセスを重視し、多くの人々との共同作業(yè)を必要とするような、屋外の蕓術(shù)活動に使われるようになった。社會においては、宇宙開発や原子力開発など、戦後、複數(shù)にまたがる専門家を統(tǒng)括し、マネジメントする大規(guī)模開発などの手法として使われてきた経緯がある。
90年代以降のアートは、美術(shù)館やギャラリーだけではなく、多くの専門家をマネジメントし、広く社會の中に実裝することが求められるようになったこともあり、プロジェクト型作品が多くなっていった。同時に、地域の蕓術(shù)祭などもアートプロジェクトと言われるようになる。特に、2000年代から2010年代に隆盛を誇った各地の蕓術(shù)祭において、ウルトラプロジェクトも數(shù)多く関わっている。例えば、「瀬戸內(nèi)國際蕓術(shù)祭2013」のヤノベケンジとビートたけしとのコラボレーション作品《ANGER from the Bottom》や「あいちトリエンナーレ2013」の名和晃平の泡による大規(guī)模インスタレーション《Foam》、「橫浜トリエンナーレ2014」のやなぎみわの移動舞臺車など、各蕓術(shù)祭の代表的な作品の制作にも寄與している。
ここまでの豪華で豊富なプログラムを用意し、社會的な影響を與えている実踐演習(xí)授業(yè)は、今なおウルトラプロジェクト以外ないといえる。複數(shù)のアートプロジェクトを牽引し、マネジメントするウルトラプロジェクト自體が、大きなアートプロジェクトだといえるだろう。ウルトラプロジェクトを見れば現(xiàn)代アートの潮流がわかると言っても過言ではない。コロナ禍で蕓術(shù)祭の開催が難しくなり、見せ方の形が大きく変容する中、今回の「ウルトラプロジェクト説明會」はアートの未來を占う上でも重要な機會となった。

當(dāng)代藝術(shù)的最前沿
矢延憲司(ヤノベケンジ)介紹了今年將新建的3個美術(shù)館和藝?yán)鹊摹靶隆っ佬g(shù)館XYZ項目”。預(yù)定在那里舉辦公共藝術(shù)和個展,招募討論作品的共同制作和周邊展開等的成員。引領(lǐng)ULTRA Project,參加過許多藝術(shù)節(jié)的矢延,回歸美術(shù)館和藝?yán)软椖恳差H具象征性。去年,矢延先生利用AR和VR,嘗試了模擬和數(shù)字技術(shù)的融合,但今年我們將看到以美術(shù)館和藝?yán)鹊葌鹘y(tǒng)的展覽形態(tài)呈現(xiàn),令人好奇。



如今已成為當(dāng)代日本藝術(shù)家代表的名和晃平(藝術(shù)研究科教授)也從ULTRA Project之始就參與其中。之所以命名為“ULTRA SANDWICH PROJECT”,是因為名和先生的工作室名為“SANDWICH”。位于京都市伏見區(qū)的“SANDWICH”由舊的三明治工廠改裝而成,現(xiàn)在是京都最大的當(dāng)代藝術(shù)工作室。在這里一邊進(jìn)行各種素材的實驗,一邊創(chuàng)作新的作品。通過參加名和先生的項目,成為藝術(shù)家的畢業(yè)生也很多。在海外開展眾多項目的名和先生也因新冠疫情受到了很大的影響。據(jù)說今年將宣布新作品,同時將采取針對疫情的措施。

目前,與世界著名編舞家的達(dá)米安·杰爾(Damian Jare)同時準(zhǔn)備兩場新作表演,并計劃在5月上旬,荷蘭海牙發(fā)表的“mist”中,作為防疫的一環(huán),表演者已組成兩個小組。確保即使有舞者被感染,也不會被取消的進(jìn)行練習(xí)中。擁有驚人身體素質(zhì)的舞者和名和先生所制作的舞臺美術(shù)和演出改變了身體和環(huán)境的概念。名和從那里進(jìn)一步展開雕刻作品。身體模型是西洋雕塑的基本,乍一看,不屬于舞臺美術(shù)的領(lǐng)域,他試圖通過合作來嘗試超越表演范疇更新雕塑。另外,我們還在與參與的學(xué)生一起嘗試皮膚和新材料的實驗,可以說,ULTRA Project正作為同時探索日本材料的感性和身體性的實驗室發(fā)揮著作用。名和先生名副其實地活躍在世界一線,通過親身體驗可以知道他現(xiàn)在的所思所想。除此之外,也很難有超越以上實踐學(xué)到的東西了。


