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日語《我是貓》第八章

2023-02-15 16:04 作者:日本異文化  | 我要投稿

八 垣巡かきめぐりと云いう運動を説明した時に、主人の庭を結(jié)ゆい繞めぐらしてある竹垣の事をちょっと述べたつもりであるが、この竹垣の外がすぐ隣家、即ち南隣みなみどなりの次郎じろちゃんとこと思っては誤解である。家賃は安いがそこは苦沙彌くしゃみ先生である。與よっちゃんや次郎ちゃんなどと號する、いわゆるちゃん付きの連中と、薄っ片ぺらな垣一重を隔てて御隣り同志の親密なる交際は結(jié)んでおらぬ。この垣の外は五六間の空地あきちであって、その盡くるところに檜ひのきが蓊然こんもりと五六本併ならんでいる。椽側(cè)えんがわから拝見すると、向うは茂った森で、ここに往む先生は野中の一軒家に、無名の貓を友にして日月じつげつを送る江湖こうこの処士しょしであるかのごとき感がある。但ただし檜の枝は吹聴ふいちょうするごとく密生しておらんので、その間あいだから群鶴館ぐんかくかんという、名前だけ立派な安下宿の安屋根が遠(yuǎn)慮なく見えるから、しかく先生を想像するのにはよほど骨の折れるのは無論である。しかしこの下宿が群鶴館なら先生の居きょはたしかに臥竜窟がりょうくつくらいな価値はある。名前に稅はかからんから御互にえらそうな奴を勝手次第に付ける事として、この幅五六間の空地が竹垣を添うて東西に走る事約十間、それから、たちまち鉤かぎの手に屈曲して、臥竜窟の北面を取り囲んでいる。この北面が騒動の種である。本來なら空地を行き盡してまたあき地、とか何とか威張ってもいいくらいに家の二側(cè)ふたがわを包んでいるのだが、臥竜窟がりょうくつの主人は無論窟內(nèi)の霊貓れいびょうたる吾輩すらこのあき地には手こずっている。南側(cè)に檜ひのきが幅を利きかしているごとく、北側(cè)には桐きりの木が七八本行列している。もう周囲一尺くらいにのびているから下駄屋さえ連れてくればいい価ねになるんだが、借家しゃくやの悲しさには、いくら気が付いても実行は出來ん。主人に対しても気の毒である。せんだって學(xué)校の小使が來て枝を一本切って行ったが、そのつぎに來た時は新らしい桐の俎下駄まないたげたを穿はいて、この間の枝でこしらえましたと、聞きもせんのに吹聴ふいちょうしていた。ずるい奴だ。桐はあるが吾輩及び主人家族にとっては一文にもならない桐である。玉を抱いだいて罪ありと云う古語があるそうだが、これは桐を生はやして銭ぜになしと云ってもしかるべきもので、いわゆる寶の持ち腐ぐされである。愚ぐなるものは主人にあらず、吾輩にあらず、家主やぬしの伝兵衛(wèi)である。いないかな、いないかな、下駄屋はいないかなと桐の方で催促しているのに知らん面かおをして屋賃やちんばかり取り立てにくる。吾輩は別に伝兵衛(wèi)に恨うらみもないから彼の悪口あっこうをこのくらいにして、本題に戻ってこの空地あきちが騒動の種であると云う珍譚ちんだんを紹介仕つかまつるが、決して主人にいってはいけない。これぎりの話しである。そもそもこの空地に関して第一の不都合なる事は垣根のない事である。吹き払い、吹き通し、抜け裏、通行御免天下晴れての空地である。あると云うと噓をつくようでよろしくない。実を云うとあったのである。しかし話しは過去へ溯さかのぼらんと源因が分からない。源因が分からないと、醫(yī)者でも処方しょほうに迷惑する。だからここへ引き越して來た當(dāng)時からゆっくりと話し始める。吹き通しも夏はせいせいして心持ちがいいものだ、不用心だって金のないところに盜難のあるはずはない。だから主人の家に、あらゆる塀へい、垣、乃至ないしは亂杭らんぐい、逆茂木さかもぎの類は全く不要である。しかしながらこれは空地の向うに住居すまいする人間もしくは動物の種類如何いかんによって決せらるる問題であろうと思う。従ってこの問題を決するためには勢い向う側(cè)に陣取っている君子の性質(zhì)を明かにせんければならん。人間だか動物だか分らない先に君子と稱するのははなはだ早計のようではあるが大抵君子で間違はない。梁上りょうじょうの君子などと云って泥棒さえ君子と云う世の中である。但ただしこの場合における君子は決して警察の厄介になるような君子ではない。警察の厄介にならない代りに、數(shù)でこなした者と見えて沢山いる。うじゃうじゃいる。落雲(yún)館らくうんかんと稱する私立の中學(xué)校――八百の君子をいやが上に君子に養(yǎng)成するために毎月二円の月謝を徴集する學(xué)校である。名前が落雲(yún)館だから風(fēng)流な君子ばかりかと思うと、それがそもそもの間違になる。その信用すべからざる事は群鶴館ぐんかくかんに鶴の下りざるごとく、臥竜窟に貓がいるようなものである。學(xué)士とか教師とか號するものに主人苦沙彌君のごとき気違のある事を知った以上は落雲(yún)館の君子が風(fēng)流漢ばかりでないと云う事がわかる訳わけだ。それがわからんと主張するならまず三日ばかり主人のうちへ宿とまりに來て見るがいい。 前ぜん申すごとく、ここへ引き越しの當(dāng)時は、例の空地あきちに垣がないので、落雲(yún)館の君子は車屋の黒のごとく、のそのそと桐畠きりばたけに這入はいり込んできて、話をする、弁當(dāng)を食う、笹ささの上に寢転ねころぶ――いろいろの事をやったものだ。それからは弁當(dāng)の死骸即すなわち竹の皮、古新聞、あるいは古草履ふるぞうり、古下駄、ふると云う名のつくものを大概ここへ棄てたようだ。無頓著なる主人は存外平気に構(gòu)えて、別段抗議も申し込まずに打ち過ぎたのは、知らなかったのか、知っても咎とがめんつもりであったのか分らない。ところが彼等諸君子は學(xué)校で教育を受くるに従って、だんだん君子らしくなったものと見えて、次第に北側(cè)から南側(cè)の方面へ向けて蠶食さんしょくを企だてて來た。蠶食と云う語が君子に不似合ならやめてもよろしい。但ただしほかに言葉がないのである。彼等は水草すいそうを追うて居を変ずる沙漠さばくの住民のごとく、桐きりの木を去って檜ひのきの方に進(jìn)んで來た。檜のある所は座敷の正面である。よほど大膽なる君子でなければこれほどの行動は取れんはずである。一両日の後のち彼等の大膽はさらに一層の大を加えて大々膽だいだいたんとなった。教育の結(jié)果ほど恐しいものはない。彼等は単に座敷の正面に逼せまるのみならず、この正面において歌をうたいだした。何と云う歌か忘れてしまったが、決して三十一文字みそひともじの類たぐいではない、もっと活溌かっぱつで、もっと俗耳ぞくじに入り易やすい歌であった。驚ろいたのは主人ばかりではない、吾輩までも彼等君子の才蕓に嘆服たんぷくして覚えず耳を傾けたくらいである。しかし読者もご案內(nèi)であろうが、嘆服と云う事と邪魔と云う事は時として両立する場合がある。この両者がこの際図はからずも合して一となったのは、今から考えて見ても返す返す殘念である。主人も殘念であったろうが、やむを得ず書斎から飛び出して行って、ここは君等の這入はいる所ではない、出給えと云って、二三度追い出したようだ。ところが教育のある君子の事だから、こんな事でおとなしく聞く訳がない。追い出されればすぐ這入る。這入れば活溌なる歌をうたう。高聲こうせいに談話をする。しかも君子の談話だから一風(fēng)いっぷう違って、おめえだの知らねえのと云う。そんな言葉は御維新前ごいっしんまえは折助おりすけと雲(yún)助くもすけと三助さんすけの専門的知識に屬していたそうだが、二十世紀(jì)になってから教育ある君子の學(xué)ぶ唯一の言語であるそうだ。一般から軽蔑けいべつせられたる運動が、かくのごとく今日こんにち歓迎せらるるようになったのと同一の現(xiàn)象だと説明した人がある。主人はまた書斎から飛び出してこの君子流の言葉にもっとも堪能かんのうなる一人を捉つらまえて、なぜここへ這入るかと詰問したら、君子はたちまち「おめえ、知らねえ」の上品な言葉を忘れて「ここは學(xué)校の植物園かと思いました」とすこぶる下品な言葉で答えた。主人は將來を戒いましめて放してやった。放してやるのは亀の子のようでおかしいが、実際彼は君子の袖そでを捉とらえて談判したのである。このくらいやかましく云ったらもうよかろうと主人は思っていたそうだ。ところが実際は女媧氏じょかしの時代から予期と違うもので、主人はまた失敗した。今度は北側(cè)から邸內(nèi)を橫斷して表門から抜ける、表門をがらりとあけるから御客かと思うと桐畠の方で笑う聲がする。形勢はますます不穏である。教育の功果はいよいよ顕著になってくる。気の毒な主人はこいつは手に合わんと、それから書斎へ立て籠こもって、恭うやうやしく一書を落雲(yún)館校長に奉って、少々御取締をと哀願した。校長も鄭重ていちょうなる返書を主人に送って、垣をするから待ってくれと云った。しばらくすると二三人の職人が來て半日ばかりの間に主人の屋敷と、落雲(yún)館の境に、高さ三尺ばかりの四つ目垣が出來上がった。これでようよう安心だと主人は喜こんだ。主人は愚物である。このくらいの事で君子の挙動の変化する訳がない。 全體人にからかうのは面白いものである。吾輩のような貓ですら、時々は當(dāng)家の令嬢にからかって遊ぶくらいだから、落雲(yún)館の君子が、気の利きかない苦沙彌先生にからかうのは至極しごくもっともなところで、これに不平なのは恐らく、からかわれる當(dāng)人だけであろう。からかうと云う心理を解剖して見ると二つの要素がある。第一からかわれる當(dāng)人が平気ですましていてはならん。第二からかう者が勢力において人數(shù)において相手より強(qiáng)くなくてはいかん。この間主人が動物園から帰って來てしきりに感心して話した事がある。聞いて見ると駱駝らくだと小犬の喧嘩を見たのだそうだ。