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【青空文庫】太宰治 人間失格?第三の手記(一)

2023-01-04 20:00 作者:木下丸子君  | 我要投稿

對應(yīng)時間軸:2:12:50~3:19:32

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第三の手記(一)

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 竹一の予言の、一つは當(dāng)り、一つは、はずれました。惚(ほ)れられるという、名譽で無い予言のほうは、あたりましたが、きっと偉い絵畫きになるという、祝福の予言は、はずれました。

 自分は、わずかに、粗悪な雑誌の、無名の下手な漫畫家になる事が出來ただけでした。

 鎌倉の事件のために、高等學(xué)校からは追放せられ、自分は、ヒラメの家の二階の、三畳の部屋で寢起きして、故郷からは月々、極めて小額の金が、それも直接に自分宛ではなく、ヒラメのところにひそかに送られて來ている様子でしたが、(しかも、それは故郷の兄たちが、父にかくして送ってくれているという形式になっていたようでした)それっきり、あとは故郷とのつながりを全然、斷ち切られてしまい、そうして、ヒラメはいつも不機嫌、自分があいそ笑いをしても、笑わず、人間というものはこんなにも簡単に、それこそ手のひらをかえすが如くに変化できるものかと、あさましく、いや、むしろ滑稽に思われるくらいの、ひどい変り様で、

「出ちゃいけませんよ。とにかく、出ないで下さいよ」

 そればかり自分に言っているのでした。

 ヒラメは、自分に自殺のおそれありと、にらんでいるらしく、つまり、女の後を追ってまた海へ飛び込んだりする危険があると見てとっているらしく、自分の外出を固く禁じているのでした。けれども、酒も飲めないし、煙草も吸えないし、ただ、朝から晩まで二階の三畳のこたつにもぐって、古雑誌なんか読んで阿呆同然のくらしをしている自分には、自殺の気力さえ失われていました。

 ヒラメの家は、大久保の醫(yī)専の近くにあり、書畫骨董商、青竜園、だなどと看板の文字だけは相當(dāng)に気張っていても、一棟二戸の、その一戸で、店の間口も狹く、店內(nèi)はホコリだらけで、いい加減なガラクタばかり並べ、(もっとも、ヒラメはその店のガラクタにたよって商売しているわけではなく、こっちの所謂旦那の秘蔵のものを、あっちの所謂旦那にその所有権をゆずる場合などに活躍して、お金をもうけているらしいのです)店に坐っている事は殆ど無く、たいてい朝から、むずかしそうな顔をしてそそくさと出かけ、留守は十七、八の小僧ひとり、これが自分の見張り番というわけで、ひまさえあれば近所の子供たちと外でキャッチボールなどしていても、二階の居候をまるで馬鹿か気違いくらいに思っているらしく、大人(おとな)の説教くさい事まで自分に言い聞かせ、自分は、ひとと言い爭いの出來ない質(zhì)(たち)なので、疲れたような、また、感心したような顔をしてそれに耳を傾け、服従しているのでした。この小僧は渋田のかくし子で、それでもへんな事情があって、渋田は所謂親子の名乗りをせず、また渋田がずっと獨身なのも、何やらその辺に理由があっての事らしく、自分も以前、自分の家の者たちからそれに就いての噂(うわさ)を、ちょっと聞いたような気もするのですが、自分は、どうも他人の身の上には、あまり興味を持てないほうなので、深い事は何も知りません。しかし、その小僧の眼つきにも、妙に魚の眼を聯(lián)想(れんそう)させるところがありましたから、或いは、本當(dāng)にヒラメのかくし子、……でも、それならば、二人は実に淋しい親子でした。夜おそく、二階の自分には內(nèi)緒で、二人でおそばなどを取寄せて無言で食べている事がありました。

 ヒラメの家では食事はいつもその小僧がつくり、二階のやっかい者の食事だけは別にお膳(ぜん)に載せて小僧が三度々々二階に持ち運んで來てくれて、ヒラメと小僧は、階段の下のじめじめした四畳半で何やら、カチャカチャ皿小鉢の觸れ合う音をさせながら、いそがしげに食事しているのでした。

 三月末の或る夕方、ヒラメは思わぬもうけ口にでもありついたのか、または何か他に策略でもあったのか、(その二つの推察が、ともに當(dāng)っていたとしても、おそらくは、さらにまたいくつかの、自分などにはとても推察のとどかないこまかい原因もあったのでしょうが)自分を階下の珍らしくお銚子(ちょうし)など附いている食卓に招いて、ヒラメならぬマグロの刺身に、ごちそうの主人(あるじ)みずから感服し、賞讃(しょうさん)し、ぼんやりしている居候にも少しくお酒をすすめ、

「どうするつもりなんです、いったい、これから」

 自分はそれに答えず、卓上の皿から畳鰯(たたみいわし)をつまみ上げ、その小魚たちの銀の眼玉を眺めていたら、酔いがほのぼの発して來て、遊び廻っていた頃がなつかしく、堀木でさえなつかしく、つくづく「自由」が欲しくなり、ふっと、かぼそく泣きそうになりました。

 自分がこの家へ來てからは、道化を演ずる張合いさえ無く、ただもうヒラメと小僧の蔑視の中に身を橫たえ、ヒラメのほうでもまた、自分と打ち解けた長噺をするのを避けている様子でしたし、自分もそのヒラメを追いかけて何かを訴える気などは起らず、ほとんど自分は、間抜けづらの居候になり切っていたのです。

「起訴猶予というのは、前科何犯とか、そんなものには、ならない模様です。だから、まあ、あなたの心掛け一つで、更生が出來るわけです。あなたが、もし、改心して、あなたのほうから、真面目に私に相談を持ちかけてくれたら、私も考えてみます」

