未練放棄記
私はわが國(中國)に、一度、「奴隷」になったことがある。あのときはまさにコロナ禍の最中だった。私は受験するために北京大學(xué)に行き、そしてキャンパスに入り、フェンスで囲まれた通路を他の受験生と列に並んで通り、教室へ向かった。たとえ中國を離れても、あの場(chǎng)面はときどき目の前に浮かぶのだ。そればかりでなく、やむことなく本來の記憶の中に奴隷に関する要素を付け加えたこともある。例えば、私はなんとなく、あのときに列に並んだ受験生同士の足に、実は足枷がかけてあったと思う。よって、日本に対して、より一層未練が増えて、なかなかまもなく帰國する事実を受け入れられなかった。 そして転機(jī)がきた。何日か前に、家族の、日本に滯在している知人が招待してくれた。この知人はまず私が住んでいた寮の庭の入り口を車で塞いで、そして車のトランクを開けて、巨大なダンボールの箱を私に2つ渡した。私はもちろん拒否できなかった。ばたばたとその箱いっぱいのお菓子と綾鷹
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を部屋へ運(yùn)んで、庭にもどってから、彼はまた私を食事に招待しようと言った。私はふたたび、拒否できなくなった。左側(cè)から車に入ると、突然後ろから一斉に「こんにちは」という聲が出た。後ろを向いて、幼い娘がふたり座っていたと発見した。たぶんこの知人は彼女たちのおとうさんだと推測(cè)した。 彼は車を運(yùn)転して、とある居酒屋に私たちを?qū)Гい?。私と彼は同じ?jìng)?cè)で著席し、幼い娘たちは向こうに著席した。さすがに私を招待するので、彼は私に注文させた。私は依然として拒否できなかった。メニューを開けてから、ぱっと、馬刺しという料理の名前が現(xiàn)れた。私は寄生蟲を恐れるので、いつも哺乳類のお刺身を敬遠(yuǎn)していたのに、あのときに絆されたかのごとく、やめられずに馬刺しを注文してしまった。そして、馬刺しをお箸で挾んで、生の黃身に漬けて、おそるおそる口に入れた。「やっと日本にきたから、味わったことのない食べ物を食べなくちゃ」と思いながら咀嚼し、食べ物が喉をとおりすぎたとたんにすぐ「寄生蟲などないね」と彼に尋ねた。彼はバカを見ているかのような目つきで私を見て、「熟成したので大丈夫だ」と、軽蔑そうに答えた。 すると、彼はぺらぺらと喋り始めた。彼の職業(yè)は観光案內(nèi)係みたいなので、しゃべった?jī)?nèi)容はほぼ観光に関係していた。中國語を話していたが、知らない日本の地名がたくさん言及されたので、私はようやく興味を失い、対面の幼い娘たちを見つめて始めた。彼女たちの顔はとても日本人らしかった。細(xì)い目、八の字の眉、まろやかな頬、すべて日本人の特徴だ。ではおかあさんはきっと日本人に違いない。 私はいくら興味がなくても、彼の話を聞くことを拒否できなかったゆえ、興味を持つふりをして、彼に応えた。しかしその後、話は思いもよらないほど、彼の家庭に移った。マカオに行った妻と離婚してから、ひとりでふたりの娘を育てると、彼はなにも保留せずに私に伝えた。 「では、おかあさんは中國人?」 「はい」 私はおどろいてたまらなかった。あの幼い娘たちは日本人と全然血縁を結(jié)ばない人だ。が、日本での生活によって、彼女たちは遺伝子の限界さえ、手軽に超えた。ほら、彼女たちは酒蒸しあさりを食べているのだ。アサリを椀から拾って、口で肉を吸い出して、殻を捨てて、そして以上を何遍も繰り返して、あっという間に完食した。ぎこちない私ならば、決して、永遠(yuǎn)に、そのような食べ方を?qū)Wべない! 彼は私を寮まで送ろうとした。私は拒否できなかった。彼はまたぺらぺらしゃべっていた。私は拒否できなかったが、ずっとずっと考え続けていた。私は確かに、代償を気にせずに彼が言い及んだすべての場(chǎng)所を見に行くことができる。が、いくらこのような観光をしても、外來者という身分を免れない。半年の交換留學(xué)は語學(xué)力のギャップを埋められるかもしれないが、何年かにわたって積み重ねて形成した身振りと考え方は、決していきなり習(xí)得できるものではない。たとえ山手線のプラットホームから軌道に飛び降りて
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、列車にひかれて、自分の死體を東京の土地に塗ってもらうとしても、死ぬまで外來者のままだ。 「おい、あなた、富士山を登るのはどうだろう?」彼は、私が応える必要のある話をした?!纲寥摔皇可饯虻扦毪长趣稀长郡沥f里の長城を登ることに等しい」 富士山は自然の贈(zèng)り物で、萬里の長城は奴隷が築いたもので、両者は違うのだ。両者は違うと思うが、「はい」と答えた。私はまもなく「奴隷」に改めてなるはずだ。それにしても、自分が屬さぬ土地に未練を抱くのはさらなる恥に違いない。気がつけば、私はもはやこんなに無情な覚悟を決めた。 私は拒否しないままその知人と別れた。そして帰國直前に殘されたお菓子と綾鷹を、牛乳を川に流した資本家のごとく、日本に対する未練とともに、捨ててしまった。 2023年8月1日 ホンコンにて 風(fēng)鈴語殤 作 注: 綾鷹は緑茶飲料の名前である。
映畫『言の葉の庭』には、男主人公が女主人公をからかうために、わざと「山手線のホームから落ちた」という噓をついた。