戀の賞味期限
優(yōu)しく吹き渡るそよ風(fēng)に街路樹がさざめきながら、落ち葉をチラホラと舞い散らせる。日暮れ時の町が夕焼けに染まりつつあり、僅かに寂しさを漂わせる。見上げたオレンジ色の空が目に映ると、幾らか切なく感じ取れた。
花が散り、実が生る。それは、少し淋しく思いながらも、どこか幸せが感じられる季節(jié)。
秋立つ日詠める読書の秋。天高く馬肥ゆる食欲の秋。そして…
想いが実る、戀の秋。
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住み慣れた町、見慣れた景色、そして繰り返されてきた毎日。このまま平和に過ごしていくのもいいんじゃないかな、といつも思っている彼の平穏な生活に漣を立たせたのは、公園の中の楓にもたれ掛かりながら空を見上げていた彼女の面影だった。
長い黒髪が風(fēng)に揺らぎ、何かを願っているように遠(yuǎn)い空を見つめていた。つい見とれていたら、彼女がこちらに気づき振り向いてきて、微笑みを見せてくれた。顔を赤くしてすぐその場から逃げ出した自分が情けないと思っている彼だが、その心のどこかに、あの子のことをもっと知りたいという気持ちの種は、そっと蒔かれていた。
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あの子は隣のクラスの子。クラスは別だからあまり話したことはないが、前の學(xué)年イベントで運良く彼女と同じグループに入っていた。挨拶程度の言葉しか交わしていなかったが、幸い、帰りは同じ方向なので、部活で遅くなる時以外は見かけることがよくある。彼女はいつも友達(dá)と二、三人で帰るが、公園前の十字路で友達(dá)と別れ、一人で公園を抜けて家へ向かう。
今日もまた放課後、同じ帰り道を歩くだろう。そう思うと、いつも後ろから見つめることしかできないあの後ろ姿が、やけに戀しく浮かんでくる。
待ち遠(yuǎn)しい時間、待ち遠(yuǎn)しい坂道、そして、待ち遠(yuǎn)しい彼女の面影。ほんの少しの間でも、彼女の笑顔が見られればいいのだ。彼女が毎日元気で楽しく過ごしているのを見守ってあげられればいいのだ。僕は、このままでいいのだと、彼は必死に頭の中で自分にそう言い聞かせていた。
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でも……
忘れられない。初めて出會った時の、彼女の笑顔。あの時、彼女はなんで一人で空を見つめていたのだろう、何を思っていたのだろう。そして、笑ってくれたのに、なんで僕は、その笑顔から寂しさを感じ取れたのだろう。
このままでいいわけがない。やっぱり気になる。あの子のことを知りたい、あの笑顔に潛んだ寂しさを追い払ってあげたい。話しかけなきゃと、彼は決めた。
?
麗しき姿が目に映ると心の鼓動がおさまらない。動き出さなきゃと思う彼だが、きっかけに悩んでしまう。躊躇っている中、女の子たちの聲が耳に入ってきた。
「あのクッキーはね、ほんと美味しかったの」
「そっかー、でもあたし、やっぱケーキがいいなぁ」
「またケーキか」
「またって何よ、だって美味しいもん。ねぇ、この前コンテストでS賞を取ったケーキって知ってる?世界中に一つしかない珍品だよ。あれが食べれたらなぁ、なんてね」
「はいはい、ほかの甘いものには興味ないのになんでケーキだけ?理解不能ぉ。そしてお嬢様ごっこやめてぇ。」
「うう、もう、いじわるぅ!」
……
S賞を取った、ケーキ……ちょっと待って、あれって確か……
?ぼんやりとしたイメージしか浮かんでこないが、それでもやるしかないと彼は決意した。
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翌日、午後一限目の授業(yè)を丸ごと犠牲にして、學(xué)校の近くにある本屋で買ったデザート雑誌を見通したが、なんの成果も得られなかった。確かについ前のコンテストだからまだ雑誌に載ってはいるが、コンテストの詳細(xì)と評価ばかりで、さすがに作り方を教えてくれるわけがない。
これじゃ何もできないじゃんとこっそり呟いて途方に暮れた時に、隣さんに聲をかけられた。
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「そのケーキのレシピ、教えてやろうか」
?