小犬が駱駝の周囲を疾風(fēng)のごとく廻転して吠ほえ立てると、駱駝は何の気もつかずに、依然として背中せなかへ瘤こぶをこしらえて突っ立ったままであるそうだ。いくら吠えても狂っても相手にせんので、しまいには犬も愛想あいそをつかしてやめる、実に駱駝は無神経だと笑っていたが、それがこの場合の適例である。いくらからかうものが上手でも相手が駱駝と來ては成立しない。さればと云って獅子ししや虎とらのように先方が強(qiáng)過ぎても者にならん。からかいかけるや否や八つ裂きにされてしまう。からかうと歯をむき出して怒おこる、怒る事は怒るが、こっちをどうする事も出來ないと云う安心のある時に愉快は非常に多いものである。なぜこんな事が面白いと云うとその理由はいろいろある。まずひまつぶしに適している。退屈な時には髯ひげの數(shù)さえ勘定して見たくなる者だ。昔むかし獄に投ぜられた囚人の一人は無聊ぶりょうのあまり、房へやの壁に三角形を重ねて畫かいてその日をくらしたと云う話がある。世の中に退屈ほど我慢の出來にくいものはない、何か活気を刺激する事件がないと生きているのがつらいものだ。からかうと云うのもつまりこの刺激を作って遊ぶ一種の娯楽である。但ただし多少先方を怒らせるか、じらせるか、弱らせるかしなくては刺激にならんから、昔しからからかうと云う娯楽に耽ふけるものは人の気を知らない馬鹿大名のような退屈の多い者、もしくは自分のなぐさみ以外は考うるに暇いとまなきほど頭の発達(dá)が幼稚で、しかも活気の使い道に窮する少年かに限っている。次には自己の優(yōu)勢な事を?qū)g地に証明するものにはもっとも簡便な方法である。人を殺したり、人を傷きずつけたり、または人を陥おとしいれたりしても自己の優(yōu)勢な事は証明出來る訳であるが、これらはむしろ殺したり、傷けたり、陥れたりするのが目的のときによるべき手段で、自己の優(yōu)勢なる事はこの手段を遂行すいこうした後のちに必然の結(jié)果として起る現(xiàn)象に過ぎん。だから一方には自分の勢力が示したくって、しかもそんなに人に害を與えたくないと云う場合には、からかうのが一番御恰好おかっこうである。多少人を傷けなければ自己のえらい事は事実の上に証拠だてられない。事実になって出て來ないと、頭のうちで安心していても存外快楽のうすいものである。人間は自己を恃たのむものである。否恃み難い場合でも恃みたいものである。それだから自己はこれだけ恃める者だ、これなら安心だと云う事を、人に対して実地に応用して見ないと気がすまない。しかも理窟りくつのわからない俗物や、あまり自己が恃みになりそうもなくて落ちつきのない者は、あらゆる機(jī)會を利用して、この証券を握ろうとする。柔術(shù)使が時々人を投げて見たくなるのと同じ事である。柔術(shù)の怪しいものは、どうか自分より弱い奴に、ただの一返ぺんでいいから出逢って見たい、素人しろうとでも構(gòu)わないから拋なげて見たいと至極危険な了見を抱いだいて町內(nèi)をあるくのもこれがためである。その他にも理由はいろいろあるが、あまり長くなるから略する事に致す。聞きたければ鰹節(jié)かつぶしの一折ひとおりも持って習(xí)いにくるがいい、いつでも教えてやる。以上に説くところを參考して推論して見ると、吾輩の考かんがえでは奧山おくやまの猿さると、學(xué)校の教師がからかうには一番手頃である。學(xué)校の教師をもって、奧山の猿に比較しては勿體もったいない。――猿に対して勿體ないのではない、教師に対して勿體ないのである。しかしよく似ているから仕方がない、御承知の通り奧山の猿は鎖くさりで繋つながれている。いくら歯をむき出しても、きゃっきゃっ騒いでも引き掻かかれる気遣きづかいはない。教師は鎖で繋がれておらない代りに月給で縛られている。いくらからかったって大丈夫、辭職して生徒をぶんなぐる事はない。辭職をする勇気のあるようなものなら最初から教師などをして生徒の御守おもりは勤めないはずである。主人は教師である。落雲(yún)館の教師ではないが、やはり教師に相違ない。からかうには至極しごく適當(dāng)で、至極安直あんちょくで、至極無事な男である。落雲(yún)館の生徒は少年である。からかう事は自己の鼻を高くする所以ゆえんで、教育の功果として至當(dāng)に要求してしかるべき権利とまで心得ている。のみならずからかいでもしなければ、活気に充みちた五體と頭脳を、いかに使用してしかるべきか十分じっぷんの休暇中持もてあまして困っている連中である。これらの條件が備われば主人は自おのずからからかわれ、生徒は自からからかう、誰から云わしても毫ごうも無理のないところである。それを怒おこる主人は野暮やぼの極、間抜の骨頂でしょう。これから落雲(yún)館の生徒がいかに主人にからかったか、これに対して主人がいかに野暮を極めたかを逐一かいてご覧に入れる。 諸君は四つ目垣とはいかなる者であるか御承知であろう。風(fēng)通しのいい、簡便な垣である。吾輩などは目の間から自由自在に往來する事が出來る。こしらえたって、こしらえなくたって同じ事だ。然し落雲(yún)館の校長は貓のために四つ目垣を作ったのではない、自分が養(yǎng)成する君子が潛くぐられんために、わざわざ職人を入れて結(jié)ゆい繞めぐらせたのである。なるほどいくら風(fēng)通しがよく出來ていても、人間には潛くぐれそうにない。この竹をもって組み合せたる四寸角の穴をぬける事は、清國しんこくの奇術(shù)師張世尊ちょうせいそんその人といえどもむずかしい。だから人間に対しては充分垣の功能をつくしているに相違ない。主人がその出來上ったのを見て、これならよかろうと喜んだのも無理はない。しかし主人の論理には大おおいなる穴がある。この垣よりも大いなる穴がある。呑舟どんしゅうの魚をも洩もらすべき大穴がある。彼は垣は踰こゆべきものにあらずとの仮定から出立している。いやしくも學(xué)校の生徒たる以上はいかに粗末の垣でも、垣と云う名がついて、分界線の區(qū)域さえ判然すれば決して亂入される気遣はないと仮定したのである。次に彼はその仮定をしばらく打ち崩くずして、よし亂入する者があっても大丈夫と論斷したのである。四つ目垣の穴を潛くぐり得る事は、いかなる小僧といえどもとうてい出來る気遣はないから亂入の虞おそれは決してないと速定そくていしてしまったのである。なるほど彼等が貓でない限りはこの四角の目をぬけてくる事はしまい、したくても出來まいが、乗り踰こえる事、飛び越える事は何の事もない。かえって運動になって面白いくらいである。 垣の出來た翌日から、垣の出來ぬ前と同様に彼等は北側(cè)の空地へぽかりぽかりと飛び込む。但ただし座敷の正面までは深入りをしない。もし追い懸けられたら逃げるのに、少々ひまがいるから、予あらかじめ逃げる時間を勘定に入いれて、捕とらえらるる危険のない所で遊弋ゆうよくをしている。彼等が何をしているか東の離れにいる主人には無論目に入いらない。北側(cè)の空地あきちに彼等が遊弋している狀態(tài)は、木戸をあけて反対の方角から鉤かぎの手に曲って見るか、または後架こうかの窓から垣根越しに眺ながめるよりほかに仕方がない。窓から眺める時はどこに何がいるか、一目いちもく明瞭に見渡す事が出來るが、よしや敵を幾人いくたり見出したからと云って捕える訳には行かぬ。ただ窓の格子こうしの中から叱りつけるばかりである。もし木戸から迂回うかいして敵地を突こうとすれば、足音を聞きつけて、ぽかりぽかりと捉つらまる前に向う側(cè)へ下りてしまう。膃肭臍おっとせいがひなたぼっこをしているところへ密猟船が向ったような者だ。主人は無論後架で張り番をしている訳ではない。と云って木戸を開いて、音がしたら直ぐ飛び出す用意もない。もしそんな事をやる日には教師を辭職して、その方専門にならなければ追っつかない。主人方の不利を云うと書斎からは敵の聲だけ聞えて姿が見えないのと、窓からは姿が見えるだけで手が出せない事である。この不利を看破したる敵はこんな軍略を講じた。主人が書斎に立て籠こもっていると探偵した時には、なるべく大きな聲を出してわあわあ云う。その中には主人をひやかすような事を聞こえよがしに述べる。しかもその聲の出所を極めて不分明にする。ちょっと聞くと垣の內(nèi)で騒いでいるのか、あるいは向う側(cè)であばれているのか判定しにくいようにする。もし主人が出懸けて來たら、逃げ出すか、または始めから向う側(cè)にいて知らん顔をする。また主人が後架へ――吾輩は最前からしきりに後架後架ときたない字を使用するのを別段の光栄とも思っておらん、実は迷惑千萬であるが、この戦爭を記述する上において必要であるからやむを得ない。――即すなわち主人が後架へまかり越したと見て取るときは、必ず桐の木の附近を徘徊はいかいしてわざと主人の眼につくようにする。主人がもし後架から四隣しりんに響く大音を揚げて怒鳴りつければ敵は周章あわてる気色けしきもなく悠然ゆうぜんと根拠地へ引きあげる。この軍略を用いられると主人ははなはだ困卻する。たしかに這入はいっているなと思ってステッキを持って出懸けると寂然せきぜんとして誰もいない。いないかと思って窓からのぞくと必ず一二人這入っている。主人は裏へ廻って見たり、後架から覗のぞいて見たり、後架から覗いて見たり、裏へ廻って見たり、何度言っても同じ事だが、何度云っても同じ事を繰り返している。奔命ほんめいに疲れるとはこの事である。教師が職業(yè)であるか、戦爭が本務(wù)であるかちょっと分らないくらい逆上ぎゃくじょうして來た。この逆上の頂點に達(dá)した時に下しもの事件が起ったのである。 事件は大概逆上から出る者だ。逆上とは読んで字のごとく逆さかさに上のぼるのである、この點に関してはゲーレンもパラセルサスも舊弊なる扁鵲へんじゃくも異議を唱となうる者は一人もない。ただどこへ逆さかさに上のぼるかが問題である。また何が逆かさに上るかが議論のあるところである。