【GPT機翻】戰(zhàn)國小町苦勞譚 (戦國小町苦労譚)- 121 [千五百七十四年 十月上旬]
書名 戰(zhàn)國小町苦勞譚
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作者: 夾竹桃
原作:http://ncode.syosetu.com/n8406bm/
翻譯工具:ChatGPT
*機器輸出的翻譯結(jié)果UP未做任何修正,僅供試閱。標(biāo)題章節(jié)號為原翻譯版的順延。*
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千五百七十四年 十月上旬(*原文網(wǎng)頁序列號 - 138)
「囮?」
"誘餌?".
孫一が怪訝(けげん)な聲で問い返す。頼廉(らいれん)は孫一の問いに首肯すると、言葉を続ける。
孫一聽了感到疑惑,然后疑惑地問道。廖廉點了點頭回答孫一的問題,繼續(xù)說話。
「我らは常に織田の動向を窺っていた。微に入り細(xì)を穿って情報を集め、その場その場で最善と思える手を打ち続けていたのだ。しかるに現(xiàn)実はどうだ? 狀況が好転するどころか、二進(にっち)も三進(さっち)もいかぬ立場へと追い詰められておる。つまり、織田は自身に耳目が集まっていることを承知で囮とし、派手に大きく動いて見せることで、本命の策を隠し果(おお)せたのではないか?」
我們一直在密切關(guān)注織田家的動向。我們不斷地收集信息,并在每一個時刻打出我們認(rèn)為最好的手牌?,F(xiàn)實情況如何呢?我們被推到了一個越來越困難的境地,情況并沒有得到改善,而是變得更加糟糕了。也就是說,織田家意識到自己被人盯上之后,故意制造噱頭大肆行動,以此掩蓋真正的計劃。
「なるほど……我々は頭を追っていたつもりが、派手に飾り立てられた尻尾を摑まされていた訳ですな。しかし、何でも自分で決めたがり、大事なところを他人任せにしない織田が、本命の策を託せる相手などいるのでしょうか?」
“原來如此……我們原本想要追尋頭部,但卻被那華麗的尾巴迷惑了。但是,織田雖然總喜歡做主,不輕易把重要的事情交給別人,但也許還是有可靠的人可以托付他的主要計劃吧?”
「普通は居らぬが、奴だけは囲っておる。男ではないため、出世の野心がなく、絶対に裏切らぬ上に有能であり、細(xì)かく指示を出せずとも命令の裏にある大筋を読んで単獨で策を転がせる人物。此度の雑賀の受難にも、必ず一枚噛んでいよう」
通常不會有人跟著他,但只有他被包圍著。他不是個有野心的男人,絕不會背叛,而且非常有能力,可以不用詳細(xì)的指示就讀懂命令背后的意圖,獨立制定計劃。請務(wù)必在這次的雑賀之難中,也要讓他參與其中。
「……近衛(wèi)の娘か」
「……近衛(wèi)的女兒嗎」
手にした小枝をへし折って、中央の焚き火にくべながら孫一が苦々しげに呟いた。
孫一拿著一根小樹枝折斷后,邊往中央篝火投入邊郁郁寡歡地嘀咕道。
三人が所屬するそれぞれの勢力のうち、孫一が屬する雑賀衆(zhòng)が被(こうむ)った損害は突出して多い。國人でもないのに天下に名の知れた鉄砲傭兵集団が、今や見る影もない烏合の衆(zhòng)に成り下がっていた。
三人所屬的各勢力中,孫一所屬的雜賀衆(zhòng)遭受的損失異常慘重。這支名聲在天下響徹的火槍傭兵集團不僅不是國人,而且如今已經(jīng)淪為一支一無所有的烏合之眾。
更に雑賀衆(zhòng)の多くが商人へと立ち戻ったことは、流通を擔(dān)う商人の口を通じて恐ろしい勢いで全國へと広まっていった。商人としては面白おかしい話題を提供し、取引相手の関心を買おうとするため、噂上の雑賀衆(zhòng)は壊滅した扱いとなっていた。
此外,許多雑賀眾回到了商人行列,這個消息通過負(fù)責(zé)流通的商人口耳相傳,呈現(xiàn)出驚人的勢頭向全國蔓延。商人會提供些有趣的談資,以吸引交易伙伴的興趣,所以關(guān)于雑賀眾的流言坊間都說他們已被消滅。
こうなると傭兵集団としての雑賀衆(zhòng)を欲するものはいなくなり、ますます商売へと傾倒するようになる。雑賀衆(zhòng)の個々の勢力が個別に潤うのと引き換えに、雑賀衆(zhòng)の評判は地に落ちた。
這樣一來,想雇傭雑賀眾作為雇傭兵集團的人就越來越少了,他們也越來越傾向于從事商業(yè)。雖然雑賀眾中的個人勢力都能得到好處,但雑賀眾的名聲卻已經(jīng)一落千丈。
「織田の勢力ではなく、商人に情報を擔(dān)わせたのも上手いやり口よ。商材を手に全國へと一斉に散る上に、全員の口に戸を立てるなど出來ようはずもない。徹底抗戦を唱えておった輩も、情勢が不利になるに連れて勢いを失っておる。戦意を保っておるのは、商才がない故に商売では食っていけぬ者ばかり」
“不是僅憑織田勢力,而是利用商人轉(zhuǎn)達情報的方法十分高明。他們不僅將商品通過手中傳遍全國,而且還無法競爭。即使聲稱要全力抵抗,隨著情況的惡化,他們的勢頭也逐漸消退。只有那些沒有商業(yè)頭腦而無法謀生的人才堅守戰(zhàn)意?!?/p>
「敵を褒めてどうする! 何か手を打たねば、先人の作り上げた雑賀衆(zhòng)が崩壊するのだぞ?」
“夸獎敵人有何用!必須采取行動,否則先人創(chuàng)造的雑賀眾將會崩潰!”
「無理だな。棟梁の號令一下、皆が動く體制であったならまだしも、合議制であったが故に崩壊はさけられぬ。皆がそれぞれ別の地點を目指し始めたのだ、再び纏め上げるのは容易ではない」
"不可能的。如果是由領(lǐng)導(dǎo)者下達命令,大家一起行動的話,還可能避免崩潰。但由于是合議制,崩潰是不可避免的。大家已經(jīng)開始朝不同的目標(biāo)前進,再次聚合起來并不容易。"
孫一は冷酷なまでに狀況を理解していた。個人的な事を言えば、手塩にかけて育て、共に戦ってきた雑賀衆(zhòng)を崩壊に導(dǎo)いた信長や靜子が憎い。しかし、雑賀衆(zhòng)の生き殘りを考えるのなら、個人的な感情は排さねばならない。
孫一對局勢了如指掌。就個人而言,他憎恨把自己栽培成人、和自己一同戰(zhàn)斗的雑賀眾,而讓他們走向瓦解的信長和靜子。但是,如果要考慮雑賀眾的生存,個人感情必須保持冷靜。
それぞれに違う方向へと進み始めた船団を捨て、自分と同じ方向を目指す船だけを束ねねばならない時が來ていた。かつての栄華を惜しんで、機を見誤れば全てを失う。
船隊已開始向不同的方向前進,必須拋棄它們并集中管理航向與自己相同的船只。如果錯過時機,珍愛過去的榮耀將毀于一旦。
常人には不可能な損切りだが、孫一にはそれが出來た。自分の命と他人の命を天秤にかけ、他人が生き殘る方が雑賀衆(zhòng)の為になると思えば、躊躇なく命を捨てられる。そんな非人間的な潔さが、孫一にはあった。
常人不可能做到的止損,但孫一做到了。他能夠?qū)⒆约旱纳退说纳鼨?quán)衡起來,如果認(rèn)為其他人的生存對雜賀眾有益,他會毫不猶豫地犧牲自己的生命。這種非人的勇敢是孫一所擁有的。
「それに織田に唆(そそのか)された連中に、構(gòu)っておられぬ理由がある」
“而且被織田挑唆的那些人,有不理睬他們的理由?!?/p>
「その理由をお聞きしても?」
即使問了那個原因呢?
今まで聞き役に徹していた恵瓊(えけい)が疑問を口にした。孫一は一度大きく息を吐ききると、恵瓊の問いに答える。
一直以來擔(dān)任傾聽者的惠瓊發(fā)出了疑問。孫一深吸一口氣后回答了惠瓊。
「連中も雑賀衆(zhòng)が憎くて袂(たもと)を分かった訳ではない。商人へと立ち戻ることが雑賀衆(zhòng)の為になると信じて転んだのだ。自身の考えを信じておるが故に、皆を?qū)Г长Δ戎髁髋嗓摔胜恧Δ趣工毪坤恧?。こうして抗戦派は少?shù)派へと追いやられ、ぬるま湯の中で朽ちてゆく。我らが牙を失った時、織田に抗する術(shù)などないというのに……」
「他們并不是因為討厭雜賀眾而離開的。他們相信重返商人的生活才能有利于雜賀眾。他們堅信自己的想法,因此努力成為主流派,引導(dǎo)大家。這樣一來,反抗勢力就變成了少數(shù)派,逐漸消亡。當(dāng)我們失去銳氣,就沒有對抗織田家的能力了……」
「しかし、ならばこそ皆に全てを打ち明け、再起を図るべきでは?」
“然而,難道不應(yīng)該向大家坦誠一切,并嘗試重新振作嗎?”