 ヒラメの話方には、いや、世の中の全部の人の話方には、このようにややこしく、どこか朦朧(もうろう)として、逃腰とでもいったみたいな微妙な複雑さがあり、そのほとんど無益と思われるくらいの厳重な警戒と、無數(shù)といっていいくらいの小うるさい駈引とには、いつも自分は當(dāng)惑し、どうでもいいやという気分になって、お道化で茶化したり、または無言の首肯で一さいおまかせという、謂わば敗北の態(tài)度をとってしまうのでした。

 この時もヒラメが、自分に向って、だいたい次のように簡単に報告すれば、それですむ事だったのを自分は後年に到って知り、ヒラメの不必要な用心、いや、世の中の人たちの不可解な見栄、おていさいに、何とも陰鬱な思いをしました。

 ヒラメは、その時、ただこう言えばよかったのでした。

「官立でも私立でも、とにかく四月から、どこかの學(xué)校へはいりなさい。あなたの生活費は、學(xué)校へはいると、くにから、もっと充分に送って來る事になっているのです?!?/p>

 ずっと後になってわかったのですが、事実は、そのようになっていたのでした。そうして、自分もその言いつけに従ったでしょう。それなのに、ヒラメのいやに用心深く持って廻った言い方のために、妙にこじれ、自分の生きて行く方向もまるで変ってしまったのです。

「真面目に私に相談を持ちかけてくれる気持が無ければ、仕様がないですが」

「どんな相談?」

 自分には、本當(dāng)に何も見當(dāng)がつかなかったのです。

「それは、あなたの胸にある事でしょう?」

「たとえば?」

「たとえばって、あなた自身、これからどうする気なんです」

「働いたほうが、いいんですか?」

「いや、あなたの気持は、いったいどうなんです」

「だって、學(xué)校へはいるといったって、……」

「そりゃ、お金が要ります。しかし、問題は、お金でない。あなたの気持です」

 お金は、くにから來る事になっているんだから、となぜ一こと、言わなかったのでしょう。その一言に依って、自分の気持も、きまった筈なのに、自分には、ただ五里霧中でした。

「どうですか? 何か、將來の希望、とでもいったものが、あるんですか? いったい、どうも、ひとをひとり世話しているというのは、どれだけむずかしいものだか、世話されているひとには、わかりますまい」

「すみません」

「そりゃ実に、心配なものです。私も、いったんあなたの世話を引受けた以上、あなたにも、生半可(なまはんか)な気持でいてもらいたくないのです。立派に更生の道をたどる、という覚悟のほどを見せてもらいたいのです。たとえば、あなたの將來の方針、それに就いてあなたのほうから私に、まじめに相談を持ちかけて來たなら、私もその相談には応ずるつもりでいます。それは、どうせこんな、貧乏なヒラメの援助なのですから、以前のようなぜいたくを望んだら、あてがはずれます。しかし、あなたの気持がしっかりしていて、將來の方針をはっきり打ち樹(た)て、そうして私に相談をしてくれたら、私は、たといわずかずつでも、あなたの更生のために、お手伝いしようとさえ思っているんです。わかりますか? 私の気持が。いったい、あなたは、これから、どうするつもりでいるのです」

「ここの二階に、置いてもらえなかったら、働いて、……」

「本気で、そんな事を言っているのですか? いまのこの世の中に、たとい帝國大學(xué)校を出たって、……」

「いいえ、サラリイマンになるんでは無いんです」

「それじゃ、何です」

「畫家です」

 思い切って、それを言いました。

「へええ?」

 自分は、その時の、頸(くび)をちぢめて笑ったヒラメの顔の、いかにもずるそうな影を忘れる事が出來ません。軽蔑の影にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その海の千尋(ちひろ)の深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奧底をチラと覗(のぞ)かせたような笑いでした。

 そんな事では話にも何もならぬ、ちっとも気持がしっかりしていない、考えなさい、今夜一晩まじめに考えてみなさい、と言われ、自分は追われるように二階に上って、寢ても、別に何の考えも浮びませんでした。そうして、あけがたになり、ヒラメの家から逃げました。

 夕方、間違いなく帰ります。左記の友人の許(もと)へ、將來の方針に就いて相談に行って來るのですから、御心配無く。ほんとうに。

 と、用箋に鉛筆で大きく書き、それから、淺草の堀木正雄の住所姓名を記して、こっそり、ヒラメの家を出ました。

 ヒラメに説教せられたのが、くやしくて逃げたわけではありませんでした。まさしく自分は、ヒラメの言うとおり、気持のしっかりしていない男で、將來の方針も何も自分にはまるで見當(dāng)がつかず、この上、ヒラメの家のやっかいになっているのは、ヒラメにも気の毒ですし、そのうちに、もし萬一、自分にも発奮の気持が起り、志を立てたところで、その更生資金をあの貧乏なヒラメから月々援助せられるのかと思うと、とても心苦しくて、いたたまらない気持になったからでした。