古來歐洲人の伝説によると、吾人の體內(nèi)には四種の液が循環(huán)しておったそうだ。第一に怒液どえきと云う奴やつがある。これが逆かさに上ると怒おこり出す。第二に鈍液どんえきと名づくるのがある。これが逆かさに上ると神経が鈍にぶくなる。次には憂液ゆうえき、これは人間を陰気にする。最後が血液けつえき、これは四肢ししを壯さかんにする。その後ご人文が進(jìn)むに従って鈍液、怒液、憂液はいつの間まにかなくなって、現(xiàn)今に至っては血液だけが昔のように循環(huán)していると云う話しだ。だからもし逆上する者があらば血液よりほかにはあるまいと思われる。しかるにこの血液の分量は個人によってちゃんと極きまっている。性分によって多少の増減はあるが、まず大抵一人前に付五升五合の割合である。だによって、この五升五合が逆かさに上ると、上ったところだけは熾さかんに活動するが、その他の局部は欠乏を感じて冷たくなる。ちょうど交番焼打の當(dāng)時巡査がことごとく警察署へ集って、町內(nèi)には一人もなくなったようなものだ。あれも醫(yī)學(xué)上から診斷をすると警察の逆上と云う者である。でこの逆上を癒いやすには血液を従前のごとく體內(nèi)の各部へ平均に分配しなければならん。そうするには逆かさに上った奴を下へ降おろさなくてはならん。その方にはいろいろある。今は故人となられたが主人の先君などは濡ぬれ手拭てぬぐいを頭にあてて炬燵こたつにあたっておられたそうだ。頭寒足熱ずかんそくねつは延命息災(zāi)の徴と傷寒論しょうかんろんにも出ている通り、濡れ手拭は長壽法において一日も欠くべからざる者である。それでなければ坊主の慣用する手段を試みるがよい。一所不住いっしょふじゅうの沙門しゃもん雲(yún)水行腳うんすいあんぎゃの衲僧のうそうは必ず樹下石上を宿やどとすとある。樹下石上とは難行苦行のためではない。全くのぼせを下さげるために六祖ろくそが米を舂つきながら考え出した秘法である。試みに石の上に坐ってご覧、尻が冷えるのは當(dāng)り前だろう。尻が冷える、のぼせが下がる、これまた自然の順序にして毫ごうも疑を挾さしはさむべき余地はない。かようにいろいろな方法を用いてのぼせを下げる工夫は大分だいぶ発明されたが、まだのぼせを引き起す良方が案出されないのは殘念である。一概に考えるとのぼせは損あって益なき現(xiàn)象であるが、そうばかり速斷してならん場合がある。職業(yè)によると逆上はよほど大切な者で、逆上せんと何にも出來ない事がある。その中うちでもっとも逆上を重んずるのは詩人である。詩人に逆上が必要なる事は汽船に石炭が欠くべからざるような者で、この供給が一日でも途切れると彼れ等は手を拱こまぬいて飯を食うよりほかに何等の能もない凡人になってしまう。もっとも逆上は気違の異名いみょうで、気違にならないと家業(yè)かぎょうが立ち行かんとあっては世間體せけんていが悪いから、彼等の仲間では逆上を呼ぶに逆上の名をもってしない。申し合せてインスピレーション、インスピレーションとさも勿體もったいそうに稱となえている。これは彼等が世間を瞞著まんちゃくするために製造した名でその実は正に逆上である。プレートーは彼等の肩を持ってこの種の逆上を神聖なる狂気と號したが、いくら神聖でも狂気では人が相手にしない。やはりインスピレーションと云う新発明の売薬のような名を付けておく方が彼等のためによかろうと思う。しかし蒲鉾かまぼこの種が山芋やまいもであるごとく、観音かんのんの像が一寸八分の朽木くちきであるごとく、鴨南蠻かもなんばんの材料が烏であるごとく、下宿屋の牛鍋ぎゅうなべが馬肉であるごとくインスピレーションも実は逆上である。逆上であって見れば臨時の気違である。巣鴨へ入院せずに済むのは単に臨時気違であるからだ。ところがこの臨時の気違を製造する事が困難なのである。一生涯いっしょうがいの狂人はかえって出來安いが、筆を執(zhí)とって紙に向う間あいだだけ気違にするのは、いかに巧者こうしゃな神様でもよほど骨が折れると見えて、なかなか拵こしらえて見せない。神が作ってくれん以上は自力で拵えなければならん。そこで昔から今日こんにちまで逆上術(shù)もまた逆上とりのけ術(shù)と同じく大おおいに學(xué)者の頭脳を悩ました。ある人はインスピレーションを得るために毎日渋柿を十二個ずつ食った。これは渋柿を食えば便秘する、便秘すれば逆上は必ず起るという理論から來たものだ。またある人はかん徳利を持って鉄砲風(fēng)呂てっぽうぶろへ飛び込んだ。湯の中で酒を飲んだら逆上するに極きまっていると考えたのである。その人の説によるとこれで成功しなければ葡萄酒ぶどうしゅの湯をわかして這入はいれば一返ぺんで功能があると信じ切っている。しかし金がないのでついに実行する事が出來なくて死んでしまったのは気の毒である。最後に古人の真似をしたらインスピレーションが起るだろうと思いついた者がある。これはある人の態(tài)度動作を真似ると心的狀態(tài)もその人に似てくると云う學(xué)説を応用したのである。酔っぱらいのように管くだを捲まいていると、いつの間まにか酒飲みのような心持になる、坐禪をして線香一本の間我慢しているとどことなく坊主らしい気分になれる。だから昔からインスピレーションを受けた有名の大家の所作しょさを真似れば必ず逆上するに相違ない。聞くところによればユーゴーは快走船ヨットの上へ寢転ねころんで文章の趣向を考えたそうだから、船へ乗って青空を見つめていれば必ず逆上受合うけあいである。スチーヴンソンは腹這はらばいに寢て小説を書いたそうだから、打うつ伏ぷしになって筆を持てばきっと血が逆さかさに上のぼってくる。かようにいろいろな人がいろいろの事を考え出したが、まだ誰も成功しない。まず今日こんにちのところでは人為的逆上は不可能の事となっている。殘念だが致し方がない。早晩隨意にインスピレーションを起し得る時機(jī)の到來するは疑うたがいもない事で、吾輩は人文のためにこの時機(jī)の一日も早く來らん事を切望するのである。 逆上の説明はこのくらいで充分だろうと思うから、これよりいよいよ事件に取りかかる。しかしすべての大事件の前には必ず小事件が起るものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古來から歴史家の常に陥おちいる弊竇へいとうである。主人の逆上も小事件に逢う度に一層の劇甚げきじんを加えて、ついに大事件を引き起したのであるからして、幾分かその発達(dá)を順序立てて述べないと主人がいかに逆上しているか分りにくい。分りにくいと主人の逆上は空名に帰して、世間からはよもやそれほどでもなかろうと見くびられるかも知れない。せっかく逆上しても人から天晴あっぱれな逆上と謡うたわれなくては張り合がないだろう。これから述べる事件は大小に係かかわらず主人に取って名譽(yù)な者ではない。事件その物が不名譽(yù)であるならば、責(zé)せめて逆上なりとも、正銘しょうめいの逆上であって、決して人に劣るものでないと云う事を明かにしておきたい。主人は他に対して別にこれと云って誇るに足る性質(zhì)を有しておらん。逆上でも自慢しなくてはほかに骨を折って書き立ててやる種がない。 落雲(yún)館に群がる敵軍は近日に至って一種のダムダム弾を発明して、十分じっぷんの休暇、もしくは放課後に至って熾さかんに北側(cè)の空地あきちに向って砲火を浴びせかける。このダムダム弾は通稱をボールと稱となえて、擂粉木すりこぎの大きな奴をもって任意これを敵中に発射する仕掛である。いくらダムダムだって落雲(yún)館の運動場から発射するのだから、書斎に立て籠こもってる主人に中あたる気遣きづかいはない。敵といえども弾道のあまり遠(yuǎn)過ぎるのを自覚せん事はないのだけれど、そこが軍略である。旅順の戦爭にも海軍から間接射撃を行って偉大な功を奏したと云う話であれば、空地へころがり落つるボールといえども相當(dāng)の功果を収め得ぬ事はない。いわんや一発を送る度たびに総軍力を合せてわーと威嚇性いかくせい大音聲だいおんじょうを出いだすにおいてをやである。主人は恐縮の結(jié)果として手足に通う血管が収縮せざるを得ない。煩悶はんもんの極きょくそこいらを迷付まごついている血が逆さかさに上のぼるはずである。敵の計はかりごとはなかなか巧妙と云うてよろしい。昔むかし希臘ギリシャにイスキラスと云う作家があったそうだ。この男は學(xué)者作家に共通なる頭を有していたと云う。吾輩のいわゆる學(xué)者作家に共通なる頭とは禿はげと云う意味である。なぜ頭が禿げるかと云えば頭の営養(yǎng)不足で毛が生長するほど活気がないからに相違ない。學(xué)者作家はもっとも多く頭を使うものであって大概は貧乏に極きまっている。だから學(xué)者作家の頭はみんな営養(yǎng)不足でみんな禿げている。さてイスキラスも作家であるから自然の勢いきおい禿げなくてはならん。彼はつるつる然たる金柑頭きんかんあたまを有しておった。ところがある日の事、先生例の頭――頭に外行よそゆきも普段著ふだんぎもないから例の頭に極ってるが――その例の頭を振り立て振り立て、太陽に照らしつけて往來をあるいていた。これが間違いのもとである。禿げ頭を日にあてて遠(yuǎn)方から見ると、大変よく光るものだ。高い木には風(fēng)があたる、光かる頭にも何かあたらなくてはならん。この時イスキラスの頭の上に一羽の鷲わしが舞っていたが、見るとどこかで生捕いけどった一疋ぴきの亀を爪の先に攫つかんだままである。亀、スッポンなどは美味に相違ないが、希臘時代から堅い甲羅こうらをつけている。いくら美味でも甲羅つきではどうする事も出來ん。海老えびの鬼殻焼おにがらやきはあるが亀の子の甲羅煮は今でさえないくらいだから、當(dāng)時は無論なかったに極っている。さすがの鷲わしも少々持て余した折柄おりから、遙はるかの下界にぴかと光った者がある。その時鷲はしめたと思った。