「ここまで用意周到な策を弄する輩が、そのような猶予を與えるはずがない。必ず第二、第三の矢を打ち込み、互いに相爭うように仕向けられよう。そうして皆が疲弊したところを織田が平らげる算段よ」
“準(zhǔn)備周全的人們不可能給對方任何喘息的機會,必然會繼續(xù)出擊,讓對方們相互拼殺。最后,等到所有人都疲憊不堪時,織田方將會借機全殲他們。”
「なるほど……織田は労せず雑賀を下し、本願寺は毛利以外の寄る辺を失う。加賀一向宗はまんまと織田に口実を與え、最早風(fēng)前の燈火。紀(jì)伊門徒も雑賀衆(zhòng)という支えを失えば、遠からず瓦解しましょう。本願寺が生き殘るには、籠城をするしかないが、援軍のあてがない籠城など緩慢な自殺に過ぎぬ」
“原來如此……織田不費力氣打敗了雑賀,本愿寺失去了除毛利以外的蔭庇。加賀一向宗正好給了織田口實,現(xiàn)在是風(fēng)雨飄搖的時候了。如果紀(jì)伊門徒失去了雑賀集團這樣的支持,不久也將土崩瓦解。本愿寺想要幸存下去,只有進行守城戰(zhàn),但在沒有援軍的情況下這只是緩慢的自殺?!?/p>
「今の狀況は詰んで(???)おる」
"現(xiàn)在的狀況已經(jīng)陷入僵局了"
頼廉が苦渋に満ちた聲を絞り出した。最早尋常の一手では盤面は覆らない。それこそ何かを代償に、一回の番手で二回指すような大番狂わせが必要となる。
"頼廉用充滿痛苦的聲音說道,現(xiàn)在一般的手法已經(jīng)無法覆蓋整個棋盤,必須付出某種代價,進行一次大棋局,才有可能一步走兩步。"
しかし、このような狀況にあって尚、頼廉の目は死んではいなかった。起死回生の一手を信じて勝機を待つ、窮鼠(きゅうそ)の表情を浮かべていた。
但是,在這種情況下,盡管如此,項廉的眼睛并沒有死去。他面帶窮鼠表情等待逆境中的生機和機會。
「だから申したのだ……。最初の包囲時に、どれ程大きな痛手を被ろうとも織田を滅ぼさねばならぬと……」
“所以我說過……第一次包圍時,不管我們遭受多大的傷害,都必須消滅織田家……”
慙愧(ざんき)に堪えぬとばかりに頼廉の口から漏れた呟きに、二人は掛ける言葉を見いだせなかった。
二人聽到依賴廉去哼唱仿佛無法掩飾愧疚的呻吟,不知該說些什么。
「へっくち……誰かが噂をしているのかな? ま、それはそれとして……まーた厄介ごとだよ……」
“呼兔……有人在傳聞嗎?嘛,那另說……又是麻煩事啊……”
信長より屆けられた文を見た靜子がぼやく。文の內(nèi)容を要約すると「靜子の茶室を使うから、準(zhǔn)備萬端整えて待つように」である。
靜子看到了信長送來的信并抱怨了一聲。信的內(nèi)容概括起來是“因為要使用靜子的茶室,所以要準(zhǔn)備萬全地等待”。
岐阜城に設(shè)えられた信長謹(jǐn)製の茶室ではなく、わざわざ靜子の邸宅にある茶室で茶會を開くとの內(nèi)容だった。端的に言ってしまえば、靜子邸にある茶室は質(zhì)素である。
內(nèi)容是在靜子的住宅里舉行茶會,而不是在設(shè)在岐阜城的信長親自制作的茶室。簡單來說,靜子住宅里的茶室很樸素。
元々茶の湯に興味が薄い上に、史実で秀吉が作らせた黃金の茶室を知っている。絢爛豪華な茶室など気が休まらないとの理由から、贅を排した極力簡素な茶室に仕上がっていた。
原本對茶道沒有什么興趣,而且知道秀吉讓人制作的金色茶室的歷史事實。出于不能讓盛宴壓倒一切的原因,最終完成了盡量簡樸的茶室,豪華絢爛的茶室讓人無法安心。
茶室の広さは客層を考慮した、最低限の四畳半。所謂『小間(こま)』を採用した。余談だが四畳半以下の間取りを小間、四畳半以上を広間(ひろま)と呼ぶ。四畳半は『小間』にも『広間』にもなる。
茶室的大小考慮了客人的層次,最少為四個半房間大小。采用了所謂的"小間"布置。順帶一提,四個半房間以下的房間稱為小間,四個半房間以上的房間稱為大間。四個半房間大小可同時作為小間和大間使用。
基本的な設(shè)計は草庵茶室(そうあんちゃしつ)を參考にした。屋根には藁(わら)を葺(ふ)き、壁も素っ気の無い土壁。窓も下地窓(したじまど)と呼ばれる、壁をそこだけ塗り殘したような簡素な見た目だ。
基本設(shè)計參考了草庵茶室。屋頂用稻草覆蓋,墻壁采用樸素的土墻。窗戶采用下地窗,看起來簡單樸素,仿佛只在墻上留下了一小塊漏涂的感覺。
內(nèi)裝も簡素極まりなく、中央部に半畳の爐畳を據(jù)え、周囲を風(fēng)車の羽根のように取り囲む畳があるだけで、他にはこれまた簡素な床(とこ)の間(ま)があるだけであった。
室內(nèi)裝修非常簡潔,中央放置著半畳大小的火爐,周圍環(huán)繞著像風(fēng)車葉片一樣的榻榻米,除此之外只有簡單的榻榻米和床的空間。
床の間には信長揮毫(きごう)の『諸行無?!护螔欷陛Sと、市場で買ってきた何の変哲もない陶器の花入れが置かれ、季節(jié)折々で目に付いた草花を生けてあった。
床上懸掛著信長的《諸行無?!纷之嫞ㄆ坷锊逯袌鲑I回來的不起眼的陶器花朵,每當(dāng)季節(jié)變化時就會插上各種鮮花。
外観は小ぢんまりとしており、內(nèi)裝も簡素ではあるものの風(fēng)合いがあった。千利休が完成させた草庵茶室の趣を匂わせる中々の茶室だと自負(fù)していたが、周囲からは『陰気臭い』『みすぼらしい』と散々な評価を頂いていた。
外觀雖小巧玲瓏,內(nèi)部裝修簡潔卻別有一番風(fēng)味。我自認(rèn)為這是體現(xiàn)了千利休所完成的庵草茶室的特色,可周圍的人卻大幅評價它為"陰氣森森"和"破舊不堪"。
「運気が下がるとまで貶した茶室を使いたいって……誰かに変な入れ知恵でもされたかな?」
“居然想要使用被降低到運勢下滑的茶室……是被誰詭異地指點了嗎?”
近頃の茶の湯において、良く話題に上るのが東山御物であった。茶室に東山御物があるだけで憧憬の的となるほどであり、多くの東山御物を所持していることで知られている靜子の茶室は、さぞや見事な物であろうと囁かれていた。
最近在茶道的話題中經(jīng)常提到的是東山御物。光是在茶室擁有東山御物就足以成為憧憬的對象,因為靜子擁有很多東山御物而出名的茶室被傳說著一定很精致。
現(xiàn)実には東山御物はおろか、信長本人の手による書以外には価値のあるものなど一切ないという、いっそ清々しい茶室であった。
實際上,除了信長本人的手寫書之外,東山御物一無是處,這是一個清爽宜人的茶室。
「まあ、上様のことだから、何かに使えると踏んでのことだと思うけど……背景が判らない狀態(tài)じゃ考えても無駄かな。そろそろ寢ようっと」
“嗯,我覺得這應(yīng)該是因為上大人的事情,所以可以用來做某些事情……但是如果不知道背景,思考也是徒勞的。我想現(xiàn)在該睡覺了?!?/p>
燈りを消した靜子は布団に潛り込む。既にヴィットマンたちが周囲で丸くなっているため、布団の辺りは若干暑いほどであった。
熄燈后,靜子鉆進被子里。由于維特曼等人已經(jīng)在周圍卷成一圈,所以被子周圍有點熱。
時折、貓が布団の上に乗りにくるのだが、睡眠中に胸を圧迫されると夢見が悪いので、部屋の片隅に毛布を敷いた籠を置くようにしていた。
有時貓會跳上床鋪,但如果睡覺時受到壓迫,會做噩夢,因此我借助房間角落放了一張墊有毛毯的籃子。
貓に代わりの寢床を提供したつもりだが、利用されている様子はなかった。
我提供了一張貓?zhí)娲拇玻孟癫]有被利用。
翌日、靜子は茶室の準(zhǔn)備を命じた後、一日の業(yè)務(wù)を午前中で片付けた。晝餉を取った後は、自室でヴィットマンたちとゆっくり寛いで過ごした。
次日,靜子命令準(zhǔn)備茶室之后,上午忙完了一整天的工作。中午用餐后,她和維特曼們到自己的房間里悠閑地度過了一段時間。
特別何をするという訳ではない。気の置けない家族も同然の仲間と、ゆったりとした時間を共有する。靜子ほどの立場となれば、こうした時間の使い方は贅沢となる。久々に訪れた休みを堪能していた。
并沒有什么特別的活動。只是和親密的家人一起分享輕松自由的時間。像靜子這樣的身份,這種利用時間的方式就成了一種奢侈。她正在享受這次難得的休息時間。
「もう少ししたら寒くなるだろうけど、今は過ごし易い気候だね」
「雖然不久后會變冷,但現(xiàn)在的天氣還是很舒適的?!?/p>
「ウォン」
"ウォン" in Simplified Chinese is "萬".