現(xiàn)代アートの最前線
ヤノベケンジは、「新·美術(shù)館XYZプロジェクト」として、今年、3つの新しくできる美術(shù)館やギャラリーのためのプロジェクトの紹介をした。そこではパブリックアートや個展が開催される予定であり、作品の共同制作やグッズ展開などについて検討するメンバーを募集した。ウルトラプロジェクトを牽引し、多くの蕓術(shù)祭に參加したヤノベが、美術(shù)館やギャラリーのプロジェクトに回帰しているのも象徴的である。昨年は、ARやVRを駆使し、アナログとデジタルの融合を試みたヤノベであるが、今年は美術(shù)館やギャラリーといった古典的な展示形態(tài)でどのような見せ方をするのか見ものである。
今や現(xiàn)代日本を代表するアーティストとなった名和晃平(蕓術(shù)研究科教授)も、ウルトラプロジェクトの最初から參加している?!窾LTRA SANDWICH PROJECT」と命名されているのは、名和のスタジオの名前が「Sandwich」だからである。京都市伏見區(qū)にある「Sandwich」は、元サンドイッチ工場を改裝したもので、今や京都最大の現(xiàn)代アートスタジオである。ここで様々なマテリアルの実験をしながら、新しい作品を作り上げていく。名和のプロジェクトに參加して、アーティストになった卒業(yè)生も多い。海外で數(shù)多くプロジェクトを展開する名和もコロナ禍で大きな影響を受けた。今年は、感染癥対策をしながら新作を発表していくという。
現(xiàn)在、世界的な振付家のダミアン·ジャレとともに新作パフォーマンス2作品を準(zhǔn)備しており、5月上旬にオランダ、デン·ハーグにて発表予定の “mist” では、感染癥対策の一環(huán)として、パフォーマーのグループが2チーム作られ、一方のダンサーが感染しても中止にならないよう練習(xí)が行われているという。驚異的な身體能力を持つダンサーと名和の生み出す舞臺美術(shù)や演出は身體と環(huán)境の概念を変容させている。名和はそこからさらに彫刻作品に展開させている。身體モデルは西洋彫刻の基本であり、一見、舞臺美術(shù)という範(fàn)疇に収まらないコラボレーションを行うことで彫刻をアップデートすることを試みているといえる。また、皮膚と新しいマテリアルの実験も、參加學(xué)生と重ねており、日本的なマテリアルの感性と身體性を同時に模索するラボラトリーとして、ウルトラプロジェクトは機能しているといえる。名和は、名実ともに世界の一線で活躍しており、今彼がどのようなことを考え、どのようなことを試みているか、身體を通じて知ることができる。それ以上に実踐的な學(xué)びもなかなかないだろう。

“MARIO and LUIGI Rimpa Screen” ?Nintendo, Taro YAMAMOTO, 2015
重塑日本之美
山本太郎(美術(shù)工藝學(xué)科教授)稱自己的作品不是“日本畫”,而是“NIPPON畫”。與明治時代以后作為與西洋繪畫概念對峙的概念而形成的“日本畫”領(lǐng)域不同,這是引用明治以前的日本美術(shù)和使用傳統(tǒng)的畫材,結(jié)合幽默描寫現(xiàn)代日常風(fēng)景的手法進(jìn)行的自我定義。例如,將從倒了的罐子里流出的可樂,描繪成琳派尾形光琳的《紅白梅圖屏風(fēng)》中的“水流”。山本先生在琳派400年紀(jì)念,“超級馬里奧”30周年紀(jì)念之際,將俵屋宗達(dá)·尾形光琳·酒井抱一琳派代表性的作品——《風(fēng)神雷神圖》,以介紹馬里奧和路易吉來表現(xiàn)的作品視頻形式進(jìn)行了自我介紹。