あの光ったものの上へ亀の子を落したなら、甲羅は正まさしく砕けるに極きわまった。砕けたあとから舞い下りて中味なかみを頂戴ちょうだいすれば訳はない。そうだそうだと覗ねらいを定めて、かの亀の子を高い所から挨拶も無く頭の上へ落した。生憎あいにく作家の頭の方が亀の甲より軟らかであったものだから、禿はめちゃめちゃに砕けて有名なるイスキラスはここに無慘むざんの最後を遂げた。それはそうと、解げしかねるのは鷲の了見である。例の頭を、作家の頭と知って落したのか、または禿巖と間違えて落したものか、解決しよう次第で、落雲(yún)館の敵とこの鷲とを比較する事も出來るし、また出來なくもなる。主人の頭はイスキラスのそれのごとく、また御歴々おれきれきの學(xué)者のごとくぴかぴか光ってはおらん。しかし六畳敷にせよいやしくも書斎と號する一室を控ひかえて、居眠りをしながらも、むずかしい書物の上へ顔を翳かざす以上は、學(xué)者作家の同類と見傚みなさなければならん。そうすると主人の頭の禿げておらんのは、まだ禿げるべき資格がないからで、その內(nèi)に禿げるだろうとは近々きんきんこの頭の上に落ちかかるべき運命であろう。して見れば落雲(yún)館の生徒がこの頭を目懸けて例のダムダム丸がんを集注するのは策のもっとも時宜じぎに適したものと云わねばならん。もし敵がこの行動を二週間継続するならば、主人の頭は畏怖いふと煩悶はんもんのため必ず営養(yǎng)の不足を訴えて、金柑きんかんとも薬缶やかんとも銅壺どうことも変化するだろう。なお二週間の砲撃を食くらえば金柑は潰つぶれるに相違ない。薬缶は洩もるに相違ない。銅壺ならひびが入るにきまっている。この睹易みやすき結(jié)果を予想せんで、あくまでも敵と戦闘を継続しようと苦心するのは、ただ本人たる苦沙彌先生のみである。 ある日の午後、吾輩は例のごとく椽側(cè)えんがわへ出て午睡ひるねをして虎になった夢を見ていた。主人に鶏肉けいにくを持って來いと云うと、主人がへえと恐る恐る鶏肉を持って出る。迷亭が來たから、迷亭に雁がんが食いたい、雁鍋がんなべへ行って誂あつらえて來いと云うと、蕪かぶの香こうの物ものと、塩煎餅しおせんべいといっしょに召し上がりますと雁の味が致しますと例のごとく茶羅ちゃらッ鉾ぽこを云うから、大きな口をあいて、うーと唸うなって嚇おどかしてやったら、迷亭は蒼あおくなって山下やましたの雁鍋は廃業(yè)致しましたがいかが取り計はからいましょうかと云った。それなら牛肉で勘弁するから早く西川へ行ってロースを一斤取って來い、早くせんと貴様から食い殺すぞと云ったら、迷亭は尻を端折はしょって馳かけ出した。吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側(cè)一杯に寢そべって、迷亭の帰るのを待ち受けていると、たちまち家中うちじゅうに響く大きな聲がしてせっかくの牛ぎゅうも食わぬ間まに夢がさめて吾に帰った。すると今まで恐る恐る吾輩の前に平伏していたと思いのほかの主人が、いきなり後架こうかから飛び出して來て、吾輩の橫腹をいやと云うほど蹴けたから、おやと思ううち、たちまち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲(yún)館の方へかけて行く。吾輩は虎から急に貓と収縮したのだから何となく極きまりが悪くもあり、おかしくもあったが、主人のこの権幕と橫腹を蹴られた痛さとで、虎の事はすぐ忘れてしまった。同時に主人がいよいよ出馬して敵と交戦するな面白いわいと、痛いのを我慢して、後あとを慕って裏口へ出た。同時に主人がぬすっとうと怒鳴る聲が聞える、見ると制帽をつけた十八九になる倔強(qiáng)くっきょうな奴が一人、四ツ目垣を向うへ乗り越えつつある。やあ遅かったと思ううち、彼かの制帽は馳け足の姿勢をとって根拠地の方へ韋駄天いだてんのごとく逃げて行く。主人はぬすっとうが大おおいに成功したので、またもぬすっとうと高く叫びながら追いかけて行く。しかしかの敵に追いつくためには主人の方で垣を越さなければならん。深入りをすれば主人自みずからが泥棒になるはずである。前ぜん申す通り主人は立派なる逆上家である。こう勢いきおいに乗じてぬすっとうを追い懸ける以上は、夫子ふうし自身がぬすっとうに成っても追い懸けるつもりと見えて、引き返す気色けしきもなく垣の根元まで進(jìn)んだ。今一歩で彼はぬすっとうの領(lǐng)分に入はいらなければならんと云う間際まぎわに、敵軍の中から、薄い髯ひげを勢なく生はやした將官がのこのこと出馬して來た。両人ふたりは垣を境に何か談判している。聞いて見るとこんなつまらない議論である。 「あれは本校の生徒です」 「生徒たるべきものが、何で他ひとの邸內(nèi)へ侵入するのですか」 「いやボールがつい飛んだものですから」 「なぜ斷って、取りに來ないのですか」 「これから善よく注意します」 「そんなら、よろしい」 竜騰虎闘りゅうとうことうの壯観があるだろうと予期した交渉はかくのごとく散文的なる談判をもって無事に迅速に結(jié)了した。主人の壯さかんなるはただ意気込みだけである。いざとなると、いつでもこれでおしまいだ。あたかも吾輩が虎の夢から急に貓に返ったような観がある。吾輩の小事件と云うのは即すなわちこれである。小事件を記述したあとには、順序として是非大事件を話さなければならん。 主人は座敷の障子を開いて腹這はらばいになって、何か思案している??证椁瘮长藢潳筏品蓝R策ぼうぎょさくを講じているのだろう。落雲(yún)館は授業(yè)中と見えて、運動場は存外靜かである。ただ校舎の一室で、倫理の講義をしているのが手に取るように聞える。朗々たる音聲でなかなかうまく述べ立てているのを聴くと、全く昨日きのう敵中から出馬して談判の衝しょうに當(dāng)った將軍である。 「……で公徳と云うものは大切な事で、あちらへ行って見ると、仏蘭西フランスでも獨逸ドイツでも英吉利イギリスでも、どこへ行っても、この公徳の行われておらん國はない。またどんな下等な者でもこの公徳を重んぜぬ者はない。悲しいかな、我が日本に在あっては、未まだこの點において外國と拮抗きっこうする事が出來んのである。で公徳と申すと何か新しく外國から輸入して來たように考える諸君もあるかも知れんが、そう思うのは大だいなる誤りで、昔人せきじんも夫子ふうしの道一みちいつ以もって之これを貫つらぬく、忠恕ちゅうじょのみ矣いと云われた事がある。この恕じょと申すのが取りも直さず公徳の出所しゅっしょである。私も人間であるから時には大きな聲をして歌などうたって見たくなる事がある。しかし私が勉強(qiáng)している時に隣室のものなどが放歌するのを聴くと、どうしても書物の読めぬのが私の性分である。であるからして自分が唐詩選とうしせんでも高聲こうせいに吟じたら気分が晴々せいせいしてよかろうと思う時ですら、もし自分のように迷惑がる人が隣家に住んでおって、知らず知らずその人の邪魔をするような事があってはすまんと思うて、そう云う時はいつでも控ひかえるのである。こう云う訳だから諸君もなるべく公徳を守って、いやしくも人の妨害になると思う事は決してやってはならんのである?!? 主人は耳を傾けて、この講話を謹(jǐn)聴していたが、ここに至ってにやりと笑った。ちょっとこのにやりの意味を説明する必要がある。皮肉家がこれをよんだらこのにやりの裏うちには冷評的分子が交っていると思うだろう。しかし主人は決して、そんな人の悪い男ではない。悪いと云うよりそんなに智慧ちえの発達(dá)した男ではない。主人はなぜ笑ったかと云うと全く嬉しくって笑ったのである。倫理の教師たる者がかように痛切なる訓(xùn)戒を與えるからはこの後のちは永久ダムダム弾の亂射を免まぬがれるに相違ない。當(dāng)分のうち頭も禿げずにすむ、逆上は一時に直らんでも時機(jī)さえくれば漸次ぜんじ回復(fù)するだろう、濡ぬれ手拭てぬぐいを頂いて、炬燵こたつにあたらなくとも、樹下石上を宿やどとしなくとも大丈夫だろうと鑑定したから、にやにやと笑ったのである。借金は必ず返す者と二十世紀(jì)の今日こんにちにもやはり正直に考えるほどの主人がこの講話を真面目に聞くのは當(dāng)然であろう。 やがて時間が來たと見えて、講話はぱたりとやんだ。他の教室の課業(yè)も皆一度に終った。すると今まで室內(nèi)に密封された八百の同勢は鬨ときの聲をあげて、建物を飛び出した。その勢いきおいと云うものは、一尺ほどな蜂はちの巣を敲たたき落したごとくである。ぶんぶん、わんわん云うて窓から、戸口から、開きから、いやしくも穴の開あいている所なら何の容赦もなく我勝ちに飛び出した。これが大事件の発端である。 まず蜂の陣立てから説明する。こんな戦爭に陣立ても何もあるものかと云うのは間違っている。普通の人は戦爭とさえ云えば沙河しゃかとか奉天ほうてんとかまた旅順りょじゅんとかそのほかに戦爭はないもののごとくに考えている。少し詩がかった野蠻人になると、アキリスがヘクトーの死骸を引きずって、トロイの城壁を三匝さんそうしたとか、燕えんぴと張飛が長坂橋ちょうはんきょうに丈八じょうはちの蛇矛だぼうを橫よこたえて、曹操そうそうの軍百萬人を睨にらめ返したとか大袈裟おおげさな事ばかり連想する。連想は當(dāng)人の隨意だがそれ以外の戦爭はないものと心得るのは不都合だ。太古蒙昧たいこもうまいの時代に在あってこそ、そんな馬鹿気た戦爭も行われたかも知れん、しかし太平の今日こんにち、大日本國帝都の中心においてかくのごとき野蠻的行動はあり得べからざる奇蹟に屬している。いかに騒動が持ち上がっても交番の焼打以上に出る気遣きづかいはない。して見ると臥竜窟がりょうくつ主人の苦沙彌先生と落雲(yún)館裏り八百の健児との戦爭は、まず東京市あって以來の大戦爭の一として數(shù)えてもしかるべきものだ。左氏さしが鄢陵えんりょうの戦たたかいを記するに當(dāng)ってもまず敵の陣勢から述べている。古來から敘述に巧みなるものは皆この筆法を用いるのが通則になっている。