靜子の獨り言にカイザーが一聲吼えて応えた。彼女の言葉を理解しているのか、それとも単に偶然が重なっただけかは靜子にも分らなかった。しかし、なんとなく合いの手を入れてくれたように思えた。
靜子自言自語時,凱撒大聲喊叫回答。靜子不知道他是否理解她的話語,還是僅僅是巧合。但是,她覺得他似乎在幫她呼應(yīng)。
「ふう……遂に南蠻果実たちも私の手を離れたし、南蠻商人から買ったデーツはそもそも手が掛からないからなあ」
“呼……終于南蠻的水果也離開了我的手,而且南蠻商人買來的棗子本來也不需要費什么心思?!?translated to Simplified Chinese is: “呼……終于南蠻的水果也離開了我的手,而且南蠻商人買來的棗子本來也不需要費什么心思?!?/p>
デーツとはナツメヤシの果実である。南蠻商人が保存食として持ち込んだものを、靜子が興味を持って買い取ったのだ。
椰棗是椰子的果實。靜子對葡萄干產(chǎn)生了興趣,就購買了南蠻商人帶來的保存食品。
人類によるナツメヤシ栽培の歴史は古く、一節(jié)には紀(jì)元前六千年頃にはエジプトやメソポタミアで栽培されていたと考えられている。
人類栽培椰棗的歷史悠久。據(jù)說在公元前6000年左右,埃及和美索不達米亞地區(qū)就已開始栽培。
日本ではそれほど馴染みがないため、単一品種のように思われているが、実際には四百種類以上もの品種があり、かつてナツメヤシを主食としていた地域では果実の成熟度合に応じて何種類もの呼び名が與えられたほど重要な食べ物であった。
在日本,并不那么常見,因此被認(rèn)為是一種單一品種,但實際上有四百多種品種,曾經(jīng)在以紅椰子為主食的地區(qū),由于其成熟度的不同而被賦予了許多名稱,是非常重要的食物。
乾燥帯に多く分布していることから判るように、乾燥や溫度変化に強く、過酷な栽培環(huán)境にも耐えて良く成長する。日本の気候に於いては、濕気にさえ気をつければ0度を大きく下回らない限り枯れることは稀であり、溫室を利用できる靜子の環(huán)境では手入れの必要がなかった。
正如可以從它在干旱區(qū)分布較廣可見,它對干燥和溫度變化具有較強的抵抗力,并且能夠在惡劣的種植環(huán)境中良好地生長。在日本的氣候條件下,只要注意濕度,不超過0度,很少會枯萎,而靜子的環(huán)境可以利用溫室,無需保養(yǎng)。
「しかし、ドライフルーツに加工された後でも発芽するとは……恐るべき生命力だね」
“然而,即使在干果加工后仍能發(fā)芽......真是可怕的生命力啊?!?/p>
工業(yè)的な加熱処理を施されない天日干しだけに、発芽能力が無くなる溫度まで達しなかったのではと靜子は考えた。
靜子認(rèn)為,可能是因為它只進行了自然晾曬,而沒有進行工業(yè)化的加熱處理,所以沒有達到失去發(fā)芽能力的溫度。
最初は食べた後のデーツの種を調(diào)べるために水に浸けておいたのだが、一晩経って見ると1.5倍ほどにも膨らんでいたため、もしやと思い土に植えてみたところ発芽した。
最初為了檢查吃過后的棗子的種子,我把它們浸泡在水中,但過了一晚上,我看到它們膨脹了大約1.5倍,于是我猜想它們可能有生長的潛力,于是就把它們種植在土里,結(jié)果它們發(fā)芽了。
流石に全ての種から発芽する訳ではなく、発芽率は1割にも満たなかったが靜子はとても喜んだ。
不過并非所有種子都能發(fā)芽,發(fā)芽率甚至不到10%,但靜子還是非常高興。
成木になるまでは低溫に気を付ける必要があるため、鉢に移し替えて栽培を継続している。問題はデーツが雌雄異株による結(jié)実性を持っていることにある。
由于在變成木質(zhì)之前需要注意低溫,因此我轉(zhuǎn)移到盆中繼續(xù)栽培。問題在于食用棗具有雌雄異株的結(jié)實性。
この性質(zhì)から雌雄の株が揃わないと、果実の収穫は期待できないのだが、花が咲くようにならなければ雌雄の判別が出來ないのだ。
從這個特性來看,如果不同性別的株沒有配對,那么就不能期望獲得果實收成,但如果花沒有開放,性別無法區(qū)分。
靜子は現(xiàn)代に於いて、ダイエット食品として紹介されていたデーツの記事を見ていたため、雌株は下向きに花が付き、雄株が上向きの花をつけるという事だけは覚えていた。
靜子看到一篇介紹減肥食品的文章中提到了棗的內(nèi)容,因此只記得雌株向下開花,雄株向上開花這一個事實。
今は10本程度の苗を育てているが、それらが全てどちらかの株に偏らないことを祈るのみである。
現(xiàn)在我正在培育大約10株苗,但只能祈禱它們不會全部偏向某一株。
「まあ、別に実が収穫できなくても良いんだけど、実が採れるなら『とんかつソース』を作れる可能性があるんだよねえ……。幸い南蠻商人たちはデーツが売り物になると思ってくれたようだし、今後も定期的に買い付けられるよね」
“嗯,雖然不一定非要收獲果實,不過如果收獲了的話就有可能做出‘炸豬排醬汁’了呢……幸好南蠻商人認(rèn)為棗子能夠賣出去,所以今后也能夠定期采購到?!?/p>
ナツメヤシは中東ではポピュラーな食品であり、生のデーツを食べた後の種をその辺に捨てておいても良く発芽する。しかし、前述の通り、雌雄を判別するのに年數(shù)が掛かるため、多くの人々は育てようとは思わない。
棕櫚樹在中東地區(qū)是一種流行的食品,如果將生的棗子吃完后隨手扔掉種子,也可以很好地發(fā)芽。然而,正如前面所述,由于需要幾年才能判斷雌雄,所以許多人不愿意嘗試種植。
雄株が1本あれば、50本程度の雌株に受粉することが可能であり、優(yōu)秀な雄株以外の価値が総じて低いため、後発にとって極めて不利な競爭原理が働くためである。
如果有一株雄株,它就可以為大約50株雌株授粉。由于除了優(yōu)秀的雄株之外,其他株的價值總的來說很低,因此對于后來者來說,存在極度不利的競爭原則。
これらの事から南蠻商人にとってデーツは保存食として以外では重要視されておらず、重量當(dāng)たりの取引価格が高く設(shè)定している靜子のところへと優(yōu)先して回されることとなる。
因此,除了作為保存食品,南蠻商人并不重視棗子。由于靜子所設(shè)定的每克售價較高,南蠻商人優(yōu)先將棗子送到靜子那里進行交易。
靜子はこれを利用して、今後も乾燥デーツから種子を回収して、栽培を続ける予定だ。
靜子打算繼續(xù)使用這種方法從干棗中回收種子,并繼續(xù)種植。
涼やかな午後の一時を満喫していた靜子の耳に、敷かれた砂利を踏みしめて近寄ってくる足音が屆いた。靜子は手にした本を閉じると、立ち上がって警戒をしているヴィットマンたちの頭を撫でる。
靜子正在享受涼爽的下午時光,聽到走在鋪滿礫石上的腳步聲。她合上手中的書,起身輕撫著警戒著的維特曼們的頭部。
「靜子様、上様より早馬が著きました?!好魅栅螘冞^ぎに著く』とのことです」
「靜子女士,榮様?shù)目祚R已經(jīng)到了。他說:“明天中午過后到達?!薄?/p>
「判りました。明日の早朝より茶室の掃除を行うよう、蕭に伝えてちょうだい」
"明白了,明天一大早就去清掃茶室,麻煩轉(zhuǎn)告蕭。"
「承知しました」
"知道了"
縁側(cè)に座る靜子を立たせないよう、庭を回って報告にきた小姓へ命を伝える。靜子は閉じた本を縁側(cè)に置き、立ち上がって全身を伸ばす。
命令來自庭園傳遞消息的侍從,要求他通過庭院傳遞命令,不要讓靜子從庭院上的榻榻米上站起來。靜子將她合上的書放在榻榻米上,然后站起來,舒展了全身。
名殘惜しいが穏やかな時間は終わった。表情を引き締めると、靜子は己の為すべきことへと取り掛かった。
"很遺憾, 寧靜的時光已經(jīng)結(jié)束了。一收緊表情, 靜子開始著手自己必須要做的事情。"
翌日の午後。蕭たちが念入りに手入れを施した茶室にて、靜子は信長の到著を待っていた。たった四畳半とは言え、十月の気候には少し寒々しい。