 しかし、自分は、所謂「將來の方針」を、堀木ごときに、相談に行こうなどと本気に思って、ヒラメの家を出たのでは無かったのでした。それは、ただ、わずかでも、つかのまでも、ヒラメに安心させて置きたくて、(その間に自分が、少しでも遠くへ逃げのびていたいという探偵小説的な策略から、そんな置手紙を書いた、というよりは、いや、そんな気持も幽(かす)かにあったに違いないのですが、それよりも、やはり自分は、いきなりヒラメにショックを與え、彼を混亂當(dāng)惑させてしまうのが、おそろしかったばかりに、とでも言ったほうが、いくらか正確かも知れません。どうせ、ばれるにきまっているのに、そのとおりに言うのが、おそろしくて、必ず何かしら飾りをつけるのが、自分の哀しい性癖の一つで、それは世間の人が「噓つき」と呼んで卑しめている性格に似ていながら、しかし、自分は自分に利益をもたらそうとしてその飾りつけを行った事はほとんど無く、ただ雰囲気(ふんいき)の興覚めた一変が、窒息するくらいにおそろしくて、後で自分に不利益になるという事がわかっていても、れいの自分の「必死の奉仕」それはたといゆがめられ微弱で、馬鹿らしいものであろうと、その奉仕の気持から、つい一言の飾りつけをしてしまうという場合が多かったような気もするのですが、しかし、この習(xí)性もまた、世間の所謂「正直者」たちから、大いに乗ぜられるところとなりました)その時、ふっと、記憶の底から浮んで來たままに堀木の住所と姓名を、用箋の端にしたためたまでの事だったのです。

 自分はヒラメの家を出て、新宿まで歩き、懐中の本を売り、そうして、やっぱり途方にくれてしまいました。自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往來などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於(お)いては欠けているところがあるようでした。(もっとも、自分は、世の中の人間にだって、果して、「愛」の能力があるのかどうか、たいへん疑問に思っています)そのような自分に、所謂「親友」など出來る筈は無く、そのうえ自分には、「訪問(ヴィジット)」の能力さえ無かったのです。他人の家の門は、自分にとって、あの神曲の地獄の門以上に薄気味わるく、その門の奧には、おそろしい竜みたいな生臭い奇獣がうごめいている気配を、誇張でなしに、実感せられていたのです。

 誰とも、附き合いが無い。どこへも、訪ねて行けない。

 堀木。

 それこそ、冗談から駒が出た形でした。あの置手紙に、書いたとおりに、自分は淺草の堀木をたずねて行く事にしたのです。自分はこれまで、自分のほうから堀木の家をたずねて行った事は、いちども無く、たいてい電報で堀木を自分のほうに呼び寄せていたのですが、いまはその電報料さえ心細(xì)く、それに落ちぶれた身のひがみから、電報を打っただけでは、堀木は、來てくれぬかも知れぬと考えて、何よりも自分に苦手の「訪問」を決意し、溜息(ためいき)をついて市電に乗り、自分にとって、この世の中でたった一つの頼みの綱は、あの堀木なのか、と思い知ったら、何か脊筋(せすじ)の寒くなるような凄(すさま)じい気配に襲われました。

 堀木は、在宅でした。汚い露路の奧の、二階家で、堀木は二階のたった一部屋の六畳を使い、下では、堀木の老父母と、それから若い職人と三人、下駄の鼻緒を縫ったり叩いたりして製造しているのでした。

 堀木は、その日、彼の都會人としての新しい一面を自分に見せてくれました。それは、俗にいうチャッカリ性でした。田舎者の自分が、愕然(がくぜん)と眼をみはったくらいの、冷たく、ずるいエゴイズムでした。自分のように、ただ、とめどなく流れるたちの男では無かったのです。

「お前には、全く呆(あき)れた。親爺さんから、お許しが出たかね。まだかい」

 逃げて來た、とは、言えませんでした。

 自分は、れいに依って、ごまかしました。いまに、すぐ、堀木に気附かれるに違いないのに、ごまかしました。

「それは、どうにかなるさ」

「おい、笑いごとじゃ無いぜ。忠告するけど、馬鹿もこのへんでやめるんだな。おれは、きょうは、用事があるんだがね。この頃、ばかにいそがしいんだ」

「用事って、どんな?」

「おい、おい、座蒲団の糸を切らないでくれよ」

 自分は話をしながら、自分の敷いている座蒲団の綴糸(とじいと)というのか、くくり紐(ひも)というのか、あの総(ふさ)のような四隅の糸の一つを無意識に指先でもてあそび、ぐいと引っぱったりなどしていたのでした。堀木は、堀木の家の品物なら、座蒲団の糸一本でも惜しいらしく、恥じる色も無く、それこそ、眼に角(かど)を立てて、自分をとがめるのでした??激à皮撙毪取④ツ兢?、これまで自分との附合いに於いて何一つ失ってはいなかったのです。

 堀木の老母が、おしるこを二つお盆に載せて持って來ました。

「あ、これは」

 と堀木は、しんからの孝行息子のように、老母に向って恐縮し、言葉づかいも不自然なくらい丁寧に、

「すみません、おしるこですか。豪気だなあ。こんな心配は、要らなかったんですよ。用事で、すぐ外出しなけれゃいけないんですから。いいえ、でも、せっかくの御自慢のおしるこを、もったいない。いただきます。お前も一つ、どうだい。おふくろが、わざわざ作ってくれたんだ。ああ、こいつあ、うめえや。豪気だなあ」

 と、まんざら芝居でも無いみたいに、ひどく喜び、おいしそうに食べるのです。自分もそれを啜(すす)りましたが、お湯のにおいがして、そうして、お餅をたべたら、それはお餅でなく、自分にはわからないものでした。決して、その貧しさを軽蔑したのではありません。(自分は、その時それを、不味(まず)いとは思いませんでしたし、また、老母の心づくしも身にしみました。自分には、貧しさへの恐怖感はあっても、軽蔑感は、無いつもりでいます)あのおしること、それから、そのおしるこを喜ぶ堀木に依って、自分は、都會人のつましい本性、また、內(nèi)と外をちゃんと區(qū)別していとなんでいる東京の人の家庭の実體を見せつけられ、內(nèi)も外も変りなく、ただのべつ幕無しに人間の生活から逃げ廻ってばかりいる薄馬鹿の自分ひとりだけ完全に取殘され、堀木にさえ見捨てられたような気配に、狼狽(ろうばい)し、おしるこのはげた塗箸(ぬりばし)をあつかいながら、たまらなく侘(わ)びしい思いをしたという事を、記して置きたいだけなのです。