だによって吾輩が蜂の陣立てを話すのも仔細(xì)しさいなかろう。それでまず蜂の陣立ていかんと見てあると、四つ目垣の外側(cè)に縦列を形かたちづくった一隊がある。これは主人を戦闘線內(nèi)に誘致する職務(wù)を帯びた者と見える。「降參しねえか」「しねえしねえ」「駄目だ駄目だ」「出てこねえ」「落ちねえかな」「落ちねえはずはねえ」「吠えて見ろ」「わんわん」「わんわん」「わんわんわんわん」これから先は縦隊総がかりとなって吶喊とっかんの聲を揚げる。縦隊を少し右へ離れて運動場の方面には砲隊が形勝の地を占めて陣地を布しいている。臥竜窟がりょうくつに面して一人の將官が擂粉木すりこぎの大きな奴を持って控ひかえる。これと相対して五六間の間隔をとってまた一人立つ、擂粉木のあとにまた一人、これは臥竜窟に顔をむけて突っ立っている。かくのごとく一直線にならんで向い合っているのが砲手である。ある人の説によるとこれはベースボールの練習(xí)であって、決して戦闘準(zhǔn)備ではないそうだ。吾輩はベースボールの何物たるを解せぬ文盲漢もんもうかんである。しかし聞くところによればこれは米國から輸入された遊戯で、今日こんにち中學(xué)程度以上の學(xué)校に行わるる運動のうちでもっとも流行するものだそうだ。米國は突飛とっぴな事ばかり考え出す國柄であるから、砲隊と間違えてもしかるべき、近所迷惑の遊戯を日本人に教うべくだけそれだけ親切であったかも知れない。また米國人はこれをもって真に一種の運動遊戯と心得ているのだろう。しかし純粋の遊戯でもかように四隣を驚かすに足る能力を有している以上は使いようで砲撃の用には充分立つ。吾輩の眼をもって観察したところでは、彼等はこの運動術(shù)を利用して砲火の功を収めんと企てつつあるとしか思われない。物は云いようでどうでもなるものだ。慈善の名を借りて詐偽さぎを働らき、インスピレーションと號して逆上をうれしがる者がある以上はベースボールなる遊戯の下もとに戦爭をなさんとも限らない?;颏肴摔握h明は世間一般のベースボールの事であろう。今吾輩が記述するベースボールはこの特別の場合に限らるるベースボール即すなわち攻城的砲術(shù)である。これからダムダム弾を発射する方法を紹介する。直線に布しかれたる砲列の中の一人が、ダムダム弾を右の手に握って擂粉木の所有者に拋ほうりつける。ダムダム弾は何で製造したか局外者には分らない。堅い丸い石の団子のようなものを御鄭寧ごていねいに皮でくるんで縫い合せたものである。前ぜん申す通りこの弾丸が砲手の一人の手中を離れて、風(fēng)を切って飛んで行くと、向うに立った一人が例の擂粉木をやっと振り上げて、これを敲たたき返す。たまには敲き損そこなった弾丸が流れてしまう事もあるが、大概はポカンと大きな音を立てて弾はね返る。その勢は非常に猛烈なものである。神経性胃弱なる主人の頭を潰つぶすくらいは容易に出來る。砲手はこれだけで事足るのだが、その周囲附近には彌次馬やじうま兼援兵が雲(yún)霞うんかのごとく付き添うている。ポカーンと擂粉木が団子に中あたるや否やわー、ぱちぱちぱちと、わめく、手を拍うつ、やれやれと云う。中あたったろうと云う。これでも利きかねえかと云う??证烊毪椁亭à仍皮?。降參かと云う。これだけならまだしもであるが、敲たたき返された弾丸は三度に一度必ず臥竜窟邸內(nèi)へころがり込む。これがころがり込まなければ攻撃の目的は達(dá)せられんのである。ダムダム弾は近來諸所で製造するが隨分高価なものであるから、いかに戦爭でもそう充分な供給を仰ぐ訳に行かん。大抵一隊の砲手に一つもしくは二つの割である。ポンと鳴る度にこの貴重な弾丸を消費する訳には行かん。そこで彼等はたま拾ひろいと稱する一部隊を設(shè)けて落弾おちだまを拾ってくる。落ち場所がよければ拾うのに骨も折れないが、草原とか人の邸內(nèi)へ飛び込むとそう容易たやすくは戻って來ない。だから平生ならなるべく労力を避けるため、拾い易やすい所へ打ち落すはずであるが、この際は反対に出る。目的が遊戯にあるのではない、戦爭に存するのだから、わざとダムダム弾を主人の邸內(nèi)に降らせる。邸內(nèi)に降らせる以上は、邸內(nèi)へ這入はいって拾わなければならん。邸內(nèi)に這入るもっとも簡便な方法は四つ目垣を越えるにある。四つ目垣のうちで騒動すれば主人が怒おこり出さなければならん。しからずんば兜かぶとを脫いで降參しなければならん??嘈膜韦ⅳ蓼觐^がだんだん禿げて來なければならん。 今しも敵軍から打ち出した一弾は、照準(zhǔn)しょうじゅん誤あやまたず、四つ目垣を通り越して桐きりの下葉を振い落して、第二の城壁即すなわち竹垣に命中した。隨分大きな音である。ニュートンの運動律第一に曰いわくもし他の力を加うるにあらざれば、一度ひとたび動き出したる物體は均一の速度をもって直線に動くものとす。もしこの律のみによって物體の運動が支配せらるるならば主人の頭はこの時にイスキラスと運命を同じくしたであろう。幸さいわいにしてニュートンは第一則を定むると同時に第二則も製造してくれたので主人の頭は危うきうちに一命を取りとめた。運動の第二則に曰く運動の変化は、加えられたる力に比例す、しかしてその力の働く直線の方向において起るものとす。これは何の事だか少しくわかり兼ねるが、かのダムダム弾が竹垣を突き通して、障子しょうじを裂き破って主人の頭を破壊しなかったところをもって見ると、ニュートンの御蔭おかげに相違ない。しばらくすると案のごとく敵は邸內(nèi)に乗り込んで來たものと覚しく、「ここか」「もっと左の方か」などと棒でもって笹ささの葉を敲き廻わる音がする。すべて敵が主人の邸內(nèi)へ乗り込んでダムダム弾を拾う場合には必ず特別な大きな聲を出す。こっそり這入って、こっそり拾っては肝心かんじんの目的が達(dá)せられん。ダムダム弾は貴重かも知れないが、主人にからかうのはダムダム弾以上に大事である。この時のごときは遠(yuǎn)くから弾の所在地は判然している。竹垣に中あたった音も知っている。中った場所も分っている、しかしてその落ちた地面も心得ている。だからおとなしくして拾えば、いくらでもおとなしく拾える。ライプニッツの定義によると空間は出來得べき同在現(xiàn)象の秩序である。いろはにほへとはいつでも同じ順にあらわれてくる。柳の下には必ず鰌どじょうがいる。蝙蝠こうもりに夕月はつきものである。垣根にボールは不似合かも知れぬ。しかし毎日毎日ボールを人の邸內(nèi)に拋ほうり込む者の眼に映ずる空間はたしかにこの排列に慣なれている。一眼ひとめ見ればすぐ分る訳だ。それをかくのごとく騒ぎ立てるのは必竟ひっきょうずるに主人に戦爭を挑いどむ策略である。 こうなってはいかに消極的なる主人といえども応戦しなければならん。さっき座敷のうちから倫理の講義をきいてにやにやしていた主人は奮然として立ち上がった。猛然として馳かけ出した。驀然ばくぜんとして敵の一人を生捕いけどった。主人にしては大出來である。大出來には相違ないが、見ると十四五の小供である。髯ひげの生はえている主人の敵として少し不似合だ。けれども主人はこれで沢山だと思ったのだろう。詫わび入るのを無理に引っ張って椽側(cè)えんがわの前まで連れて來た。ここにちょっと敵の策略について一言いちげんする必要がある、敵は主人が昨日きのうの権幕けんまくを見てこの様子では今日も必ず自身で出馬するに相違ないと察した。その時萬一逃げ損じて大僧おおぞうがつらまっては事面倒になる。ここは一年生か二年生くらいな小供を玉拾いにやって危険を避けるに越した事はない。よし主人が小供をつらまえて愚図愚図ぐずぐず理窟りくつを捏こね廻したって、落雲(yún)館の名譽(yù)には関係しない、こんなものを大人気おとなげもなく相手にする主人の恥辱ちじょくになるばかりだ。敵の考はこうであった。これが普通の人間の考で至極しごくもっともなところである。ただ敵は相手が普通の人間でないと云う事を勘定のうちに入れるのを忘れたばかりである。主人にこれくらいの常識があれば昨日だって飛び出しはしない。逆上は普通の人間を、普通の人間の程度以上に釣るし上げて、常識のあるものに、非常識を與える者である。女だの、小供だの、車引きだの、馬子だのと、そんな見境みさかいのあるうちは、まだ逆上を以て人に誇るに足らん。主人のごとく相手にならぬ中學(xué)一年生を生捕いけどって戦爭の人質(zhì)とするほどの了見でなくては逆上家の仲間入りは出來ないのである??砂Г铯い饯Δ胜韦喜短敜扦ⅳ?。単に上級生の命令によって玉拾いなる雑兵ぞうひょうの役を勤めたるところ、運わるく非常識の敵將、逆上の天才に追い詰められて、垣越える間まもあらばこそ、庭前に引き據(jù)すえられた。こうなると敵軍は安閑と味方の恥辱を見ている訳に行かない。我も我もと四つ目垣を乗りこして木戸口から庭中に亂れ入る。その數(shù)は約一ダースばかり、ずらりと主人の前に並んだ。大抵は上衣うわぎもちょっ著きもつけておらん。白シャツの腕をまくって、腕組をしたのがある。綿めんネルの洗いざらしを申し訳に背中だけへ乗せているのがある。そうかと思うと白の帆木綿ほもめんに黒い縁ふちをとって胸の真中に花文字を、同じ色に縫いつけた灑落者しゃれものもある。いずれも一騎當(dāng)千の猛將と見えて、丹波たんばの國は笹山から昨夜著し立てでござると云わぬばかりに、黒く逞たくましく筋肉が発達(dá)している。中學(xué)などへ入れて學(xué)問をさせるのは惜しいものだ。漁師りょうしか船頭にしたら定めし國家のためになるだろうと思われるくらいである。彼等は申し合せたごとく、素足に股引ももひきを高くまくって、近火の手伝にでも行きそうな風(fēng)體ふうていに見える。彼等は主人の前にならんだぎり黙然もくねんとして一言いちごんも発しない。主人も口を開ひらかない。しばらくの間雙方共睨にらめくらをしているなかにちょっと殺気がある。 「貴様?shù)趣悉踏工盲趣Δ工戎魅摔蠈枻筏?。