第二天下午,在蕭細(xì)心打理過的茶室里,靜子正在等待信長的到來。雖然只有四個半榻榻米大小的空間,但對于十月的氣候來說有些冷。
部屋の中央に設(shè)えられた爐(ろ)に、炭を並べて五徳を置き、その上に茶釜を掛けた。こうすることで、部屋全體が溫かくなり、外気に曬された客が室內(nèi)で暖を取れるようになる。
將炭放在屋子中央的爐子里,放置五個鍋架,并把茶壺掛在上面。這樣做可以讓整個房間變得溫暖,外面暴露在外的客人可以在室內(nèi)獲得溫暖。
靜子の茶室では畳の一部を切り取って、床下に備え付けられた囲爐裏である爐檀(ろだん)に釜を據(jù)える方式を採用している。ちなみに釜が畳の上に置かれた爐に掛けられる様式を、風(fēng)爐(ふろ)と呼ぶ。
在靜子的茶室里,采用了一種方式將榻榻米的一部分切下,將釜放置在爐檀內(nèi),爐檀設(shè)在地下。順便提一下,將釜掛在放置在榻榻米上的爐子上的方式被稱為風(fēng)爐。
現(xiàn)代には様々な作法や手順が伝わっていたが、招かれた折に恥をかかない最低限しか知らない靜子は、もてなす側(cè)として部屋を暖めておこうと考えたのだ。
現(xiàn)代已經(jīng)傳承了各種禮節(jié)和手冊,但是只知道最基本的不想在宴會中丟臉的靜子,作為款待客人的一方,決定預(yù)先把房間暖和起來。
室內(nèi)が十分に暖かくなった頃、外に控える小姓が信長の到著を告げた。案內(nèi)するよう命じて、靜子は信長の到著を待った。
當(dāng)室內(nèi)足夠溫暖時,正等待著的小使告知了信長的到來。靜子接到命令后便前往接待信長的到來。
やがて地面を踏みしめる足音が聞こえてきたため、耳をそばだてていると奇妙なことに気が付いた。
不久之后,聽到了腳步聲踏在地面上的聲音,因此貼近耳朵傾聽時,發(fā)現(xiàn)了奇怪的事情。
案內(nèi)の小姓は途中で待機するため、足音は一人分になるはずだが、どう聞いても複數(shù)人の足音が聞こえるのだ。
由于引導(dǎo)仆人在半路停留,因此應(yīng)該只聽到一個人的腳步聲,但無論如何聽起來都像是多人的腳步聲。
誰だろうと訝っていると、信長に続いて見た事の無い人物が茶室へと入ってきた。
當(dāng)我們對那個人感到困惑時,一個從未見過的人進入了茶室,跟著信長。
外見から察するに五十路(いそじ)付近、武人特有の他を圧するような気配がないため、靜子は商人ではないかと考えた。公家である可能性も考えたが、それならば信長が相手に応じた飾りつけを命じないのが不自然だ。
從外表看來,由于沒有武士特有的壓迫感,靜子認(rèn)為他可能是商人,大約五十歲左右。雖然公家的可能性也被考慮了,但如果是那樣,信長不會命令他裝飾得如此不自然。
公家に対して示威をするなら、多くの東山御物を所有する信長が使わない筈がない。信長に直接目通り出來る人物の顔は、靜子も知悉(ちしつ)しているため、初見の人物の出自が判らず眉を顰(ひそ)めることとなる。
如果對公家示威的話,擁有許多東山御物的信長肯定會使用。因為靜子知道能夠直接見到信長的人的面容,所以對于沒有見過的人并不知道其身份而皺起眉頭。
「捨て置け」
"拋棄" (pāo qì)
靜子の視線に気づいた信長が笑いながら命じた。信長が問題ないと斷じた以上、靜子としては異を唱える訳にもいかず、予定通り茶を點(た)て始める。
信長注意到靜子的視線,笑著下令。既然信長認(rèn)為沒有問題,作為靜子也不能表示異議,按照計劃開始泡茶。
(……やりづらい)
(……難以執(zhí)行)
靜子としては招待客側(cè)の作法ならばある程度心得ているが、亭主側(cè)の作法等知り様もなく、歴史もののドラマなどで見たシーンを思い出し、見様見真似で茶を點てる。
作為靜子,她對招待客人的規(guī)矩有一定的了解,但對主人的作法卻毫無所知。她只能憑著在歷史劇中看到的場景回憶起來,憑借模仿的方式泡茶。
床の前にある貴人畳にどっかりと胡坐をかいて座る信長から離れて、客畳に正座する人物は、靜子の一挙手一投足を見逃すまいと観察していた。
坐在床前的貴族高高地盤著二郎腿,與信長保持一定距離,而那個坐在客廳正襟危坐的人,正注視著靜子的每一個動作,不會漏過絲毫。
茶室を作りはしたものの、亭主側(cè)に座ることなど想定していない靜子は、良く言えば我流で、悪く言えば稚拙な所作で茶を點てた。
盡管建了茶室,但靜子從未想過會坐在主人的位置上。她自學(xué)了點茶藝,但動作不太嫻熟。
亭主の動きを具(つぶさ)に観察せんとする姿勢から、客人は茶人かも知れないと思ったが、それにしては靜子の腕前を知る信長が何も言わないのが腑に落ちない。
從客人試圖仔細(xì)觀察丈夫的動作的態(tài)度來看,他們可能認(rèn)為他是茶人,但信長知道靜子的技巧,沒有言語表示讓人不理解。
この場合、靜子の不手際は主人である信長の不明に繋がり、恥をかくのは信長となるのだ。信長の意図と、客人の思惑雙方が判然とせず、靜子は一抹の不安を抱いていた。
在這種情況下,靜子的失誤將導(dǎo)致主人信長不知情,蒙羞的將是信長。由于信長的意圖和客人的想法都不清晰,靜子感到有些不安。
「……どうぞ」
"請……"
本來の作法であれば、まず茶菓子を勧め、客が食べ終わったのを見計らって茶を出すのだが、各自が好きなタイミングで食べた方が良いと思った靜子は、両方を一遍に提供した。
按照傳統(tǒng)禮儀,首先要提供茶點,等客人吃完后才倒茶。但靜子認(rèn)為每個人喜歡在不同的時間吃點心,便一次性將茶點和茶水一起提供了。
「ふむ、またしても新作か。見た目はともかく、味は良いな」
“哦,又是新的作品啊。雖然外表不算特別,但味道很好?!?/p>
信長は無作法を気にしていないのか、まず茶菓子を平らげ、次いで薄茶に手を伸ばした。そしてまたもや靜子が暴挙に出る。
信長似乎并不在意無禮的行為,首先品嘗了點心,接著又向薄茶伸出手。隨后靜子再度出了無法無天的行為。
別の茶碗で點てた茶を、またも茶菓子と共に客人へと勧めた。
用另一只茶碗泡好的茶,再次配上茶點,向客人獻上。
余りにも型破りな振る舞いに度肝を抜かれた客人だが、頂戴しますと一禮し、信長に倣って茶菓子と薄茶を口にする。
這位客人被其獨特的行為嚇了一跳,但還是鞠躬行禮,效仿信長,品嘗了茶點和淡茶。
僅かに目を見開き、次いで床の間に飾られた花入れへと目線をやった。
只是微微睜開眼睛,接著目光落在掛在壁龕上的花瓶上。
「なるほど……これは射干玉(ぬばたま)を模しておられるのですね。秋の夜長を思わせる艶めいた黒、茶菓子で季節(jié)を演出しつつ味わいも一級品。実に結(jié)構(gòu)なお點前(てまえ)でした」
“原來如此……這是以射干玉為原型制作的呀。它散發(fā)出誘人的黑色,讓人想起秋天的長夜,搭配茶點進一步營造出季節(jié)感,味道也是一流的。這真是一場美妙的茶道表演?!?/p>
「は、はい。お褒めに與(あずか)り恐縮です」
“是、是的。受到夸獎,我感到非常榮幸?!?/p>
そのような意図を一切していなかった靜子は、褒め殺し狀態(tài)に困惑していた。
沒有任何這樣的意圖的靜子,感到很困惑,因為她被夸贊得太過火了。
そんな靜子の様子を楽しげに眺めながら、信長は客人の素性を明かした。
當(dāng)觀察著靜子快樂的樣子時,信長透露了客人的身份。
「良かったな、靜子。どうやら宗易(そうえき)のお眼鏡に適ったようだぞ。世辭など言わぬ宗易が、手放しで褒めるなど珍しいこともあるものよ」
“太好了,靜子。看來你很合宗易的口味。宗易可不是會隨便恭維的人,他的直言不諱讓他這樣夸獎著實難得。”
「宗……易……? あっ!」
"宗......易......?啊!" 翻譯為簡體中文:「宗......易......??。 ?/p>
目の前の人物が誰かを理解した靜子は、思わず自分が知る名を言いかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。