「わるいけど、おれは、きょうは用事があるんでね」

 堀木は立って、上衣を著ながらそう言い、

「失敬するぜ、わるいけど」

 その時、堀木に女の訪問者があり、自分の身の上も急転しました。

 堀木は、にわかに活気づいて、

「や、すみません。いまね、あなたのほうへお伺いしようと思っていたのですがね、このひとが突然やって來て、いや、かまわないんです。さあ、どうぞ」

 よほど、あわてているらしく、自分が自分の敷いている座蒲団をはずして裏がえしにして差し出したのを引ったくって、また裏がえしにして、その女のひとにすすめました。部屋には、堀木の座蒲団の他には、客座蒲団がたった一枚しか無かったのです。

 女のひとは痩(や)せて、脊の高いひとでした。その座蒲団は傍にのけて、入口ちかくの片隅に坐りました。

 自分は、ぼんやり二人の會話を聞いていました。女は雑誌社のひとのようで、堀木にカットだか、何だかをかねて頼んでいたらしく、それを受取りに來たみたいな具合いでした。

「いそぎますので」

「出來ています。もうとっくに出來ています。これです、どうぞ」

 電報が來ました。

 堀木が、それを読み、上機嫌のその顔がみるみる険悪になり、

「ちぇっ! お前、こりゃ、どうしたんだい」

 ヒラメからの電報でした。

「とにかく、すぐに帰ってくれ。おれが、お前を送りとどけるといいんだろうが、おれにはいま、そんなひまは、無えや。家出していながら、その、のんきそうな面(つら)ったら」

「お宅は、どちらなのですか?」

「大久保です」

 ふいと答えてしまいました。

「そんなら、社の近くですから」

 女は、甲州の生れで二十八歳でした。五つになる女児と、高円寺のアパートに住んでいました。夫と死別して、三年になると言っていました。

「あなたは、ずいぶん苦労して育って來たみたいなひとね。よく気がきくわ??砂Г饯Δ恕?/p>

 はじめて、男めかけみたいな生活をしました。シヅ子(というのが、その女記者の名前でした)が新宿の雑誌社に勤めに出たあとは、自分とそれからシゲ子という五つの女児と二人、おとなしくお留守番という事になりました。それまでは、母の留守には、シゲ子はアパートの管理人の部屋で遊んでいたようでしたが、「気のきく」おじさんが遊び相手として現(xiàn)われたので、大いに御機嫌がいい様子でした。

 一週間ほど、ぼんやり、自分はそこにいました。アパートの窓のすぐ近くの電線に、奴凧(やっこだこ)が一つひっからまっていて、春のほこり風(fēng)に吹かれ、破られ、それでもなかなか、しつっこく電線にからみついて離れず、何やら首肯(うなず)いたりなんかしているので、自分はそれを見る度毎に苦笑し、赤面し、夢にさえ見て、うなされました。

「お金が、ほしいな」

「……いくら位?」

「たくさん。……金の切れ目が、縁の切れ目、って、本當(dāng)の事だよ」

「ばからしい。そんな、古くさい、……」

「そう? しかし、君には、わからないんだ。このままでは、僕は、逃げる事になるかも知れない」

「いったい、どっちが貧乏なのよ。そうして、どっちが逃げるのよ。へんねえ」

「自分でかせいで、そのお金で、お酒、いや、煙草を買いたい。絵だって僕は、堀木なんかより、ずっと上手なつもりなんだ」

 このような時、自分の脳裡におのずから浮びあがって來るものは、あの中學(xué)時代に畫いた竹一の所謂「お化け」の、數(shù)枚の自畫像でした。失われた傑作。それは、たびたびの引越しの間に、失われてしまっていたのですが、あれだけは、たしかに優(yōu)れている絵だったような気がするのです。その後、さまざま畫いてみても、その思い出の中の逸品には、遠く遠く及ばず、自分はいつも、胸がからっぽになるような、だるい喪失感になやまされ続けて來たのでした。

 飲み殘した一杯のアブサン。

 自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形容していました。絵の話が出ると、自分の眼前に、その飲み殘した一杯のアブサンがちらついて來て、ああ、あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の畫才を信じさせたい、という焦燥(しょうそう)にもだえるのでした。

「ふふ、どうだか。あなたは、まじめな顔をして冗談を言うから可愛い」

 冗談ではないのだ、本當(dāng)なんだ、ああ、あの絵を見せてやりたい、と空転の煩悶(はんもん)をして、ふいと気をかえ、あきらめて、

「漫畫さ。すくなくとも、漫畫なら、堀木よりは、うまいつもりだ」

 その、ごまかしの道化の言葉のほうが、かえってまじめに信ぜられました。

「そうね。私も、実は感心していたの。シゲ子にいつもかいてやっている漫畫、つい私まで噴き出してしまう。やってみたら、どう? 私の社の編輯長(へんしゅうちょう)に、たのんでみてあげてもいいわ」

 その社では、子供相手のあまり名前を知られていない月刊の雑誌を発行していたのでした。

 ……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる?!い膜狻ⅳ嗓嗓筏皮い?、それでいて、滑稽家なんだもの?!瓡rたま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。

 シヅ子に、そのほかさまざまの事を言われて、おだてられても、それが即(すなわ)ち男めかけのけがらわしい特質(zhì)なのだ、と思えば、それこそいよいよ「沈む」ばかりで、一向に元気が出ず、女よりは金、とにかくシヅ子からのがれて自活したいとひそかに念じ、工夫しているものの、かえってだんだんシヅ子にたよらなければならぬ破目になって、家出の後仕末やら何やら、ほとんど全部、この男まさりの甲州女の世話を受け、いっそう自分は、シヅ子に対し、所謂「おどおど」しなければならぬ結(jié)果になったのでした。