大気燄だいきえんである。奧歯で囓かみ潰つぶした癇癪玉かんしゃくだまが炎となって鼻の穴から抜けるので、小鼻が、いちじるしく怒いかって見える。越後獅子えちごじしの鼻は人間が怒おこった時の恰好かっこうを形かたどって作ったものであろう。それでなくてはあんなに恐しく出來るものではない。 「いえ泥棒ではありません。落雲(yún)館の生徒です」 「うそをつけ。落雲(yún)館の生徒が無斷で人の庭宅に侵入する奴があるか」 「しかしこの通りちゃんと學(xué)校の徽章きしょうのついている帽子を被かぶっています」 「にせものだろう。落雲(yún)館の生徒ならなぜむやみに侵入した」 「ボールが飛び込んだものですから」 「なぜボールを飛び込ました」 「つい飛び込んだんです」 「怪けしからん奴だ」 「以後注意しますから、今度だけ許して下さい」 「どこの何者かわからん奴が垣を越えて邸內(nèi)に闖入ちんにゅうするのを、そう容易たやすく許されると思うか」 「それでも落雲(yún)館の生徒に違ないんですから」 「落雲(yún)館の生徒なら何年生だ」 「三年生です」 「きっとそうか」 「ええ」 主人は奧の方を顧かえりみながら、おいこらこらと云う。 埼玉生れの御三おさんが襖ふすまをあけて、へえと顔を出す。 「落雲(yún)館へ行って誰か連れてこい」 「誰を連れて參ります」 「誰でもいいから連れてこい」 下女は「へえ」と答えたが、あまり庭前の光景が妙なのと、使の趣おもむきが判然しないのと、さっきからの事件の発展が馬鹿馬鹿しいので、立ちもせず、坐りもせずにやにや笑っている。主人はこれでも大戦爭をしているつもりである。逆上的敏腕を大おおいに振ふるっているつもりである。しかるところ自分の召し使たる當(dāng)然こっちの肩を持つべきものが、真面目な態(tài)度をもって事に臨まんのみか、用を言いつけるのを聞きながらにやにや笑っている。ますます逆上せざるを得ない。 「誰でも構(gòu)わんから呼んで來いと云うのに、わからんか。校長でも幹事でも教頭でも……」 「あの校長さんを……」下女は校長と云う言葉だけしか知らないのである。 「校長でも、幹事でも教頭でもと云っているのにわからんか」 「誰もおりませんでしたら小使でもよろしゅうございますか」 「馬鹿を云え。小使などに何が分かるものか」 ここに至って下女もやむを得んと心得たものか、「へえ」と云って出て行った。使の主意はやはり飲み込めんのである。小使でも引張って來はせんかと心配していると、あに計らんや例の倫理の先生が表門から乗り込んで來た。平然と座に就つくを待ち受けた主人は直ちに談判にとりかかる。 「ただ今邸內(nèi)にこの者共が亂入致して……」と忠臣蔵のような古風(fēng)な言葉を使ったが「本當(dāng)に御校おんこうの生徒でしょうか」と少々皮肉に語尾を切った。 倫理の先生は別段驚いた様子もなく、平気で庭前にならんでいる勇士を一通り見廻わした上、もとのごとく瞳ひとみを主人の方にかえして、下しものごとく答えた。 「さようみんな學(xué)校の生徒であります。こんな事のないように始終訓(xùn)戒を加えておきますが……どうも困ったもので……なぜ君等は垣などを乗り越すのか」 さすがに生徒は生徒である、倫理の先生に向っては一言いちごんもないと見えて何とも云うものはない。おとなしく庭の隅にかたまって羊の群むれが雪に逢ったように控ひかえている。 「丸たまが這入はいるのも仕方がないでしょう。こうして學(xué)校の隣りに住んでいる以上は、時々はボールも飛んで來ましょう。しかし……あまり亂暴ですからな。仮令たとい垣を乗り越えるにしても知れないように、そっと拾って行くなら、まだ勘弁のしようもありますが……」 「ごもっともで、よく注意は致しますが何分多人數(shù)たにんずの事で……よくこれから注意をせんといかんぜ。もしボールが飛んだら表から廻って、御斷りをして取らなければいかん。いいか。――広い學(xué)校の事ですからどうも世話ばかりやけて仕方がないです。で運動は教育上必要なものでありますから、どうもこれを禁ずる訳には參りかねるので。これを許すとつい御迷惑になるような事が出來ますが、これは是非御容赦を願いたいと思います。その代り向後こうごはきっと表門から廻って御斷りを致した上で取らせますから」 「いや、そう事が分かればよろしいです。球たまはいくら御投げになっても差支さしつかえはないです。表からきてちょっと斷わって下されば構(gòu)いません。ではこの生徒はあなたに御引き渡し申しますからお連れ帰りを願います。いやわざわざ御呼び立て申して恐縮です」と主人は例によって例のごとく竜頭蛇尾りゅうとうだびの挨拶をする。倫理の先生は丹波の笹山を連れて表門から落雲(yún)館へ引き上げる。吾輩のいわゆる大事件はこれで一とまず落著を告げた。何のそれが大事件かと笑うなら、笑うがいい。そんな人には大事件でないまでだ。吾輩は主人の大事件を?qū)懁筏郡韦?、そんな人の大事件を記しるしたのではない。尻が切れて?qiáng)弩きょうどの末勢ばっせいだなどと悪口するものがあるなら、これが主人の特色である事を記憶して貰いたい。主人が滑稽文の材料になるのもまたこの特色に存する事を記憶して貰いたい。十四五の小供を相手にするのは馬鹿だと云うなら吾輩も馬鹿に相違ないと同意する。だから大町桂月は主人をつらまえて未いまだ稚気ちきを免がれずと云うている。 吾輩はすでに小事件を敘し了おわり、今また大事件を述べ了ったから、これより大事件の後あとに起る余瀾よらんを描えがき出だして、全篇の結(jié)びを付けるつもりである。すべて吾輩のかく事は、口から出任でまかせのいい加減と思う読者もあるかも知れないが決してそんな軽率な貓ではない。一字一句の裏うちに宇宙の一大哲理を包含するは無論の事、その一字一句が層々そうそう連続すると首尾相応じ前後相照らして、瑣談繊話さだんせんわと思ってうっかりと読んでいたものが忽然こつぜん豹変ひょうへんして容易ならざる法語となるんだから、決して寢ころんだり、足を出して五行ごとに一度に読むのだなどと云う無禮を演じてはいけない。柳宗元りゅうそうげんは韓退之かんたいしの文を読むごとに薔薇しょうびの水みずで手を清めたと云うくらいだから、吾輩の文に対してもせめて自腹じばらで雑誌を買って來て、友人の御余りを借りて間に合わすと云う不始末だけはない事に致したい。これから述べるのは、吾輩自みずから余瀾と號するのだけれど、余瀾ならどうせつまらんに極きまっている、読まんでもよかろうなどと思うと飛んだ後悔をする。是非しまいまで精読しなくてはいかん。 大事件のあった翌日、吾輩はちょっと散歩がしたくなったから表へ出た。すると向う橫町へ曲がろうと云う角で金田の旦那と鈴木の藤とうさんがしきりに立ちながら話をしている。金田君は車で自宅うちへ帰るところ、鈴木君は金田君の留守を訪問して引き返す途中で両人ふたりがばったりと出逢ったのである。近來は金田の邸內(nèi)も珍らしくなくなったから、滅多めったにあちらの方角へは足が向かなかったが、こう御目に懸って見ると、何となく御懐おなつかしい。鈴木にも久々ひさびさだから余所よそながら拝顔の栄を得ておこう。こう決心してのそのそ御両君の佇立ちょりつしておらるる傍そば近く歩み寄って見ると、自然両君の談話が耳に入いる。これは吾輩の罪ではない。先方が話しているのがわるいのだ。金田君は探偵さえ付けて主人の動靜を窺うかがうくらいの程度の良心を有している男だから、吾輩が偶然君の談話を拝聴したって怒おこらるる気遣きづかいはあるまい。もし怒られたら君は公平と云う意味を御承知ないのである。とにかく吾輩は両君の談話を聞いたのである。聞きたくて聴いたのではない。聞きたくもないのに談話の方で吾輩の耳の中へ飛び込んで來たのである。 「只今御宅へ伺いましたところで、ちょうどよい所で御目にかかりました」と藤とうさんは鄭寧ていねいに頭をぴょこつかせる。 「うむ、そうかえ。実はこないだから、君にちょっと逢いたいと思っていたがね。それはよかった」 「へえ、それは好都合でございました。何かご用で」 「いや何、大した事でもないのさ。どうでもいいんだが、君でないと出來ない事なんだ」 「私に出來る事なら何でもやりましょう。どんな事で」 「ええ、そう……」と考えている。 「何なら、御都合のとき出直して伺いましょう。いつが宜よろしゅう、ございますか」 「なあに、そんな大した事じゃ無いのさ。――それじゃせっかくだから頼もうか」 「どうか御遠(yuǎn)慮なく……」 「あの変人ね。そら君の舊友さ??嗌硰洡趣韦趣皮Δ袱悚胜い? 「ええ苦沙彌がどうかしましたか」 「いえ、どうもせんがね。あの事件以來胸糞むなくそがわるくってね」 「ごもっともで、全く苦沙彌は剛慢ですから……少しは自分の社會上の地位を考えているといいのですけれども、まるで一人天下ですから」 「そこさ。金に頭はさげん、実業(yè)家なんぞ――とか何とか、いろいろ小生意気な事を云うから、そんなら実業(yè)家の腕前を見せてやろう、と思ってね。こないだから大分だいぶ弱らしているんだが、やっぱり頑張がんばっているんだ。どうも剛情な奴だ。驚ろいたよ」 「どうも損得と云う観念の乏とぼしい奴ですから無暗むやみに痩我慢を張るんでしょう。昔からああ云う癖のある男で、つまり自分の損になる事に気が付かないんですから度どし難がたいです」 「あはははほんとに度どし難がたい。いろいろ手を易かえ品を易かえてやって見るんだがね。とうとうしまいに學(xué)校の生徒にやらした」 「そいつは妙案ですな。利目ききめがございましたか」 「これにゃあ、奴も大分だいぶ困ったようだ。もう遠(yuǎn)からず落城するに極きまっている」 「そりゃ結(jié)構(gòu)です。いくら威張っても多勢たぜいに無勢ぶぜいですからな」 「そうさ、一人じゃあ仕方がねえ。それで大分だいぶ弱ったようだが、まあどんな様子か君に行って見て來てもらおうと云うのさ」 「はあ、そうですか。なに訳はありません。