當(dāng)靜子理解了眼前的陌生人是誰時,她不由自主地快要說出自己所知道的名字,但又緊接著慌忙地咽下了這個詞。
千宗易、現(xiàn)代では千利休の名で知られる、茶湯の天下三宗匠の一人であった。
千宗易,現(xiàn)代以千利休的名字為人所知,他是茶道天下三宗匠之一。
信長が堺を直轄領(lǐng)とした折、今井(いまい) 宗久(そうきゅう)、津田(つだ) 宗及(そうぎゅう)らとともに茶頭(さどう)として雇われていた。
信長將澤直轄領(lǐng)土定于堺市時,今井宗久、津田宗及等人被雇用作為茶頭。
余談だが後世に伝わる利休の名を名乗っていた時期は短い。彼はその人生の殆どを法名である宗易として活動していた。
順便說一句,利休自命不凡的時期并不長。他在生活中的大部分時間都以法名宗易為活動名稱。
利休の名は1585年、秀吉が関白就任の返禮にと禁裏茶會を催そうと考えたことに端を発している。
利休這個名字源自于1585年,秀吉在就任關(guān)白并想要舉辦禁宮茶會作為回禮的想法。
その茶會の亭主を務(wù)める宗易の身分が町人であったため、彼が宮中へ參內(nèi)(さんだい)出來るよう、正親町天皇が『利休』という居士號を宗易に與えたことにより、名実ともに天下一の茶人として名を馳せることとなる。
由于主持該茶會的宗易身份為城鎮(zhèn)居民,因此正近街天皇賜予宗易“利休”出家者稱號,使他能夠在宮廷中參加儀式,從而成為名副其實的舉世聞名的茶人。
「宗易は華美を好まず、贅を凝らした茶室や東山御物などの名物が尊ばれる茶會に倦(う)んでおった。ゆえに、わしが知る限り最もみすぼ……質(zhì)素な茶室である、ここに連れてきたのだ」
「宗易不喜歡華美,對于那些注重豪華的茶室和東山御物等名物的茶會感到疲倦。因此,據(jù)我所知,這里是最樸素的茶室,我?guī)銇砹诉@里。"
「……それならば、前もって教えて頂ければ——」
“如果那樣的話,如果您提前告訴我——”
「教えれば貴様は場を取り繕おうとするだろうが、ありのままの貴様を宗易に見せることが肝要なのだ」
“就算我告訴你,你也會想要掩飾現(xiàn)場的情況,但是展示你真實的自我才是最重要的?!?/p>
後に茶聖とも呼ばれる茶道の大家を前にして、稚拙な點前を曬した靜子の抗議を信長は一言で切って捨てた。
在被後來稱為茶聖的茶道大師面前展現(xiàn)了稚拙的點前之後,靜子抗議時信長輕描淡寫地切斷了她的話。
信長の言う通り、事前に知らされていれば、靜子は持てる力を総動員してその場を取り繕ったであろう。
如果靜子事先被通知,按照信長所說,她會全力以赴地掩飾住場面。
そうして取り繕われた、その場限りの茶會では意味がないと信長は考えたのだ。
那樣掩飾的、只是擺設(shè)的茶會在信長看來毫無意義。
「どうじゃ、宗易。近頃持て囃される流行とは真逆をゆくこの茶會、遠慮は要らぬ。思うところを申してみよ」
“怎么樣,宗易。這次茶會與最近流行的相反,不必拘束,盡管表達自己的想法?!?/p>
「……そうですね。茶の湯の作法としては型破りも甚だしく、一服の茶を如何に美味しく味わって貰うかという點では、茶菓子と抹茶を一遍に出してしまっては臺無しです」
“……是的。以茶道禮儀而言,這樣做十分不合規(guī)矩,而且若將茶點和抹茶一起端出來,那么如何享受一杯美味的茶也會變得毫無意義?!?/p>
「は、はい。お恥ずかしい限りです」
“是,是的。真是讓人不好意思?!?/p>
信長をして一目置かざるを得ない宗易から見れば、靜子の點前は児戯にも等しかった。しかし、それは作法に限った話であり、客を如何にもてなすかという本質(zhì)は押さえており、評価すべきところも多かった。
對于被信長欽點的宗易來說,靜子的點茶儀式就像孩子在玩一樣。但這僅僅是在儀式規(guī)范上的講究,靜子對待客人的態(tài)度和服務(wù)精神卻無懈可擊,值得我們大力稱贊。
「そう畏(かしこ)まられることはありません。あくまで當(dāng)世の『茶の湯』の作法に照らした際の話です。私は茶室ともども、この茶會を素晴らしく思います」
“不必如此謙虛。這只是按照當(dāng)今‘茶道’的禮儀來說的。我對茶室和這個茶會都非常贊賞?!?/p>
「は、はあ……」
"呃,呃……"
「例えば床の間の花入れ。名物という訳でもなく、ありふれた陶器にこれまたありふれた檜扇(ひおうぎ)を生けてあるだけ。一見無造作に生けてあるように思えて、その実(じつ)、葉と花と実という見頃の異なる秋の時間を見事に再現(xiàn)されている。そしてその秋の移ろいという雄大さに比べて、ややもすれば素っ気ない程の器。そこに不足の美、侘びがあるのでしょう」
例如,壁龕里的花瓶。并不是名物,只是擺著一個普普通通的陶器,插著一支同樣平凡的檜扇。初看似乎是隨意的插放,實際上卻惟妙惟肖地再現(xiàn)了秋天不同時間里葉子、花朵和果實的美麗交錯。但與這份壯美相比,器物稍顯平淡甚至有些冷漠。這其中可能體現(xiàn)的是一種不足之美,是一種寂寞之感。
「……恐れ入ります」
"抱歉打擾了"
まるで意図していないところを大仰に褒められ、靜子は黙してお茶を濁すことにした。
就在靜子完全沒有想到的地方受到了過分的贊美,她選擇沉默不語。
「実に良いものを見せて頂きました。貴女の茶室を見て、私は己の目指す先が見えた気がします」
“我真的看到了非常好的東西??吹搅四愕牟枋遥腋杏X看清了我自己的追求方向。”
そう言って宗易はずっと浮かべていた渋面を緩め、初めて笑みを浮かべた。
這時宗易終于舒展起臉上一直掛著的冷漠,露出了笑容。
「私は近頃の茶の湯、とりわけ唐物の茶器を偏重する流れに不満を抱いておりました。されど、不満を唱えるだけ(?????)で、新たな道を示せておりませなんだ。不平不満を口にするなら誰にでも出來ましょう、こんな茶の湯の方が良いと思いませぬかと、己が良いと信ずるものを示せずして他人の同意など得られるはずがございません」
"最近我對現(xiàn)代茶道特別是偏重唐代茶具的潮流感到不滿。但僅僅抱怨而不能指引新的道路。如果只是抱怨,任何人都可以做到,展示自己相信的東西而不能得到他人的認(rèn)同是不可能的。難道您不認(rèn)為這種茶道更好嗎?"
二人のやり取りを黙って見守っていた信長は、薄く笑みを浮かべると一言問うた。
觀看兩人的對話,默默無語的信長面帶微笑,問了一句話。
「どうじゃ、靜子は面白かろう? 少しは刺激になったか?」
“怎么樣,靜子有趣嗎?有沒有被激勵?”
「はい、図らずして初心へ立ち返ることが出來ました。お陰で、己が求める茶の湯が間違っていなかったと確信できました」
“是的,我無意中回到了我的初心。感謝這一次的經(jīng)歷,我確認(rèn)了自己所追尋的茶道沒有錯?!?/p>
「極限まで無駄を排し、虛飾を取り払う、枯れた幽玄の美とやらか」
將浪費減至極限,摒棄虛浮,呈現(xiàn)枯萎而深邃的美。
「これ以上何も削れないというところまで削って、簡素の中に趣を見出すのです。號して『侘び茶』でしょうか」
將其削減至無法再削減的程度,從簡約之中尋找樂趣。這被稱作“侘寂茶”。
「豪華絢爛を旨とする、我ら國人の茶の湯とは対照的よな。それもまた良し」
「追求奢華華麗并非我們國人茶道的追求,這也是一種好的方式。」
侘び茶という言葉が気に入ったのか、宗易は瞑目して何度も頷いていた。彼の頭の中では、侘び茶の方向性が形作られている。
宗易閉上眼睛,多次點頭,似乎喜歡上了“侘寂茶”這個詞匯。他的腦海中,侘寂茶的方向正在形成。
やがて再び目を開き、宗易は居住まいを正すと靜子に向き直った。
不久后,宗易再次睜開眼睛,將目光轉(zhuǎn)向靜子,整理了一下居住的位置。
「靜子様、一つお願いがございます」
"靜子小姐,我有一個請求" translated to Simplified Chinese is: "靜子小姐,我有一個請求"
「お願い、ですか?」
“可以拜托一下嗎?”
「不躾ながら、あの花入れを譲っては頂けぬでしょうか?」
"不好意思,能不能借過那個花瓶呢?"