今年,他發(fā)表了以京都藝術(shù)大學(xué)收藏的大規(guī)模浮世繪收藏為基礎(chǔ)創(chuàng)作新作的計劃。京都藝術(shù)大學(xué)的浮世繪收藏雖然鮮為人知,但收藏數(shù)量巨大,被整理成100多頁的冊子。計劃對這些進(jìn)行調(diào)查,尋找現(xiàn)代能使用的浮世繪的主題,并制作新作在展覽會上發(fā)表。

作為今年新加入的項目,三宅舞(ミヤケマイ)·服部滋樹·白石晃一·中家壽之發(fā)表了“新·用之美計劃”。三宅(美術(shù)工藝學(xué)科教授)是重構(gòu)日本的審美意識和傳統(tǒng)美術(shù)的技法,進(jìn)行當(dāng)下表現(xiàn)的藝術(shù)家。同時,他還融入文學(xué)元素,發(fā)表小說等,可以說是現(xiàn)代的“文人畫家”。明治以后,日本畫在成為純粹藝術(shù)的過程中失去了很多東西,而三宅教授則認(rèn)真地將這些東西撿起來重新構(gòu)筑?;钣眠@些知識,在日本美術(shù)的基礎(chǔ)——茶道、花道、能劇、水墨等基礎(chǔ)美術(shù)課程上執(zhí)教。


此外,服部滋樹(信息設(shè)計學(xué)科教授)是創(chuàng)意總監(jiān)和設(shè)計師,作為進(jìn)行室內(nèi)設(shè)計和餐飲等整體設(shè)計的graf的代表而廣為人知。今年,作為紀(jì)念大阪世博會50周年活動的一環(huán),在大阪日本民藝館策劃了對柳宗悅、河井寬次郎、濱田莊司等人提倡的“民藝”進(jìn)行再評價、再解釋的展覽會。日本的“看之好”“隨之好”和“用之好”,與高端藝術(shù)和日用品的價值存在差異的西方不同。三宅和服部等人更新了日本的“用之美”,啟動了制作新美術(shù)品的項目。將實施大學(xué)(京都藝術(shù)大學(xué))、企業(yè)(華歌爾)和京都傳統(tǒng)工藝相結(jié)合的項目,其成果將在京都華歌爾研究中心發(fā)表。