 シヅ子の取計らいで、ヒラメ、堀木、それにシヅ子、三人の會談が成立して、自分は、故郷から全く絶縁せられ、そうしてシヅ子と「天下晴れて」同棲(どうせい)という事になり、これまた、シヅ子の奔走のおかげで自分の漫畫も案外お金になって、自分はそのお金で、お酒も、煙草も買いましたが、自分の心細(xì)さ、うっとうしさは、いよいよつのるばかりなのでした。それこそ「沈み」に「沈み」切って、シヅ子の雑誌の毎月の連載漫畫「キンタさんとオタさんの冒険」を畫いていると、ふいと故郷の家が思い出され、あまりの侘びしさに、ペンが動かなくなり、うつむいて涙をこぼした事もありました。

 そういう時の自分にとって、幽かな救いは、シゲ子でした。シゲ子は、その頃になって自分の事を、何もこだわらずに「お父ちゃん」と呼んでいました。

「お父ちゃん。お祈りをすると、神様が、何でも下さるって、ほんとう?」

 自分こそ、そのお祈りをしたいと思いました。

 ああ、われに冷き意志を與え給え。われに、「人間」の本質(zhì)を知らしめ給え。人が人を押しのけても、罪ならずや。われに、怒りのマスクを與え給え。

「うん、そう。シゲちゃんには何でも下さるだろうけれども、お父ちゃんには、駄目かも知れない」

 自分は神にさえ、おびえていました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているのでした。信仰。それは、ただ神の笞(むち)を受けるために、うなだれて審判の臺に向う事のような気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天國の存在は、どうしても信ぜられなかったのです。

「どうして、ダメなの?」

「親の言いつけに、そむいたから」

「そう? お父ちゃんはとてもいいひとだって、みんな言うけどな」

 それは、だましているからだ、このアパートの人たち皆に、自分が好意を示されているのは、自分も知っている、しかし、自分は、どれほど皆を恐怖しているか、恐怖すればするほど好かれ、そうして、こちらは好かれると好かれるほど恐怖し、皆から離れて行かねばならぬ、この不幸な病癖を、シゲ子に説明して聞かせるのは、至難の事でした。

「シゲちゃんは、いったい、神様に何をおねだりしたいの?」

 自分は、何気無さそうに話頭を転じました。

「シゲ子はね、シゲ子の本當(dāng)のお父ちゃんがほしいの」

 ぎょっとして、くらくら目まいしました。敵。自分がシゲ子の敵なのか、シゲ子が自分の敵なのか、とにかく、ここにも自分をおびやかすおそろしい大人がいたのだ、他人、不可解な他人、秘密だらけの他人、シゲ子の顔が、にわかにそのように見えて來ました。

 シゲ子だけは、と思っていたのに、やはり、この者も、あの「不意に虻(あぶ)を叩き殺す牛のしっぽ」を持っていたのでした。自分は、それ以來、シゲ子にさえおどおどしなければならなくなりました。

「色魔(しきま)! いるかい?」

 堀木が、また自分のところへたずねて來るようになっていたのです。あの家出の日に、あれほど自分を淋しくさせた男なのに、それでも自分は拒否できず、幽かに笑って迎えるのでした。

「お前の漫畫は、なかなか人気が出ているそうじゃないか。アマチュアには、こわいもの知らずの糞度胸(くそどきょう)があるからかなわねえ。しかし、油斷するなよ。デッサンが、ちっともなってやしないんだから」

 お師匠みたいな態(tài)度をさえ示すのです。自分のあの「お化け」の絵を、こいつに見せたら、どんな顔をするだろう、とれいの空転の身悶(みもだ)えをしながら、

「それを言ってくれるな。ぎゃっという悲鳴が出る」

 堀木は、いよいよ得意そうに、

「世渡りの才能だけでは、いつかは、ボロが出るからな」

 世渡りの才能?!苑证摔稀ⅳ郅螭趣Δ丝嘈Δ嗡悉ⅳ辘蓼护螭扦筏?。自分に、世渡りの才能! しかし、自分のように人間をおそれ、避け、ごまかしているのは、れいの俗諺(ぞくげん)の「さわらぬ神にたたりなし」とかいう憐悧(れいり)狡猾(こうかつ)の処生訓(xùn)を遵奉しているのと、同じ形だ、という事になるのでしょうか。ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、まるっきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、それに気附かず、相手が死ねば、泣いて弔詞なんかを読んでいるのではないでしょうか。

 堀木は、何せ、(それはシヅ子に押してたのまれてしぶしぶ引受けたに違いないのですが)自分の家出の後仕末に立ち合ったひとなので、まるでもう、自分の更生の大恩人か、月下氷人のように振舞い、もっともらしい顔をして自分にお説教めいた事を言ったり、また、深夜、酔っぱらって訪問して泊ったり、また、五円(きまって五円でした)借りて行ったりするのでした。

「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな」

 世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複數(shù)でしょうか。どこに、その世間というものの実體があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて來たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、

「世間というのは、君じゃないか」

 という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。

(それは世間が、ゆるさない)

(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

(世間じゃない。あなたでしょう?)