すぐ行って見ましょう。容子ようすは帰りがけに御報知を致す事にして。面白いでしょう、あの頑固がんこなのが意気銷沈いきしょうちんしているところは、きっと見物みものですよ」 「ああ、それじゃ帰りに御寄り、待っているから」 「それでは御免蒙ごめんこうむります」 おや今度もまた魂膽こんたんだ、なるほど実業(yè)家の勢力はえらいものだ、石炭の燃?xì)¥猡à椁韦瑜Δ手魅摔蚰嫔悉丹护毪韦狻⒖鄲灓猡螭谓Y(jié)果主人の頭が蠅滑はえすべりの難所となるのも、その頭がイスキラスと同様の運命に陥おちいるのも皆実業(yè)家の勢力である。地球が地軸を廻転するのは何の作用かわからないが、世の中を動かすものはたしかに金である。この金の功力くりきを心得て、この金の威光を自由に発揮するものは実業(yè)家諸君をおいてほかに一人もない。太陽が無事に東から出て、無事に西へ入るのも全く実業(yè)家の御蔭である。今まではわからずやの窮措大きゅうそだいの家に養(yǎng)なわれて実業(yè)家の御利益ごりやくを知らなかったのは、我ながら不覚である。それにしても冥頑不霊めいがんふれいの主人も今度は少し悟らずばなるまい。これでも冥頑不霊で押し通す了見だと危あぶない。主人のもっとも貴重する命があぶない。彼は鈴木君に逢ってどんな挨拶をするのか知らん。その模様で彼の悟り具合も自おのずから分明ぶんみょうになる。愚図愚図してはおられん、貓だって主人の事だから大おおいに心配になる。早々鈴木君をすり抜けて御先へ帰宅する。 鈴木君はあいかわらず調(diào)子のいい男である。今日は金田の事などはおくびにも出さない、しきりに當(dāng)り障さわりのない世間話を面白そうにしている。 「君少し顔色が悪いようだぜ、どうかしやせんか」 「別にどこも何ともないさ」 「でも蒼あおいぜ、用心せんといかんよ。時候がわるいからね。よるは安眠が出來るかね」 「うん」 「何か心配でもありゃしないか、僕に出來る事なら何でもするぜ。遠(yuǎn)慮なく云い給え」 「心配って、何を?」 「いえ、なければいいが、もしあればと云う事さ。心配が一番毒だからな。世の中は笑って面白く暮すのが得だよ。どうも君はあまり陰気過ぎるようだ」 「笑うのも毒だからな。無暗に笑うと死ぬ事があるぜ」 「冗談じょうだん云っちゃいけない。笑う門かどには福來きたるさ」 「昔むかし希臘ギリシャにクリシッパスと云う哲學(xué)者があったが、君は知るまい」 「知らない。それがどうしたのさ」 「その男が笑い過ぎて死んだんだ」 「へえー、そいつは不思議だね、しかしそりゃ昔の事だから……」 「昔しだって今だって変りがあるものか。驢馬ろばが銀の丼どんぶりから無花果いちじゅくを食うのを見て、おかしくってたまらなくって無暗むやみに笑ったんだ。ところがどうしても笑いがとまらない。とうとう笑い死にに死んだんだあね」 「はははしかしそんなに留とめ度どもなく笑わなくってもいいさ。少し笑う――適宜てきぎに、――そうするといい心持ちだ」 鈴木君がしきりに主人の動靜を研究していると、表の門ががらがらとあく、客來きゃくらいかと思うとそうでない。 「ちょっとボールが這入はいりましたから、取らして下さい」 下女は臺所から「はい」と答える。書生は裏手へ廻る。鈴木は妙な顔をして何だいと聞く。 「裏の書生がボールを庭へ投げ込んだんだ」 「裏の書生? 裏に書生がいるのかい」 「落雲(yún)館と云う學(xué)校さ」 「ああそうか、學(xué)校か。隨分騒々しいだろうね」 「騒々しいの何のって。碌々ろくろく勉強(qiáng)も出來やしない。僕が文部大臣なら早速閉鎖を命じてやる」 「ハハハ大分だいぶ怒おこったね。何か癪しゃくに障さわる事でも有るのかい」 「あるのないのって、朝から晩まで癪に障り続けだ」 「そんなに癪に障るなら越せばいいじゃないか」 「誰が越すもんか、失敬千萬な」 「僕に怒ったって仕方がない。なあに小供だあね、打うっちゃっておけばいいさ」 「君はよかろうが僕はよくない。昨日きのうは教師を呼びつけて談判してやった」 「それは面白かったね??证烊毪盲郡恧Α? 「うん」 この時また門口かどぐちをあけて「ちょっとボールが這入はいりましたから取らして下さい」と云う聲がする。 「いや大分だいぶ來るじゃないか、またボールだぜ君」 「うん、表から來るように契約したんだ」 「なるほどそれであんなにくるんだね。そうーか、分った」 「何が分ったんだい」 「なに、ボールを取りにくる源因がさ」 「今日はこれで十六返目だ」 「君うるさくないか。來ないようにしたらいいじゃないか」 「來ないようにするったって、來るから仕方がないさ」 「仕方がないと云えばそれまでだが、そう頑固がんこにしていないでもよかろう。人間は角かどがあると世の中を転ころがって行くのが骨が折れて損だよ。丸いものはごろごろどこへでも苦くなしに行けるが四角なものはころがるに骨が折れるばかりじゃない、転がるたびに角がすれて痛いものだ。どうせ自分一人の世の中じゃなし、そう自分の思うように人はならないさ。まあ何だね。どうしても金のあるものに、たてを突いちゃ損だね。ただ神経ばかり痛めて、からだは悪くなる、人は褒ほめてくれず。向うは平気なものさ。坐って人を使いさえすればすむんだから。多勢たぜいに無勢ぶぜいどうせ、葉かなわないのは知れているさ。頑固もいいが、立て通すつもりでいるうちに、自分の勉強(qiáng)に障ったり、毎日の業(yè)務(wù)に煩はんを及ぼしたり、とどのつまりが骨折り損の草臥儲くたびれもうけだからね」 「ご免なさい。今ちょっとボールが飛びましたから、裏口へ廻って、取ってもいいですか」 「そらまた來たぜ」と鈴木君は笑っている。 「失敬な」と主人は真赤まっかになっている。 鈴木君はもう大概訪問の意を果したと思ったから、それじゃ失敬ちと來きたまえと帰って行く。 入れ代ってやって來たのが甘木あまき先生である。逆上家が自分で逆上家だと名乗る者は昔むかしから例が少ない、これは少々変だなと覚さとった時は逆上の峠とうげはもう越している。主人の逆上は昨日きのうの大事件の際に最高度に達(dá)したのであるが、談判も竜頭蛇尾たるに係かかわらず、どうかこうか始末がついたのでその晩書斎でつくづく考えて見ると少し変だと気が付いた。もっとも落雲(yún)館が変なのか、自分が変なのか疑うたがいを存する余地は充分あるが、何しろ変に違ない。いくら中學(xué)校の隣に居を構(gòu)えたって、かくのごとく年が年中肝癪かんしゃくを起しつづけはちと変だと気が付いた。変であって見ればどうかしなければならん。どうするったって仕方がない、やはり醫(yī)者の薬でも飲んで肝癪かんしゃくの源みなもとに賄賂わいろでも使って慰撫いぶするよりほかに道はない。こう覚さとったから平生かかりつけの甘木先生を迎えて診察を受けて見ようと云う量見を起したのである。賢か愚か、その辺は別問題として、とにかく自分の逆上に気が付いただけは殊勝しゅしょうの志、奇特きどくの心得と云わなければならん。甘木先生は例のごとくにこにこと落ちつき払って、「どうです」と云う。醫(yī)者は大抵どうですと云うに極きまってる。吾輩は「どうです」と云わない醫(yī)者はどうも信用をおく気にならん。 「先生どうも駄目ですよ」 「え、何そんな事があるものですか」 「一體醫(yī)者の薬は利きくものでしょうか」 甘木先生も驚ろいたが、そこは溫厚の長者ちょうじゃだから、別段激した様子もなく、 「利かん事もないです」と穏おだやかに答えた。 「私わたしの胃病なんか、いくら薬を飲んでも同じ事ですぜ」 「決して、そんな事はない」 「ないですかな。少しは善くなりますかな」と自分の胃の事を人に聞いて見る。 「そう急には、癒なおりません、だんだん利きます。今でももとより大分だいぶよくなっています」 「そうですかな」 「やはり肝癪かんしゃくが起りますか」 「起りますとも、夢にまで肝癪を起します」 「運動でも、少しなさったらいいでしょう」 「運動すると、なお肝癪が起ります」 甘木先生もあきれ返ったものと見えて、 「どれ一つ拝見しましょうか」と診察を始める。診察を終るのを待ちかねた主人は、突然大きな聲を出して、 「先生、せんだって催眠術(shù)のかいてある本を読んだら、催眠術(shù)を応用して手癖のわるいんだの、いろいろな病気だのを直す事が出來ると書いてあったですが、本當(dāng)でしょうか」と聞く。 「ええ、そう云う療法もあります」 「今でもやるんですか」 「ええ」 「催眠術(shù)をかけるのはむずかしいものでしょうか」 「なに訳はありません、私わたしなどもよく懸けます」 「先生もやるんですか」 「ええ、一つやって見ましょうか。誰でも懸かからなければならん理窟りくつのものです。あなたさえ善よければ懸けて見ましょう」 「そいつは面白い、一つ懸けて下さい。私わたしもとうから懸かって見たいと思ったんです。しかし懸かりきりで眼が覚さめないと困るな」 「なに大丈夫です。それじゃやりましょう」 相談はたちまち一決して、主人はいよいよ催眠術(shù)を懸けらるる事となった。吾輩は今までこんな事を見た事がないから心ひそかに喜んでその結(jié)果を座敷の隅から拝見する。先生はまず、主人の眼からかけ始めた。その方法を見ていると、両眼りょうがんの上瞼うわまぶたを上から下へと撫なでて、主人がすでに眼を眠ねむっているにも係かかわらず、しきりに同じ方向へくせを付けたがっている。しばらくすると先生は主人に向って「こうやって、瞼まぶたを撫でていると、だんだん眼が重たくなるでしょう」と聞いた。主人は「なるほど重くなりますな」と答える。先生はなお同じように撫でおろし、撫でおろし「だんだん重くなりますよ、ようござんすか」と云う。主人もその気になったものか、何とも云わずに黙っている。同じ摩擦法はまた三四分繰り返される。最後に甘木先生は「さあもう開あきませんぜ」と云われた。可哀想かわいそうに主人の眼はとうとう潰つぶれてしまった?!