隣席の元気な男の子だ。席の交換で知り合ったばかりだけど、いつも明るく話しかけてくれる。男の子はパティシエを目指しているらしく、ケーキとかについてとても詳しい?,F(xiàn)にこの雑誌に載っているS賞を取ったケーキはまさにこの人の傑作であった。
ではなぜそんな大事なレシピを易々と教えてくれるのかといえば、男の子曰く、
「俺が欲しかったのはS賞なんかじゃないし、しかもあれは未完成品だし」だそうである。
何かカッコつけてるみたいだけれど、せっかく優(yōu)しく教えてくれるのであれば、その好意に甘えようと、彼も素直にお禮を言って受け取ったのだ。
今日は、あの子が部活で帰るのは大體二時間くらい遅れるから、テキパキすればきっと間に合うはず。彼はそう思いながら、授業(yè)が終わった途端、教室を抜け出し家へ駆けていった。
何度も練習(xí)しただけあって、やや一時間過ぎで出來上がったケーキを事前に用意したギフト箱に入れ、ラッピングしてから家を駆け出した。
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夕陽に染まる公園の中、彼は、彼女が寄りかかっていた楓の後ろに身を隠した。
大丈夫、きっと上手くいくからと、何度も自分に言い聞かせ、亂れている呼吸を落ち著かせようとするその時、公園の柵のむこうからの足音に気づきそちらを向くと、目に映ってくる愛おしい姿が、彼をさらにドキドキさせてしまう。
彼女が近づけば近づくほど、彼の心拍數(shù)が上がっていく。楓の後ろから出て姿を見せてしまったら、もう後戻りはできない。もし斷られたらなんて、そんなことをやる前に考えてどうする!
?
「あ、あの」
勇気を絞って彼女を呼び止めたが、視線が合った瞬間に頭が真っ白になって、考えた言葉が一瞬空の彼方の星屑へと変わっていってしまう。
「え、えと、あの、ぼ、僕はその……」
しまった!どうしよう!と、あまりの緊張でどもってしまい慌てふためいている彼に、ちょっとした驚きをおさめた彼女は優(yōu)しい微笑みを見せてくれた。
「えーと、隣のクラスのひとだよね」
「えっ?なんで僕のことを?」
「だって、帰りは同じ方向でよく見かけるし、前のイベントも同じグループだったでしょう」
「ああ、覚えてくれたんだぁ」
憧れの女神が自分のことを覚えてくれた喜びに涙が溢れそうになるような表情を目の前にして、彼女は彼のことを少し無邪気に覚えてきて、笑顔のまま話を続ける。
「うむ。それで、どうしたの」
「あ、今日はその」
彼女の優(yōu)しさで少し気分が落ち著いたから、呼吸を整えた彼はちゃんと気持ちを伝えようとした。
「これ、よかったら、食べてもらいたいんだ」
「これって…」
彼女は、差し伸べてくれた彼の手にあるケーキを受け取り、見つめながら呟く。
「もしかして」
「S賞を取った、ケーキです」
「えっ?」
あなたに話したこともないのになんで知ってるの?みたいな明らかに怪しい展開だから、不審者だと思われないよう、彼は両手を振りながら必死に弁解する。
「いや、あの、違うんだ。決して怪しいことしてたわけじゃなくて。ほ、ほら、イベントの時に世話になってたし、いつかちゃんとお返しをしようと思ってるけど、クラスも違うし、何をすればいいかもまったくわかんなくて。そんでたまたま帰りに後ろを歩いたら、ケーキが好きとか、S賞のケーキ食べたいとかって聞こえちゃったから、作って、みました…」
下手くそぉぉと自分でも思うくらいの言葉を口に出してしまった。やっぱ怪しいよね、こんなんで納得してもらえるわけないよね、嫌われるぅぅ!
と思って風(fēng)前の燈火のようにゆらゆらしている彼とは違い、彼女は、手のひらにある手の込んだケーキをしばらく見つめると、顔を上げ和やかに口を開く。
「そっかー、じゃあこれ、もらっちゃっていい?」
燈火を消そうとした強風(fēng)が一瞬にして跡形もなく消え去っていく。
「あ、は、はい!」
彼は思わず笑い出して元気よく返事はしたものの、まだまだ不安を抱いたまま話し続ける。
「で、でも、寫真とか見て手探りながら作ったやつなので、味は多分、S賞のやつとは、違うと、思う……」
見た目で相當(dāng)手間をかけて作ったことが一目で分かった。一口味わうと、不思議な味が口の中から全身へと広まっていく。
「どう、かな」
「美味しいぃ!」
「ほんと?よかったぁ!」
喜んでもらえて良かったと、彼は心から喜びを感じてほっとした。
「もし失敗したらどうしようと」
「ううん、そんなことないよ、本當(dāng)に美味しいの、ありがとう~!」
紡がれた感謝の言葉が耳に入って胸に響き、心から笑ってくれた彼女の姿がより愛おしく映ってくる。純真無垢な麗しき女子、そんな彼女のことを、ずっと守ってあげたい。
きっかけは作った。これから、彼女のことをもっと知ろう。喜びを分かち合い、悲しみをともにする。そして彼女に秘密を教えてもらえるようになる。
初めて出會った彼女の面影を思い出して、彼は心の底でそっと決めた。彼女の願いを、いつか必ず、葉えてあげることを。