(いまに世間から葬られる)

(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

 汝(なんじ)は、汝個人のおそろしさ、怪奇、悪辣(あくらつ)、古貍(ふるだぬき)性、妖婆(ようば)性を知れ! などと、さまざまの言葉が胸中に去來したのですが、自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて、

「冷汗(ひやあせ)、冷汗」

 と言って笑っただけでした。

 けれども、その時以來、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。

 そうして、世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから、自分は、いままでよりは多少、自分の意志で動く事が出來るようになりました。シヅ子の言葉を借りて言えば、自分は少しわがままになり、おどおどしなくなりました。また、堀木の言葉を借りて言えば、へんにケチになりました。また、シゲ子の言葉を借りて言えば、あまりシゲ子を可愛がらなくなりました。

 無口で、笑わず、毎日々々、シゲ子のおもりをしながら、「キンタさんとオタさんの冒険」やら、またノンキなトウサンの歴然たる亜流の「ノンキ和尚(おしょう)」やら、また、「セッカチピンチャン」という自分ながらわけのわからぬヤケクソの題の連載漫畫やらを、各社の御注文(ぽつりぽつり、シヅ子の社の他からも注文が來るようになっていましたが、すべてそれは、シヅ子の社よりも、もっと下品な謂わば三流出版社からの注文ばかりでした)に応じ、実に実に陰鬱な気持で、のろのろと、(自分の畫の運筆は、非常におそいほうでした)いまはただ、酒代がほしいばかりに畫いて、そうして、シヅ子が社から帰るとそれと交代にぷいと外へ出て、高円寺の駅近くの屋臺やスタンド?バアで安くて強い酒を飲み、少し陽気になってアパートへ帰り、

「見れば見るほど、へんな顔をしているねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の寢顔からヒントを得たのだ」

「あなたの寢顔だって、ずいぶんお老けになりましてよ。四十男みたい」

「お前のせいだ。吸い取られたんだ。水の流れと、人の身はあサ。何をくよくよ川端やなあぎいサ」

「騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?」

 落ちついていて、まるで相手にしません。

「酒なら飲むがね。水の流れと、人の身はあサ。人の流れと、いや、水の流れえと、水の身はあサ」

 唄いながら、シヅ子に衣服をぬがせられ、シヅ子の胸に自分の額を押しつけて眠ってしまう、それが自分の日常でした。

してその翌日(あくるひ)も同じ事を繰返して、

昨日(きのう)に異(かわ)らぬ慣例(しきたり)に従えばよい。

即ち荒っぽい大きな歓楽(よろこび)を避(よ)けてさえいれば、

自然また大きな悲哀(かなしみ)もやって來(こ)ないのだ。

ゆくてを塞(ふさ)ぐ邪魔な石を

蟾蜍(ひきがえる)は廻って通る。

?

 上田敏訳のギイ?シャルル?クロオとかいうひとの、こんな詩句を見つけた時、自分はひとりで顔を燃えるくらいに赤くしました。

 蟾蜍。

(それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬むるも、葬むらぬもない。自分は、犬よりも貓よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)

 自分の飲酒は、次第に量がふえて來ました。高円寺駅附近だけでなく、新宿、銀座のほうにまで出かけて飲み、外泊する事さえあり、ただもう「慣例(しきたり)」に従わぬよう、バアで無頼漢の振りをしたり、片端からキスしたり、つまり、また、あの情死以前の、いや、あの頃よりさらに荒(すさ)んで野卑な酒飲みになり、金に窮して、シヅ子の衣類を持ち出すほどになりました。

 ここへ來て、あの破れた奴凧に苦笑してから一年以上経って、葉桜の頃、自分は、またもシヅ子の帯やら襦袢(じゅばん)やらをこっそり持ち出して質(zhì)屋に行き、お金を作って銀座で飲み、二晩つづけて外泊して、三日目の晩、さすがに具合い悪い思いで、無意識に足音をしのばせて、アパートのシヅ子の部屋の前まで來ると、中から、シヅ子とシゲ子の會話が聞えます。

「なぜ、お酒を飲むの?」

「お父ちゃんはね、お酒を好きで飲んでいるのでは、ないんですよ。あんまりいいひとだから、だから、……」

「いいひとは、お酒を飲むの?」

「そうでもないけど、……」

「お父ちゃんは、きっと、びっくりするわね」

「おきらいかも知れない。ほら、ほら、箱から飛び出した」

「セッカチピンチャンみたいね」

「そうねえ」

 シヅ子の、しんから幸福そうな低い笑い聲が聞えました。

 自分が、ドアを細(xì)くあけて中をのぞいて見ますと、白兎の子でした。ぴょんぴょん部屋中を、はね廻り、親子はそれを追っていました。

(幸福なんだ、この人たちは。自分という馬鹿者が、この二人のあいだにはいって、いまに二人を滅茶苦茶にするのだ。つつましい幸福。いい親子。幸福を、ああ、もし神様が、自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、生涯にいちどだけでいい、祈る)

 自分は、そこにうずくまって合掌したい気持でした。そっと、ドアを閉め、自分は、また銀座に行き、それっきり、そのアパートには帰りませんでした。

 そうして、京橋のすぐ近くのスタンド?バアの二階に自分は、またも男めかけの形で、寢そべる事になりました。

 世間。どうやら自分にも、それがぼんやりわかりかけて來たような気がしていました。個人と個人の爭いで、しかも、その場の爭いで、しかも、その場で勝てばいいのだ、人間は決して人間に服従しない、奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ、だから、人間にはその場の一本勝負(fù)にたよる他、生き伸びる工夫がつかぬのだ、大義名分らしいものを稱(とな)えていながら、努力の目標(biāo)は必ず個人、個人を乗り越えてまた個人、世間の難解は、個人の難解、大洋(オーシャン)は世間でなくて、個人なのだ、と世の中という大海の幻影におびえる事から、多少解放せられて、以前ほど、あれこれと際限の無い心遣いする事なく、謂わば差し當(dāng)っての必要に応じて、いくぶん図々しく振舞う事を覚えて來たのです。