袱猡﹂_かんのですか」「ええもうあきません」主人は黙然もくねんとして目を眠っている。吾輩は主人がもう盲目めくらになったものと思い込んでしまった。しばらくして先生は「あけるなら開いて御覧なさい。とうていあけないから」と云われる?!袱饯Δ扦工工仍皮Δ绀い魅摔掀胀à瓮à陙I眼りょうがんを開いていた。主人はにやにや笑いながら「懸かりませんな」と云うと甘木先生も同じく笑いながら「ええ、懸りません」と云う。催眠術(shù)はついに不成功に了おわる。甘木先生も帰る。 その次に來たのが――主人のうちへこのくらい客の來た事はない。交際の少ない主人の家にしてはまるで噓うそのようである。しかし來たに相違ない。しかも珍客が來た。吾輩がこの珍客の事を一言いちごんでも記述するのは単に珍客であるがためではない。吾輩は先刻申す通り大事件の余瀾よらんを描えがきつつある。しかしてこの珍客はこの余瀾を描くに方あたって逸すべからざる材料である。何と云う名前か知らん、ただ顔の長い上に、山羊やぎのような髯ひげを生はやしている四十前後の男と云えばよかろう。迷亭の美學(xué)者たるに対して、吾輩はこの男を哲學(xué)者と呼ぶつもりである。なぜ哲學(xué)者と云うと、何も迷亭のように自分で振り散らすからではない、ただ主人と対話する時の様子を拝見しているといかにも哲學(xué)者らしく思われるからである。これも昔むかしの同窓と見えて両人共ふたりとも応対振りは至極しごく打うち解とけた有様だ。 「うん迷亭か、あれは池に浮いてる金魚麩きんぎょふのようにふわふわしているね。せんだって友人を連れて一面識もない華族の門前を通行した時、ちょっと寄って茶でも飲んで行こうと云って引っ張り込んだそうだが隨分呑気のんきだね」 「それでどうしたい」 「どうしたか聞いても見なかったが、――そうさ、まあ天稟てんぴんの奇人だろう、その代り考も何もない全く金魚麩だ。鈴木か、――あれがくるのかい、へえー、あれは理窟りくつはわからんが世間的には利口な男だ。金時計は下げられるたちだ。しかし奧行きがないから落ちつきがなくって駄目だ。円滑えんかつ円滑と云うが、円滑の意味も何もわかりはせんよ。迷亭が金魚麩ならあれは藁わらで括くくった蒟蒻こんにゃくだね。ただわるく滑なめらかでぶるぶる振ふるえているばかりだ」 主人はこの奇警きけいな比喩ひゆを聞いて、大おおいに感心したものらしく、久し振りでハハハと笑った。 「そんなら君は何だい」 「僕か、そうさな僕なんかは――まあ自然薯じねんじょくらいなところだろう。長くなって泥の中に埋うまってるさ」 「君は始終泰然として気楽なようだが、羨うらやましいな」 「なに普通の人間と同じようにしているばかりさ。別に羨まれるに足るほどの事もない。ただありがたい事に人を羨む気も起らんから、それだけいいね」 「會計は近頃豊かかね」 「なに同じ事さ。足るや足らずさ。しかし食うているから大丈夫。驚かないよ」 「僕は不愉快で、肝癪かんしゃくが起ってたまらん。どっちを向いても不平ばかりだ」 「不平もいいさ。不平が起ったら起してしまえば當(dāng)分はいい心持ちになれる。人間はいろいろだから、そう自分のように人にもなれと勧めたって、なれるものではない。箸はしは人と同じように持たんと飯が食いにくいが、自分の麺麭パンは自分の勝手に切るのが一番都合がいいようだ。上手じょうずな仕立屋で著物をこしらえれば、著たてから、からだに合ったのを持ってくるが、下手へたの裁縫屋したてやに誂あつらえたら當(dāng)分は我慢しないと駄目さ。しかし世の中はうまくしたもので、著ているうちには洋服の方で、こちらの骨格に合わしてくれるから。今の世に合うように上等な両親が手際てぎわよく生んでくれれば、それが幸福なのさ。しかし出來損できそこなったら世の中に合わないで我慢するか、または世の中で合わせるまで辛抱するよりほかに道はなかろう」 「しかし僕なんか、いつまで立っても合いそうにないぜ、心細(xì)いね」 「あまり合わない背広せびろを無理にきると綻ほころびる。喧嘩けんかをしたり、自殺をしたり騒動が起るんだね。しかし君なんかただ面白くないと云うだけで自殺は無論しやせず、喧嘩だってやった事はあるまい。まあまあいい方だよ」 「ところが毎日喧嘩ばかりしているさ。相手が出て來なくっても怒っておれば喧嘩だろう」 「なるほど一人喧嘩ひとりげんかだ。面白いや、いくらでもやるがいい」 「それがいやになった」 「そんならよすさ」 「君の前だが自分の心がそんなに自由になるものじゃない」 「まあ全體何がそんなに不平なんだい」 主人はここにおいて落雲(yún)館事件を始めとして、今戸焼いまどやきの貍たぬきから、ぴん助、きしゃごそのほかあらゆる不平を挙げて滔々とうとうと哲學(xué)者の前に述べ立てた。哲學(xué)者先生はだまって聞いていたが、ようやく口を開ひらいて、かように主人に説き出した。 「ぴん助やきしゃごが何を云ったって知らん顔をしておればいいじゃないか。どうせ下らんのだから。中學(xué)の生徒なんか構(gòu)う価値があるものか。なに妨害になる。だって談判しても、喧嘩をしてもその妨害はとれんのじゃないか。僕はそう云う點になると西洋人より昔むかしの日本人の方がよほどえらいと思う。西洋人のやり方は積極的積極的と云って近頃大分だいぶ流行はやるが、あれは大だいなる欠點を持っているよ。第一積極的と云ったって際限がない話しだ。いつまで積極的にやり通したって、満足と云う域とか完全と云う境さかいにいけるものじゃない。向むこうに檜ひのきがあるだろう。あれが目障めざわりになるから取り払う。とその向うの下宿屋がまた邪魔になる。下宿屋を退去させると、その次の家が癪しゃくに觸る。どこまで行っても際限のない話しさ。西洋人の遣やり口くちはみんなこれさ。ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人もないんだよ。人が気に喰わん、喧嘩をする、先方が閉口しない、法庭ほうていへ訴える、法庭で勝つ、それで落著と思うのは間違さ。心の落著は死ぬまで焦あせったって片付く事があるものか。寡人政治かじんせいじがいかんから、代議政體だいぎせいたいにする。代議政體がいかんから、また何かにしたくなる。川が生意気だって橋をかける、山が気に喰わんと云って隧道トンネルを堀る。交通が面倒だと云って鉄道を布しく。それで永久満足が出來るものじゃない。さればと云って人間だものどこまで積極的に我意を通す事が出來るものか。西洋の文明は積極的、進(jìn)取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の狀態(tài)を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大おおいに違うところは、根本的に周囲の境遇は動かすべからざるものと云う一大仮定の下もとに発達(dá)しているのだ。親子の関係が面白くないと云って歐洲人のようにこの関係を改良して落ちつきをとろうとするのではない。親子の関係は在來のままでとうてい動かす事が出來んものとして、その関係の下もとに安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間柄もその通り、武士町人の區(qū)別もその通り、自然その物を観みるのもその通り。――山があって隣國へ行かれなければ、山を崩すと云う考を起す代りに隣國へ行かんでも困らないと云う工夫をする。山を越さなくとも満足だと云う心持ちを養(yǎng)成するのだ。それだから君見給え。禪家ぜんけでも儒家じゅかでもきっと根本的にこの問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中はとうてい意のごとくなるものではない、落日らくじつを回めぐらす事も、加茂川を逆さかに流す事も出來ない。ただ出來るものは自分の心だけだからね。心さえ自由にする修業(yè)をしたら、落雲(yún)館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか、今戸焼の貍でも構(gòu)わんでおられそうなものだ。ぴん助なんか愚ぐな事を云ったらこの馬鹿野郎とすましておれば仔細(xì)しさいなかろう。何でも昔しの坊主は人に斬きり付けられた時電光影裏でんこうえいりに春風(fēng)しゅんぷうを斬るとか、何とか灑落しゃれた事を云ったと云う話だぜ。心の修業(yè)がつんで消極の極に達(dá)するとこんな霊活な作用が出來るのじゃないかしらん。僕なんか、そんなむずかしい事は分らないが、とにかく西洋人風(fēng)の積極主義ばかりがいいと思うのは少々誤まっているようだ。現(xiàn)に君がいくら積極主義に働いたって、生徒が君をひやかしにくるのをどうする事も出來ないじゃないか。君の権力であの學(xué)校を閉鎖するか、または先方が警察に訴えるだけのわるい事をやれば格別だが、さもない以上は、どんなに積極的に出たったて勝てっこないよ。もし積極的に出るとすれば金の問題になる。多勢たぜいに無勢ぶぜいの問題になる。換言すると君が金持に頭を下げなければならんと云う事になる。衆(zhòng)を恃たのむ小供に恐れ入らなければならんと云う事になる。君のような貧乏人でしかもたった一人で積極的に喧嘩をしようと云うのがそもそも君の不平の種さ。どうだい分ったかい」 主人は分ったとも、分らないとも言わずに聞いていた。珍客が帰ったあとで書斎へ這入はいって書物も読まずに何か考えていた。 鈴木の藤とうさんは金と衆(zhòng)とに従えと主人に教えたのである。甘木先生は催眠術(shù)で神経を沈めろと助言じょごんしたのである。最後の珍客は消極的の修養(yǎng)で安心を得ろと説法したのである。主人がいずれを択えらぶかは主人の隨意である。ただこのままでは通されないに極きまっている。

日語《我是貓》第八章的評論 (共 條)

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