宗易の言葉が意味するところを理解し、靜子は花入れへと目をやった。これと言って目を惹くところのない、何の変哲もない陶製の花入れだ。
理解了宗易的話所代表的意思后,靜子把目光轉(zhuǎn)向花瓶。這只陶制花瓶并沒有什么獨特之處,也沒有什么特別吸引人的地方。
若い職人の習(xí)作なのか、市場で一つだけ売れ殘っていたのを靜子が買い求めたものであった。
這似乎是年輕的工匠的練習(xí)作品,靜子買下了在市場上唯一賣剩的那個。
ろくろすら使っていないのか、形も均一でなく歪んでおり、色合いも野暮ったい。
沒有使用轉(zhuǎn)輪器,形狀不均勻并且扭曲,顏色也很土氣。
「今日という日を忘れぬよう、道に迷った際に初心へ立ち戻る標(biāo)(しるべ)として、どうかご一考頂けませぬか? 私に差し出せる対価など靜子様からすれば微々たるもの、されど何であれ差し出すつもりでおりまする」
"您能否考慮將其作為回到初心的指南,在迷路時不忘今天這一天?盡管我能提供給靜子小姐的代價微不足道,但我仍然打算提供任何可能的代價。"
「あ、いえ。そう大した価値のあるものではありません。お気に召したのであれば、どうぞお持ちください。対価は必要ありません」
「啊,不,這并不是什么特別有價值的東西。如果您喜歡的話,請隨意帶走。無需支付任何費用?!?/p>
「ありがたき幸せ。この御恩はいずれ」
"感激的幸福。這份恩情終將會有回報。"
まさか市場で十円(織田領(lǐng)內(nèi)の新貨幣の単位、現(xiàn)代価格に換算すると數(shù)百円程度)で買い求めたものを欲しがる人がいるとは思わず、咄嗟に返答に窮してしまったのだった。
想不到會有人渴望以十元(在織田領(lǐng)內(nèi)的新貨幣單位中相當(dāng)于幾百元)的價格在市場上購買的商品,我當(dāng)時一時回答不上來。
靜子は屋外に聲を掛け、人を呼んで花入れを包ませると、宗易に手渡した。
靜子在戶外喊人拿花瓶套上,然后把它遞給宗易。
「私の目指す茶の湯が形になれば、真っ先に靜子様をお招き致します」
"如果我的茶道理念能夠?qū)崿F(xiàn),我會第一個邀請靜子女士前來品茶。"
「はい、楽しみにお待ちしております」
當(dāng)然,我很期待。
宗易は丁寧に暇を告げ、茶室を後にした。一方の信長は、退出するつもりがさらさらないのか、貴人畳に胡坐をかいたまま、菓子盆の中身を摘まんでいた。
宗易禮貌地道別了閑暇,離開了茶室。另一方面,信長似乎沒有打算退出,一直坐在貴人絨墊上捏著點心盤里的點心。
対する宗易は侘び茶のことで頭が一杯なのか、信長が殘っていることにも気を留めず、足早に立ち去って行った。
對宗易來說,他頭腦中充滿了侘寂茶,完全沒有注意到信長還在場,匆匆離去了。
「……侘び茶か。どうにも辛気臭くて敵わぬな。派手であれば良いとは言わぬが、華が無ければ茶の味も鈍ろう」
"哎呀,這茶真是凄涼啊。太過酸澀刺鼻,難以與之抗衡。雖不求華麗,卻也要有點兒氣質(zhì),否則連茶味兒都顯得索然無味。"
宗易が立ち去り、暫し時を置いた頃。信長は靜子が淹れた焙じ茶を湯呑で飲みながら、言葉を発した。
宗易離開一段時間后,信長拿著靜子泡的焙茶,喝著,說話了。
「上様の好まれる茶會とは対極に位置するものなのでしょう」
「上流人喜歡的茶會與其完全相反」。
「……まあ良い。宗易が侘びに傾倒するならば、こちらとしても都合が良い」
"嗯……好吧。如果宗易傾心于侘寂,那我們也可以順心些。"
「それはどういった……」
那是什么意思呢……
問いの言葉を発する中で、靜子は理解に至った。宗易が目指す侘び茶は信長が好む『唐物數(shù)寄(からものすき)』と真逆の方向性を持つ。
在提問的過程中,靜子達到了理解。宗易追求的裝飾簡潔的茶道與信長喜歡的“唐物數(shù)寄”完全相反。
名物(唐物の茶器)を必要としない宗易の考えが浸透すれば、それを自分が手に入れ易くなると考えているのだろう。何故か、信長は侘び茶が主流になれないと確信しているようだが、歴史を知る靜子には一抹の不安が拭えないでいた。
如果宗易的想法(不需要名物(唐物的茶器))能夠普及,那么她認(rèn)為自己可以更容易地得到它。不知道為什么,信長似乎確信Wabi茶無法成為主流,但對于知道歷史的靜子來說,有些不安。
「貴様が気にせずとも良い事だ。それよりも大和行きの支度は出來ておろうな?」
「你不必在意這件事。你已經(jīng)準(zhǔn)備好前往大和嗎?」
「は、はい」
"是,是的"
「ならば良し。京で數(shù)日滯在し、その後大和へと向かう。しかと役目を果たしてみせよ」
"那就好。在京城停留數(shù)日,然后前往大和。務(wù)必完成你的使命。"
信長はそれだけ告げると、靜子の返答を待たずに茶室を後にした。
信長一說完,沒有等待靜子的回答,就離開了茶室。
宗易との邂逅(かいこう)からこちら、靜子は忙殺されていた。靜子は予(かね)てより正親町天皇へ正倉院の寶物閲覧の許可を求める陳情を出していた。
從與宗易的邂逅開始,靜子就忙得不可開交。她自以為年來一直在向正仁天皇提出陳情,請求能夠觀看正倉院的寶物。
それが原因となって朝廷では騒動が巻き起こっていたのだ。発端は織田家に取り入ろうと考えた公家が結(jié)託し、帝の意向を無視して靜子の閲覧を許可してしまったことにある。
這就是引發(fā)朝廷騷動的原因。最初由于準(zhǔn)備追隨織田家的官僚密謀,他們無視天皇的意愿,允許靜子參閱(秘聞)。
事後承諾として知らされた帝が立腹し、公家達の越権行為を責(zé)めたのだが、公家達は『織田殿の引き立てで、公家一同が一丸となって政務(wù)に取り組むべき時に、形式に拘って機を逃すのは愚か』と、帝への不満を日記に殘す?fàn)顟B(tài)であった。
事后承諾被知曉后,天皇十分生氣,指責(zé)了官員們的越權(quán)行為。但是,官員們卻在日記中記錄下對天皇的不滿,認(rèn)為在受到織田家的支持下,所有官員都應(yīng)該團結(jié)一致處理政務(wù),而不應(yīng)因形式問題而錯失機會。
何故、公家と帝が爭っているのかと言えば、今年が日照り続きで干ばつの被害が多かったためである。
為什么公家和天子在爭議呢?因為今年持續(xù)干旱,干旱造成了很多災(zāi)害。
尾張?美濃など信長直轄の穀倉地帯は、常に干ばつ対策を取っており、設(shè)備も充実していたがために影響は軽微であったが、他國に於いてはその限りではなかった。
尾張、美濃等信長直轄的谷倉地帶,一直采取干旱對策,設(shè)施也很充實,因此影響很小,但其他國家則不是這樣。
繰り返し雨乞いの儀式が行われ、陰陽師を招いて占筮(せんぜい)を執(zhí)り行わせた。結(jié)果は稀に見る兇事となり、朝廷は上を下への大騒動となった。
反復(fù)進行祈雨儀式,并邀請陰陽師進行占卜。結(jié)果是罕見的不祥之事,朝廷陷入了一片混亂。
現(xiàn)代人ならば「何を非科學(xué)的な」と一笑に付すところだが、この時代に於ける易占(えきせん)の信憑性(しんぴょうせい)は高く、各地で加持(かじ)祈禱(きとう)が盛んに行われることとなる。
現(xiàn)代人會對此一笑置之,認(rèn)為它不科學(xué)。但在這個時代中,易占的可信度很高,各個地方都盛行著加持祈禱的活動。
そしてこれは大陸由來の考え方だが、天下が大きく亂れる時は、それを治める天子の不徳を、天が咎(とが)めているとする天人相関説が広く信じられていた。
這是大陸起源的思想,當(dāng)天下大亂時,廣泛認(rèn)為是由于治理天下的天子品德不佳,天神因此懲罰了他。
それ故に大規(guī)模な干ばつが起きたとなれば、帝の不徳を天が咎めているとして、痛烈な天皇批判が相次ぎ、帝の命に従わない者も出てくるのである。
因此,如果發(fā)生大規(guī)模干旱,就會被認(rèn)為是上天在懲罰天皇的不德行,引發(fā)強烈批評,并有些人會不聽天命。
余談になるが、史実では信長が正親町天皇に譲位を迫ったという説がある(真逆に譲位を諫(いさ)めたという説もある)。それが折しも禁中怪異や、大災(zāi)害で天下が大いに亂れた年のことなのだ。
順帶一提,在歷史上有一種說法認(rèn)為信長曾經(jīng)迫使正親町天皇退位(也有相反的說法稱其勸阻了退位),而這正好是發(fā)生在禁中怪異和天災(zāi)頻發(fā),天下大亂的那一年。
つまり信長は時の帝に無禮を働いた訳ではなく、天変地異や大災(zāi)害を治めるためにも譲位してくださいと、當(dāng)時の価値観としては當(dāng)然のことを願い出ただけであった。
換句話說,信長并沒有對時代的皇帝不敬,他只是依據(jù)當(dāng)時的價值觀認(rèn)為應(yīng)該讓位,以治理自然災(zāi)害和大災(zāi)難。
因みに正親町天皇は信長の譲位願いを退け、彼が本能寺の変にて橫死する最後まで譲位を拒み続けた。
順便提一下,正倉院天皇拒絕了信長的禪位請求,一直到他在本能寺之變中橫死也一直拒絕禪位。
こうした騒動も相俟(あいま)って、正式に正倉院への立ち入り許可が下りたのは、信長が京へと著いて數(shù)日後という有様だった。
隨著這些騷動的發(fā)生,正式的進入正倉院許可證下發(fā)的時間是在信長抵達京都幾天之后。
勿論信長が座して待っている間、靜子は養(yǎng)父である前久(さきひさ)に働きかけ、朝廷內(nèi)の調(diào)停を図って貰い、何とか今日という日を迎えたという狀況であった。
當(dāng)然,在信長等待的時候,靜子與養(yǎng)父前久進行交涉,爭取朝廷內(nèi)部的調(diào)解,最終成功迎來了今天這個日子。
面倒な話だと思った信長だが、下心有りとは言え自分に便宜を図ろうとしてくれたものを無下にする訳にもいかず、騒動の起因となった事を詫び、雙方を労(ねぎら)うにとどめた。