 高円寺のアパートを捨て、京橋のスタンド?バアのマダムに、

「わかれて來た」

 それだけ言って、それで充分、つまり一本勝負(fù)はきまって、その夜から、自分は亂暴にもそこの二階に泊り込む事になったのですが、しかし、おそろしい筈の「世間」は、自分に何の危害も加えませんでしたし、また自分も「世間」に対して何の弁明もしませんでした。マダムが、その気だったら、それですべてがいいのでした。

 自分は、その店のお客のようでもあり、亭主のようでもあり、走り使いのようでもあり、親戚の者のようでもあり、はたから見て甚(はなは)だ得態(tài)(えたい)の知れない存在だった筈なのに、「世間」は少しもあやしまず、そうしてその店の常連たちも、自分を、葉ちゃん、葉ちゃんと呼んで、ひどく優(yōu)しく扱い、そうしてお酒を飲ませてくれるのでした。

 自分は世の中に対して、次第に用心しなくなりました。世の中というところは、そんなに、おそろしいところでは無い、と思うようになりました。つまり、これまでの自分の恐怖感は、春の風(fēng)には百日咳(ひゃくにちぜき)の黴菌(ばいきん)が何十萬、銭湯には、目のつぶれる黴菌が何十萬、床屋には禿頭(とくとう)病の黴菌が何十萬、省線の吊皮(つりかわ)には疥癬(かいせん)の蟲がうようよ、または、おさしみ、牛豚肉の生焼けには、さなだ蟲の幼蟲やら、ジストマやら、何やらの卵などが必ずひそんでいて、また、はだしで歩くと足の裏からガラスの小さい破片がはいって、その破片が體內(nèi)を駈けめぐり眼玉を突いて失明させる事もあるとかいう謂わば「科學(xué)の迷信」におびやかされていたようなものなのでした。それは、たしかに何十萬もの黴菌の浮び泳ぎうごめいているのは、「科學(xué)的」にも、正確な事でしょう。と同時に、その存在を完全に黙殺さえすれば、それは自分とみじんのつながりも無くなってたちまち消え失せる「科學(xué)の幽霊」に過ぎないのだという事をも、自分は知るようになったのです。お弁當(dāng)箱に食べ殘しのごはん三粒、千萬人が一日に三粒ずつ食べ殘しても既にそれは、米何俵をむだに捨てた事になる、とか、或いは、一日に鼻紙一枚の節(jié)約を千萬人が行うならば、どれだけのパルプが浮くか、などという「科學(xué)的統(tǒng)計」に、自分は、どれだけおびやかされ、ごはんを一粒でも食べ殘す度毎に、また鼻をかむ度毎に、山ほどの米、山ほどのパルプを空費するような錯覚に悩み、自分がいま重大な罪を犯しているみたいな暗い気持になったものですが、しかし、それこそ「科學(xué)の噓」「統(tǒng)計の噓」「數(shù)學(xué)の噓」で、三粒のごはんは集められるものでなく、掛算割算の応用問題としても、まことに原始的で低能なテーマで、電気のついてない暗いお便所の、あの穴に人は何度にいちど片腳を踏みはずして落下させるか、または、省線電車の出入口と、プラットホームの縁(へり)とのあの隙間に、乗客の何人中の何人が足を落とし込むか、そんなプロバビリティを計算するのと同じ程度にばからしく、それは如何(いか)にも有り得る事のようでもありながら、お便所の穴をまたぎそこねて怪我をしたという例は、少しも聞かないし、そんな仮説を「科學(xué)的事実」として教え込まれ、それを全く現(xiàn)実として受取り、恐怖していた昨日までの自分をいとおしく思い、笑いたく思ったくらいに、自分は、世の中というものの実體を少しずつ知って來たというわけなのでした。

 そうは言っても、やはり人間というものが、まだまだ、自分にはおそろしく、店のお客と逢うのにも、お酒をコップで一杯ぐいと飲んでからでなければいけませんでした。こわいもの見たさ。自分は、毎晩、それでもお店に出て、子供が、実は少しこわがっている小動物などを、かえって強くぎゅっと握ってしまうみたいに、店のお客に向って酔ってつたない蕓術(shù)論を吹きかけるようにさえなりました。

 漫畫家。ああ、しかし、自分は、大きな歓楽(よろこび)も、また、大きな悲哀(かなしみ)もない無名の漫畫家。いかに大きな悲哀(かなしみ)があとでやって來てもいい、荒っぽい大きな歓楽(よろこび)が欲しいと內(nèi)心あせってはいても、自分の現(xiàn)在のよろこびたるや、お客とむだ事を言い合い、お客の酒を飲む事だけでした。

 京橋へ來て、こういうくだらない生活を既に一年ちかく続け、自分の漫畫も、子供相手の雑誌だけでなく、駅売りの粗悪で卑猥(ひわい)な雑誌などにも載るようになり、自分は、上司幾太(情死、生きた)という、ふざけ切った匿名で、汚いはだかの絵など畫き、それにたいていルバイヤットの詩句を插入(そうにゅう)しました。


無駄な御祈りなんか止(よ)せったら

涙を誘うものなんか かなぐりすてろ

まア一杯いこう 好いことばかり思出して

よけいな心づかいなんか忘れっちまいな

?

不安や恐怖もて人を脅やかす奴輩(やから)は

自(みずから)の作りし大それた罪に怯(おび)え

死にしものの復(fù)讐(ふくしゅう)に備えんと

自(みずから)の頭にたえず計いを為(な)す

?

よべ 酒充ちて我ハートは喜びに充ち

けさ さめて只(ただ)に荒涼

いぶかし 一夜(ひとよ)さの中

様変りたる此(この)気分よ

?