株式會社細(xì)尾的細(xì)尾真孝,介紹了往年開始持續(xù)的“MILESTONES”項目。株式會社細(xì)尾是自元祿年間(1688年)延續(xù)至今的西陣織老鋪。與傳統(tǒng)形象不同的是,織物用于克里斯汀·迪奧(Christian Dior),香奈兒(Chanel)和路易威登(Louis Vuitton)等高級品牌的店鋪、酒店內(nèi)飾,及時裝設(shè)計師三原泰弘的布料等,于西陣織帶來最尖端的創(chuàng)新。其基礎(chǔ)是多達(dá)2萬件的西陣織圖案。通過ULTRA Project進(jìn)行掃描并建立數(shù)據(jù)庫,據(jù)說已經(jīng)完成了1萬3千件。以此為基礎(chǔ),用電腦給單色的圖案上色,由成員提出產(chǎn)品方案。
西陣織成為富裕的公家、武士、町人、寺社佛閣的盛裝和裝飾物,安土桃山時代以后,被用作越來越豪華的能劇裝束。也就是說,這種感覺是日本歷史上屈指可數(shù)的高級感。將其發(fā)展成現(xiàn)代奢華品牌是細(xì)尾的力量,也可以說是京都所具有的潛力。
日本美の再創(chuàng)造
山本太郎は、自身の作品を「日本畫」ではなく、「ニッポン畫」と稱する。明治以降に西洋畫に対峙する概念として作られた「日本畫」という分野とは異なり、明治以前の日本美術(shù)の引用と伝統(tǒng)的な畫材を使い、現(xiàn)代の日常風(fēng)景をユーモアを交えて描く手法として自身で定義したものだ。例えば、倒れた缶から流れ落ちたコーラを、琳派の尾形光琳の《紅白梅図屏風(fēng)》の「水流」のように描いたりする。山本は、琳派400年記念と「スーパー·マリオ」30周年記念の時、俵屋宗達(dá)·尾形光琳·酒井抱一が描いた琳派の代表的作品である《風(fēng)神雷神図》を、マリオとルイージに置き換えて表現(xiàn)した作品紹介のビデオを流して自己紹介した。
今年は、京都蕓術(shù)大學(xué)が所蔵する大規(guī)模な浮世絵コレクションを基に新作を作るプロジェクトを発表した。京都蕓術(shù)大學(xué)の浮世絵コレクションはあまり知られていないが、膨大な數(shù)の所蔵品があり、100ページ以上の冊子にまとめられている。それらを調(diào)査して現(xiàn)代に使える浮世絵のモチーフを探し、新作を作って展覧會で発表する予定だ。
今年新たに加わったプロジェクトとして、ミヤケマイ·服部滋樹·白石晃一·中家壽之は「新·用の美プロジェクト」を発表した。ミヤケ(美術(shù)工蕓學(xué)科教授)は日本の美意識や伝統(tǒng)美術(shù)の技法を再解釈し、今日的な表現(xiàn)を行っているアーティストである。同時に、文學(xué)的要素を取り入れ、小説なども発表しており、現(xiàn)代の「文人畫家」といってもよい。明治以降に日本畫が純粋蕓術(shù)になる過程で失われたものが多數(shù)あるが、ミヤケはそれらを丁寧に拾って再構(gòu)築しているともいえる。その知見を活かして、日本美術(shù)の基礎(chǔ)となる茶道、立花、能、水墨などを教える基礎(chǔ)美術(shù)コースで教鞭をとる。
いっぽう、服部(情報デザイン學(xué)科教授)は、クリエイティブディレクター、デザイナーであり、インテリアや食などトータルなデザインを行うgrafの代表として知られる。今年、大阪萬博50周年を記念したプログラムの一環(huán)として大阪日本民蕓館で柳宗悅や河井寛次郎、濱田莊司らが提唱した「民藝」を再評価·再解釈した展覧會を企畫した。ミヤケと服部らは、ハイアートと日用品の価値に差がある西洋とは異なり、「見てよし」「沿うてよし」「使ってよし」と言われる日本の「用の美」を刷新し、新しい美術(shù)品を作るプロジェクトを立ち上げた。大學(xué)(京都蕓術(shù)大學(xué))、企業(yè)(ワコール)、京都の伝統(tǒng)工蕓を組み合わせたプロジェクトを?qū)g施し、その成果はワコールスタディホール京都で発表される予定である。
株式會社細(xì)尾の細(xì)尾真孝は、例年に引き続き「MILESTONES」プロジェクトを紹介した。株式會社細(xì)尾は元祿年間(1688年)から続く西陣織の老舗である。そのような伝統(tǒng)的なイメージとは異なり、クリスチャン·ディオールやシャネル、ルイ·ヴィトンといった高級ブランドの店舗やホテルのインテリア、ファッションデザイナー·ミハラヤスヒロのコレクションの布に使われたりするなど、西陣織に最先端で革新的な展開をもたらしている。その基になっているのが2萬點に達(dá)する西陣織の図案である。これらをウルトラプロジェクトでスキャニングしてデータベース化しており、すでに1萬3千點が完了したという。それらを基に、単色の図案にコンピュータで色付けしたり、メンバーがプロダクト提案を行ったりするのだ。
西陣織は、裕福な公家や武士、町人、寺社仏閣の盛裝や裝飾物になったり、安土桃山時代以降、豪華になっていく能裝束に使われたりしてきた。すなわち、そのセンスは日本の歴史でも有數(shù)な高級感があるのである。それを現(xiàn)代のラグジュアリーブランドに展開したのは細(xì)尾の力量であるが、京都の持つポテンシャルともいえよう。