信長一開始認(rèn)為這是麻煩的事,但是他不想無情地拒絕別人為他創(chuàng)造的機會,也不想因此引發(fā)麻煩。他向那個人道歉并取得了寬恕。雙方都表示感激。
その後は何事もなく大和入りし、東大寺へと到著した。信長はそこで全軍に対して『無法の厳禁』を言い渡した。
隨后無事件地進入大和并抵達東大寺。信長在那里下令全軍“禁止行為不當(dāng)”。
この禁を破れば、破った本人は勿論のこと、隊の仲間や直屬の上司に至るまで連座で責(zé)を問うという、厳しいものであった。
如果違反了這個規(guī)定,不僅是違反者本人會受處罰,而且部隊的同伴和直屬上司也會因連坐而受到責(zé)罰。這是一項嚴(yán)厲的法規(guī)。
更には東大寺の境內(nèi)に陣を敷くことも禁じ、境內(nèi)外にて陣を敷く際にも火の扱いに至るまで細(xì)かく禁令を課した。
進一步禁止在東大寺境內(nèi)設(shè)置陣地,設(shè)置陣地時也對火源的處理等細(xì)節(jié)制定了禁令。
その上、信長の帰りを待つ間、ただ待機していれば良いとするのではなく、周辺の治安維持に最大限の協(xié)力をせよと申し付けた。
此外,在等待信長回來的過程中,你們不應(yīng)只是靜靜地等待,而應(yīng)盡最大努力協(xié)助維持周邊地區(qū)的治安。
これらの指示を出し終えると、信長は最低限の供だけを連れて東大寺を訪(おとな)った。
完成這些指示后,信長只攜帶最少量的供品前往東大寺。
その際にも強権を振りかざす訳でもなく、形式通りの手順を踏み正倉院へ立ち入り、黃熟香(おうじゅくこう)(蘭奢待(らんじゃたい)という名前を持つ)を閲覧したい旨を願い出た。
那時并非行使強權(quán),而是按照正常程序前往正倉院,并請求查看名為黃熟香(別名蘭奢待)的物品。
また、自身が寶物庫に踏み入るのではなく、蘭奢待のみを持ち出して貰い、大僧正立會の許、閲覧及び二か所を削り取るとした。
另外,他不是自己進入寶庫,而是請求帶出蘭賞待,經(jīng)過大僧正立會后削掉其中兩個地方來觀賞。
信長と言えば傍若無人の権化であり、神も仏も畏れぬ蠻人という先入観を持っていた東大寺の僧たちは、実際の信長を前にして、禮儀正しく堂々たる振る舞いに感心せざるを得なかった。
所以說信長,東大寺的和尚們預(yù)先認(rèn)知他是傍若無人的化身,是一位不懼神佛的野蠻人。然而,在實際面前,和尚們卻不得不佩服他的禮貌和從容不迫的舉止。
信長が大和入りした最大の目的は、大和を支配下に置いたことを示すためであり、それに異を唱えなかった東大寺や春日大社に対しては、終始禮儀正しく振舞った。
信長入侵大和的最大目的是為了表明已經(jīng)將大和置于支配下,并且對于沒有反對的東大寺和春日大社,他一直表現(xiàn)得很有禮貌。
対して大和を治める為政者に関しては、再度自分の許へ赴いて支配下に収まることを宣言させた。信長の到著を知りつつも、挨拶が遅れている、もしくは音沙汰の無い者へは、小規(guī)模の軍を率いた使節(jié)を遣わせた。
針對治理大和的政治家,宣布再次前往他們的領(lǐng)土并宣誓屈服。對于沒有問候或音訊的人,派遣了一個率領(lǐng)小規(guī)模軍隊的使節(jié),盡管已經(jīng)知道了信長的到來。
また挨拶に赴いた者にも、事前に収集していた情報と本人が述べた情報を照らし合わせ、その差異を次々に指摘して見せた。
對于前來問候的人,我們將預(yù)先收集到的信息和本人提供的信息進行比對,逐一指出其差異。
次いで隠し事をすれば為にならぬこと、領(lǐng)地運営に改善の兆しが見られぬ場合、その地位をはく奪する旨を伝えた。
接下來告訴他,隱瞞事情是無益的,如果領(lǐng)地管理沒有改善的跡象,將被剝奪其地位。
反骨精神溢れる大和の豪族たちが、信長に絶対服従を誓うはずがないが、現(xiàn)狀逆らっても勝ち目が見えない以上、為政者たちは信長の勘気を恐れて、我先にと參上することとなる。
反叛精神溢出的大和豪族們不可能向信長絕對服從,但由于反抗現(xiàn)狀沒有勝算,治理者們會因害怕招惹信長的怒火而爭先恐后地前來朝見。
真っ先に挨拶に赴いたのは、他ならぬ松永久秀であった。他の有力者たちは、信長が陣を敷いて以降に訪れたのに対し、松永は信長が京を出た頃から準(zhǔn)備を整え、付近で待機しており、信長の到著を平伏して出迎えた。
首先拜見信長的不是別人,正是松永久秀。其他有勢力的人們是在信長布陣以后才來拜訪的,而松永則是從信長離開京城之際就開始準(zhǔn)備,并在附近等待,平伏迎接了信長的到來。
「出迎え大儀であった。久しいな松永、変わり無きようだが、息災(zāi)であったか?」
「迎接你是一件大事。松永,好久不見了,看起來還是一如既往,身體健康嗎?」
「は、勿體なきお言葉。領(lǐng)民ともども健やかに過ごしておりまする」
“那,您太客氣了。我們與領(lǐng)民一同身體健康地生活著?!狈g成簡體中文。
「城こそ召し上げたものの、腐らず忠勤すれば、いずれ日の目も見よう。さて、話は変わるが朝廷より任された蕓事保護の一環(huán)で、名物の記録を取っているのは知っておろう? 其の方の持つ平蜘蛛(ひらぐも)も天下に名高き逸品と聞く、協(xié)力する気になればいつでも申せ、決して悪いようにはせぬ」
“城雖已被招募,但只要忠實盡職,不腐不敗,終有一天會獲得認(rèn)可。另外,與宮廷相對應(yīng),為保護藝術(shù)活動的一部分,您是否知道正在記錄名物的記錄?據(jù)說持有平蜘蛛的人也是天下聞名的杰作,如果你愿意合作,隨時可以告訴我,我決不會有任何不良動機?!?/p>
「は、ははっ!」
“哈哈!”
「ふむ、実に堅実に勵んでおるようじゃ。唯一の懸念は筒井との仲か、くれぐれも軽挙妄動を慎むように、下がって良いぞ」
“嗯,你確實很努力。唯一的擔(dān)憂是與筒井的關(guān)系,請務(wù)必謹(jǐn)慎行事,不要輕舉妄動,可以退縮?!?/p>
松永は地面に額が著くほどに平伏していた。信長は松永の気性を知るが故に、無理強いはしないものの、折に觸れて平蜘蛛を差し出すよう暗に要求していた。
松永俯伏在地上,額頭觸到了地面。信長知道松永的脾氣,不會強求他,但是有時會暗示他提供平蜘蛛。
とは言え、平蜘蛛を差し出して、無事に返される保証はない。信長が名物狩りで召し上げた名物は數(shù)知れず、それが持ち主に返されたという話はとんと耳にしない。
然而,即使提供了平行蛛,也不能保證它們會被平安地歸還。信長收集的名物不計其數(shù),很少聽說歸還給所有者的故事。
面と向かって拒絶を口にすれば、朝敵として処罰されるのは確実であり、皮肉にも平蜘蛛の存在が松永の地位を守っているという側(cè)面もあった。
如果當(dāng)面拒絕,就會被視為敵人,必然會受到懲罰。具有諷刺意味的是,平蜘蛛的存在也起到了保護松永地位的作用。
これは松永に限った話ではないが、朝敵となれば一族郎黨皆殺しの根切りが待っている。松永個人としては平蜘蛛を手放したくなどない。
這不是只限于松永,一旦成為敵人,整個家族都會遭到滅頂之災(zāi)。松永個人并不想放棄持有平蜘蛛。
しかし、この時代に於いて個人の感情で、一族を破滅に追いやる選択など出來ようはずもなかった。松永としては最も効果的なタイミングで平蜘蛛を手放さねばならないという、難しいかじ取りを迫られることとなる。
然而在這個時代,個人感情并不能讓整個家族走向毀滅。作為松永家的一員,他不得不在最為關(guān)鍵的時刻放棄平蜘蛛,這需要做出非常困難的選擇。
「ひぃぃっ?。 ?/p>
"ひぃぃっ??!" translates to "嘿啊啊?。?!" in Simplified Chinese.
「人の顔を見るなり悲鳴を上げるとは、禮がなっておらぬのではないか?」
“看到人臉立刻尖叫,這算得上是沒有禮貌吧?”
信長に拝謁したのち、その足で靜子の許へも向かおうとした松永だったが、建物の角を曲がったその先で彼が最も會いたくなかった人物と直面した。
信長拜謁后,松永想去拜訪靜子,但當(dāng)他拐過建筑物角落時,他迎面遇到了他最不想見到的人。
生気を感じさせぬ昏(くら)い視線を受け、松永は首筋に刃を押し當(dāng)てられたような、生きた心地のしない狀況にあった。
面對那無生氣的陰暗目光,松永仿佛感受到鋒刃擠壓著他的頸部,進入了一種毫無生氣的狀態(tài)。
「靜子へも挨拶に向かう気か?」
“你打算把問候送給靜子嗎?”
「……織田様の信任篤く、朝廷より蕓事保護を任される御仁。葉うならばお目通りを願いたいと思うのは、同じ主君を仰ぐ臣下としては當(dāng)然かと」
「...... 織田大人信任甚深,被朝廷委托保護藝事的人才。作為仰慕同一主君的臣下,如果有機會能得到面見,是理所當(dāng)然的想法」。
「ほほう、それは殊勝な心掛けよ。『所詮は世間知らずの小娘よ、如何様にも手玉に取れる』という言葉が聞こえた気がしたのだが、わしの気のせいだったのであろうな?」
“哦,那是一種值得稱贊的態(tài)度。聽起來好像有人說過:“那些世俗無知的小姑娘,毫無反抗之力”,我想這只是我的臆想罷了?!?/p>
足満の言葉に松永の表情が凍り付く。脂汗を垂らしながらも松永は必死に考えを巡らせる。先の言葉も決して大きな聲で呟いていた訳ではない、すぐ隣に侍(はべ)っていたところで聞き取れたかすら怪しい。
足滿的話讓松永的表情變得僵硬。盡管滿頭是汗,但松永還在拼命地思考。即使之前的話也不是大聲說出來的,只能在旁邊的侍者聽到。
それだというにも関わらず、目の前の男は仔細(xì)に繰り返して見せた。本當(dāng)にあの世から蘇(よみがえ)り、悪鬼羅剎(らせつ)の力を得ているのではないかと、背筋が寒くなった。
即便如此,眼前的男子仔細(xì)地一遍遍重復(fù)了這話。我感到脊背一陣發(fā)涼,他真的是從陰間復(fù)活,獲得了惡鬼羅剎的力量嗎?