祟(たた)りなんて思うこと止(や)めてくれ

遠くから響く太鼓のように

何がなしそいつは不安だ

屁(へ)ひったこと迄(まで)一々罪に勘定されたら助からんわい

?

正義は人生の指針たりとや?

さらば血に塗られたる戦場に

暗殺者の切尖(きっさき)に

何の正義か宿れるや?

?

いずこに指導(dǎo)原理ありや?

いかなる?yún)敝?えいち)の光ありや?

美(うる)わしくも怖(おそろ)しきは浮世なれ

かよわき人の子は背負(fù)切れぬ荷をば負(fù)わされ

?

どうにもできない情慾の種子を植えつけられた許(ばか)りに

善だ悪だ罪だ罰だと呪(のろ)わるるばかり

どうにもできない只まごつくばかり

抑え摧(くだ)く力も意志も授けられぬ許りに

?

どこをどう彷徨(うろつき)まわってたんだい

ナニ批判 検討 再認(rèn)識?

ヘッ 空(むな)しき夢を ありもしない幻を

エヘッ 酒を忘れたんで みんな虛仮(こけ)の思案さ

?

どうだ 此涯(はて)もない大空を御覧よ

此中にポッチリ浮んだ點じゃい

此地球が何んで自転するのか分るもんか

自転 公転 反転も勝手ですわい

?

至る処(ところ)に 至高の力を感じ

あらゆる國にあらゆる民族に

同一の人間性を発見する

我は異端者なりとかや

?

みんな聖経をよみ違えてんのよ

でなきゃ常識も智慧(ちえ)もないのよ

生身(いきみ)の喜びを禁じたり 酒を止めたり

いいわ ムスタッファ わたしそんなの 大嫌い

?

 けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。

「いけないわ、毎日、お晝から、酔っていらっしゃる」

 バアの向いの、小さい煙草屋の十七、八の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。

「なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪を消せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハートに希望を持ち來すは、ただ微醺(びくん)をもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい」

「わからない」

「この野郎。キスしてやるぞ」

「してよ」

 ちっとも悪びれず下唇を突き出すのです。

「馬鹿野郎。貞操観念、……」

 しかし、ヨシちゃんの表情には、あきらかに誰にも汚されていない処女のにおいがしていました。

 としが明けて厳寒の夜、自分は酔って煙草を買いに出て、その煙草屋の前のマンホールに落ちて、ヨシちゃん、たすけてくれえ、と叫び、ヨシちゃんに引き上げられ、右腕の傷の手當(dāng)を、ヨシちゃんにしてもらい、その時ヨシちゃんは、しみじみ、

「飲みすぎますわよ」

 と笑わずに言いました。

 自分は死ぬのは平気なんだけど、怪我をして出血してそうして不具者などになるのは、まっぴらごめんのほうですので、ヨシちゃんに腕の傷の手當(dāng)をしてもらいながら、酒も、もういい加減によそうかしら、と思ったのです。

「やめる。あしたから、一滴も飲まない」

「ほんとう?」

「きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、僕のお嫁になってくれるかい?」

 しかし、お嫁の件は冗談でした。

「モチよ」

 モチとは、「勿論」の略語でした。モボだの、モガだの、その頃いろんな略語がはやっていました。

「ようし。ゲンマンしよう。きっとやめる」

 そうして翌(あく)る日、自分は、やはり晝から飲みました。

 夕方、ふらふら外へ出て、ヨシちゃんの店の前に立ち、

「ヨシちゃん、ごめんね。飲んじゃった」

「あら、いやだ。酔った振りなんかして」

 ハッとしました。酔いもさめた気持でした。

「いや、本當(dāng)なんだ。本當(dāng)に飲んだのだよ。酔った振りなんかしてるんじゃない」

「からかわないでよ。ひとがわるい」

 てんで疑おうとしないのです。

「見ればわかりそうなものだ。きょうも、お晝から飲んだのだ。ゆるしてね」

「お芝居が、うまいのねえ」

「芝居じゃあないよ、馬鹿野郎。キスしてやるぞ」

「してよ」

「いや、僕には資格が無い。お嫁にもらうのもあきらめなくちゃならん。顔を見なさい、赤いだろう? 飲んだのだよ」

「それあ、夕陽が當(dāng)っているからよ。かつごうたって、だめよ。きのう約束したんですもの。飲む筈が無いじゃないの。ゲンマンしたんですもの。飲んだなんて、ウソ、ウソ、ウソ」

 薄暗い店の中に坐って微笑しているヨシちゃんの白い顔、ああ、よごれを知らぬヴァジニティは尊いものだ、自分は今まで、自分よりも若い処女と寢た事がない、結(jié)婚しよう、どんな大きな悲哀(かなしみ)がそのために後からやって來てもよい、荒っぽいほどの大きな歓楽(よろこび)を、生涯にいちどでいい、処女性の美しさとは、それは馬鹿な詩人の甘い感傷の幻に過ぎぬと思っていたけれども、やはりこの世の中に生きて在るものだ、結(jié)婚して春になったら二人で自転車で青葉の滝を見に行こう、と、その場で決意し、所謂「一本勝負(fù)」で、その花を盜むのにためらう事をしませんでした。

 そうして自分たちは、やがて結(jié)婚して、それに依って得た歓楽(よろこび)は、必ずしも大きくはありませんでしたが、その後に來た悲哀(かなしみ)は、凄慘(せいさん)と言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやって來ました。自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそろしいところでした。決して、そんな一本勝負(fù)などで、何から何まできまってしまうような、なまやさしいところでも無かったのでした。

【青空文庫】太宰治 人間失格?第三の手記(一)的評論 (共 條)

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