宇野のチヌ?Uno Chinu
從垃圾到藝術(shù),生產(chǎn)到副產(chǎn)品
淀川技術(shù)是藝術(shù)家柴田英昭的藝名,源于他以前用淀川的垃圾和廢材來制作作品。這種幽默的拼貼手法,在初期被矢延憲司發(fā)現(xiàn),在當(dāng)代藝術(shù)界也廣為人知。沒有上過藝術(shù)大學(xué)的柴田,正是從淀川河邊的垃圾中學(xué)到的,成為了一名藝術(shù)家?,F(xiàn)在,以世界各國、日本各地的垃圾為基礎(chǔ)繼續(xù)創(chuàng)作作品。在“瀨戶內(nèi)國際藝術(shù)節(jié)2019”中制作的收集宇野港周邊垃圾和廢品的作品《Uno Chinu》,在JR西日本的廣告中也使用過,所以知道的人也很多吧?,F(xiàn)在,在北九州的島上一邊收集垃圾一邊制作,在線進(jìn)行了說明。今年,在ULTRA Project中,除了ZINE、Wappen、t恤等周邊產(chǎn)品之外,還計劃制作新產(chǎn)品。

矢津吉隆從2015年開始運營藝術(shù)旅館kumagusuku,將近年來流行的藝術(shù)與酒店相結(jié)合的形態(tài)早早地付諸實踐。2020年春天,由于長年的過度旅行和新冠疫情的逆轉(zhuǎn)現(xiàn)象,停止了作為民宿的活動,開設(shè)了綜合藝術(shù)品店。其中,矢津等人開設(shè)了副產(chǎn)品商店,開發(fā)了將作為藝術(shù)家創(chuàng)作活動的“副產(chǎn)品”而排出的廢料和垃圾再利用的商品。然后,通過制造鑰匙扣、飾品、家具等各種產(chǎn)品,試圖實現(xiàn)價值的再生產(chǎn)。矢津等人雖然是藝術(shù)家,但他們把酒店、商店等的經(jīng)營作為藝術(shù)活動,可以說不僅僅是作品的買賣,他們創(chuàng)造了新的模式。讓人預(yù)感到參與矢津等人的企劃會產(chǎn)生新的類型的藝術(shù)家。

ゴミからアート、生産と副産物
淀川テクニックは、柴田英昭のアーティスト名であるが、かつて淀川のゴミや廃材から作品を作っていたことに由來する。そのユーモラスなブリコラージュの手法は、初期にヤノベケンジに見出され、現(xiàn)代アート界でも知られるようになった。美術(shù)大學(xué)に行ったことがない柴田は、まさに淀川河川敷のゴミから學(xué)び、アーティストになった?,F(xiàn)在では、世界各國、日本各地のゴミを基に作品制作を続けている?!笧亼鮾?nèi)國際蕓術(shù)祭2019」で制作された宇野港周辺のゴミや不用品を収集した《宇野のチヌ》は、JR西日本のCMでも使用されたので知っている方も多いだろう。現(xiàn)在も、北九州の島でゴミを収集しながら制作をおり、オンラインで説明がなされた。今年は、ウルトラプロジェクトでZINEやワッペンやTシャツなどのグッズに加え、新作も制作する予定である。
矢津吉隆は、2015年からアートホステルkumagusukuを運営し、近年、流行しているアートとホテルが融合した形態(tài)をいち早く実踐していた。2020年春に、長年のオーバーツーリズムとコロナ禍による逆転現(xiàn)象もあり、ホステルとしての活動を停止し、複合アートショップをオープンした。そのなかに、矢津らは、副産物産店を出店し、アーティストの制作活動の「副産物」として排出される廃材やゴミを再利用した商品を開発している。そして、キーホルダーやアクセサリー、家具など、様々な製品を作ることで、価値の再生産を試みている。矢津らは、アーティストであるが、ホテルやショップなどの運営を蕓術(shù)活動にしており、作品の売買だけではない、新たなモデルを創(chuàng)出しているといえる。矢津らのプロジェクトに參加することでさらに新しいタイプのアーティストが生まれることを予感させる。

敬請期待明日更新
《昭示后疫情時代藝術(shù)未來的“ULTRA Project 2021”說明會(下)》
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