「のう、松永。わしは、貴様が何か思い違いをしているのではないかと考えておるのだ。貴様が今も命を繋いでおられるのは、貴様の才覚によるものと思ってはおるまいな?」
“松永,我認(rèn)為你可能有什么誤解。你現(xiàn)在還能繼續(xù)活著,不是因為你的才智嗎?”
「い、いえ……決してそのようなことは……」
“不,絕對不會發(fā)生那樣的事情……”
「……まあ良い。人の心までは縛れぬもの。しかしな、松永。靜子に、ひいては織田殿に弓引くときは心せよ。その時、貴様は本當(dāng)の地獄を思い知ることになろう。簡単に死んで逃げられるなどと思うなよ? わしがそうした(????)ように、何度でもあの世から引き戻し、殺してくれと懇願しても尚、責(zé)め続けてくれよう」
“嗯……算了。人的心是無法被束縛的。但是,松永啊。在向靜子和織田大人雙方射箭的時候一定要謹(jǐn)慎。那時,你將會真正地感受到地獄的滋味。不要以為可以輕易地死去逃避。就像我一樣,無論多少次,都會被從那個世界拉回到這個世界。即使我懇求讓我殺了自己,也不會放過,一定會持續(xù)地折磨著?!?/p>
「ひ!? ひぃぃぃっ??!」
"啊???啊啊啊啊啊??!"
正に足満は地獄から黃泉返った悪鬼であった。尋常ではないと疑ってはいたが、遂に本性を現(xiàn)した。こいつの手に掛かれば、死して尚、安寧は得られぬという。
正是足滿是從地獄里黃泉歸來的惡鬼。我一直懷疑他很不尋常,但他最終還是暴露了本性。傳說如果落到他手里,即使死了也無法得到安寧。
足満の言葉をそう受け取った松永は、顔面を蒼白に染め上げ、這うようにして一目散に駆けだしていった。冷ややかな目で松永の背を見送った足満は、踵(きびす)を返すと靜子の陣へと戻った。
聽到足滿的話,松永臉色煞白,爬著一路狂奔而去。足滿冷漠地看著松永的背影,然后轉(zhuǎn)身回到靜子的陣地。
松永にとっての不運は、既に靜子へ面會の先觸れを出してしまった事にあった。逃げ出した相手が待ち構(gòu)える場所へ、のこのこと赴かねばならない。
對松永而言,不幸之處在于他已經(jīng)提前告知靜子面會的消息。他必須前往逃跑者設(shè)伏的地點,這是他無法避免的。
更に悪運は重なり、何故か(???)才蔵が外回りの警戒を受け持ったため、靜子の陣內(nèi)には足満の配下の兵が警護を固めていた。
進一步倒霉的是,由于(...)才藏負(fù)責(zé)外圍警戒,因此靜子的營地被足滿的手下們加強了警衛(wèi)。
「尾張の名君と名高き靜子様にお目通りが葉い、大変喜ばしく思っておりまする。尾張と比べて鄙(ひな)びた大和ではございますが、我ら地の者には土地鑑(とちかん)(その地域に対する地理や、建物の配置、生活習(xí)慣などが身についている様?!嚎薄护险`用)が御座います。何なりと御用を申し付け下さい」
"我非常高興能見到尾張的名君-靜子殿下。與尾張相比,這里雖是土里土氣的大和,但對我們當(dāng)?shù)厝藖碚f,還是熟悉的。有什么事請您盡管吩咐。"
松永は四方から投げ掛けられる、文字通り矢のような視線に耐えつつ、靜子に失禮のないよう必要以上に遜(へりくだ)った挨拶を述べた。
松永承受著從四面八方投來的直截了當(dāng)?shù)哪抗?,就像承受著箭矢一般,同時謙恭地向靜子行了無可挑剔的問候,以免做出任何失禮的舉動。
「私のような若輩者にお気遣い感謝致します。我ら大和には不案內(nèi)ゆえ、お力をお借りするときもありましょう。その折にはよろしくお頼み申します」
"對于像我這樣的年輕人的關(guān)心,表示感激。我們大和有時也需要您的幫助,因為我們不熟悉情況。那個時候,請多多關(guān)照。"
「はっ! 微力ながら全力を盡くす所存でございます」
“哈!我雖微薄,但定當(dāng)竭盡全力!”
松永は、先ほどから激しく痛み始めた腹を手で押さえ、足を引きずるようにして靜子の陣から遠ざかっていた。
松永開始用手按著越來越劇烈的疼痛的肚子,腳步無力地遠離靜子。
噂に聞こえた靜子との初の目通りであったが、內(nèi)外に多くの敵を抱える松永は一目でその異質(zhì)さに気が付いた。多くの兵を抱える程に、皆の思惑は千々に亂れ、一つの目標(biāo)へと邁進することは難しい。
聽說靜子那天是第一次相遇,但身陷內(nèi)外多重敵人的松永一眼就察覺到她的不同。擁有眾多士兵只會使人們的心思更加紛亂,很難一起朝著同一個目標(biāo)前進。
しかしながら、靜子の陣を守っている兵たちは、皆一様に心から靜子に心酔し、靜子のためとあらば、その命を投げ出す覚悟が窺えた。
然而,守護靜子的士兵們都對她心悅誠服,只要是為了靜子,每個人都愿意舍命獻身。
宗教的な狂信にも通じる気配を感じ取り、松永は足満と並んで靜子が恐ろしくて堪らなくなった。
感受到了宗教狂熱的氣息,松永與足滿并排站立,靜子變得令人不寒而栗。
(天はわしを見放した……。己を殺し、只管(ひたすら)に松永家存続だけを願おう)
(上天已經(jīng)放棄了我……為了維持松永家族的存在而奉獻自己,只愿意執(zhí)著地追求這個目標(biāo)。)
かつて暗殺した主君は地獄より悪鬼となって蘇った。更にその悪鬼が守る女は、あろうことか國中の男を惑わす傾國の悪女であった。
曾經(jīng)暗殺過的主君已化身為地獄中的惡鬼再次蘇醒。而且,由這個惡鬼守護的女子竟是一個迷惑全國男人的傾國之惡女。
野心を殺し、己を殺し、ただただ愚直に統(tǒng)治に勵めば、松永家は見逃されるということが分かった事だけが収穫であった。
殺死野心,殺死自己,專注于刻苦治理,這是我們所得到的唯一的成果,即我們可以被放過。
捨て鉢になって、織田が欲して止まぬ平蜘蛛もろともあの世に逃げ果(おお)せ、意趣返しをしてやろうかとも考えたが、足満の言葉によれば、それすら葉わぬことらしい。
即使我想報復(fù)織田家,一直追求不懈的平蜘蛛也已逃離人世,但根據(jù)足滿的話似乎即使如此也無法實現(xiàn)。
松永は己の不運を嘆き、生まれてくる時代を間違ったと後悔した。
松永哀嘆自己的不幸,后悔出生在錯誤的時代。
すっかり憔悴しきった松永の姿を目の當(dāng)たりにした大和の豪族たちは、比較的穏當(dāng)な統(tǒng)治をしていると評判の松永をしてあの責(zé)められよう、どのような仕打ちが待っているのかと戦々恐々として謁見に臨むことになる。
目睹了已經(jīng)徹底痛苦不堪的松永的模樣,大和的豪族們心想,就連聽說治理相對溫和的松永也受到了責(zé)備,那么會受到什么樣的待遇呢?他們戰(zhàn)戰(zhàn)兢兢地前去拜訪。
結(jié)果的に信長は、意図せずして労せず大和の有力者を屈服させることができ、その成果に大いに満足していた。
結(jié)果,信長無意中成功地迫使了大和地區(qū)的有力人物屈服,對此他感到非常滿意。
日を改めて再び訪れた東大寺では、大僧正の立會の許、蘭奢待を二か所削りとった。一つは自分の物とし、もう一つは正親町天皇へと贈ることとなる。
在改期再次訪問東大寺時,經(jīng)過大僧正的會見,削掉了兩個蘭奢待。 其中一個是自己的,另一個則被贈送給了正對町天皇。
その折に信長は大僧正に朝廷より請け負(fù)った蕓事保護の任を説明し、靜子に便宜を図ってくれるよう願い出た。自分の名に懸けて無法はさせぬと誓い、靜子の人柄についても朝廷直々に任を與えるほどであると請け負(fù)った。
這時信長向大僧正解釋了他從朝廷接到的保護藝術(shù)的任務(wù),并請求為靜子提供方便。他發(fā)誓絕不讓不法行為發(fā)生,并承諾靜子的人品得到了朝廷的高度贊賞。
政治的な判斷を要する事だけに、その場での返答は求めず、信長は終始上機嫌で東大寺を後にした。続いて訪れた春日大社でも、同様の姿勢を貫き、靜子に関する理解を求めることに腐心していた。
因為需要進行政治判斷,所以信長在參拜東大寺時并未立即回答,一直保持著愉悅的心情離開了那里。接下來,他前往春日大社,同樣堅持著這種態(tài)度,竭力尋求對靜子的理解。